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195_Slowdive「Souvlaki」

「俺はやらない」
「何?」
「やらない。俺はサッカーはやらない」
「はあ?なんで」
「俺は別にサッカーそこまで突き詰めてやりたいと思ってやってないし」
「そうなの?お前、そんな感じで、今まで俺たちとずっとサッカーやってたってこと?」
「ああ」
十河はこともなげに急にそんなことを言い出すので、そこにいた皆が十河の顔を見ていた。そこにいた皆が十河の微妙な表情の変化を読み取ろうとしていた。当の本人は淡々として、別に大したことでもないといった感じの顔付きだった。5人で高校卒業後も、これからもみんなでサッカーを続けてこうな、って話していたところだったのに、切って捨てるような十河の言葉に皆が冷や水を浴びせられた格好だ。

ずっと3年間、5人で目の前のボールを目掛けて追っかけてきたっていうのに、目の前で別に誰かに急にヒョイっとそのボールを手で拾われたようなものだ。ルールが変わってしまうようなことがあるのならば、早めに教えて欲しかった。そうすればこんなに必死になって俺らもボールを追いかける必要性はなかったのかもしれない。

「別にそんなプロになって活躍するわけじゃないだろ、俺たちが。違うか?」
「でもお前、もったいないよ。お前が俺たちの中じゃ一番…」
「いや、結局のところ、俺がやりたいか、やりたくないか、だから」
「そうだけど」
「俺は大学に行ったら、サッカーはやらない。在学中に起業を目指したいと思っている」
「起業って…」

そこにいた俺たちには十河の言葉がとんでもなく突拍子のないような響きに聞こえてしまう。ずっと皆で3年間、必死になってサッカー続けてきて、なんでこの時になって、そんなことを言い出すんだ。だが実は、もうルールが変更されていることをすでに十河だけが気付いていたのかもしれない。それをわかってて、あえて俺たちのサッカーの真似事に付き合っていたかのような、そんな口ぶりだった。

みんなそれぞれの道があるのは十分わかっている。でも俺には十河の言いぶりはどうしても納得できなかった。あんなことを言う奴じゃなかったのにな、って自分で勝手に思ってたのかな。そういえば5人の中で、一番自分を出さないのが十河だった。サッカーでの動きはピカイチだったが、いつも俺たちがバカ話している横で穏やかに微笑んでいる奴だった。

サッカー部の俺たち5人は、それこそ毎日いつも一緒にいて、文字どおりサッカーばっかりやっていた。それ以外でも遅くまでずっとくだらないことを話したり、ふざけあったりしていた。でも進路の話題になるとそれぞれの思うところがあったのか、少しばかりお互い探り合うような空気になった。大学に進む奴、地元に残る奴、そのどちらにも決めかねる者。高校卒業後、それぞれのバラバラの進路を歩むことになる。あんなに明るくて仲が良かったのに、5人のうちの一人の飯田は一時期、ふさぎ込んだ表情をすることが多かった。たぶん家族と進路について揉めていたのだろう。

8月の高校最後の夏の大会も県大会までいったが、健闘空しく敗れ、俺たちは部を引退した。そこで一旦の区切りがつけられたことでそれぞれの大体の進路が見えてきていた。そこで切り替えて受験勉強に励む者、いまだにサッカーへの情熱の余韻にすがる者、そのどちらでもない者。皆が皆、浮き足立っていた9月の時期、5人の中で一番のメードメイカーの大川が5人で久しぶりにカラオケに行こうと言い出した

カラオケで皆でひと通り騒ぎ終わった後、予熱を醒ますかのように学校への通学路になっている河原で皆で集まって座り込んでいた。この河の流れのように、ただただこの短い高校3年間は流れるように過ぎ去っていくようだった。時間を眺めるように、何を語るというわけでもなく5人でただ単にだべっているだけなのだが、ただそれが今ではこの上なく、とても貴重な時間に思えた。

そんな中で、大川がこれからもサッカー続けていこうな、的な発言をした。大川は当然、皆が同じ気持ちであるのだろうと踏んでいたからだ。少なからず俺もそう思っていた節がある。そして当然のごとく5人から賛同を得られて、すごくわかりやすい一体感のような得られる気がしていたんだ。そういう気持ちがあったのは否めない。だがそれはすごく表面的なことだった。

だが、そこで5人の中で一番サッカーの上手かった十河がやらないと言い出した。それで進学組と地元に残る組でコントラストが分かれかけていた5人の微妙な関係が、決定的にバランスが崩れていってしまったような気がした。目には見えないパーテーションが5人それぞれに設けられていて、実は自分たちが壁越しに会話していたことに気付いたような感覚だった。

3年間、5人で同じボールを追っていたかのように錯覚していたが、皆それぞれのプレイには違う意図というものがあり、絶妙な差異がある。それは友情だったり、スポーツとしての楽しみだったり、女子からの羨望だったり、ただの暇つぶしであったり、まさに5人さまざまであったのだろう。今更、その差を埋めようとする気はない。サッカーをしながら、土埃と汗にまみれて見慣れていた5人の顔が、実はまったく関係のない他人のように見えてくる気がした。


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