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163_Prefuse73「Vocal Studies + Uprock Narratives」

頭が痛い。

ここ最近、大型台風が近づいていたのだが、進行速度が遅く日本近海の海上にとどまっていたりしていた。そのせいで、僕の頭はずっと重たかった。毎日の気圧の変動によって、ずっしりと重しがのしかかっているようだ。元々、自分は子供の頃から偏頭痛持ちだったのに、最近の気候変動の影響か何かで、こんな風に極端に頭の重くなる日が着実に増えている。

気圧病と呼ばれる一種の新しい病まい。環境の変化に晒されて、適応できないまでの間は、こうやって何かしらの影響を受けざるを得ないということだろうか。風邪のように自分の健康管理の拙さから生じる病気ではなくて、自分ではどうしようもない要因で起こるものに、言いようのない理不尽さを感じている。

しかし今回は、ここ最近でも一番と言っていいほど、ひどい。おかげで日中の仕事のレポートが全くと言っていいほど捗らない。経済系のシンクタンクで働くナレッジワーカーである僕にとって、その日頭が働かないということは、イコール仕事ができないということと同義だった。

チャートの数字も頭に入ってこない。自民党総裁選の影響で株価もあっちへこっちへいろんなところに上下して大騒ぎしているのだが、どこか他人ごとのようで入ってこない。これは僕も弱った。

眉間に皺が寄って、余計に頭周辺の筋肉が凝る、不機嫌だと思われているのか、いつも気さくな部下の女の子もあまり話しかけてきてくれないので、チーム内の仕事の進捗も余計にわからない。何もかも悪循環だ。こういう頭が働かない時は、何もしないでいられるフリーランスの同級生が心底羨ましかった。

今週はもう毎日、頭痛薬を飲んでいる。同棲している理沙から、これは良く効くからと言われて勧められたのだ。これがまた水と一緒に飲んでも、相当に苦い。その名もへデクパウダ。頭痛粉末。そのまんまだ。シンプル極まりないのが逆に好感が持てる。

理沙のご両親がネットで注文して、実家にも大量に置いてあるらしい。彼女のお母さんは相当ひどい片頭痛持ちらしいのだが、彼女はそういったものがない。母親や僕のような頭痛で苦しむ人の横で、子犬のように心配そうな顔をするのが自分の仕事だと思っているようだ。それが余計に鬱陶しく思える時もある(彼女もそれを悪気があってやっているわけじゃないこともわかるのだが)

台風で雨の降る中、頭痛のせいでフラフラになりながら、いつものように近くのスーパーで割引になったご飯を買ってから、帰宅した。途中の道すがら、今日が緊急事態宣言も解除された金曜日だから、飲み屋にはマスクを外した人で溢れていた。ただ今はコロナも何も関係なかった。ただずっとこの煩わしい頭痛と格闘し続けている僕にとっては、世の中の事象その全てがもはや単なる絵空事のように思えた。

家に帰ると、理沙はいなかった。そうだった、地元の友達の結婚式があるから、今週末は九州に帰っているのだ。僕も九州に帰りたいのが(僕は大分で、理沙は鹿児島出身)、近年すっかり九州は台風銀座と化しており、ニュースで惨状を見る限り複雑な気分だった。

重たい頭を抱えた僕にとって理沙の不在は、なんとも好都合だった。この状態で彼女から家事の小言を聞くのは本当に辛い。頭を冷やしたくて冷水のシャワーを浴びた。早々に飯をかき込んで、へデクパウダを飲んだ。今週何袋目だろう。そうだ、この薬をまた彼女の実家の在庫からいっぱい持ってきてもらわないと。

重たい頭をもたげて、最後の力を振り絞ってベッドルームになだれ込んだ。長いこと居座っていた、あの憎たらしい台風も明日には太平洋側に抜けていくはずだ。今週は本当に長かった。その間にいろんなことがあったのだが、この頭痛のせいで振り返りを一切することもできない。

大体、僕は家に帰ってきてから、夜寝床に着くまでに時間、自分の机でノートの1日の振り返りをする。反省すべき点、明日から改善できる点、迷っている点や判断に迷う事項を、自分の価値観と照らし合わせてすり合わせる作業を欠かさず行っているのだ。それが、今週は何にもできなかった。

そういう時に限って、実に僕の周囲にいろんな事象が起こっていた。
・半ば諦めていたのに、予想外に早く主任に昇任できたこと
→これは本当にここ最近で一番良いことだったというのに、理沙にもきちんとシェアできていない
・今週の株価の動きに全くといって分析が追いつかず対応できていなかったこと
→もうほとんど週の半ばで諦めていた。自分のポートフィリオも全く見ていない
・進めている案件で特に考えなく上長に相談したら予想外に詰められまくって、方針の転換を図られたこと
→これも頭痛のせいで、散漫になり注意力が落ちていたと言わざるをえない
・友達の結婚式のため帰省する理沙が出掛けに、「私も早く結婚したいな」と呟いたこと
→二人の間で重要な事項だが、僕はこれに対しなんのリアクションもできなかった
・実家の母親から一昨年手術した脚の調子がまた悪くなったので、少し心配だという電話があったこと
→母子家庭で育った僕は、今は実家で一人暮らしの母親がこれで寝たきりにでもなったら、もう気が気でもない
なかなか働かない頭で、簡単に項目を箇条書きで列挙し、簡単なレビューを行ってみてもこれだけある。

今現在の自分においてプラスなこともマイナスなことも、今後に向けてポジティブなこともネガティブなことも、きちんと分析して今後の影響を加味した方針へのすり合わせをしたかったのに。この頭痛が、僕の中で考えるリソースを全て奪ってしまった。逆に考えさせなかった分、僕はどうとでもなってしまえと思えた。確かに普段、考えすぎなのだ、僕は。

それはパートナーの理沙からもよく言われることだった。
「なんでそんなに考えるの?頭がいいのはわかるんだけど。もっと直感でこれやりたいとか、これがいいとかでいいじゃん」
能天気に構える彼女の声が頭の中でガンガン響く。わかっているよ。だから今は何も考えていないよ。なにしろ、この頭が考えさせてくれないのだから。今、彼女がどんな結婚式のプランを持ってきたとしても、僕は何も考えずにOKを出すだろう。

不思議なものだ。目を閉じ段々と意識が遠のきながら、理不尽なまでに重い頭でいろんな考えが逡巡していく。日本よりはるか南で起こった水蒸気と空気の渦の塊が東京に住んでいる僕の頭まで重たくさせて、その思考力まで奪っていくなんて、一体全体どういう仕組みなんだろう。

地球環境も今人間のせいで大変な目に遭っているのは理解するが、なぜこんな僕一人の頭にまで干渉してくるんだ。そうだ、地球も僕もお互い理不尽な目に遭っているのはわかる。しかし、何がそこまでさせるんだ?何と何がどう関係し合っているんだ?この世界は不可思議で理不尽で、どれだけ勉強して考えてもやっぱりよくわからない。気づくと僕は意識を失っていた。

朝起きたら、あの頭痛はピタリとなくなっていた。

目を開けて、起きてカーテンを開けば、溢れるような朝日が僕の目を射す。まさに台風一過、この世から全ての煩いごとが失せたように非常に爽やかな朝だった。朝起きて気持ちよく背伸びした僕は一杯水を飲み、ベランダに出た。心地よい風が半袖一枚の僕の体の隙間に入り込んでくる。

久しぶりに家の近くの公園まで散歩しようか。鳥の声を聞きながら、ずっと木漏れ日を浴びていたかった。今まで一体、何に自分の頭が占領されていたのだろうか。長い監禁生活が終わった、どこかそんな気分だ。

大げさに聞こえるかもしれないが、今自分が生きていることの素晴らしさを実感する。自分の中で何も足りないものがないように感じ、同時に世界が完全に思えた。もしかしたら、何かの天啓を得られるかもしれない。

ああ、頭が痛くないって、本当に最高だ。



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