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081_Boards of Canada 「Music Has The Right To Children」

悪夢を見た。とても薄気味わるい音楽が鳴っている。見覚えのある川の流れる橋の上で、熊やウサギの頭をした集団に俺が捕まって、そいつらが食べてる何か別の気持ちの悪い食べ物を俺に食べろと強制してくる。それを食べると俺はこの世に戻って来れなくなると悟って、必死に抵抗しているのだが、フクロウの頭をしたそいつらのリーダーが結局、ステッキのような杖のようなものを俺の頭の上にかざして、なんらかのまじないのような言葉を唱えた。そうすると、俺の記憶のようなものが抽出されていくようで、幼稚園や小学校や子供の頃の走馬灯のような思い出が、全てありありと外部映像のように俺の目の前にスクリーンのように流れている。言うことを聞かないと、こういったお前の大切な思い出もデリートするぞ、と暗に脅しているのだ。だが、その思い出に映っている映像は、かけっこでドベだったり、休み時間にいじめられっ子にプロレスをかけられたり、情けないものばっかりだった(ただし、これは事実だった)それを見た、動物頭たちは呆れていたり失笑している様子だった。こんな思い出だったら、消えても大差ないか、とでも言わんばかりだった。ふざけんな、と俺は憤慨して思った。こんなんでも俺にとっては大切な思い出なんだ。人に笑われるようなものであっても、今の俺を形作ってくれたまさに糧になるようなものだった。俺は小学校の時までは、こうやって体も細くてよくいじめられていたけれど、中学に上がってアメフトをはじめてから体もゴツくなって、いじめられるようなことも無くなった。俺は俺だ、勝手に定義するんじゃない。俺はフクロウ頭に怒鳴った。大事な思い出を消すんじゃない、こうやって俺は今の俺になったんだと言ってやった。すると、半ば興醒めした様子で目の前の動物頭の集団は次第に俺の前から消えていった。

そこで俺は目を覚ました。二段ベットの下に体を横たえている。俺はアメフトの練習後に連続して深夜バイトに入っていた。さすがに部屋に帰ってきた時には、全身疲れ切っており、そのままベッドに横になった瞬間に意識をなくしていたのだろう。しかし、まさに夢の中でも鳴っていた気味の悪い音楽がいまだに部屋の中に鳴り続けている。さながら起きても悪夢が見続いているような、気持ちの悪い感覚だった。その音楽はどうやら二段ベッドの上にいる住人のノートパソコンから流れていたのだ。

「おい、尾瀬(びせ)」
「起きてんのか?おいって。音楽、流しっぱなしだぞ」
俺はベッドの下から上に向かって、イラついた様子で声を上げた。
「うえ、あ、はい。あ、福留さん、すいません」
尾瀬はカーテンを開けて顔を出して、ズレかけた眼鏡をかけ直して返事をした。そこでノートパソコンを操作して、俺に悪夢を見せ気味が悪い音楽を消した。おそらく尾瀬が寝ている間に、ヘッドホンの端子がノートパソコンから外れて、音楽が漏れ出していたのだろう。その音楽のせいで俺は悪夢を見たようだ。加工された人の声や環境音楽を組み合わせたような、ずっと霧がかかった悪夢のような音楽だった。

まったく、こいつ、大学入っても部活もバイトもせずに、なんで好き好んでこんな音楽を一日中聴いてやがるんだ。気味が悪いし、到底理解できない。寮で相部屋となっている1学年下の尾瀬は沖縄出身であるのに反して体が異常に色が白く、小柄で華奢な体に長い前髪と眼鏡という風貌だった。アメフトで真っ黒に日焼けして胸板の厚い俺の体躯と比べると、見た目は対照的だった。俺は年中、黒のアメフトチームのTシャツに短パンというルックスだが、尾瀬はいつもユニクロの紺色のパーカに黒いチノパンだった。(少なくとも外見に興味がない、ということに関しては、2人は共通しているようだ)

尾瀬は寝ぼけながらも、トイレに行きたそうで、いそいそと二段ベッドから下りてきた。俺は変な夢を見させられたせいで、寝起きでイラついていた。(もちろん普段は、特に尾瀬に対して高圧的に接しているわけではなく、話したり普通に接している。)
「お前の音楽のせいで、俺は悪夢を見てうなされてんだよ」
「すいません…、俺がそのまま寝落ちしちゃったみたいで…」
尾瀬はボソボソっと喋る。尾瀬が自分のことを「俺」と言うことに、いつも若干の違和感を覚える。お前の風貌だったら、普通は「僕」なんだけどな。まあ、それはいい。

「ったく、なんなんだ、あの音楽は。マジで気味わりーわ」
「すいません、ちょっと、全体はできてるんですけど、まだいろいろと細部を整えてられてなくて、やってる間に寝ちゃったみたいで。確かにあれだけ聴くと気味悪かったですね」
「整える、って何を」
「いや、あれまだ、完成してなくて。俺が作った曲なんです」
「え、何、お前。曲作ってんの?」
「はい」
「てか、あれお前の曲だったのかよ。マジ意味わかんねえな、曲作ってどうすんだよ」
「いや、ネットとかにアップするんですけど。結構、聴いてくれる人いますよ。まあ、全然人気とかはないですけど」
「へえ…」
俺は口を開けて言葉にならないという顔になった。あんな曲を好きこのんで聴くやつがいること自体も信じられないが、それをこいつが作っていたったこと自体も二重に驚きだった。尾瀬は大体、この部屋でいっつもヘッドホンをしてノートパソコンをいじっていたのだが、ひとりでずっと曲を作っていたのか。

時計を見ると、昼の2時をまわっている。俺は自分が空腹であることにふと気づいた。そう言えば、部活終わってバイト前に急いで焼きそばパン食ったくらいで、その後は何も腹の中に入れてない。
「まあ、いいや、お前、腹減ってないか?なんか食べに行かねえ?」
「あ、はい」
「何がいい?ていうか、好きな食いもんとかあるのか?」
「あ、あんま食べないです。なんでもいいです」
「やっぱりな。じゃあ、どこでもいいな」
俺は財布を短パンのケツポケットに入れた。

俺にとっては珍しいことに、尾瀬をメシに誘ってみることにした。ミックスフライ定食のうまい寮の隣の洋食屋だ。量が多くて安い俺のお気に入り。なんとなく、コイツの曲を聴いて悪夢を見せられたことで、いいも悪いもなんらかのお返ししてやりたいという気分になった。得体の知れないやつだと思っていたのに、尾瀬自体にも少し興味が湧いた。そしてこいつ曲のせいで見たあの妙に生々しく記憶に焼きつく悪夢。あの夢の意味を自分なりに整理したいという気持ちがある。なんとなくその手がかりを尾瀬が持っているかも知れない。

「つか、前から気になってたんだけど、お前さ、沖縄出身なのに全然黒くないよな。高校の時とか、何してたんだ」
「いや、まあ、なんていうか、特に何も」
俺たちは洋食屋で頼んだメニューが出てくるのを待つ間に、テーブルに向かい合って会話している。尾瀬と同部屋になって3ヶ月経つが、本当に珍しいことだった。俺が質問すると、尾瀬はポツリポツリとだが、自分のことを話し始めた。

「俺、学校に行ってなかったんです」
「不登校とかだったのか?」
「いや、引きこもりとかじゃなくて、家からは出てました。でも親には内緒で、学校に行かずにずっとネットカフェにいました。それでずっとネットで音楽聴いてました。家にパソコンなかったんで。高校3年間くらい、ずっと」
「はあ?マジで。沖縄のネットカフェで?沖縄なら、海とか綺麗なのに。なんでそんなことなってんの?」
「まあ、単純に学校がつまんなかったんです。クソみたいでした。沖縄の学校って基本的に頭悪いから、ヤンキー多いんですよ」
「ふーん、まあ、クソなのはわかるわ」
俺も小学校の時はずっとイジメられていたから、なんとなく尾瀬の気持ちもわからないでもない。親も心配するから、学校には行きたくないとも言えなかったし、最低限、家からは出なくてはいけない。俺は早くに家を出て、登校ルートにある川の上の橋でずっと流れる川を見たりして、学校に遅刻にならない程度のギリギリの時間になるまで、時間を潰していたりした。

「てか、じゃあ、どうやってお前高校卒業したんだよ」
「俺は大検です。結局学校行ってないのもバレて、高校も中退したんで、親に言ったんですよ。俺は音楽を作りたいから、学校には行かないって。そしたら、じゃあ認めてやるから、代わりに大学までは行けって」
「1年浪人して大倹取ってから、うちの大学入ったってことか。じゃあ、お前俺と同い年じゃん」
「まあ、そうですね」
「言えよ、そういう大事なことは」
「いや、なんか言う機会なくて」

確かにこうやって、尾瀬と向かい合って話すことなんてはじめてだった。こいつの身の上を聞いてみても、実は俺と似通ったところがあった。たぶん俺は、あの小学校時代の鬱屈した思いを、今はアメフトにぶつけることで解消しようとしているところがある。あいつらを見返してやりたい、俺はあの時代を乗り越えたんだ、今の俺だったら、あの時俺をいじめて連中も自慢のタックルで一捻りだ。しかし、橋の上から川の流れをずっと見つめ続けている一人ぼっちの小学生の俺は、いつまでもあの場所に残っていたままだった。あのたとえきれないような孤独はアメフトだけではどうにも、処理しきれなかった。

「んで、なんであんな気味の悪い音楽を作ってんだ?」
「別に気味悪くしようと思って作ってるわけじゃないですよ。ただ、頭に浮かんだものを曲にすると、ああなるんです」
「そんなもんか」
尾瀬は尾瀬で、曲を作るという自分なりのやり方で、いろいろと自分の中に残ったものを片付けようとしているのかも知れない。実は俺たちは見た目の違いはあれど、同い年であると同時に、また似たもの同士かも知れなかった。

「そうか。じゃあ今度はちゃんと聴かせてくれ。お前の曲」
「え、マジすか」
尾瀬は一瞬驚いた顔をしたが、なんとなくその目に少し煌めきがあるように見える。俺の反応がどうも予想外だったのだろう。
「なにしろ、寝ながら聴くと悪夢を見ちまうからな」
俺は厨房から漂うミックスフライ定食の匂いにキュッと腹をへこませた。



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