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027_B−DASH「FREEDOM」

「いや、あの芸人若手の中でも、めちゃくちゃ面白いですよ。今度一緒に観に行きましょ」

「え、一緒にですか?」

「ええ、定期的にお笑いライブやっている劇場知ってますし。私ももうこれまで何回か行っていますから」

「そうなんですか、それじゃあ次は、二人で是非行きましょ!」

とあるマッチングアプリで偶然知り合った2歳年上の有紗さんは、仕事は裁判所の書記をしているという。そのお堅そうな仕事の通り、理知的な眼鏡、服装も肌の露出が少なくて、丁寧な話し方を決して崩さない。しかし、そういった外見に関わらず、どうやらお笑いが大好きらしい。

大学出てから劇団員仲間とルームシェアしている僕の家にはテレビがない。だから、彼女のするお笑いの話題が物珍しい。自分が劇団員をやっていると伝えると、お互いに知っている浅草の劇場の話になり、そこからお笑いの話題へとつながったのだ。そして、彼女もこんなに話を聞いてくれるのが嬉しくてたまらないという感じで嬉々として話してくれる。アプリで知り合ったとはいえ、まあどうやら彼女と俺は、本当に相性がいいようだ。
カジュアルなイタリアンレストランを出てからも、まだまだ話し足らないという印象を感じ取った二人は、2店目は赤提灯の居酒屋に入った。店内は多くの人で賑わって、途中で会話も聞き取れないくらいだが、彼女は独自のお笑いの持論を展開し、時々芸人への辛口批評なども毒も交えながら、僕に対して熱っぽく語る。

よくこんなにお笑いに一生懸命になれるなと、僕は半ば羨ましくなってきた。特に彼女の話で面白いのは、いわゆる一発屋芸人への鋭い彼女の分析と、そこに寄せる愛だった。売れないとはいえ、一端の劇団員であり、舞台に立つことが仕事である僕もそこには大いに興味がある。

「よくテレビのバラエティー番組なんかに出てくる、旬の一発ギャグを持っている芸人なんかいますよね。番組製作者側もとりあえずその芸人を出しておけば、それなりに視聴者にウケルから、その芸人はメディアにどんどん露出し各所から引っ張りだこになる。」

「ふんふん」

「でも、芸人にとってそのギャグ自体は「武器」であり、自分の存在そのものと、一体不可分な関係にあるんですよ。視聴者はその芸人をイコールギャグの関係で認識してて、芸人がメディアに露出しギャグを披露すればするほど、視聴者の頭の中にギャグが刻み込まれ続けてしまう。そして、やがて彼らは、皆に否応なく飽き始められてしまうの」

「なるほど」

「視聴者にとって「芸人=ギャグ」なのだから、ギャグが求められない以上、その芸人の存在価値はないってこと。一発屋芸人なんて、あくまでお笑いのスタンダードではなくスパイスでしかない、という意識は根底にあるから、視聴者はその芸人の「ギャグ」を消費し、もう視聴者の目に留まらなくなっていって、芸人はやがて姿を消してしまう。でも、これがすべてと言うのでは決して無くて、その芸人の実力如何によってはいくらでも生き残る道はあるのよ」

「たとえば、また新たなギャグを生み出し流行らせるとか。またトークの腕を磨いて他の芸人とかにも積極的に絡んでいくか。はたまた土台になっている漫才やコントの実力でのしあがっていくか。ここからがその芸人の底力が試される時で、別れ道になっていくの」

「そもそも一発屋芸人全員が、必ずしもそのギャグで人気を得たかったわけではないのよ。たまたまそれが変に脚光を浴びたから、そういう扱いをされてしまったわけで、本当はトークとか漫才とかコントとか、自分が持つもっと違う笑いの持ち味を活かして人を楽しませたい、自分を輝かせたいっていう欲求を持っているものなのよ」
一気にそうまくし立てて、彼女は勢いハイボールを飲み干した。すかさず、僕はおかわりを頼もうと女性の店員に声をかけた。たぶん職場とかでは、こういう話題を身近で話せる人がいないのだろう。細いツルの眼鏡が、彼女の理知的な外観を装う。ただ今だけは、あの芸人のツッコミの言葉のセンスだとか、リアクションのリアルさだとか、そういう話題に熱中しているようだ。それが無性に愛おしく思えた。

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「私、不倫してるんですよね」

ベッドの上で、二人脱力してグッタリしていたところで、不意に有紗さんが口を開いた。今は眼鏡をつけていない彼女は、ホテルの部屋のピンクのライトを見つめていた。少し色素の薄い瞳孔の瞳が美しい。僕は虚をつかれたせいか、思わず取り乱して、自分のことを言っているのかと一瞬混乱してしまった。

いや、今は彼女自身の話をしているのだろう、たぶん。

「え、え、そうなんですか」

「職場の人。10歳も上なの」

「10歳も」

有紗さんがポツリポツリと話しはじめる。俺は彼女の言葉を確認するように、簡単な相槌しか返せない。特段、彼女も俺にそれ以上の言葉など望んでいないようだった。そういえば、さっきの飲み屋でも彼女の一発屋芸人たちに対する論評に対しても、僕はまともな返答はしていなかった気がする。

「すごく、仕事のできる人で、周りからも人望が厚くて、奥さんも子供もいて、すごく幸せそうで」

「うん」

僕は、相槌以上は返せない。それでいいのよ、という風に有紗さんは話を一区切りさせる雰囲気はない。ただ、聞いてほしいのだ。

「机の脇には娘さんが描いてくれた絵とか飾っているんですよ、そういう人。いるでしょ」

「ああ」

「人生のこれだっていう道を進んでいる人って感じで。真面目で堅実で。私の仕事ぶりとかもすごく評価してくれて。きちんと私の話も聞いてくれて。その人に、褒められたくて、私も無理に気張っていた部分もあったな」

「その人のことは好きなの?」

「好き?好きか、なんだろ、特に、彼が好きだってわけではないの。魅力的な人ではあるんだろうけど。でも、なぜか一度体を許してしまって」

「そこからは、もうなんだろう、さも当たり前のように、扱われてしまっているというか、私の意思とか気持ちそういうの関係なく、って感じ。そこからは、だんだん私の話とかも、聞いてくれなくなって」

不意に、頭の中で、彼女が熱弁していた一発屋芸人の話が僕の脳裏に蘇った。視聴者からいつの間にか飽きられてしまう一発屋芸人。でも、本当は自分の本来の持ち味でちゃんと注目されたい一発屋芸人。熱っぽく話す彼女の顔はすごく愛らしかった。

「なんていうか、もう消費されちゃったのかなあ、私、って感じ。ごめんなさい、急にこんな話しちゃって。びっくりしちゃったでしょ」

そう言って、彼女は両手で顔を覆った。僕はそんな彼女に寄り添って、何も言わず彼女の手の甲に軽く口付けをした。




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