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173_Keith Jarrett「The Melody At Night,With You」

ここ最近、毎朝のラジオ体操が終わった後、息子と公園横の木立のそばを歩いていた。すっかり日課になってしまっている。至極、穏やかな空気とともに、柔らかい日の光が枝と枝の間を差している。私は特に考え事をするわけでもなく、息子の手を引いて30分から1時間ほど、歩いてある程度まで腹を空かせて家に戻る。

妻の作る朝食は、いつも息子の大好きな目玉焼きだ。妻はいつも息子中心、息子のために全てを捧げていると言っても過言ではない。息子の気に入る目玉焼きの黄身の柔らかさまで神経を使っている。妻はいつも息子のことだけ考えて生きているのだ、

しかし、私は必ずしもそうではなかった。息子は生まれつきの障害を抱えており、中学生になっても知能は3歳児のままだった。うーうーと声をあげて唸りながら、草木や虫を追ったり、自然の中で自由に遊ぶことが何より大好きだった。私はこの息子の唾まみれの手を引きながら、これまでにあったいろいろな逡巡を振り返っている。

私は10年間、総合商社に勤めていて、案件のために海外まで飛び回ってトラブルを解決したり、実はトラブルを解決しているようで、また新たなトラブルに巻き込まれたりしていた。大きな流れの中で自分がもがいていることをそれで良しとしていた。そんな風なポーズを取って仕事は充実している、ということに自分の中でしておきたかったかも知れない。公私共に順調、とは言えないことが恨めしかったのだろうか。それはもちろんこの息子の存在があったからだ。

私は息子のことを一種の罰ゲームのようにとらえていたのは事実だった。私は何も悪くない。私は周囲の期待に応えて、自分のベストを尽くしてきたし、それに応じた報酬をもらう権利がある。すなわち美しく聡明な妻と、賢くて優柔な息子が私のそばにいるはずだった。

しかし現実は違う。実際、私の側からつかず離れずいるこの息子は、いつまでたっても簡単な単語しか話せず、決められた時間に起きることもできず、行動は突拍子もなければ怠け者で愚鈍そのものだと思った。しょっちゅうお漏らしをするのでオムツは取れたが、いつも替えのパンツは欠かせない。

私は息子の存在を視界から消そうとした。息子を見ないようにしたり、世間的にはないもののように振る舞ったりもした。私は同級生の間でも、もっとも成功した人間であるはずだった。なのになぜ、息子は私の目の前に現れたのだろうか。なぜ私の息子として生を受けたのだろうか。無論、息子はただ無邪気に目の前のものに気を取られているだけで何も教えてくれない。

妻はただただ母親として惜しみなく献身的に息子を愛し、私はそれをいいことに妻に任せきりにしていた。妻は私の性格を知っているためか、今まで不満を私にいうことはなかったが、たった一回だけ、ある時私にこういった。
「いい加減、この子のことを認めてあげたらどうかしら」
認める?何を?
息子の何を認めることが自分にできるのだと言うのだろう。月曜日に聞いたその言葉が1週間、仕事中も私の頭の中をぐるぐると巡って離れなかった。

息子の何を認める?待ってくれ、私は私で精一杯やっている。妻もわかっているだろう。誰の金で飯を食えていけると思ってるんだ。俺はお前たち妻や息子、家族の食い扶持のために働いているんだ。私が息子のために骨身を削ってなけなし財産を残している間も、息子はただ好きな時間に起きて、目の前の虫や蝶々を追っているだけだろう。たぶん私の残した財産と障害者年金を受給し続けて、どこかの国の施設のお世話になる未来しか残っていない。

そんなものを認めなければいけないのか。人生というのはどこまで残酷なのか。通勤中に、有名私立の制服を着た小学生の手を引くスーツ姿の父親を見て、石を投げつけたくなる。お前らと俺とで何が違うんだ。いったい俺が何をしたというんだ。お前たちなんてたまたま当たり馬券が当たっただけなんだろう。

そうだ、結局、認めたくないのだ、認めたら負けを認めることになってしまう。ずっと手綱を握りしめていなければ、このレースから脱落してしまうんだ。俺は必死になってやってきた。それの分け前を得ているだけなのだろう、この息子は。子供は親を選べないともいうが、親も子供を選べないんだ。

夜寝ていて、際限なく現れる感情に居ても立っても居られず、私は寝室を抜け出してコップの水を飲んだ。少し落ち着いたが、妙な感情が湧いて息子の部屋に行ってみた。息子は穏やかな寝息を立てている。私はしゃがみ込んで、よくよく寝ている息子の顔を覗き込んでみる。

こう見てみるとまつ毛の部分は妻に似ていて、口元は自分に似ている。まだ障害があると知らなかった頃、生まれたばかりの息子の顔を見て妻はそう呟いた。暗がりで見る息子の顔はやがて幾重にもいろんな人の顔が重なっているようにも見える。大人のように鋭い表情に見えたり、子供のようにあどけない表情のように見えたり、道化のように歪んだ表情のように見える。俺は息子の中に何を見ているんだろう。様々な人の顔や表情、そこにいたる思い。いろんなものを見出していた。

そうだった。息子が生まれてから、息子を通して世の中や自分の姿を見るようになった。息子の存在を認めたくない、自分は悪くない、という残酷で醜悪な自分の負の感情と向き合わざるを得なかったのだ。心の奥底では本当は息子の存在を認めたあげたい。しかし、行動はそれと真逆のことをして息子を鑑みることはない。仕事が忙しいんだとか、家族のために俺は働いているんだとか、何に対しても言い訳をして、息子を遠ざけた。息子を認めることが自分の負けだとでも思っていたのだろうか。

しかし、それは己の本心を裏切り続けていることに他ならなかった。いわゆる自己欺瞞だった。そしてそれを正当化するため、息子の愚鈍さや障害を常にあげつらって、心の中で息子を責め続けていた。俺は煉獄の炎の中で己の身を焼き尽くしていた。

俺はなんと情けない、小さな人間なのだろう。情けない父親だった。涙を流して、息子の手を握りしめた。息子はあどけない表情で眠り続けている。いつの間にか起きていたのか、私と息子の姿を部屋の入り口から妻が見つめていた。



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