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私の不倫日記:16章「別れ…」

彼女からのポケベルの呼び出しが来た。
彼女の入力したメッセージが表示されている。
『10分後にいつものところで』

私は指定場所で楽しみにヨーコを待った。
ヨーコの車が到着し、私は自分の指定席である助手席に乗る。
彼女は私に、自分達が初めてった公園に行きたいと言った。

「ふーん、分かった…」

そして懐かしい思い出の場所、思い出のベンチに二人は腰掛けた。
ここで初めてヨーコと出会い、二人は恋に落ちたのだ。

「懐かしいな…」と言いかけた私に…

「あのな、セイジさん… この頃、旦那だんながまた私を抱くようになってきてん…」
 
 ヨーコからの突然の告白だった。しかも私にとっては、彼女の口からは聞きたくない告白だ。

「ええっ、そうなんや…」
私は衝撃を受けた。

 考えて見れば、夫には彼女との性交渉を持つ正当な権利があるのだから当然の事だったのだ…
私はヨーコのただの不倫相手でしかない。
彼女の夫に対して何も言う立場でもなく、権利もありはしない…

だが、そんな理屈では納得出来ない自分がいた。

ヨーコを誰より愛してるのは私だ。
彼女を一番大切に想い、考えているのは私のはずだ!

ヨーコを私以外の男が抱くなんて許せなかった、それが夫であろうと…

私は正直に言うが…その時、ヨーコの夫に対してかすかに殺意を抱いた…

そいつを殺せばヨーコは私のものになる…
そうすれば彼女といつも一緒にいられる…
私はヨーコと結婚するんだ…
様々な考えが私の頭に浮かんだ

私の思考をさえぎるようにヨーコが言った。
「それにな、私に仲直りして一からやり直したいって言うてきた…
もう暴力も振るえへんし、お前を大切にするって…」

「娘と三人で仲良く暮らそう、二人目の子供を作ろうって…」

私は何も言う事が出来なかった…

「それでな… 私考えてん…」
ヨーコが言う。

「セイジさん… 私…
セイジさんとの事、清算しようって考えてるねん…」
私は死刑の宣告を受けた気がした。

「なに… それ…」
私はヨーコの告白に頭が真っ白になった

「ごめん、よう聞こえへんかった… ヨーコ… なんて言うたん?」
カラカラになった口から、私はようやく言葉をしぼり出した…

「うん… セイジさんとの関係終わらせて、別れるって…言うた
私も旦那だんなとやり直すことにしてん…」

何も考えられず、ただ私はヨーコを見つめていた…


耳をふさいだ…
今、何も聞こえなかった… ヨーコは何も言ってない…
空耳そらみみ


いや、ちゃんと聞こえた。
ヨーコは確かに言った…

「あなたと別れたい」

と…

絶望…


だが…
私は、自分を見失って気が狂い、ヨーコを殺して自分も死のう…
とは、考えなかった…

なぜだろう…?

俺はヨーコを愛してたんじゃなかったっけ?

彼女を失ったお前がこの先、生きていけるのか?

わからない…

ヨーコは私の全てだ
私の身体も心も彼女のためにある…

ヨーコもそうじゃなかったのか…?

でも…
彼女には夫がいて一人娘がいて、社長夫人という立場があるのだ。

それら全てのモノからヨーコを奪えるのか、お前に?

頭の中を次々に考えが駆けめぐった…


 私にも両親がいた、兄弟もいた、職もあり…ささやかながら社会的な身分もあった。
それら全てを捨ててヨーコと逃避行…

出来るのか、お前に?


分からない…
時間をくれ…
少し考えさせて…


いや、時間などない…
彼女の目を見ろ。

さびしそうで悲しい目…
ヨーコの顔に浮かんだつらそうな表情…

彼女はどれだけ私を愛してくれたんだ?
私に全身全霊の愛をそそいでくれていた。
それは断言できる。
自負ではなく私には分かる。

そのヨーコが発した言葉…

「セイジさんと別れたい…」

彼女にとって、口にするのにどれほどの勇気と決断が必要だったか…

私はヨーコの気持ちを理解した。
それ以上の言葉が無くても、彼女の気持ちは誰よりもよく分かった…

ヨーコも私と別れたいはずがない…
その彼女が言い出したのだ。

ヨーコ…
どんなにつらかっただろうね

ごめんよ、君にそんなつらい役目をさせてしまった…

私は、自分の最愛の人に最もつらい言葉を言わせてしまった…

私よりヨーコの方がどんなにつらかっただろう…

彼女は今日、最もつらい告白をするために私にいに来てくれたのだ。

私達二人の悲しい最後の逢瀬おうせ

出会いの場所で、私はヨーコから別れを告げられた…
ここは思い出の場所…
二人の始まりの場所が、終わりの場所になった…
彼女がそれを選んだのだ…

私もヨーコに答えを出さなければいけない。

私は身を切る思いで彼女に告げた

「わかった… ヨーコ、別れよう…」

ヨーコは黙って聞いていた。

私はヨーコに言った
「一つだけ僕のお願い聞いてほしいねん…」

彼女が答える
「なに?」

私はヨーコを見つめて、声を絞り出すように言った。
旦那だんなさんはええよ、仕方ない…
けど、僕以外の男をもう愛さんといてくれへんか?
僕を君の愛した最後の男にしてほしいねん…
勝手なお願いやけど…」

ヨーコは私の目を見つめ返したままうなずいた。
「約束する、セイジさん以外の男はもう愛さへん…
愛されへんもん…」

「ありがとう、ヨーコ…」

私はヨーコの姿がにじんで見えた…
涙にかすむ彼女もふるえていた…


いつも私を乗せて運んでくれたヨーコの車…
最後だったが…今日は彼女の申し出を断った。
私は歩いて帰ることにしたのだ。

ヨーコには先に車を発進させてもらった…

遠ざかるヨーコの車…
その助手席は、いつも私の指定席だった…


私は少しふらついて歩いた…

ほら、しゃんとしろ…
真っぐ歩け…


なんだ… 別れってこんなにあっけないのか?

私とヨーコの数か月間はなんだったんだろう…?

悲しいな…

耐えるしかないのか…

ヨーコを知るんじゃなかったな…

あの日、仕事を休まなければよかった…
テレクラなんか行くんじゃなかった…
ヨーコからの電話を取らなきゃよかった…

そうすれば今日の悲しみは無い…
絶望も無い…

ヨーコの目に浮かぶ涙も見ずにすんだのだ…


ああ、つらい…

ヨーコ… 君が恋しい…

こんなにも君との別れがつらいなんて…

知りたくなかった…

私はふらついて歩いていた…

ぽっかり開いた胸の穴を押さえながら…

どこまでも歩いた…

右の膝が痛んだ…
見ると、ズボンがやぶれて血がにじんでいる…

どこかでぶつけたか…

どうでもよかった…

ああ、死ぬほどつらい…

私はふらついて歩いた…

心の支えを失ったまま…

見知らぬ通りをただ歩いた…

ああ、私のヨーコ…


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