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【Rー18】ヒッチハイカー:第10話「どうしても南へ行きたいんだ…」⑧『連れ去られる静香… 謎の男、鳳 成治…ヒッチハイカーと戦う!』

「き、貴様! 何者だ? その刃物を捨てろ!」
 移動現場指揮車を運転していたDチーム隊員の東尾ひがしお巡査は、ボデイーアーマーの上からシートベルトを着用していたのと握っていたハンドルで衝突の際の身体への衝撃を耐えられたために、搭乗ドアを破って入ってきた男に対して乗員の中で最もしっかりとした意識で反応出来た。

 東尾巡査は右大腿部に装着していたホルスターから『ベレッタ90-Two』を即座に抜き、乗降口に立っていた侵入者に向けて両手撃ちの構えを取った。

「動くんじゃない! 貴様が動けば、この銃で容赦ようしゃなく撃つ! いいな、その刃物をゆっくり床に捨てろ…」
 男に向かってそう命令しながら東尾巡査は、いつでも撃てる様にベレッタの安全装置を外した。彼は自他ともに認める射撃の名手だったが、彼の腕で無くてもこの距離でねらいを外す事など無い。

 移動現場指揮車の後部座席に目を向けていたヒッチハイカーが、警告を発している東尾巡査にわずかに意識を向けた…と思った次の瞬間!

「バシュッ!」
 胸が悪くなる嫌な音と共に、一瞬で東尾巡査の両手首から先がベレッタを握ったまま切断されていた。

「うっぎゃああーっ! 俺の腕があっ!」
 東尾巡査が叫び声を上げたのと同時に、彼の切断された手首から放水の様に激しく血がき出した。

「やかましい…」
 ヒッチハイカーがかすれ声でつぶやくとともに、右手に持った山刀を再び一閃いっせんさせた。

 サイレンの様に叫び声を上げ続けていた東尾巡査の、鼻の下を水平に一周するラインより上の頭部が一瞬にして消失した…
 だが、東尾巡査の身体は自分の頭部を失った事に気が付いていないのだろうか? 奇妙な事だが、切断面より下にある口から血しぶきと共に肺からの空気の放出で叫び声(?)の様な甲高い音がまだ吹き出し続けている。

「ちっ!」
 舌打ちしたヒッチハイカーが山刀をもう一閃させると今度は東尾巡査の首が切断され、斬られた部分がフロントガラスに当たってダッシュボードの最初に切断された頭部の横にドサリと落ちた。数秒後、首から上を失った東尾巡査の拍動が停止した時点で切断面からの血の噴水がようやく止まった。だが、頭部のない身体の痙攣けいれんはその後もしばらく続いていた。

 ヒッチハイカーは搭乗口から後部座席に向けて、ゆっくりと通路を歩き始めた。

「う、うう…」
 後部に乗っていた長谷川警部に横田警部補、おおとり指揮官に皆元静香みなもと しずかの4名は移動現場指揮車の岩への激突による衝撃で完全に意識を失っているか、意識の朦朧もうろうとしている者ばかりのようだった。
 ヒッチハイカーの接近と東尾巡査が惨殺ざんさつされた事に気付いている者は、誰一人いなかった。

 ヒッチハイカーは一歩一歩静かに進んだが、長谷川警部と横田警部補には見向きもしないで横を通り過ぎ、その後ろに座っていた静香の真横でピタリと歩みを止めた。そして、意識を失っている静香の顔をのぞき込むようにかがみ込んだ。
 どうやら、こいつの車内に侵入してきたねらいは静香のようだった。

 すぐそばに餌食えじきとなった人々の血とあぶらにまみれた狂暴凶悪なヒッチハイカーが立ち、鼻をくっつけるように顔を近づけて静香の身体のにおいをぎ始めたが、彼女はまだ意識を失ったままだった。

「くっ…」
 通路をへだてた静香の隣の座席に座っていた鳳 成治おおとり せいじが意識を取り戻し、自分の目の前に立っていたヒッチハイカーの後姿に気付いた。彼は自分のスーツの下に着用しているショルダーホルスターから愛用の拳銃『ベレッタM92FS/エリートⅡ』を電光石火でんこうせっかのスピードで抜き放ち、ヒッチハイカーの背中に照準を合わせた。
 だが、ヒッチハイカーの動きの方が速かった。振り向いたかと思った次の瞬間にはおおとりの構えたベレッタは、トリガーガードの前部分のスライド・バレル・銃身の全てまとめて切断されてしまった。
 信じられない事だが、ヤツは手に持った山刀で鋼鉄製の拳銃を一刀のもとに切断したのだ。

「うっ! られる…」
 驚愕のうなり声を上げたおおとりは、この男には珍しい事だったが次に来る自分の死を覚悟した…
 
その時だった!

「パン!パン!パン!パン!」
4発の銃声が車内に響き渡った。

 意識を取り戻した前席の横田警部補が、自mm分の『ベレッタ90-Two』をヒッチハイカーのき出しの脇腹に向けて数十㎝の至近距離で発砲したのだった。
 これだけの至近距離で4発もの9mmパラベラム弾を食らったのだ。いくら怪物並みの体力を持つヒッチハイカーでも…
 そう思った横田警部補は自分の目を疑った…
 ヒッチハイカーの脇腹に銃弾によって開けられた四つの射入口から、モコモコと何かが吐き出されてきたのだ。それは高速で人体にぶつかった瞬間に先端部のへしゃげた銃弾の鉛製の弾頭部分だった。弾頭はヒッチハイカーの腹腔内の内臓部まで達することなく、体表の皮膚と脂肪部分を破ったが強靭な筋肉に受け止められ、それ以上突き抜けずに留まっていたのだろう。
 そのつぶれた弾頭が筋肉と腹圧によって押し出され、体外に排出されようとしているのだ。

「コン、コン、コツン、コン…」
 排出された4発のつぶれた弾頭部分は床に落ちた。

「ガシュッ!」

 信じられない表情を浮かべて口をポカンと開けていた横田警部補の頭が、スイカ割りのスイカのように真っ二つに割られた… 情け容赦無いヒッチハイカーの山刀が真上から垂直に叩きつけられたのだった。横田警部補の頭蓋骨の骨片と脳漿のうしょうが飛び散り、衝撃で飛び出した左右の眼球がダラリと垂れ下がった。

 すでに車内に入ってから2人を惨殺したヒッチハイカーが、思い出したように静香の方に身体の向きを変えた。
 そして気を失ったままの静香の両脇の下に自分の左手をグイっと差し込んだかと思うと、彼女の身体を軽々と抱き上げた。いったい静香をどうしようというのか…? ヒッチハイカーの穿いているズボンの前部分がパンパンにふくれ上がっている。
 二人もの人間を惨殺しながら、こいつは静香を見て欲情し激しく勃起ぼっきしているようだった。ズボンの中に納まりきらない彼の馬並みに巨大なペニスの半分以上がベルト部分からはみ出し、亀頭の先端から我慢汁と呼ばれる透明な液体を吐き出していた。

 異常なまでの性欲の塊でもあるヒッチハイカーは、すでに犠牲となった水木エリや山野ミチルと同様に静香を犯すつもりなのだろうか?

 だが、抱き上げた静香をこの狭い車内で今すぐ犯すつもりはないらしく、彼女を連れ去るつもりか抱き上げたまま出口の方へと身体の向きを変えた。

 しかし、通路の先には鳳 成治おおとり せいじが通すまいと立ちはだかっていた。
 邪魔者を発見したヒッチハイカーの目が細くすがめられた。

 この時には、すでにおおとりの手には切断された自分の拳銃『ベレッタM92FS/エリートⅡ』は握られていない。彼はヒッチハイカーに向けて突き出した素手の右手の人差し指と中指を伸ばし、薬指と小指は曲げて親指で軽く押さえ刀印とういんと呼ばれる形を作った。
 そして刀印を結んだ右手で、空中に横向きに上から五本の線、縦向きに左から四本の線を書きながら何やら口で呪文をつぶやき始めた。 

青龍せいりゅう白虎びゃっこ朱雀すざく玄武げんぶ勾陳こうちん帝台ていたい文王ぶんおう三台さんたい玉女ぎょくにょ

するとどうした事だろう…?

「ううううう…」
 うなり声を上げながら、血とあぶらにまみれた赤黒い鬼の様な形相をしたヒッチハイカーの両目がおおとりの顔ではなく、彼が空中に描き出した縦横の線が実際にその空間に存在するかのように吸い寄せられていく。そして、まるで空中に縦横の線で描かれた格子こうしの目を数えるかのように、ヒッチハイカーは狂ったように自分の目で順に追い始めた。

 鳳 成治おおとり せいじが用いたのは陰陽道おんみょうどう破邪はじゃの法である『早九字護身法はやくじごしんほう』であった。妖や魔界の者達は自分に向けて九字を切られると犠牲者では無く、九字が描いた格子の目を見ないではいられないのだ。この間に術を掛けた者は逃げ出す事が出来る。

「う、うう…」
 長谷川警部がようやく意識を回復したようだった。彼は座席にぶつけた頭を振りながら顔を上げ、目の前に起こっている信じられない光景を見た。
 意識の無い静香をかかえた身長2mを超えるヒッチハイカーが鳳 成治おおとり せいじ対峙たいじしている。しかも鬼の様なヒッチハイカーはおおとりでは無く、何かを目で追うように頭をグルグルと動かしていた。

 目が覚めたばかりの長谷川警部には何が何だか分からなかったが、とにかく捕らわれている静香とおおとりを助けなければならない。そうはっきりと意識した彼は、右太ももに装着したホルスターから『ベレッタ90-Two』を抜き、何かに意識を取られているヒッチハイカーにねらいを付けた。

「おい、貴様! 今すぐ、その女性を放せ! そして、右手に持っている刃物を捨てるんだ!」
 たたき上げで根っからの警察官である長谷川警部は、狂暴凶悪なヒッチハイカー相手にでも警告を与えた。

 だが、ヒッチハイカーは夢中で何かに集中しているようで、全くこちらのいう事に耳を貸そうとしない。
 仕方なく長谷川警部は、ヒッチハイカーへの威嚇いかくのために自分の座席の窓を開け、拳銃を外に向けて発射した。律儀な彼は警察の備品である車両にも傷を付けたくなかったのだ。

 今の威嚇発砲でヒッチハイカーはわれに返った。そして目の前にいる鳳 成治おおとり せいじがスーツの下から取り出した銀色の両刃もろはつるぎを目にすると、その剣が発する輝きから右手で目をかばうようにしながら威嚇の唸り声を上げた。どうやらおおとりが手に握る剣の輝きを恐れているようだった。

「うがあ!」

 ヒッチハイカーは、獣の様な声で一声叫んだかと思うと左腕にかかえていた静香の身体をたてにするように、自分とおおとりの間にかかげ持った。そして、そのままジリジリとおおとりの方へ一歩ずつ進み出す。
 おおとりは静香の身体を盾にされては、何も出来ずに後退するしか無かった。

「止まれ! その女性を放せと言ってるんだ!」
 長谷川警部補が拳銃をヒッチハイカーに向けて叫んだ。だが、やはり人質の静香がいては撃つ訳にはいかなかった…

その時だった!

「ドッカーン!」
 外に吹き荒れる吹雪の吹き荒れる音の中でも、はっきりと聞こえるほどの爆発音がして地面がれた。

 先ほどがけの上から落ちてきた巨大な岩の塊によって山道から弾き飛ばされ、反対側の崖下に落下した人員輸送車が爆発したのだった。

「うっ! あれはDチームの隊員達を乗せた人員輸送車か…?」

 鳳 成治おおとり せいじに一瞬のすきが生まれた。
 ヒッチハイカーはその隙を見逃さなかった。静香を抱えたそいつは、頑丈がんじょうな登山靴をいた右脚でおおとりりかかった。
 しかし、抜群の反射神経と体術にも並外れた才能を持つ鳳 成治おおとり せいじは、通路から斜め後ろの運転席に飛び退き間一髪で身をかわした。もし一撃でもヒッチハイカーの蹴りを食らっていたなら、おおとりは即死だっただろう。
 身を躱したおおとりには見向きもせずに、静香を抱えたままヒッチハイカーは搭乗口から吹雪の吹き荒れる外の道路へと一足飛びにんだ。
 
「しまったあ!」
 叫んだおおとりは、運転席に座ったままの東尾ひがしお巡査の無残な遺体が右手に握っていた『ベレッタ90-Two』を硬直しつつある手からもぎ取るようにつかむと、ヒッチハイカーを追って搭乗口から外へ飛び出した。

「パン!パン!パン!パンッ!」
 静香を抱えて走り去るヒッチハイカーの背中に向けて4発の9mmパラベラム弾を叩き込んだ。間違いなく弾丸は4発とも命中したはずだったが、ヒッチハイカーはものともせず、吹雪で目視出来る限界の先へと風の様に走り去った。

「やめて下さい! おおとりさん! 皆元さんに当たったらどうするんだ!」
 後から続いて車から降りて来た長谷川警部が、おおとりの右腕を掴んでベレッタの銃口を空へ向けさせた。

「バカ野郎! そんな事を言ってる場合か! 俺達はまた、怪物を野に解き放ったんだぞ!」
 冷酷なほどクールだったおおとりが自分の右腕を掴んでいた長谷川の手を振りほどき、地団太じだんだまんばかりに激高げっこうして怒鳴っていた。

「すみません… 私がもう少し早く意識を回復していれば、皆元さんは… それにまた、私は二人の有能な部下を失ってしまった…」
 長谷川は肩を震わせ、男泣きに泣いていた。その両手のこぶしは血が流れ落ちるほど強く握りしめられていた。

「もういい… すんだ事は仕方が無い。この巨大な岩の塊は、ヤツが我々の車両をねらって落としたんだろう。しかし、信じられんな… 『最強ツィ チャン』であれほどに怪物化しながら、人間と変わらぬほどに知能を働かせられるとは… いったいあのヒッチハイカーは…」
 始めは長谷川警部に対してかけた言葉だったが、途中からおおとりは訳の分からないひとり言をつぶやいていた。

「ツイ…チャン… 何なんですか、それは? このに及んで、まだあなたは隠し事を…?」
 おおとりのつぶやきを聞きとがめた長谷川は、まだ怒りと悲しみに震えながらもおおとりを問いつめた。

「何でもない… 言ったろう、国家機密だと。君達の様な地方公務員の関わる事ではない。」
 おおとりが持ち前の冷たい口調に戻って言った。

「何だと、貴様!」
 彼の冷たい言い草を聞いた長谷川は、右手でおおとりの胸ぐらをつかんでめ上げるように言った。彼は柔道三段、剣道四段の猛者もさである。

「興奮するんじゃない!」
 格闘技の有段者である長谷川の万力まんりきの様な締め上げを、彼の右手首を軽くつかんだおおとりが逆にひねり上げた。

いたたたた!」
 あまりの痛さに長谷川は掴んでいたおおとり襟首えりくびを放し、数歩あとずさった。

『この男… さっきの射撃の腕前と言い、ただのクールなイケメン野郎じゃない…』

 複数の格闘技の有段者で相手の力量を見切る事にかけては人後に落ちない自信のあった長谷川は、おおとりの力量を大きく見誤っていた事に気づいた。
 そう考えながら長谷川がおおとりを見つめていると、彼は長谷川を無視して奇妙な事をし始めた。

 鳳 成治おおとり せいじは背広の胸の内ポケットから小さな黒い物を取り出した。両手で広げ始めたそれは黒い紙で折った折り紙のようだった。小さいが、よく見るとカラスの様な形に折ってあるようだ。

 その黒いカラスの折り紙を吹雪に飛ばされないように左手で持ち、気を失っていた長谷川には見なかったが、おおとりの右手は先ほど早九字を切った時の様に刀印を結び、やはり折り紙のカラスに対して九字を切りながら何かをつぶやいているようだ。だが、吹雪の音にかき消されて長谷川にはおおとりがつぶやく言葉は聞こえなかった。

 長谷川は子供じみた事を始めたおおとりの様子を眉をひそめながら見つめていたが、彼の見ている前で奇妙な事が起こり始めた。
 おおとりの左手にっていたカラスの折り紙がムクムクと大きくなり始めたのだ…
 長谷川は目の錯覚さっかくかと右手で目をこすったが、それは錯覚では無く現実だった。
 おおとりの左手の上でどんどん大きくなった折り紙のカラスは、本物のカラスよりも大きくなりわしぐらいの大きさでようやく巨大化を止めた。
 そして何という事か… 折り紙特有の折り目の有ったカラスの外観は、いつの間にか本物のカラスに姿を変えてしまった。まるで特撮かCGアニメを観ているようだと長谷川は頭の片隅で思った。

 不思議な事に、その巨大なカラスには足が三本あった。

「三本足のカラス…『八咫烏やたがらす』か?」
 サッカーファンである長谷川は、日本サッカー協会のシンボルマークでもある『八咫烏やたがらす』を知っていたのだ。

 見た目が本物そっくりの外観に変わった途端とたん、その三本足のカラスはまるで生きている様におおとりの手から地面へと翼を羽ばたかせながら飛び降りた。いや、そのカラスはどう見ても本当に生きていた。三本足で器用に雪の積もった路面を歩きながら頭を鳥特有の動かし方で振り動かし、くちばしをパクパクと開閉しながら「カア、カア!」と鳴いているのだ。両目もまばたきをし、翼も小刻みに羽ばたかせていた。

「よし、行け!」
 おおとりが命令すると、奇妙な三本足のカラスは大きく翼を広げて空中へと飛び上がった。そして力強く羽ばたきをすると、猛吹雪をものともせずにヒッチハイカーの逃げた方角へと飛び去って行った。

「カアアアーッ!」
 遠ざかるカラスの鳴き声が、吹雪にかき消されそうになりながらもかすかに聞こえていた。

「何だ、今のは…? あいつの魔法か?」
 そう言うと長谷川警部は口をアングリと開いたまま、カラスの飛び去った方角からゆっくりとおおとりに目を戻した。

 鳳 成治おおとり せいじは長谷川に背を向けたまま、自分が作り出して空にはなったカラスを見送るように立っていた。

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「ドッカーンッ!」

 その爆発音は、ガソリンスタンドで長谷川警部達の乗った車両が到着するのを待っていた伸田伸也のびた のびやと、県警のSIT(Special Investigation Team:特殊犯捜査係)であるAチーム隊員達の耳にも届いた。

「何だ、あの爆発音は…? ここから近いな…」
 Aチームリーダーである島警部補の言葉に、他の全員が顔を見合わせてうなずいた。

「まさか、隊長達の乗った車両じゃ…?」
山村巡査部長が心配そうな顔をしてつぶやく。

「どっちにせよ、作戦指揮所からこっちへ向かう途中の山道だろう… 行ってみよう!」
 島警部補の呼びかけに伸田を含めた全員が頷く。
 彼らは不安なまま、仲間の到着を待ってはいられなかったのだ。

 島警部補を先頭にして全員が周囲を警戒しながら、爆発音のした方へ向かって歩き始める。

 一行が一本きりの山道を下りはじめ、カーブを曲がって見通しのいい場所に来た時だった。
 眼下の崖下にひっくり返って大破し、裏側のシャーシを上にして炎上する大型車両が見えた。

「あれは、自分達の乗って来た人員輸送車ですよ!」
 全員が目の前の現実にショックを受けている中で、安田巡査が炎上する大型バスを指さしながら叫んだ。

「最悪な事態だな… ヤマさん、事故でしょうか?」
 島警部補が年長の部下である山村巡査部長に尋ねた。

「分かりませんね。でも…あれじゃあ、乗ってた人間は助からない…」
 山村巡査部長が悲しそうに首を振ってつぶやいた。

「あっ… 皆さん、見て下さい!」
 伸田が山道の下を指さしながらAチームの隊員達に呼びかけた。

 全員が伸田の指さす先を見ると、吹雪の中の山道を自分達の方に向かって歩いて登って来る二人の男の姿があった。
 一人は自分達と同じSITの装備を身に着けている指揮官らしき男で、もう一人はこの寒い山中だというのに背広の上下の上に軍用の防寒コートを着ただけの、スラリと背の高い人物だった。

「あれは、長谷川隊長だぞ!」
 島警部補がSITの装備姿の男を見て言ったのに、全員が頷いて同意を示した。だが、もう一人の人物は誰にも分からなかった。

「隊長ーっ!」
 チームの中で最年少である安田巡査が、隊長である長谷川警部に向かってうれしそうに手を振りながら叫んだ。
 つられて他の隊員達も手を振り始めた。

「良かった、長谷川警部が無事で。 だが、他の連中は…?」
 崖下で炎上する車両を見ながら、島警部補が心配そうにつぶやいた。隣で山村巡査部長が黙ったまま首を横に振った。

 一本の山道を登って来た二人と、降りて来たAチームの隊員達が途中で合流した。
 
「ご苦労だった。君達Aチームの全員が無事で何よりだ。」
 山道を上って来た長谷川警部が、敬礼して出迎えたAチームの面々に敬礼を返しながら言った。

「あなたが、皆元静香みなもと しずかさんの婚約者の伸田のびたさんですね? 私は、このSITの指揮官のおおとりと言います。さっそくで申し訳ないのですが、皆元さんはヒッチハイカーの手に落ちました。」
 もう一人の人物が長谷川の言葉をさえぎるようにして、誰が見ても一人だけ明らかに他の隊員達と恰好かっこうと態度の違う伸田に向かって単刀直入に切り出した。他の隊員への初対面の挨拶あいさつはぶいてだ。
 Aチームの全員が長谷川警部に向かって目で問いかけたが、肯定こうていの印に長谷川は黙って頷いただけだった。

「Aチームの諸君への詳細の説明ははぶく。時間の無駄だ。君達は長谷川警部と共に私の指揮下に入ってもらう。命令に従えない者は作戦からはずす。以上だ。」
 おおとりの有無を言わせない命令に、隊員達は顔を見合わせる。リーダーである島警部補が皆を代表して一歩前に進み出た。

「あなたが新しい指揮官で、命令とあれば自分達は従います。このAチームには、作戦を途中で投げ出す者など一人もおりません!」
 島警部補がおおとりに向かって最敬礼した。彼は自分が先頭に立って答える事で、他の隊員達の不満の噴出ふんしゅつおさえ込んだのだった。
 その気持ちを理解した山村巡査部長が続いて最敬礼すると、他の隊員達も不承不承だが続いた。

「よろしい。君はいい部下を持っているようだ、長谷川警部。」
 おおとりが長谷川に向かって言うと、長谷川もおおとりに向かい最敬礼した。

「シ、シズちゃんが… ヒッチハイカーに…?」
 伸田にはSITの指揮系統の事などどうでもよかった。せっかく安全に保護されたと思っていた静香がヒッチハイカーに連れ去られたなんて、静香の命が絶望的なのが伸田には今までの経験で嫌というほど分かっていた。

「もうダメだ…」
 伸田がガックリと地面にひざをついた。

 これまでの付き合いで伸田と親しくなっていた隊員達が彼の肩を優しく叩いたり、はげましの声をかけたりした。
 
「まだ、皆元さんの死亡が確認出来たわけではありませんよ、伸田さん。気をしっかり持って下さい。我々が全力を挙げて救出に向かいます。彼女の連れ去られた居場所はすぐに分かります。」
 この言葉に、伸田を含めた全員がおおとりの顔を見た。

「私がはなった追跡用デバイスが、GPSで私に皆元さんの居場所をしらせて来ます。」
 そう言っておおとりは、コートのポケットから自分のスマホを取り出した。

『追跡用デバイスだと…? あの八咫烏やたがらすがか? この魔法使いが!』

 唯一事情を知る長谷川が、苦笑と共に一人心の中で毒づいた。ここまで二人で登って来る道中でも、おおとりから八咫烏やたがらすについての説明は何も無かったのだ。
 
「ふむ… ヤツの居場所が判明した。これは… はっ、何て事だ! これは作戦指揮所のある製材所ではないか…
我々はヤツに振り回されたという事か。クソッ!」
 
 おおとり自嘲じちょう気味に告げた言葉に、全ての隊員達からうめくような声が上がった。作戦指揮所のある製材所にはSIT以外の警察官や救急班が待機しているのだ。今では連れ去られた静香だけではなく、その関係者達全員も危険にさらされているのだった。

「ここで考えていても仕方が無い。では、諸君! さっそく人質及び関係者の救出に向かうぞ。伸田さんは危険ですからガソリンスタンドに戻って待っていて下さい。」
 すぐにおおとりが決断して隊員達に命令を下し、伸田にも指示を与えた。

「あ…あの、おおとりさん… 僕も一緒に連れて行っていただけませんか…?」
 伸田がおずおずといった調子でおおとりに言った。彼らが現れる前は自分もAチームと一緒に行動するはずだったのだ。ガソリンスタンドで一人で心配しながら待っているなど、伸田にはとても出来なかった。

「駄目ですね。あなたは民間人でしょう。万が一の事が起こった場合、我々に責任を取る事は出来ない。」
 予想はついていたが、おおとりの返事はにべもなかった。

「自分の身は自分で守ります! お願いですから! 静香は僕の愛するフィアンセなんだ!」
 伸田は叫ぶような勢いで、指揮官であるおおとりに必死にうったえた。

 おおとりは、一歩も譲ろうとしない伸田の真剣な目を見た。

「ふん… いい目をしているな。よろしい。だが責任は自分自身で負うんだ。それでいいなら好きにしたまえ。
 装備は…ふん、持っているようだな。ふふふ、最初からAチームの諸君も承知の上だったと見える。
では各員、出発するぞ!」 

鳳 成治おおとり せいじの号令で、一同全員が林の中を製材所に向かう道へと入って行った。
 徒歩で林を抜けた方が早道なのだ。ヒッチハイカーに拉致らちされた静香と製作所で待機している関係者を救うために、一刻も時間を無駄には出来なかった。

 全員が緊張の面持ちで、一行は作戦指揮所のある方角を目指した。


【次回に続く…】

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