ねえ、マスカレード… 君の素顔が見たいんだ ③「マスカレードの退会で断たれた希望… しかし…?」
僕にとって翌日の大学の授業は、どの教科も出席はしててもボンヤリとしたままの僕の頭には、講義内容が全然入って来なかった。
僕はスマホでSNSサイトの『seclusion』ばかり見ていた。もちろん見ているだけで、自分から投稿はしなかった。
さすがに、昨日の今日だ。フォロワーまでもが総スカンする僕が投稿しようものなら、大炎上はそれこそ火を見るよりも明らかだからだ。
僕の最も気にかかっている『マスカレード』の事は、彼女からブロックされている僕にはどうしようもなかった。
僕の頼みの綱は、詩アカ仲間の風祭 聖子さんのみだ。僕には彼女にすがり付くしか事しか方法は無いんだ。
でも、聖子さんだって自分の仕事や生活があるだろうし…
僕がいくら焦ったって、どうしようもない事は分かってはいるんだけど…
それにしても…昨日の僕は、本当になんて浅はかだったんだろう。
フォロワー達にいろいろとボロカスに言われたけど、全部その通りだ…
数年前に終息したけど、あのコロナ禍は世界中の人々の心や環境に様々な爪痕を残したんだ。個人に対してはもちろん、自治体や国に対しても…
みんな様々な形で文字通りに傷つき、中には命を落とした人達だっていたんだ。
その内の一人が『マスカレード』のお父さんだったんだな…
僕と同世代の『マスカレード』が6歳の頃の父親と言うと、まだまだ年齢も若かったんだと思う…
働き盛りの大黒柱を新型コロナの感染で失った『マスカレード』の家庭が、大変だっただろうと言う事は想像するのに難くない…
残された奥さんや子供達が、どんなに悲しくて精神的にも経済的にも心細かった事だろうか…?
コロナ禍の最中において家族や身内の誰も感染する事も無く、近親者を失う事の無かった僕には、頭で理解しようとしても心では分かってあげられない…
『マスカレード』は、お父さんを亡くしてからの十数年間をどんな気持ちで生きてきたんだろう…
彼女が詩を書いてるのだって看護師を目指してるのだって、僕が安易にSNSで詩を書くのが楽しいと思ったり、目的も無くただ大学での時間を無駄にしているのとは全く違うんだろうな…
そんな彼女が必死な気持ちで書いた詩を、僕は汚してしまったんだ… その結果として、心に傷を持つ彼女をさらに傷つけてしまった。
そんな僕が許されるはずが無いよな…
僕はしゃべっている教授の話を聞くでもなく、左手に握ったままのスマホの画面を見る事も無く、ただ空中を見つめたまま一人ため息をついた。
「ブーン…」
突然、左手に握りしめていたスマホが振動した。受講中なのでサイレントモードでバイブ設定にしてあったのだ。
僕は反射的にスマホの画面を見た。
『seclusion』の僕のアカウントにDMが届いた通知を報せる着信音だった。
それは、僕がずっと待ちかねていた通知だったのだ。
「セ、セイコさんだ!」
僕は思わず大声を上げ、気が付くと立ち上がっていた。
「何だね、君。質問があるなら手を挙げて私に当てられてからにしたまえ。それにセイコって誰だね? 君の彼女か?」
教授がニヤニヤ笑いながら僕を指さして言ったので、教室中の学生が爆笑した。
僕は立ったまま、真っ赤になって教授に答えた。
「す、すみません。朝から腹の調子が悪くて… と、トイレに行かせて下さい!」
僕は腹とお尻を押さえて、『もう我慢出来ない!』と言う感じにその場で大げさにくねくねと身体をくねらせて見せた。
「早く行きたまえ!」
教授の目は、僕に自分の講義を邪魔されて明らかに怒っていた。
こりゃ教授の単位は危ないかもしれないな…
「す、すみません! 行って来ます!」
お尻を押さえながら走り出した僕に大爆笑が沸き起こった。指笛を吹いている奴もいた。
廊下へ出てトイレの方へ向かって走る僕に、まだ爆笑の渦が追っかけてきた。
でも… 人に笑われる事なんて今の僕にとっては、どうって事無かったんだ。
それよりも…
僕はトイレじゃなくて校舎から外へ出て、グランドの方まで走った。
そして、野球部の練習場の近くにある空いていたベンチに腰掛けて、ようやく落ち着いてスマホ画面を見た。
やはり僕宛に届いていたのは、『セイコ』こと風祭 聖子さんからのDMだった。内容はこう書いてあった。
********
♀:こんにちは、邦彦君。
授業中だったりしたらごめんなさいね。
このDMを見たら、私に返信してちょうだい。
いつだっていいから…
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僕は早速、聖子さんに返信のDMを送った。
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♂:セイコさん、DMありがとうございます。
授業の事なら大丈夫です。
今、話せますよ😁
********
僕が返信して、すぐに聖子さんからもDMが送られて来た。
********
♀:良かった、話せて。
昨夜の件、あなたには酷だけど率直に言うわね。
ダメだったわ…
マスカレードちゃん、『seclusion』を退会してた。
もう、誰にも彼女との連絡のつけようが無いでしょうね。
あなたには残念でしょうけど…
********
僕はショックを受けた。
『マスカレード』が『seclusion』を辞めた…
僕のせいか…? それしか無いよな…
ああ…なんてこった…
もう彼女に謝る事も出来ない…
********
♀:ちょっと、邦彦君… あなた、大丈夫?
…な訳ないか…
あなたにはショックだろうけど、
それが彼女の選んだ道だったようね。
もう、他人にはどうしようもないわ。
あきらめなさい…
邦彦君、私のDM読んでる?
返事しなさいよ😠
********
僕はスマホの画面に表示される聖子さんのDMの文字を、ちゃんと目で追ってはいた。
でも… 正直言って、頭が正常に働いていなかったんだ。
その時だった…
僕が左手に持ち、虚ろに見つめていたスマホの液晶画面全体が赤く発光したのだ。しかも「ブーン…ブーン…」と振動まで始めた。
僕はビックリして画面に見入った。それから数回、スマホは赤い点滅とバイブレーションを繰り返してから元の液晶画面に戻った。
もうそこには、見慣れたSNSサイトの『seclusion』のDM画面が表示されているだけだった。
そして、聖子さんからの新しいDMが届いた。
********
♀:どう、今ので目が覚めた?
しっかりしなさいよ、邦彦君!
********
僕はその聖子さんからのDMメッセージを読んで驚いた。
「今の」って…今のスマホ画面の赤い光の点滅とバイブレーションの事か?
そんな筈がない、今のは僕のスマホの誤作動か何かだろ。どうして、ここにいない聖子さんが知ってる訳があるんだよ。バカバカしい…
とにかく、聖子さんに返信しなきゃ…
********
♂:ごめんなさい、聖子さん。
僕、今ちょっとショックでボーっとしてて…
でも、その…変な事を聞きますけど、
聖子さんの言った「今の」って何の事ですか?
今、ちょうど僕のスマホが少しおかしかったんだけど…
誤作動みたいなの起こしちゃって…
********
僕の送ったDMにすぐに聖子さんから返信が来た。
********
♀:あなたのスマホが壊れたんじゃないわよ。
今のスマホ画面の赤い点滅とバイブレーションは
私がやったんだから…
********
は? 何言ってんだ、聖子さんは…?
僕をからかってるんだな、そんな事出来るはずが無いじゃないか。
********
♀:今、あなたは「そんな事出来るはずが無い」って
思ったんでしょうね、きっと。
気味悪がらないでよ、今のはただの私の推測なんだから…
別にあなたの考えを読んだ訳じゃないからね(笑)
そんな事はもちろん出来ないけど、
さっきのスマホの赤い点滅と振動は本当に私がやったのよ。
すぐには信じられないでしょうけど…
こんな事も出来るわよ。
********
僕は、聖子さんが僕をからかってるんだと思って少し気を悪くした。
今の僕がショックを受けてる事は、聖子さんが一番知っているはずじゃないか。それなのに…酷いよ…
そう思って意気消沈している僕の左手に握るスマホが、いきなりバイブレーションを始めた。その振動は単調なものでは無く、明らかに8ビートのリズムを刻んでいる。
そして、スマホは振動に続いて聞き覚えのある歌を流し始めた。
「♬ …ガッツ出せ! 何落ち込んでやがる! お前にはパワフルな拳があるじゃねえか!… ♪」
バイブレーションと共にスマホから流れてきたギンギンのロックの曲は、僕のお気に入りのロックグループ『ダウンポーズ(downpours)』の楽曲『その拳突き上げろ!』だった。
なんで今、こんな歌が僕のスマホでいきなりかかり出すんだ…?
少し経つと始まった時と同じく突然、『その拳突き上げろ!』の歌も8ビートの振動も止まった…
「ブーン…」
また、聖子さんからのDM着信通知だ…
********
♀:どう? その歌が好きだって
前にあなたから聞いたわよね?
その歌詩の通りにマスカレードちゃんの件、
ガッツを出す気ある?
あなたにその気があるなら
私が協力しないでもないけど…?
********
聖子さんの言う通りなら… いったい、彼女は僕のスマホに何をやったんだ…?
魔法か?
それに、彼女は何を言ってるんだ?
聖子さんって人はいったい…?
【次回に続く…】
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