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【Rー18】ヒッチハイカー:第6話「どうしても南へ行きたいんだ…」④『生き延びるんだ』

「ダメだ… エンジンの音がおかしい… もう少しだっていうのに…」
 運転をしている伸田伸也のびた のびやが絶望の言葉をつぶやいた。

「もう…ガソリンが完全に無くなったのね、ノビタさん。」
 伸田の恋人である助手席の皆元静香みなもと しずかささやくような小さな声で言った。セカンドシートにいる水木エリと、彼女の恋人で左腕を切断されて意識を喪失そうしつしている幸田剛士こうだ たけしに悪い話を聞かせたくなかったのだ。

 4人の乗る車の屋根の上では相変わらずギシギシというきしみ音と、「パンッ!パンッ!パンッ!」という山野ミチルという女性を犯し続ける音が聞こえている。
 だが、さっきまでフロントガラスの上部からのぞいていたミチルの顔と両手は屋根の上に引き上げられ、車に乗っている者達からは見えなくなっていた。
 ヒッチハイカーの下半身がミチルの肉体に繰り返し叩きつけられる音のみが吹雪ふぶきの音に混ざって聞こえるのみで、今ではミチルの泣き声もうめき声も聞こえなくなっていた。

「ミチルちゃん、大丈夫なのかしら… 声が聞こえなくなったけど…」
 静香が天井を見上げながら不安そうにつぶやく。

「分からない… 彼女が意識を失っただけならいいんだけど… でも、裸にされた状態でヤツに犯されてるのなら、この吹雪の中で無事なはずがない。
 あの化け物じみたヒッチハイカーは平気だとしても…」
 口では静香にこう言った伸田だったが、彼の気持ちの中ではミチルの生存は絶望的だと思っていた。
 彼女の恋人で自分の親友でもあった須根尾 骨延すねお ほねのぶの命を奪ったヒッチハイカーが、須根尾すねおに引き続いて恋人のミチルの命まで奪い去ったという現実に目をつぶる訳にはいかないだろう。
 今は生きている車中の4人の生存を優先させなければならない。特に出血多量の剛士を一刻も早く救急医療施設に運び込まなければ…

「とにかく、ガソリンスタンドまでは下り坂だから、アクセルはなるべくみ込まないで走らせてみる。」
 
「それからどうするの? あのヒッチハイカーが襲って来るかも知れないわ… いえ、きっと襲ってくるわね。そう思って準備しないと。」
 静香の目には車の屋根の上にいる狂ったヒッチハイカーに対する恐怖の中に、かすかではあったが戦う闘志のような光が見えた。
 伸田は、そんな勇敢な自分の恋人をほこらしく思った。小さな頃から臆病でグズでノロマだった自分の事を、どんな時でも見捨てないでいつも守りはげましていてくれた女神のような存在…その女性が今では信じられない事に、自分の恋人なのだ。
 この静香だけは、自分の命に代えても守らなければと伸田は思った。

「カタカタカタ…プスン…プスン…」
 伸田達の乗る車に、とうとう限界が来たようだった。
 黒煙を雪空に巻き上げながら、まだ勢いよく燃えているガソリンスタンドまで残り100mほどの所で、下りの道路はスタンドへ侵入する道へと分かれているのだが、進入路に入って数mという地点でついにエンジンが止まってしまった。

「ここまでだ…」
 走行距離を少しでも伸ばすためにヒーターを切ってあったため、車内は冷え切っていたのだがひたいに汗を浮かべながら伸田が言った。

「いいえ… ここまでよく頑張って走ってくれたわ、車もノビタさんも。」
 静香が両手で恋人の伸田の手を握りしめながら、彼の健闘をたたえた。

「そうだよ、ノビちゃんはよく頑張ってくれたよ…」
 両腕に意識の無い剛士の身体をしっかりと抱きしめて温めてやりながら、エリが弱々しい微笑みを浮かべて言った。

「ありがとう、シズちゃんにエリちゃん… でも、ここからは車は使えないんだ。それに、アイツを何とかしないと…」
 そう言って伸田は天井を見上げた。

「パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!」

 まだヒッチハイカーは屋根の上でミチルの身体を犯し続けている様だった。ヤツに裸にかれた姿で走行中の車の屋根で真正面から吹き付ける吹雪を直接び続けたミチルは、すでに寒さで凍死しているはずだった。 
 つまりヤツは、ミチルの死体を自分が満足するまで犯し続けているのだろう。 死姦しかんだった… 
 須根尾すねおを殺し、その恋人のミチルまでを自分の性欲を満たすためだけに死にいたらしめ、なおかつ彼女の遺体を冒涜ぼうとくし続けている…
 意識の無い剛士を除いたこの場にいる全員がヒッチハイカーに対する怒りと悔しさで、それぞれにくちびるんだり歯ぎしりをし続けていた。

「ここでボンヤリしてても仕方ない。僕が歩いてスタンドの近くまで行く。町まで連絡する手段と、みんなが避難出来る場所が無いか探してくるよ。
 それに出来れば、この車からヤツを引き離す。エリちゃんとシズちゃんはジャイアンツを頼んだよ。」
 伸田が女性二人の顔を交互に見ながら自分の決意を語った。

「ノビタさん、私も行くわ。」
 今度は静香が伸田に向かって、彼の目をしっかりと見つめながら言った。

「だ、ダメだよ…シズちゃん。とても危険なんだ!」
 伸田は静香の両肩をつかんで、自分を見つめている彼女の顔をのぞき込むようにして強く訴えた。
 だが、伸田は静香の目の中に断固とした強い意志の光を見て取ると、それ以上の説得をあきらめざるを得なかった。小さい頃からの彼女との付き合いで、彼女の正義感と意志の強さを誰よりも理解していたのだ。
 自分の恋人である皆元静香みなもと しずかという女性は美しく優しい外見とは裏腹に、自分が正しいと思う事を一度決めたら誰が何を言っても聞かない意志の強さの持ち主だったのだ。

「分かったよ… じゃあ、二人で行こう。エリちゃん、君一人で剛士の事を頼めるかい? 必ず僕達が助けを呼んで、安全な避難場所を見つけてくる」
 静香と二人で行く事を決意した伸田は、セカンドシートのエリを振り返ってたずねた。

「ええ、剛士たけしの事は私に任せて。二人で必ず助けを呼んで来てちょうだい。私はここで剛士を守っているわ。彼は動かせないから…」
 エリが伸田と静香を安心させるように微笑みを浮かべて大きくうなずいた。

「エリちゃん、武器らしい物はこれしか無いけど持っていてくれ。それに何かの時はこれを使って…」
 そう言った伸田がグローブボックスから十得ナイフを取り出してエリに手渡した。それには刃渡り6㎝のナイフが付いている。
 そしてもう一つ、助手席の静香の足元にかがみ込んだ伸田は、車には装備を義務付けられている発煙筒を取り外してエリのそばに置いた。

「ありがと、ノビちゃん。2人とも気を付けてね。絶対に死なないで、私達2人のためにも。」
 そう言ったエリは、二人に右手を伸ばした。そして伸田と静香と順に強く握手をした後、軽く手を振って二人に行くようにうながした。
エリの目には涙が光っていた。

 運転席側のドアを静かに開けて、伸田は静香と共に車を出た。そしてドアを閉めた二人はゆっくりと車を離れた。

「パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!」

 まだヒッチハイカーは、ミチルの遺体をバックから犯し続けている。二人にとって幸いだった事に、夢中で腰を振り続けるヒッチハイカーの背中がこちらに向けられていた。
 伸田は炎上しているスタンドへの一本道を歩くのは避けて、静香の手を取って道沿いの林に向かった。見通しのいい道路を行くと、ヒッチハイカーにすぐに見つかってしまう。

 夜間で吹きすさぶ吹雪の入り込んで来る林の中を歩く二人だったが、炎上し続けるスタンドのおかげで寒くは無く、明るさに困る事も無かった。

「ノビタさん、見て!」
 静香が興奮した口調で呼びながら、握っていた伸田の左手を直引っ張った。振り返った伸田は、左手に握った自分のスマホの液晶画面をこちらに向けている静香を見た。
「私のスマホ、『圏外』じゃ無くなったの。」
 今にも飛び上がりそうな勢いで、静香が嬉しそうに言った。

「本当だ…」
 静香のスマホの通信状態を示すアンテナが全開で立っていた。
 伸田は慌てて自分のスマホも確認した。やはり、アンテナは全開で立っていた。

「そうか、ここはあのスタンドがサービスでやってる無料Wifiスポットの圏内なんだ。となると、救急にも警察にも連絡出来るよ、シズちゃん。」
 すでに須根尾すねおとミチルという二人のとおとい犠牲者が出てしまったが、文字通りに困難な道をここまで来た伸田達にとっては、やっと沈んだ心に光がす様な幸運で嬉しい出来事だと言えた。

「シズちゃんが警察に連絡してくれ。 まず、友人二人を殺した連続殺人鬼に現在もねらわれている事と、命の危機にひんしている重症の被害者がいる事を警察に通報して、救急隊を手配してもらうんだ。
 僕は、この付近で避難出来そうな安全な所を探してみる。それにヤツに対抗できるような武器もね。」
 伸田がテキパキと指示をするのを、恋人の静香は可愛らしい口をポカンと開けて驚いて聞いていた。
 幼い頃から自分が付いていないと、何をさせても危なっかしくてしょうが無かった男だったのに、今回の非常事態を経験して来た事によってグズでノロマだった伸田伸也のびた のびやは、いつの間にかしっかりとした頼りがいのある青年へと変貌へんぼうしていたのだ。
 こんな際に不謹慎ふきんしんだったが、静香は伸田の男としての頼もしい変化を恋人としてこのもしく思った。

「分かったわ、ノビタさん。」
 静香が自分を見つめながらうれしそうな声で返事をするのを、伸田は首をかしげ不思議そうな顔で恋人を見た。

 伸田は林を出てスタンドの方へ向かう前に、エリ達を残して来た自分の車の方を振り返った。
「うっ! シズちゃん、車の屋根の上にヤツの姿が無い…」
「えっ?」
 伸田の告げた言葉に、自分でも車の方を見た静香も同じ光景を認めた。

「あの男…どこに行ったの? ひどいわ… ミチルちゃんの身体が裸のまま車の横に放置されてる…」
 静香の言った通りだった。ついさっきまで、ミチルの遺体で死姦しかんを続けていたヒッチハイカーの姿は無く、無残にもミチルの遺体は壊れた玩具おもちゃの様に全裸のまま地面に捨てられていた。

「ああ、むごい事をしやがる… ミチルちゃんはスネオにお似合いの可愛くていいだったのに。恋人同士の二人そろって殺されてしまうなんて…
 でも、エリちゃんとジャイアンツは大丈夫なんだろうか…?」
 伸田は恐ろしい想像が頭に浮かび、同じ様に不安げな顔で自分を見る静香の顔を見た。彼女の目には恐怖の色が浮かんでいた。

「シズちゃん… とにかく僕達はヤツに用心しながら、さっき言った事を実行するしかない。行こう!」
 伸田は不安そうな静香をはげますように力強い声で言った。

「分かったわ、ノビタさん。行きましょう。
 あの可哀想かわいそうな二人の恋人達は、必ずとむらってあげましょうね…」
 そう言いながら車に背を向けた静香の目には涙が光っていた。
 伸田は心優しい恋人の左手を握り、用心して何度も周囲を見回してから、炎上するスタンドの燃えていない安全な場所を求めて歩き始めた。

「ダメだ… ガソリンスタンドの事務所は燃えちゃってる。近寄る事も無理そうだ。」
 伸田は静香の手を引きながら、燃え盛る炎に衣服や身体を焼かれない程度の距離を保ったまま、炎上するスタンドの周辺を用心しながら歩いた。

「ノビタさん、私思ったんだけど… このガソリンスタンドの爆発炎上って、ひょっとして…あのヒッチハイカーの男の仕業しわざなんじゃ…」
 静香が、伸田の手を握る自分の手に力を入れて握り直しながら言った。

「僕も同じ事を考えてたんだよ、シズちゃん。これはきっとアイツがやったんだ。きっと、僕達に車へガソリンを入れさせないために…
 このスタンドにだって店員さんがいただろうに… 何て事をしやがるんだ。人の命なんて何とも思ってないのか? ヤツは本当に狂ってる…サイコパスなんじゃないのか…」
 話している内に興奮してきた伸田の前に回り込んだ静香が、彼を抱きしめて胸に顔をうずめて言った。

「落ち着いて、ノビタさん。興奮して怒りに自分を身失わないで…
 今日のノビタさん… いつもと違って、とても素敵よ。必ず私の事を守ってね。」
 気丈な面を見せていた静香も、本当のところは怖くて仕方が無かったのだろう。伸田に強く押し付けて来た彼女の華奢きゃしゃな身体は、小刻こきざみに震えていた。
 そんな静香を伸田は力いっぱい抱きしめた。二人の恋人達は抱き合う事でほんの束の間だったが、相手の身体のあたたかさに触れていとしさと共に安心感を覚える事が出来た。

「シズちゃん、あれを見て…」
 そっと静香を自分の身体から離して、伸田は彼女の後ろを指さした。
「えっ、何…?」
 後ろを振り返った静香は、燃えるスタンドの事務所の炎に隠れて自分達から見えていなかった場所に立っている倉庫が目に入った。

「あそこへ行って見よう。」
伸田の言葉に静香は頷いた。

 倉庫は炎上している地点からから少し離れた場所にあったので、今も類焼るいしょうまぬがれていた。
二人はそこに近付いた。
 倉庫の前面にあるシャッターは閉じられてはおらず、大人が立って通れるくらいに開かれて中の様子をのぞく事が出来た。そこには、たくさんの車のタイヤが積まれていたり、整備に使う工具や機械が色々と置かれていた。
 倉庫兼整備工場の様な役割の場所らしい。
 倉庫の中は天井の照明で照らされていた。タイヤを全て外された整備中の車が一台止められていた。
 
「この車で逃げ出せればよかったのに…」
静香が残念そうにつぶやいた。

「大丈夫だよ、シズちゃん。僕の車もガソリンさえ入れれば、また走れるんだから。でも、ガソリン給油用の機械の『計量機』は最初に爆発で吹っ飛んだみたいだし… あっ、これは武器に使えそうだ。」 
 そう言って伸田は、整備中の車の傍の地面に置かれていたタイヤレバーを拾い上げた。長さは1m弱で2㎏程の重量のあるバールの様な金属製の棒だった。それは形状と言い丈夫さと言い、十分に武器となり得る工具だった。
 だが、160cmで50㎏未満の華奢きゃしゃな女性である静香には、武器として扱うのは難しいと言えた。
 伸田は長さが40㎝程で重量も700g程度で、持ち手部分も持ちやすく頑丈でしっかりとしたトルクレンチを、静香用の武器として選んで彼女に手渡した。これなら女性でも振り回せる。
 伸田はもう一本、手ごろなスパナをズボンのベルトの腰部分に差し込んだ。

「よし、取りあえず武器は手に入れた。さあ、シズちゃんは倉庫のすみに隠れて警察に連絡してくれ。僕はガソリンがあるか探してみる。それに僕達の車の様子を見て来るよ。」
 そう言って伸田は静香のあごに手をかけて上を向かせ、彼女の形のいい唇にキスをした。静香からも唇を押し付けて来て、二人はどちらからともなく舌を相手の口内に差し込んで互いに絡ませ合った。

 少しの間、二人は抱き合ったまま互いの唾液を交換し合った。静香は硬くなった伸田の股間をいとおしそうにでさすった。伸田も静香の尻の割れ目を右手の指先でなぞっていき、彼女の敏感な部分を優しく愛撫あいぶした。

「あぁん…」
 静香が切ない声を上げた。
 だが、伸田は硬く勃起ぼっきして静香の右手の愛撫にゆだねていた自分の股間を、強い意志の力で後ろに身を引く事で彼女から離した。

「今すぐにでもシズちゃんを抱きたいけど…我慢するよ。必ず二人で生き延びて、ちゃんとしたベッドで愛し合おう。」
 伸田の毅然きぜんとした言葉にうるんだ瞳で恋人を見つめた静香も、ため息をきながらコクンとうなずいた。
 頼もしく変貌へんぼうした伸田の男らしい態度に、静香は自分の股間が濡れて来たのを感じた。私もこの男と愛し合いたい…彼女は心からそう思った。

「よし。じゃあ、さっき言った手順で行動しよう。いいね。」
 伸田がウインクして静香から離れて行った。

 伸田の後姿うしろすがたを見送った静香は、倉庫のすみに身を隠すようにして座り込み、ショルダーバッグからスマホを取り出して急いで110番をコールした。
 すぐに電話はつながり安心した静香は、出来るだけ興奮しない様にと心の中で自分に言い聞かせながら、落ち着いた口調で話し始めた

「もしもし、緊急事態なんです… 友人が二人殺されて、もう一人が重傷で死にそうなんです。殺人鬼がまだ私達のそばにいます…すぐに助けに来て下さい…」
 そこまで警察に告げた静香の目の前の床に、ゴロゴロゴロと何かが転がって来た…
 警察に説明していた静香は、その転がって来た物体を目で追って認識した瞬間、けたたましい叫び声を上げていた…

「ひいいぃーっ! きゃあああーっ!」

 静香の目の前に転がって来手止まった物体には、目があり鼻と口もあった。
 それは、切断された幼馴染おさななじみ須根尾すねおの首だった…
 そして、その光を失いにごった目が静香をジッと見つめていた。

『もしもし! どうしました? 何があったんです! もしもしっ!』

 さらなる恐怖の叫び声を上げそうになる自分の口を必死で左手で押さえた静香は、大声で問いかけ続ける相手の声を黙らせるべくスマホを切った。

『ひどい… スネオさんの首… アイツが来たんだわ… ノビタさん、助けて…』


********


 頑丈がんじょうなタイヤレバーを両手に握りしめて周囲を用心しながら、伸田は倉庫とは事務所を隔てた反対側を探していた。そちら側にも、燃えていないプレハブ造りの小さな建物があった。
 横の壁にペンキで『WC』と描いてあった。職員や来客用のトイレなのだろう。粗末そまつつくりだったが、山の中のガソリンスタンドではこんなものか…伸田はそう思った。
 トイレの横には業務用の大きなゴミ箱が設置され、中には産業廃棄物が積まれていた。その隣に大型のバイクが一台と古い原付バイクが一台止めてあった。どちらもキーはさっていなかったが、壊れてたり廃車となっている訳では無さそうだった。従業員の乗り物だろうか?

「そうだ! どこにあるか分からない取り置きのガソリンを探すよりも、このバイクからガソリンを抜き取ればいいじゃないか。さっきの整備中の車からもガソリンが取れるかもしれないぞ。
 道具さえあれば可能だ。少しずつでもガソリンが集まれば、僕の車を動かせる。もう、シズちゃんは警察に連絡してくれただろうな…
とにかく、いったん倉庫に戻ろう。」
 そうひとり言をつぶやいて、伸田が静香のいる倉庫へ戻ろうとした時だった。

「ひいいぃーっ! きゃあああーっ!」
 自分の出て来た倉庫から、女の甲高かんだかい悲鳴がほとばしった。

「あれは、シズちゃんの声… しまった! ヤツか…⁉」
 伸田はタイヤレバーを強く握りしめ、吹き荒れる吹雪の中を倉庫へ向かって全速力で走った。

 倉庫に戻った伸田伸也のびた のびやは自分の目を疑った。

 さっきは気付かなかったが、倉庫の天井には鉄骨で出来たレールが取り付けられており、そのレールを使って様々な方向へと倉庫内を移動させる事が可能な滑車かっしゃが吊るされていて、そこから伸びたワイヤーの先端に鉄で出来たフックが付いていた。
 滑車を経由けいゆしたワイヤーの反対側は、車のパーツ等で重い物を持ち上げるための電動ウィンチへとつながっているらしい。それは、車の整備で用いるための小さなクレーンであった。

 そのクレーンのフックにぶら下げられ、入り口から吹き込む風にぶらんぶらんと大きくれていたのは…両腕を縛られるされた全裸の女性の遺体だった。
 しかも女性の遺体からは首が切断され、真っ白な裸体の上半身を首の切断部分から流れ出した血が真っに染めていた。

「ううう… そ、そんな… い、イヤだ… シズちゃん… 静香ーっ!
うわああああーっ!」

 持っていたタイヤレバーを床に落とした伸田は、両手で顔面をおおって狂ったように叫び声を上げた。

 まるで悲しい遠吠えの様な伸田の叫び声は、入り口から外にまで響き渡ったが、やがて吹き荒れる吹雪の音にかき消されていった…



【次回に続く…】


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