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ドイツパン修行録~ベル・エポック編~

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続・習うより慣れろ編/遂に念願の製パンマイスターとなりマイスターブリーフを手に入れた男が、ドイツの小さな町のパン屋で働きながら更なる次のステップを見据え腕を磨いていく物語。
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#純文学

*32 ひたむきに下積み

 一先ずシュトレンは満足に焼き上がった。先の日曜に焼いたシュトレンもこの土曜日に漸く食べ…

*31 シュトレンは冬の匂い

 斯くしてクワルクシュトレンの焼き型を無事手元に受け取ったわけであるが、一連の騒動の責任…

*30 コミュニケーション

 パンは我儘で素直である。人間もこう在るが良い。パンは機嫌や具合が直ぐ顔に出る。嫌な事を…

*29 夢から覚めた

 近頃は全く自室に居るが快適である。近頃と言ってもその傾向は一週間前辺りから強まり始めた…

*28 負けられない戦い

 サッカーに然程明るくない私にアンドレが「日本人選手は沢山ドイツでプレーしているんだ」と…

*27 秋の暮れ、冬の訪れ

 南ドイツの小さな町のパン工房の内に日本のラジオが流れた。耳から入って来る言葉の懐かしい…

*26 何事もなかったかのように

 星の浮かぶ早朝、人気どころか猫気さえも無い閑静な暗闇の道を、私は猛然と駆け抜けた。寝坊である。目を覚ました時刻と本来始業しているべき時刻が全く同刻であった時点で、頑張ってどうにかなるような事態ではなかったのであるが、それでも一生懸命走って一刻も早く職場に着くより他にすべき行動も無かった。私は闇夜を駆けながら、頭では色々な言い訳を拵えようと奮闘した。婆さんを助けるには幾ら何でも朝が早過ぎる。事故に遭遇するにしては車通りが無さ過ぎる。アラームの設定時刻を間違えていたと言うのが最

*25 クールベ

 パリから戻った私の鼻先をいつまでも擽っていた旅の余韻は、感動や興奮といった類の楽しげな…

*24 パリ冒険記

プロローグ  華の都、芸術の街と謳われるくらいであるから嘸煌びやかな街なのだろうと考えて…

*23 つよくなりたい

 アレックスという製パンマイスターと私は以前勤めていた職場で一緒であった。また彼にはエド…

*22 ウラシマタロウ

 結局土曜の晩にあった親睦会で飲んだ酒は月曜日になっても私を苦しめ続けた。大方の場合、二…

*21 カーター

 掃除に使った雑巾が濡れたまま、固く絞られるわけでもなくシンクの縁や清掃用バケツの中でべ…

*20 Ernte Dank

 オクトーバーフェストとは名ばかりで、実際九月の十七日に始まった催事は十月の四日には幕を…

*19 クロワッサン

 何時ゝゝ曜日に見習い生が余りに残業をし過ぎていたから最後の掃除をもっと急いでやらせないといけないよ、と先日横眉怒目な表情をしたアンナから直々に忠告を受けた私は、そうかそうか分かったと聞き入れて、それからマリオにもう少し急いで仕事をする様に単簡に伝えた。この時の私はアンナが深刻げに、また不満げに吐露した愚痴の主旨を、同じ温度で受け取る積がまるで無かった。それだから私が見習い生に伝達した時には、すっかり忠告の熱は冷え切っていた。然しこれは何も私が教育をいい加減な所で切り上げて、