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ゲンバノミライ(仮) 第17話 開発部の佐竹部長代理

中央エリアの商業施設の事業計画ですら検討途上にも関わらず、新しいプロジェクトが降りかかってきた。丘の中腹にある集落を起点に土地を切り開いて展望公園を整備して、観光客らを呼び込むような集客施設も作りたいという。

この街の復興事業を一手に担うコーポレーティッド・ジョイントベンチャー(CJV)の開発部で部長代理を務める佐竹幸太は、デベロッパーからの出向組だ。都会の工場跡地での大型複合開発や郊外部のショッピングモール整備などで立ち上げから関わり成功に導いた。施設の種類や規模の面から言えば十分に経験の範囲内だ。
とはいえ、今までの開発は、地形的な特徴や歴史的な変遷、周辺を含めた商圏の特性などを精査してからスタートしていた。事業として成り立つという確信を持った上で、導入機能や規模を固めていく。そういう流れが前提だった。

今回はまったく違う。発端は、公園などを計画していた南端部の用地確保を断念したことだった。あの災害のような緊急時の避難場所という要求事項も満たす代替地が必要となった。急浮上したのが丘の中腹に展望公園を整備するプランだった。
南端部には公園以外の土地利用も想定されていたため、海側でのかさ上げ面積を増やして不足分に充てる方向だ。ただ、海側の拡張部分は地盤面が低くなるため、かさ上げのために、相当量の土を確保しなければならない。ゼネコンや建設コンサルタントから来ている面々が3Dモデルで概略検討し、展望公園整備のための切り土で、海側のかさ上げをまかなうことが可能なことが分かった。

そこまでは辻褄が合った。
その先が、佐竹たち開発部隊の役割だ。

「採算性と行政区分の二つが問題になってきます」
佐竹は、所長の西野忠夫らCJVの主要メンバーが集まった会議で、こう口火を切った。会議には、CJVの事業内容や施工品質などをチェックするための監視委員会の面々も出席している。監視委員会による審議の前の事前説明も兼ねているのだ。

「まずは事業採算性です。展望公園をただ作るだけではコストに見合うような収入は見込めません。
現地を見てきましたが、あの集落の建物は伝統的構法で造られていて、基礎や構造もしっかりしているそうです。古民家の雰囲気を生かして、カフェや、ハイクラスなレストランと宿泊施設に改築しようと思っています。
周りに何もありませんから、夜空もとてもきれいです。朝日と星空を売り物にした露天風呂がある温浴施設と、豪華なキャンプが楽しめるグランピング施設、リーズナブルなコテージという感じに少しずつ色合いを変えた要素を盛り込んで希少性を高めたいと思っています」

「コテージに泊まった人が、『次はグランピングがいいね』みたいな連鎖を生み出せるとリピーターを呼び込めますね」
展望公園を考案した計画課長の内藤巧巳が補足してくれた。

「内藤さんの言ってくれたような流れが理想です。人口減少や感染症を踏まえて、大人数を呼び込むよりは3密が生じない形で優雅にゆったりと楽しんでもらうイメージです。
ただ、問題はアクセスです。下から歩いて来てもらうようでは、客層が限られてしまいます。集落とつながってる道路は曲がりくねっている上に、細いので対向車とのすれ違いも一苦労です。動線が悩みどころです」

「ちょっといいですか」
ゼネコンから来ている高崎直人が手を上げた。

「実現可能性のめどを付けてからと思っていたので報告が遅れたのですが、関係メーカーに当たってみたんです。
私は造成工事など施工メンバーの方なので佐竹さんとは観点がちょっと違っていまして、土砂の運搬が懸案でした。上から相当量の土を平地に持ってこなければいけませんが、大量のトラックがあの道を行き来するのは到底無理です。下りきってから隣町の中心を通ることになるから、住民の皆さんの理解も得なければなりません。

そうなるとベルトコンベアーで運ぶのが一般的です。ただ、それだけではもったいない。そう思って、施工中はベルトコンベアーとして利用し、展望公園ができた後は人を運ぶロープウェーにできないかと考えました。もちろん設備の段取り替えは必要ですが、支柱などの主要なものは併用できるので、工事と運営の両方にとってコストダウンになります」

「そんな対応が可能なのですか?」

「ロープウェーやケーブルカーを扱うメーカーと、ベルトコンベアーのメーカーに検討を投げかけたのです。当然、自分たちの設備だけを使うプランが出てくると思っていたら違いました。両方の良いところ取りにすべきだという提案が双方から上がってきたのです。緊急避難時に交通弱者の方を運ぶためにもそれがベストだって」

「なるほど。すごく良いですね。造成工事と賑わいの軸の両方を担うって、SDGs(持続可能な開発目標)の観点からも話が通りやすい」

「整備や運営、メンテナンスとかのコストは粗々のものが今日中にも上がってきます。来たらすぐにお伝えします」

隘路が一つ開いた。

よりやっかいな問題へと議論は移る。
展望公園の計画地は、違う自治体のエリアなのだ。CJVにも当然加わっていない。

「行政協議の方は、何とかなりそうでしょうか?」
皆が調整部長の友田幸太に目をやる。自治体の復興担当部長からCJV幹部に横滑りしてきたメンバーだ。

「向こうの自治体に行って、幹部と議会を回ってきました。当然ですがメリットが明確にならないと難しいというのが先方の主張です。ある議員の先生からは『ただでさえ、あの災害で人口が減っているのに、隣の自治体に住民が奪われるなんて誰も納得しないよ』とまで露骨に言われました」

「単刀直入に言えば、何をくれるのかってことですよね」
西野が、腕を組んだまま険しい表情で横やりを入れる。

「まあ、そうなんですが。同じ行政出身者として気持ちは分かります。だから、私たちの自治体と向こうの自治体、そしてCJV入りという三つの立場からメリットを生む事業スキームを考えました。

展望公園は、向こうの自治体の中にありますから、当然向こうの自治体の管轄になります。
ですから、まずはCJVが開発者として展望公園用地を整備して、向こうの自治体に寄付します。その上で、向こうの自治体に事業用定期借地権を設定してもらって、今度はCJVが一括で整備と運営を受託するんです。いわゆるPark-PFIですね。そうすれば、向こうの自治体にとって収入源になります」

「展望公園ができてロープウェーのような分かりやすいシンボルで結ばれれば、平地の方も価値が高まります。お互いの自治体が、お互いの自治体にとってメリットを与えるような関係性ができて、なおかつ復興街づくり自体の投資価値も向上できますね」
佐竹は、そう付け加えた。
一連の説明を聞いて、監視委員会の面々の表情が和らいだ。

友田は、全体の雰囲気をくみ取った上で、「こちらの提案として持っていきたいのですが、いかがでしょうか?」と皆に投げかけた。

異論は出なかった。
「じゃあ、佐竹さん。続けてください」

「はい。実は、手持ちの材料を出し切って交渉するといざというときに頓挫する恐れがあるので、隠し球も考えておこうと。

展望公園に至る道路をCJVで再整備して、電動バスを行き来させたいと思っています。
その狙いは、あの道を下りた先にあります。あそこに大きな空き地がありますよね。向こうの自治体が商業施設を誘致しようとしたことがありますが、うまくいきませんでした。
あの空き地もPark-PFIの対象区域に入れてもらって、SPCが道の駅と駐車場をセットで整備するんです。

復興街づくりを進めるこちら側には多くの駐車スペースを設けることができません。車で展望公園に来る人には、あの空き地に整備した駐車場を利用してもらって、そこから電動バスで上に来てもらいます。
そうすれば、道路を無理に拡張せずに済みますし、展望公園の環境をより良い形に保つことができます。駐車場と道の駅がセットであれば、展望公園に来る人は、道の駅でも買い物をしてくれるでしょう。道の駅が人気になれば、むしろそちらが呼び水になって展望公園の来場者が増えるかもしれません」

「なるほど」
「それだったらいけるんじゃないか」

監視委員会メンバーには自治体の財務部門や金融機関からの出向者もいる。行政と民間の双方の立場から納得してもらえたようだった。

パズルが再びはまった。
もちろん、向こうの自治体との協議や、採算性の精査など調整作業も課題は山積みだ。だが、進む方向性が見えていれば淡々とこなすだけだ。

佐竹は、就職してから、がむしゃらに仕事をしてきた。儲かる街を造ってきたという自負がある。
儲かることは良いことだ。そうでなければ、街は続いていかないから。
でも、儲かれば良い、ということではない。

VR(仮想現実)で、被災前の街を見回してみると、町並みは古びていて、道路も狭くて危ない。閑古鳥が鳴いているような店舗が点在しているだけで不便だ。機能が集約化されスマートシティーに生まれ変われば、快適性も利便性も安全性も格段に向上する。マクロの視点ではそうだ。

けれども、ミクロの視点に立った時に、そうした素晴らしさが良い街と直結するのだろうか。直結する人が多いかもしれないが、そうではない人もいるはずだ。

先日、展望公園ができる集落から復興土地区画整理事業に参加する市川トヨたちを招いた交流会を開いた。市川が旧友の藤森ユキに再会した時に、花が開いたような笑顔を見せたのが印象的だった。
CJVがどんなに素晴らしい都市施設を用意しても、旧友がいるということを上回る価値なんて提供できないだろう。そう直感した。

良い街、って何だろう。

佐竹は、大きな宿題を、この街を通じて考えていくような気がしている。

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