見出し画像

ゲンバノミライ(仮) 第11話 総務・人事担当の今永さん

ゼネコンの支店で総務・人事を担当する今永智代は、頭を抱えていた。

被災地があまりに広く、どの現場もまったく人が足りない。
支店内だけでのやりくりでは全く間に合わないため、全国から支援人員を募っている。

現場からは、現在の人員体制と各メンバーの年齢や経験の構成、これからの想定作業量に関するメモなどを管理システムに入力してもらっている。支店幹部が現地を回ってきた感触も加味して各現場の厳しさ度合いを指標化しており、そこに被災度合いや交通利便性、物資の調達難易度などいくつかパラメーターを追加して、人工知能(AI)で人員増強の優先順位を算出する。さらに、年齢や得意分野など追加が望ましい人員のイメージも、現場ごとにはじき出していく。

土木、建築という専門の技術者だけではなく、現場では今永のような事務系の社員も必要になる。現場側のニーズ対して、全国から投入する応援社員の経験年数や得意な分野、健康状態、キャラクター特性を加味しながら、AIでマッチングを行っていく。明らかに足りないところは派遣会社とも調整して追加人員を確保する。

今は、3パターンの組み合わせをAIに提案させて、今永で各案のメリット・デメリットを考えて、採用案を部長に判断を仰ぐやり方をとっている。その上で、土木と建築の副支店長を交えて、最終的な采配を決めるのだ。

全国の現場も普段通りに動いており、余剰人員を抱えている訳ではない。何とか応援を出すためにやりくりして準備を整えて、ようやく応援名簿にエントリーしてくる。もともと潤沢な体制ではない上に、被災地への応援対応という形で人手がとられることは、かなり厳しい。だが、こういう時こそ建設会社としての使命感のようなものが試されると今永は感じている。多くの社員がそう考えていることは、日々増えていく応援へのエントリーが如実に表している。

応援者を送り出すには、移動手段や宿泊場所なども抑えておかなければいけない。そうした部分も後方支援の重要な役目だ。被災した住宅やホテルが多い上に、復興従事者の流入が進むことで、逼迫の度合いが高まっていた。宿泊場所をあてがえないが故に人員増強が遅れるケースも生じていた。なんとも悔しくもどかしかった。

現場からの人員増強を求める電話は、日に何度もかかってきていた。午前中に電話があった現場から、午後にもう一度連絡が来て、さらに要請人数を増やしてくるようなことも日常茶飯事だ。

「誰が来るか決まったか?」
「本当に検討しているんですか?」
「いつになったら分かんだよ。こっちは困ってるんだよ!」

苛立ちを隠さずに怒鳴られるように言われると、さすがに気が滅入る。でも、それくらい切羽詰まっている状況にあることは、電話口からもひしひしと伝わってきてもいた。
電話をしてきている現場社員も、その後ろから「何とかしてくれ!」とせっつかれているはずだ。人員が足りずに過酷な労働環境下で、現場の面々が疲弊してきていることは容易に想像できた。

今永は、病気で体を崩してからは支店の内勤が続いているが、それまでは現場配属の方が長かった。

被災地への人員調整で矢面に立たされている今、新人時代を思い出していた。

新人時代に現場に配属された。事務系なので施工管理はやらなかったものの、人手が足りなくなるといろいろな仕事に駆り出された。その一つに資材会社とのやりとりがあった。

ある日、現場で大量の生コンクリート打設作業があったのだが、生コン供給が滞る事態が生じた。現場サイドは、全体の打設量や打設場所の状況を考えて、どの時間帯にどのくらいの量の生コンが必要かを計画し、タイムスケジュール通りにセメントミキサー車で運ぶよう要請していた。何ヶ月も前から打設日を決めておいて、生コン工場とのすり合わせは当然済んでいた。前日にも、技術系の先輩社員が生コン工場に出向いて最終調整を行っていた。それなのに時間通りに来なかった。

生コンクリートは、時間が経つと段々と硬化してくるため、あまり時間が空くのは品質上好ましくない。

先輩が生コン工場に何度も電話をして催促していた。そうすると、少しペースが速まってセメントミキサー車が来るようになった。だが、安心していると時間が経つにつれ、再び遅れが生じるようになる。そうなるとまた先輩が電話をかける。そんなやりとりが続いていた。
先輩の一番の仕事は、現場の生コン打設の管理だ。生コン工場への電話は余計な手間だった。

「今永さん、30分おきに電話を掛けてよ」
そう頼まれて、今永は電話当番になった。

「現場の今永と申します。生コンの配送は予定通りで大丈夫でしょうか?」
電話を掛けると、生コン工場の担当者から「順調です。問題ありません」と返事が来た。

「大丈夫だそうです。問題ありませんと言っていました」
今永は、現場に出ている先輩の携帯に電話をすると、「そんなの商売だから、問題ないとか頑張っているとか言うのは当たり前だろ。そうじゃなくて、しっかり出してくるようきつく言わないと駄目なんだよ!」と張り上げた声で言われた。

電話先では、多くの人が動き、生コンを流し込む音やバイブレーターで締め固める音が入り乱れているので、どうしても大声になる。おそらく声が大きいことに特に意味はない。だが、言われる方は緊張し焦りが出る。「いい加減な対応じゃまずい」と身が引き締まるのだ。

そうか、生コン工場側も同じだ。
今永は、もう一度電話を掛けると、先ほどよりも少しきつめの言い方で声も大きくして時間通り配送するよう頼んだ。同じ担当者だったが、「はい! しっかりやります!」と明らかに返事が変わった。事務所の入り口から現場のゲートの方を見るとセメントミキサー車の出入りがわかるので、現場に入ってくるペースを確認しながら、20~30分おきに電話を掛けた。すると順調に流れて、無事に計画通りの作業を終えることができた。

「ほんと、ひどい生コン工場でしたね」
今永のつぶやきに、意外な答えが返ってきた。

「今永さん、それは違うよ。生コン工場は、悪気があって怠けていた訳じゃないんだ。おそらく、うち以外にも大口の打設が入ったんだよ。どちらにも途切れずに配送しなきゃいけないから大変だったんじゃないかな。

生コンが遅れたらまずいことは工場の方が良く分かってる。ちゃんと聞いたことはないからあくまで想像だけど、現場の焦り具合を感じ取りながら配送順とか考えているじゃないかな。

だから、これ以上遅れると困るっていうことを、相手に分かるように伝えるんだ。資材業者で下請だから偉そうに言って良いっていうことじゃないんだよ。現場の仕事っていうのは、やっぱりお互い様だからね。

分かった?」

そう言うと先輩は生コン工場に電話をして、「打設が無事終わって助かりました。次回もよろしくお願いします」と話しながら頭を下げていた。

社会人になるまで、何も考えずに道路や水道、鉄道などの社会基盤を使っていた。
こういうやり取りがあって基盤が出来上がり、何気ない日々の暮らしが成り立っているのだ。

先輩の振る舞いを誇らしく思ったことを、今でも覚えている。

次回の追加人員案を今日中にやっておきたいと没頭していたら、深夜の時間帯に入っていた。周りにも多くが残って仕事をしているので気がつかなかった。

疲れもたまってきている。この案で明日の朝に提案しよう。
そう思ったタイミングに電話が鳴った。

一番きついと噂されている現場で所長をしている西野忠夫だった。

「メールがさっき戻ってきていたから、掛けてみたんだ。こんな遅くまでありがとう。支店のみんなにも本当に感謝しているよ」

自分だって、こんな時間まで仕事をしているのに。

「今永さんも、くれぐれも体調に気をつけて」
そう言って、電話が切られた。

明日も頑張れる気がした。 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?