蒟蒻(こんにゃく)の化学
蒟蒻について
蒟蒻は変わった食べ物です。
消化出来ない上に味がありません。
味付け出来ないことも無いですが、ほぼ食感を楽しむだけの存在です。
そして、多くの食品が酸性の中、蒟蒻は珍しいアルカリ性食品、しかもpH12という極めて高いアルカリ性を示します。
とても食べ物とは思えません。日常的に食べているのは日本だけです。
そんな蒟蒻ですが、日本には5~7世紀頃に中国から伝わったと言われています。
ただし、詳しいことは分かっていません。長く精進料理として食されてきたため、仏教と共に伝来したのかもしれません。
蒟蒻が民衆に広まったのは江戸時代中期。蒟蒻芋を精製して粉にする方法が開発されたため、保存と輸送、そして大量生産が容易になりました。
今も精製粉は市販され、手軽に蒟蒻を作ることが出来ます。
精製粉を使った蒟蒻は写真のように白く透明なゲルになります(97%以上が水のハイドロゲルです)。
ところが、生芋から作った蒟蒻のように灰色ではないため「蒟蒻らしくない」と苦情が相次ぎました。
そこで、ひじき等の海草粉末を混ぜることで灰色に着色することになりました。
実際にスーパーなどで板こんにゃくの成分表示を見ると「海草」と表記されています。
蒟蒻は多年草植物で、写真のようなグロテスクな花を咲かせ、悪臭を放ちます(宮城県薬剤師会HPより引用:http://www.mypha.or.jp/flower/konnyaku.html)。
そのため、ヨーロッパでは「悪魔の舌」と呼ばれています。
蒟蒻芋は三年に一度収穫され、両手で抱えるほどの大きさになります。
日本における最大の産地は群馬県で、北関東に集中しています。
蒟蒻の主成分はグルコマンナンという多糖類です。人はこれを消化できません。
他に、シュウ酸カルシウムとトリメチルアミンが含まれています。
シュウ酸カルシウムは劇物のため、アク抜きをしないと食べられません。
ただ、蒟蒻は最後に熱湯で茹でる行程があるため、殆どがそこで取り除かれます(一応、製品もアク抜きをした方が良いです)。
そして、トリメチルアミン。これは魚の腐ったときに出る臭いの元です。
蒟蒻を作るときに強烈なアミン臭を放つ困った奴ですが、これも茹でる事でほとんど取り除かれます。
それでも僅かに残っているため、市販の蒟蒻はアミン臭が少しします。
気になる場合は、クエン酸を溶かした水に10分ほど漬けておきましょう。
アミンはアルカリなので、酸によって臭いは消えます。
蒟蒻のゲル化
さて、ここからが本題です。
実は、蒟蒻が何故ゲル化するのか、未だに分かっていません。
製法は長い歴史の中で確立されていますが、どういう原理なのかは不明です。
これを知ったときはビックリしました。
当たり前にあるものなので、豆腐や寒天のようにゲル化原理が分かっているものと思っていました。
過去の研究例もほとんどありません。
ですが、どのようにしてゲル化するのか、いくつかの仮説はありました。
最も有力とされているのは水素結合です。
しかし、水素結合はあまり強くありません。もし水素結合で分子が橋架けされてゲル化しているのなら、沸騰したお湯に入れると溶けてしまう(もしくはブヨブヨに膨らんで柔らかくなる)はずです。蒟蒻はお湯でグツグツ煮ても溶けませんし、柔らかくなることもありません。
そこで、最近言われているのが塩析です。豆腐や石鹸は製造に塩析を利用しています。
ここでは、塩(水酸化カルシウム)がグルコマンナン分子の周囲の水分子を取り込み、凝集させているという考え方です。
......... ただ、蒟蒻のゲル化について様々な検証を行っていますが、塩析の可能性は低いという結果が出ています。現時点でゲル化の謎は解けていません。昨年の高分子学会で研究成果を発表し、色々な方と議論を交わしたのですが、ヒントは得られませんでした。
蒟蒻作り
ここで、蒟蒻芋から蒟蒻を作る方法について紹介します。
まず、芋を洗って煮て、皮を剥きます。
適度な大きさに切ってミキサーにかけ、よく練ります。
昔は石臼でひいていたんですね。
次に、練ってペースト状になった芋に水で溶いた凝固剤(水酸化カルシウム)を加え、再びよく練ります。かつては凝固剤に灰や生石灰を使いました。
凝固剤は強アルカリなので、必ず手袋・保護メガネを着けて作業して下さい。
30分ほど寝かせた後、成型(手で丸めるだけでOK)した蒟蒻を熱湯の中に入れて30分以上アク抜きを行います。
熱湯に入れた時点で蒟蒻は固まり、黄色くなります。熱湯から取り出して冷やすと、今度は灰色になります。
この色の変化はポリフェノールが原因と言われていますが、詳細なメカニズムは分かっていません。
ちなみに、精製粉から作る場合も、基本的な流れは同じです。
以下の動画では市販の精製粉を使って蒟蒻を作っています。
蒟蒻には色々な可能性があると僕は考えています。
「凍み蒟蒻」というのをご存知でしょうか?
蒟蒻を凍結乾燥させると、スポンジのようになります。凍み蒟蒻は水を含ませても、元のゲル状態には戻りません。
実は「蒟蒻スポンジ」として販売されています。
凍み蒟蒻自体も販売されており、アイデア次第で色んな料理に使えます。
他に、糊として利用されています。
蒟蒻は低濃度で強い粘性を示すので、和紙の貼り付けなどに利用されます。
そして、これは僕が研究しているのですが、特定の温度で大きさや色の変わるゲルを作ることも出来ます。
まだ分かっていないことも多く、試行錯誤を続けているところです。
身近なのに謎の多い蒟蒻。不思議なゲルですね。
〇 2019.5.21追記 ゲル化のメカニズム
本記事(無料版)では詳細な検証・実験結果や考察を省略しているため、以下の説明だけでは不十分かもしれません。
ゲル化について検証を続けた結果、メカニズム解明に大きく迫ることが出来ました。
グルコマンナンのアセチル基が突起となり、グルコマンナンの凝集を妨げていた。凝固剤でアルカリ性にすることでアセチル基が取れ、グルコマンナン分子が凝集して絡み合い、ゲル化する(水素結合と疎水性相互作用によって凝集)。
*水素結合はグルコマンナン分子の凝集を助けるのみで、ゲルのネットワーク形成には寄与しない。
分子の絡み合いによってゲルのネットワークが形成されている=だから熱水にも溶けないゲルになる。また、蒟蒻芋に含まれているトリメチルアミンも阻害要因になっていた。アルカリ性になるとグルコマンナン分子の塊からトリメチルアミンが抜けていくことで、グルコマンナン分子が凝集し易くなる。
他にも細かい要因はありますが、まとめると以上のようになります。
このゲル化のメカニズムは、これまで行ってきた実験結果の全てを支持するもので、過去の研究例にも合致しています。
根拠も含め、Kindle本の方で詳しく解説しています。
*本記事は以下の「蒟蒻の歴史と化学」の簡易版です(Kindle Unlimitedでも読めます)。
そちらの本編では様々な視点から蒟蒻について深く掘り下げており、
ここで表面的に触れた事について、豊富な写真と図を用いて詳説しています。
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