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TDL二次創作「A twinkle of Mouse」 18.スプラッシュ・マウンテン②

 ディズニーランドは、鏡の中に入りこんだアリスのようなものだ。ひとたびその入場門をくぐれば、そこは別世界なのだ。
       ———ウォルト・ディズニー







「じゃーん。これがリーマスおじさんの水車小屋です」

「ほえー」

「本当にこんなところから辿り着けるのか?」

「もっちろん。ロビン・フッドの名に賭けて、これこそが正真正銘、スプラッシュ・マウンテンへの入り口だよ」

 自信満々に示すロビンの前脚の先を、全員が仰ぎ見た。そこには、天頂を突き刺すようにしてそそり立つスプラッシュ・マウンテン、その岩をゴロゴロと孕んだ斜面を押しとどめるようにして、一軒の粗末な小屋が建っていた。どうやら長い歴史の間に改築を重ねたようで、でこぼこと突き抜けたりへこんだり、瓦を葺いた屋根を組み合わせて、褪せた薄紅色の板塀には、苔生した水車が、奥深い音を孕みながら回っている。丁寧に石を積んで流した小川は、冷たいせせらぎの中に落ち葉を浸しながら、柔らかな流水音を響かせており、その浅い表面に目に沁みるような秋の蒼穹を映し込んで、まるで青い水が流れているかのようである。

「さあ、入って入って」

「おっ邪魔っしまーっす。……誰もいねえのかな」

 斥候役のデイビスがこわごわ足を踏み入れてみると、太陽の届く箇所は、ほんの数メートルで終わってしまっていた。地下風に乗ってただよってくるのは、日の当たらないがゆえにひんやりした空気と、饐えた穀物や、湿り気を帯びている匂い。すべすべとした手すりが吸い込まれてゆく中、みな、呑まれたように、その場に立ち尽くしている。

「ぶわっくしょーい。うう、埃くせー」

「けほけほ、げほっ。うぃー、なんつう暗さだ」

「最初は暗いけれど、徐々に動物の世界への入り口となるよ」

 暗闇の中に次々と大きなシルエットを躍らせながら、咳や声を響かせる一行と、相変わらず呑気に肩をすくめるロビン。しかし、この放置され具合は一通りではなく、綺麗好きのミッキーは丹念に大きな耳を毛繕いし、リトル・ジョンは、ねばついた蜘蛛の巣を、短い尻尾でぱたぱたと絡めとる。

「こんなところ進むのかよー。不気味だなー」

「やれやれ、こういう怪しげなところは、おれたち警察に任せとけば大丈夫だって。さ、ニンジン」

「もう。言われなくても分かっているわよ」

 ニックが肘でつっつくと、隣で溜め息を吐いたジュディが、真新しいスマホのLEDライトをかざす。その眩ゆい光線は、破れた壁板の隙間から漏れてくる外光と交わって、底なしの道を目の前に広げていった。周囲は壁板に囲まれて、どうやら、黒洞々たる坑道が続いている様子である。そして、左側から聞こえてくるガタゴトという音に、誰かがヒュウ、と口笛を吹く。

「ワーオ。こいつは、旧式の水車だよ」とリトル・ジョン。

「へえ。さっきの水車を中から見たら、こうなっているのか」とスコット。

 なるほど、そこはリーマスおじさんの仕事場の一部となっているらしかった。一段床の低くなった作業場は、綺麗な樽や、小麦粉袋や、斧や、棚や、その他数えきれない何かの缶でごたついていて、その真ん中には、丸太を打って作った、すべすべと簡素な腰掛けがあった。そして、めぐる石臼の周囲を、巨大な歯車が何枚も噛み合わさりながら、床下から天井まで届く陰影を蠢かせ、ゆっくり小麦粉を挽いている。このような動力を備えた施設は、ポート・ディスカバリーやトゥーンタウン、ズートピアといった都会に住んでいる一行には珍しく、まるで社会科見学のように立ち尽くした。これはまだ、人々の生活が自然の息遣いから遠くなく、動植物たちの存在を身近に感じながら暮らしていた時代のものだろう。見つめていると、大規模な仕掛けのもたらす迫力が、低い振動とともに伝わってくる。

「さあ、どんどん入ってくれよ」一行の背中をぐいぐい押すロビン。ぱらぱらと落ちてくる土塊に、エディはオヤジ臭いくしゃみをこぼす。

「おーい、ロビン、これ、いったいどこまで続くんだ?」とニック。

「ボート乗り場まで続くよ。転ばないように気をつけて」

「よおし、それじゃあみんな、準備はいいかい? スプラッシュ・マウンテンに出発だ!」

 威勢の良いミッキーの声が、陰々と反響してゆくと、全員が電車ごっこの要領で、前の者の腰を掴み、ソロソロと進みだした。吊りランプにたかる羽虫の唸りとともに、陽気なギターの音色が、微かにどこかから響いてくる。漆黒に塗り潰された闇の中では、定期的に焚かれた、蕩けるような橙の壁ランプだけが頼りである。次第に、昼の光に慣れていた目が暗順応してゆくと、壁伝いにぼんやりと浮かぶのは、パリパリに乾いたガーリックストリングに、初期の移住者が掘り進めてきた名残りであろうか、錆びたふいご・・・やシャベル、古い滑車に、荒目のロープ等々、持ちあげるには相当な力を要する工具ばかり。分厚い板塀や小屋梁からは、紛れもなく、木を削りだした冷たさと重量感が押し迫り、埃っぽい暗闇へと光差す窓辺には、パンやミルクの入った缶に、ブリキの如雨露、つやつやとした小タマネギのバスケット、うみたての卵に、瓶や麦藁帽や漏斗、吊られた籠などが、乳白色に曇り果てたガラスの前に並べられている。それがこの暗闇の中に浮かぶ、南部の住人たちの僅かな生活の跡なのだった。

 それを過ぎると、いよいよ世界は午前の明るさを忘れて、自然な闇に浸された。どこを歩いているのか、何を触っているのか、さっぱり分からない。ただただ、少しばかりつんのめるようにして、なだらかに下がる坂道を歩く、歩く。誰かの尻尾を踏んだり、ゴンと頭をぶつけたり、ブツブツ文句を言ったりしているうちに、やがて締まりのない漆黒が緩んで、左右に奇妙な影の形を取り始める。

「さあ、そろそろ、スプラッシュ・マウンテンの中へと入ってきたはずだよ」

「あっ、すげー。本当に塩素の匂いがする!」

 声の反響が軽々しさを消して、上にも下にも深くなったあたりで、デイビスははしゃいで、すーはーと息を吸った。洞窟の奥から流れてくるのは、凛冽な水流を感じさせる濃密な気配と、生ぬるく湿った空気に、独特の消毒された匂い。暗がりには、古びたパンの皮のように冷ややかな岩盤の輪郭が浮かび、枝分かれした根っこの影に紛れて、四方八方の岩に似せたスピーカーから、深い効果音が響いてくる。日常の中では、こんな異空間に迷い込んだような感覚は得られないであろう。

「本当は塩素じゃなくて、臭素の匂いなんだけどね」とミッキーの豆知識。

「ふーん、でも臭素って響きだと、ワクワクしねーよなぁ。やーっぱ塩素だよ、塩素! ディズニーパークっつったら、これに限るわー」

「遠くから微かに、川の音も聞こえるな」と横から、エディ。

「それは、スプラッシュの内部まで続く、地下水の音だね。ボート乗り場は、ここを下っていったら、もうすぐだよ」とロビン。

「いやー、なんだかんだでワクワクしますなー。乗り場までのキューラインは、こうでなくっちゃ」

「遠足だとでも勘違いしやがって……」

 デイビスはニコニコと揉み手し、すっかりアトラクションのキューに並ぶゲスト気分になった。聞こえてくるのは、ぽろん、ぽろん、と片手で爪弾くように素朴な旋律。乗り場が近いのか、醸しだされる雰囲気もひとしおである。

「ここの住人たちは、みんな、とっても音楽好きだからね。ほら、ギターの音が聞こえてきたでしょ」とミッキー。

「へええ、面白いなー! おいスコット、早く乗ろうぜ! 先頭は俺たちのもんだ!」

「待て、デイビス! 暗いところを走るんじゃない!」

 スコットの制止も間に合わず、つったかたーと走り去ってしまうデイビスの影。すでに小指ほどの大きさもないその疾風のような速度には、唖然とするしかない。

「Ha-hah、デイビスは、スプラッシュ・マウンテンが楽しみで仕方がないみたいだね!」

「いつまで経ってもガキ臭さの抜けない奴で、本当に困る」

「そいつはいいんだが、スーパースタアのネズミくん。このギターっていうのは、あそこの、ロッキングチェアでパイプふかしてる、人間のおっさんが弾いてるもんかね?」とニック。

「ん? 人間のおじさんだって……?」

 ここって、動物の世界の入り口だったはずでは? と不審に思ったミッキーは、改めて周囲を見回した。一面、深い入り江の香りのする風に、背の高い柳が揺れ、緩やかに点滅する蛍が無数に飛び交い、やがてそれらは満天の星空を描きだして、細い箒星がきらりと横切る。それに、ほのかな提灯や卓上ランプの明かりを受けつつ、静かに聞こえてくる高潔なカトラリーの音や、地鳴りの如く沁み入る虫の声。

「間違えてカリブの海賊の方に行ってる!!」


「馬鹿っ、デイビス、なんで一人でボートに乗ってるんだ! さっさと戻れッッ!!」

「おーい、誰かー! 助けてくれーーーーーー!!!」

 すでに岸辺を離れ、鬱蒼としたブルーバイユーをぷかぷかと進んでゆくボートへ、縄を投げて無理やり引き戻し、乗船していたデイビスを回収するなり、ついでにバコンと、スコットから渾身のげんこつを喰らう。涙目になるしかないデイビス。

 ロビン・フッドは改めて、ぺこりと頭を下げた。

「ごほん、失敬。非常口を間違えました」

「暗いとはいえ、気をつけてくれよ〜」

「ここが——スプラッシュ・マウンテンの内部です!」 

 ロビンの紹介を待つまでもなく、地下水に溶食され、迷路の如く入り組んだ空間が、彼らの前に姿を現していた。滑落してしまいそうな箇所には木の柵を設けながらも、坑道と洞窟が同化して奥へと退いてゆき、開拓当時から変わっていないであろう、瑪瑙の薄片を嵌め込んだような吊りランタンが、そのうねる道を指し示してゆく。まるで宇宙の中に浮かびあがる、キューブ型の赤色矮星のよう、とでも言おうか。杏色の暖かい燈りは、そのまま、洞窟の壁面に剥き出しになった艶やかな赤土の色や、巨木の突き破った野太い根っこを照らしだしながら、ようやく目の慣れ始めた一行に対して、行き先を明らかにしているのである。

「わああ、スコット、見て。凄いや!」

「ほう、これはまた、立派な垂直洞だな」

 ミッキーが感嘆の声を響かせたのは、左手に設けられた柵を越えて、広闊と支配する竪穴に目を奪われたからである。岩石や根塊が勢いよく出っ張ってきたかと思うと、口蓋垂にも似た鍾乳石が垂れ下がっていたり、薄暗い空洞が口を開けたりしている。そして驚くべきことには、こんな荒々しい景観の隅にさえ、小さな枝で作ったアームチェアが影を落としていて、そばのテーブルには、鉄のやかんと林檎が並べてある。洞窟内に棲処を構える小動物は、お手製のテラス席から、この絶景を眺めているというわけなのだ。どこか夢のように現実味のない世界に、皮肉屋のニックまでもが、その耳を後ろに寝かせ、圧倒されながら進んでいった。

「はあ〜、異空間に迷い込んだみたいだなあ……」

「凄いわね。これがスプラッシュ・マウンテンの世界なのね……」

 どこか鉱山風の香りのする、バンジョーやハーモニカの軽快なリズム、それに壁の色が赤茶けていることもあって、どこか夕闇にも似た暖かさに包まれた坑道を、ひたひた、と八人分の足音が木霊する。こうも長大な進路を整備するだけでも、大変な労苦が必要だったはずなのだが、洞窟の様相はそれだけに留まらなかった。岩の陰や巨木の根の上には、やはり、こぢんまりとくりぬかれた家々が窓明かりをこぼしていて、そのいずれも、薄いカーテンの向こうに蝋燭の灯をかがやかせ、料理用のストーブを燃やしている。その柔らかな光の飛び石を辿ってゆくと、広い洞窟のどこからか、土鼠らが声を合わせた歌声と、ちゃぽちゃぽちゃぽ、という可愛い水音が響いてくる。おおかた、洗濯でもしているのだろうが、彼らの生活ぶりが窺えるのは、それだけではない。足元をゴロゴロと走る音が聞こえてくると、それは、ほんの小さなトロッコを押したオポッサムたちが、真っ青に蛍光する鉱石を運びだしている合図だったし、頭上から落ちてくる影にふと目を凝らしてみると、洞窟内の空洞を横切るように、数えきれぬほどの吊り橋が渡されていた。クリッターたちはこの橋を伝って訪ね歩き、ご近所から菜種油を借りたり、夕食のあまりをお裾分けしたりするのである。もはや洞窟自体が、小動物たちの一連の社会そのものと言ってよい。人間社会と比較すると小さくはあったが、その生活領域は縦横無尽に入り乱れ、何より、古き良き日々を想わせるようなあの南部の素朴な郷愁を、色濃く残しているように思われる。

「ここには、たくさんの小動物クリッターたちが暮らしているんだ。地上のマンションやホテルなんて、目じゃないよ。上から下まで、彼らの小宇宙みたいなものさ」とロビン。

「へええ〜」

「今の時期は、地下植物園で、葡萄ジュース製作体験ができるんですって。それに、地底湖釣りとか、青の洞窟見学ツアーとかも」

とジュディ。どこから取り出したのか、がさごそと、クリッターカントリーのガイドブックを読み耽っている。

小動物クリッターたちの文化レベルは、凄まじく高いよお。ローマの地下遺跡を優に超える、素晴らしい大文明を築きあげているからねえ」とリトル・ジョン。

「たまげたなあ、こんな世界が洞窟の中に広がっていたなんて」

 もうここまで奥に入ってくると、小動物たちの気配だけではなく、実際にその生活までもがうかがえるものである。ランプからこぼれる茜色の火影が、赤土の岩をぼうっと照らす中、どこからか、ロッキングチェアを揺らす音に混じって、元気な子どもの声が飛び込んできた。

「お爺ちゃん、お爺ちゃん! うさぎどんのお話をして! ねえ、おねがーい。スプラッシュ・マウンテンで、うさぎどんがした冒険のお話だよ!」

「なあにい? うさぎどんの話か。そうさなぁ、奴の冒険は、昨日や一昨日のことじゃあない。ずーっと、ずーっと、昔の話じゃ……」

 それから、洞穴に射してくるスポットライトを浴びて一人舞台、プレショーよろしくゲストに語りかけてくる、こんなふくろうどんの声。

「ぇあ〜、スプラッシュ・マウンテンはその昔、チカピンヒルと言ってたんじゃがな。ある日あろうことか、慌て者のアライグマ、ラケッティの酒場の蒸留器が爆発して、一巻の終わり。ビーバー兄弟のダ〜ムの真ん前で爆発したんじゃ無理もない。おかげで、チカピンヒルはみ〜ずびたし。そんなことがあって、森の仲間たちは、スプラッシュ・マウンテンと呼ぶようになったんじゃ。

 ぇ、その水びたしを見たけりゃ、先を急ぐがいい。あっ、それから、笑いの国を見つけるのも忘れないようにな」

 身振り手振りをつけて滑らかに動いていたフクロウは、そう言い残すと、スポットライトがゆっくり消えてゆくのと同じ速度で、たちまち眠りに入ってゆく。夜行性のため、寝つきの良さは折り紙付きなのである。

「なんだよ、笑いの国って?」

「この郷で信じられている伝説の理想郷だよ。あまり本気にしない方がいいよ……」

「あっ、あそこが船着場なんだよ。船着場というか……水流コントロール調査のための、丸太ボートなんだが」

 ロビンは、よいしょと手近な岩を踏み台にして、この洞窟内にうねる坂道の先を覗き込んだ。

 なるほど、柵を超えた眼下に広がるのは、空闊としたホールだった。おそらくは、澎湃と逆巻く流水に溶食され、これほどの空洞が峡谷の如くぽっかりと開けられたのだろう。小動物クリッターたちはこの広間を、実に注意深く開拓していったようで、自然の藝術ともいえるこの大伽藍のうちにも、どこか血の通った空気が感ぜられる。天井からは二、三の鋭いライトがそそがれ、その暗黒に染まった虚空へ、数条の光の帯を送り込み、洞壁の端に寄せられた大小の岩の上にも、橙黄色の暈を暖める多くのランプが置かれて、さながら地面は、夕間暮に墜ちてゆく地表の照り返しだった。ぼんやりと浮かびあがる赤土の壁からは、多種多様な色の岩が覗いており、ぶらりと垂れ下がった吊り橋は、木の根を支えに作られた、簡素な造りのツリーハウスへと続いてゆく。そのほか、節くれだった巨木にもぱらぱらと窓がくり抜かれ、あちらこちらで郷愁を誘う檸檬色の四角い明かりが、まるで星座のようにこのホールの闇を払う光を賄っている……が、ここの主役はあくまで、それらとは別のところにあるのだった。

 次々と洞壁を反響してゆきながら、天井まで達する水音。薄明るいランプに導かれて足元が照らされる中を、水面の光をゆらめかせる地下水脈が波打ち、それは木柵で守られた岸を通り越して、黒々とした支洞へと流れ去ってゆく。これこそが、かつてのチカピンヒルをスプラッシュ・マウンテンへと変貌させた洪水の跡に違いない。そしてその川の上には、幾つもの丸太がごたつき、出発の許可を待っている。そして一定の時間を置いて、たまさかに鳴り響くのは、このアナウンス。

「安全のため、立ちあがったり、手や足をボートの外に出したりしないでね。それに、子どもからは目を離さないように、お願いしますよお。それでは、ワンダフルなひとときを!

 For your safety, just stay seated with your hands, arms, feet and legs inside the boat, and be sure to watch your kids! Have a Zip-a-Dee-Doo-Dah ride!」

 ざあざあと激しい水流の音に紛れないように、最終責任者たるカエルがゲコ、と鳴くと、丸太の品質をチェックした木こりが、運輸を許可するボタンを押す。やや飛沫を上げながら勢いよく出発した丸太は、そのままどんぶらこと流れてゆき、スプラッシュ・マウンテンの渓流を経て、倉庫へと運ばれてゆく。この一連の流れこそ、ビーバーブラザーズの丸太運び事業部が、近年、力を入れて研究している木材の運搬経路である。今日もチェック、チェック、またチェック、流れゆくボートから丸太の動きを視察しているのだ。

 洞窟の陰からこそっとその様子を見守りながら、彼らは低い声で言葉を交わした。

「あのボートに乗るんだな」

「そうさ、ゲストから大人気だよ。今の時期は、スタンバイパスが必要だね」

「ふーん、そんな仕組みになっているのか。で、そのスタンバイパスとやらは取っているのか?」

「ないよ」

「「「「「「えっっっっ」」」」」」

「大丈夫、せいぜい入口のアトラクション・キャストをだまくらかせばいいんだから。ここはぼくたちに任せておいてくれたまえ」

 デイビスたちが止める間もなく、ロビンとリトル・ジョンは、サッと木こりの姿に変装すると、坂道を降りてゆきながら軽やかに挨拶した。

「やーあ、お疲れ! 交代の時間だよ!」

「あ、もう?」

「丸太は、おれたちが見るから、キューの最後尾を見てきてくれよ」

「どんくらい伸びてた?」

「今日は入場者数が少なくてね。お婆ちゃんちの前あたりかな」

 言いながら、爽やかな笑みとともに手を振るロビン、ジョン。その手振りに答えるように、キャストは颯爽と専用口に姿を消した。

「……お前ら、さては、こういうことばっかしてんだろ」

「まさか! 本当に必要な時だけさ」

「TPOを考えてやってますう」

「さあさあ、早く乗っておくれ。安全バーを下げたら出発するよ」

 そう言って、向こう岸のコントロールパネルに飛びついたロビンが、ボタンを押すと、岸辺の木の柵を模した扉が開いた。それに続いて、行儀良く列に並んでいた面々も、どやどやと乗り込んでゆく。

「うわ、つめてっ! なんだよこのボート、すでにちょっと濡れてるじゃねーか!」

「そりゃ、はるばるマウンテン内を旅してきたんだからね」

 デイビスの言う通り、乗り場に到着したボートは、なぜか細かい水飛沫で濡れていた。ビーバーの歯で表面を削られたらしい丸太をくり抜いて作られており、舳先には、可愛らしいウサギの彫刻までついている。なんとなく、楽しい体験が待っているような予感がして、みな能天気にわらわらと騒ぎながら、安全バーをカリカリカリ、と腰まで下げる。

「よーし、これに乗って行くのか。へっへっ、一番乗りは俺たちだ! スコット、やーっぱ最前列か? 最前列に決まってるよなあ!」

「まーたうるさい奴が隣になるのか。道中、先が思いやられることだ」

「どうも、股に挟まなきゃなんねえこの座席ストッパーのせいで、キンタマの位置が気になるなあ」

「次に下ネタを言ったら、退場してもらうからね、エディ」

「安全バーが一人ひとつになったおかげで、リトル・ジョンと隣同士になっても安心だよ」

「おれに合わせて安全バーを下げると、ロビーの後ろ足が宙に浮くからねえ」

「で、おれたちが最後列ってわけか。やれやれ、はしゃぎすぎて落っこちたりするなよ、ニンジン」

「さあ、はりきって行きましょう。スプラッシュ・マウンテンへ!」

 ゲコ、とカエルが一声鳴いて、ボートは流水を掻き分け、なだらかに出発した。独特の水の浮遊感を全身に感じつつ、暗い洞窟の中を直進。絶対にボートから立つんじゃねえぞという看板が通り過ぎ、ふくろうどんによる注意のアナウンスが聞こえてくる。

「ボートから、手や顔を出さないでね。お願いしますよ。
 (低音)Just smile splash of your heads, please keep in your hands, arms, inside.(作者注、ここの英語全然聞き取れませんでした、リスニングできた方、こっそり情報提供していただければ助かります)」

 ゆるりと左折して、そのまま、出口へ。洞窟の滑らかな岩を洗い流すように照るのは、久方ぶりの、真っ白な外光。しかしその川岸の隅には、オンボロの露台が築かれ、その傾いたランプの小麦色の光芒を浴びて、もう一匹の待ち人が座っていたのだった。いや、人といってよいのかは不明だが——しかしその深緑色のボツボツとした肌をした生き物は、人間と同様に麦藁帽をちょこんとかぶり、この先に待ち構えている彼らの旅の様子を、至極楽しみにうかがっているようなのである。

「あれー? 表の、船着場にいたカエルだ!」

「やあ、元気かね? グランマ・サラのキッチンで耳にしたもんだから、ちょいと見にきたんだよ。スプラッシュ・マウンテンに行こうとするバカどもの顔をさ

「えっ?」

 石鹸箱の上に腰掛け、斜めにパイプを咥えたかえるどんは、ズボンの先から覗く足をぶらぶらと動かしながら、ボートの乗客たちにしわだらけの顔を近づけた。それと同時に、がこん、となぜかボートの前方が不自然にせりあがったかと思うと、キュキュキュ、という細かいゴムの軋みを立てて、川の傾斜を登ってゆく・・・・・のだった。

「言っとくがね、近いうちに、ずるギツネとどじグマは、うさぎどんを捕まえるよ」

「それはもう前章で聞いたぞ」

「おい、かえるどん。それより俺たちは、なんで川を登ってってるんだよ?」

「おっほほほ、この旅が単なる川下り・・・・・・とは限らない」

「はぁ?」

「ほら、手や足をボートの外に出さない! それからね、ま、せいぜい、無事に戻ってくることだね。ここの丸太運搬は、まだ実験の途中なんだからさ。キヒヒヒヒヒ……」

 その含み笑いを背後に残して、ボートは無事に、坂の上へと着水した。軽い反動に耐えた途端、目の冴え渡るような太陽の光が降りそそぎ、全員が眼球の奥に痛みを覚える。なみなみとたゆたう水とともに、川風に揺れうごく松の針葉や、赤土の岩から立ちのぼる土埃、そしてこの時期特有の、カボチャや紫芋のスイーツの微かな香りが、高らかな蒼穹の下に匂う。

「あ、あれ? 地上だ……」

「なんだ、ここに出てくるのか? 変な構造だな」

「うわ〜、みんなに見られてる……」

 目の前に広がるそこは、何のことはない、クリッターカントリーに到着して最初に目にした、あの茨まみれの滝を包摂する湖上であった。時折り、ぶわり、とミッキー型の泡が浮かびあがる他は、湖の様子は極めて平和である。左側に感じる怒濤の滝壺の音と、上空まで開放された眩ゆい光、それに周囲にあふれるゲストたちの存在に気を取られ、彼らはかえるどんからの不気味な忠告を、早々に忘れた。チュンチュン、と爽やかにさえずる小鳥の声と、軽快なギターの音色が響き渡る午前の光の中、呑気にチュロスを齧っていたゲストは、突然のスタアたちの登場に、目を丸くする。

「あっ、ミッキーだ!」

「Ha-hah、こんにちはー! みなさーん、東京ディズニーランドを、たーのしんでるー!?」

「え、嘘お! ジュディとニックもいるんだけどー!」

「ハーイ、みんな、元気!? お会いできて嬉しいわ!」

「やあ、みんな! 今のうちに、じゃんじゃんおれたちの写真を撮ってくれよ!」

 こんな時でもゲストサービスを欠かさないミッキーと、ちゃっかり人気が高いため、それっぽいセリフで声援に応えるズートピアコンビ。きゃいきゃいと手を振る有名人たちの周りで、特に騒がれない者たちは、なんとなくこれが、公開処刑のボートめぐりなんじゃないかという気がしてきた。

「ぼくとリトル・ジョンの方が、ズートピアよりもずっと先輩なのに……」←マイナー映画組

「ううううう、少しはストームライダーパイロットにも注目してくれよ……」←クローズしたアトラクション組

「俺ぁ、比較的新しい映画の主人公なんだがな……」←アトラクションの出番なし

「ちょっと! せっかくゲストがいるんだから、辛気臭い空気をこっちにまで撒き散らさないでくれる!?」

 「「「「「俺たちだって必死に頑張ってきたんだよッッッ!!!!」」」」」


「(あ、涙ぐんでる……)」

 ボートはゆっくりと、激しく流れ落ちる滝壺を覆う茨の茂みを迂回し、薄暗い岩窟を貫通する坂をのぼってゆく。自然の摂理から考えればありえない動きだが、ゴム製のベルトコンベアがボートを運んでゆくのを見る限り、丸太を運ぶために動物たちが整備したのであろう。一部天井の崩落した穴から、真っ白な陽射しが燦々と降りそそぐ下、コンベアの両脇には土を固めた階段や樽、空中橋があり、苦労して洞窟を掘り抜いた開拓の跡が見てとれる。

 二度目の着水を経て、チャプチャプと快い水音を立てる渓流に沿ってめぐってゆくと、しばらくはつまらぬ荒涼とした岩場が視界を塞ぎ、こんな高所にも身を寄せる動物のこさえた、小さな畠一面に震える葉っぱと、くるくる躍る風見鶏、それに、川辺で乾かしている泥だらけの洗濯物の群れが、はたはたとはためくのみとなった。地面に置かれたラジオからはのどかなカントリーミュージックが流れ、積荷車に詰め込まれたキャベツや、特大のオバケニンジンが頭を覗かせる一方、岸辺に転がっている養蜂箱が、蜜蜂を集らせてブンブンと唸る。そこから漂ってくる、蕩けるような甘い匂いに誘われ、リトル・ジョンがゴクリと唾を呑み込んだところで、さっそく、前にいるエディがぼやき始めた。

「なー、このボートは、いつ頃洞窟に入るってんでえ? 今んとこは、スプラッシュ・マウンテンの外周をグルグル回っているだけだろ?」

「おや、気の短い探偵さんだね。放っておいたらいずれ着くんだから、不安になることはないんじゃないのかい」と、鼻歌をハミングしながら、行儀悪く後ろ脚を手すりに投げだすロビン。

「しっかしよお、このままじゃ、単なるクリッターカントリーの観光ツアーじゃねえか」

「みんな、野菜スムージーを持ってきたよ。あと、カントリーケーキも。マウンテンの中に行くまでの間、一緒に食べようよ」

「わーい」

 かくして、それぞれがスムージーをちゅうちゅうと吸い込む中、この八人御一行にも、ほんわかと一体感が生まれ始めた。デンデケデンデケデンデンデン、と安閑たるバンジョーの音楽をバックに、全員がケーキのくずを頬いっぱいにくっつけながら、満足げにもぐもぐと咀嚼する。

「こんなんでスプラッシュ・マウンテンの中に突入できるなら、割と楽勝だな。サラお婆ちゃんの心配も、杞憂だったんじゃねーの?」

「ああ、そういえば、そこの大きいニンゲンに、サラ夫人が忠告していたんだっけ。なんて言ったんだ?」とニック。

「スプラッシュ・マウンテンの連中は、みな、頭がおかしい。一緒にいたら気が狂う、とか何とか……」

「なあ、ロビンにジョン。言ってる意味が分かるか?」

「さあねえ、僕たちも、中の連中にまでは会ったことはないから。どういうことなんだろうな」

 やがて、目の前の岩壁も俄かに崩れると、爽やかな風に吹かれる松の頂きを透かして、遙か眼下で汽笛を鳴らす蒸気船マーク・トウェイン号と、何より、きめ細やかな反射光を撒き散らして水面を真っ白に濡らすアメリカ河が、ボートの方向とは反対に過ぎてゆく。しかしその景色も、すぐに険しい赤土の壁がさえぎってしまうと、真っ暗な穴蔵に吸い寄せられていったそばから、轟音のような滝の響きが聞こえてくる。ハテ、これでようやくスプラッシュ・マウンテンの中に侵入か、と思った、次の瞬間。


 前の丸太が、消え去った。


「ん?」

 メンバーの全員が首を伸ばし、ヒョロヒョロと前方を確認した。鯨の咽喉を思わせる周囲の洞壁を見る限り、どう考えても左右に曲がるルートではない。つまるところ、今後の丸太の行き先は、上か下かに限られているわけだ。そして必然、洞窟の中に響き渡るざあざあという音は、その上下の方向性のうち、どちらの可能性が高いのかを如実に伝えていた。

「ちょちょちょちょちょちょちょちょちょっと待て!! どどどどどどういうことだ!?」

「落ち着け、デイビス!」

「いやいやいや、聞いてないって! これ、単なる川下りじゃないのかよ!?」

「いや、だからその……言いにくいが……本当に川下り・・・、なんだろ……」

 スコットが静かに告げたその声を耳にして、ぞ〜っ、と背中の毛がそそり立つ。その中でもとりわけ身を強ばらせたのは、ズートピア組である。彼らは一度、トイレに流された経験がトラウマレベルで刻まれていただけに、今、その記憶により養われた第六感が、全力で警鐘を鳴らしているのが分かるのだ。

「な、なあ、ニンジン。おれはなんだか、この光景に覚えがあるんだが——」

「もしかして、これって——」

 「「水洗便所の再来ぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?!?」」


「おい、そこのバカップル! 無闇に暴れるんじゃねえ!」

「だぁれがまぬけなキツネとバカップルですってええ!?!?」

「こんなずるいウサギが、おれの恋人になんかなるかってんだよ!」

「だから、二匹そろって、大声出すのはやめろってばー!! そんなこと言ってる場合じゃねえだろうが!!」

 「「カップルじゃないっっっ!!!!」」


「あっ、もう手遅れかも———」

 息の揃った訴えに隠れて、死期を悟ったようなミッキーの一言。そうして彼らは、逃れられない運命が近づいてきたのを知る。ぷおーーーー、とウエスタン・リバー鉄道の汽笛が鳴り響く中で、ボートはそのまま、先の見えない暗闇の中へと落下していったのである。


 「「「「「「「「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!?!?!?!?」」」」」」」」


 一瞬、背筋が冷たくなるような浮遊感が取り憑く。そのコンマ数秒後、水飛沫をぶちまけて派手に水に突っ込んだボートは、恐ろしい音を撒き散らしながら、ふたたび、びしょ濡れ状態でのろのろと流れ始めた。その場を、沈黙が支配する。

 ……無事だ。なんともない。いや、無事だったのはいい。しかし、今のおぞましいスピード感は何だろう? 水びたしになった一行は全員、たった今体験した未知の感覚にボーゼンとしながら、ボートの流れに身を委ねるしかない。

「……な、なんだ。今の死を感じさせるような勢いは」

「明らかに出ちゃいけないスピードが出てたわよね」

「通常のアトラクションで、こんな危険な体験をさせるか? これ、子どもも乗れるんだろ?」

「ええっと、確か、身長九十センチ以上なら——」

 そこまで考えていたミッキーは、ハッと心当たりに行きついて、その原因を指さした。

「分かった! リトル・ジョンの体重分、ボートが異常に重いんだよっ!!」

「あっ、おれえ!?!?」

「今すぐ痩せろー!!!」

「そんなの無理に決まってるだろおっ!!」

「このまま無茶な激流下りが続いたら、いずれボートが転覆しちゃうよ!」

「こうなったら全員、ボートから脱出するんだっ!!」

「だ、だめだっ、安全バーのせいで、引き返せやしねーよっ!!」

 そう、膝の上から押しつけるように、がっちりと体を固定するバー。拘束具を思わせるようなその安全性に、ぞお〜っと血の気が引いた。

 彼らの心境とは裏腹に、ストーリーは進み、周囲からは、呑気なカントリー・ミュージックが流れ始めていた。南部に広がる湿地帯の自然は美しい。天蓋から鬱蒼と垂れ下がるのは、カシワのように特徴的な形をした、オークリーフの連なりである。光を透かして、青に黄緑に橙色に、瓔珞の如く翳の揺らめく幹には、スパニッシュ・モスがへばりつき、豊潤に苔むした切り株の近くで、陽射しのおこぼれにあずかった幸運なムクゲが、軽やかにひるがえる。目の冴えるほど鮮やかな緑の中で、聞こえてくるのは、カタツムリの殻を噛み砕く水鳥の咀嚼音や、アリゲーターの尻尾が水面を叩き、バイユーの泡を掻き分ける音。葉を透かしてこぼれてくる幾条もの木漏れ陽は、湿潤な霧の粒を斜いに照らしだし、さながら自然のスポットライトである。しかし、何よりもこのオークの森を特徴づけているのは、それら豊饒な日射しと水分とを享けて、棘だらけのツタを無際限に蔓延らせていった茨であろう。それは通常の茨とは違い、恐ろしく太く、蛇のようにのたくっていて、不気味な赤紫色のツタから生えたその棘の鋭さときたら、たちまち衣服をずたずたに引き裂いてしまうほどである。このクリッターカントリーに棲みつく動物たちとて、それはけして例外ではない。

 しかし小動物クリッターたちは、この危険な茨の茂みを、実に巧みに掻い潜りながら駆けずり回っていた。一見、鋭く太陽を反射する棘も、棲み慣れていれば恐るるに足らず、むしろ外敵から身を守るのに最適の環境と言って良いほどなのである。大きな石をステージに見立てて、ギターを掻き鳴らすふさふさの野犬、赤いスカーフを巻いてハーモニカを吹くアライグマ、切り株でできた太鼓をぽこぽこと叩くヤマアラシ。それぞれ喉から放たれた陽気な歌が、響きに響きを重ね、円やかな木霊となり消えてゆく。ビーバーブラザーズのダムが決壊して以来、彼らは怠慢という蜜の味を知り、こうして一日中、遊び呆けているのである。この日も、氷を浮かべた薄荷水を呑みつつ、ヤマアラシが作曲したというなんだかよく分からない曲を、ゲラゲラ笑って練習していたのだが、しかし、やおら楽器を奏でるその手が止まったかと思うと、目をまん丸にして、流れてくるボートを見つめた。

「おんやあ? 珍しいこともあるもんだ。おい見ろよ、兄弟ブレア、ありゃ人間だよ!」

「なんと! リーマスおじさん以外の人間が、こんな奥深くまでやってくるとはなあ! なんかの間違いじゃねえか!」

「How-dee-doo、ミッキー! その粗末なボートはいったい、何の冗談だ? ナハハハハハハ!」

 南部の小動物クリッターたちから放たれる気軽な揶揄に、ボートに乗った一行は全員、俯きながら両手で顔を覆った。そんなことはまるで気に介さず、動物たちは相変わらずずけずけと、彼らの泣きどころを突き続ける。

「このスプラッシュ・マウンテンの激流を下ろうたあ、驚きの発想だ! こりゃ一本取られたぜ!」

「な、おれたちにも教えてくれよ、どうしたらそんなアホなことを思いつけるかってな!」

「おいおい、やめろ、見ているだけで、笑いの国に行っちまいそうじゃねえか!」

 さっきから、なぜこのボートは、公開処刑しかしないのだろうか? 周囲からの無慈悲な嘲笑に、ますます影を負って顔を隠してゆく面々を代表して、とうとう、拳を握り締めたミッキーが反論した。

「そんなにボロボロに言うことないじゃないかー!!」

「そんならよう、ひとつだけ助言してやる。直ちにそのボートを降りて、川から離れた方がいいぜえ」

「はあ?」

「だってこりゃ、荒れ狂うダムの決壊が作った川なんだもの! そうやすやすと、ボートでくだれるような流れにはなってないってことよ!」

「バーカ、やまあらしどん、こいつらはどうあったって、もう引き返すことはできやしねえのよ! このまま滝壺に呑まれてドボン、一巻の終わりさ!」

「おお、そうかそうか。アッハハハ、こいつは失礼! そんじゃせいぜい、ご臨終の時まで、スリル満点の旅を楽しんでおくれよ!」

 そう言うと、彼らはまた体を揺すり、楽しそうに歌い始めた。完全に馬鹿にしきっている。


 ♪冒険は〜 やめった方がいい〜
 揉め事が〜 君を待っている〜
 面倒も〜 たくっさんあるぞ〜
 さあ 引き返せ!


「くう〜〜〜、ここの動物たち、クッソ意地悪ィ……」

「何を言われようとも、身動きの取れない今は、震える拳を握り締めるほかないな」

「ん? おおい、ロビー。あそこにいるのって、まさか——」

「あーっ! あの後ろ姿は——!」

 左の川岸から近づいてくる影に、ロビン・フッドも、リトル・ジョンも、目を疑った。そう、彼らのシルエットとそっくりと同じ、細身のキツネと体格の良いクマが、肩車しながら、向こう岸の茨の茂みを覗いているのである。川の流れに沿ってボートが近づいてゆくと、平和な大合唱に紛れるように、こんな会話が交わされているのだった。

「うさ公が冒険だとさ。こりゃあ、罠を仕掛けるチャンスだぜえ!」

「グフフフフ、フフフフフ」

「これでようやく、知恵比べにも決着がつくぜ。うさ公め、今度こそ絶対に逃さねえ!」

「この前も、そのまた前も、そう言っていたよお」

「んー?」

 水を掻き分ける音に、何気なく振り向くと。

「「「「「どっ、どおも〜……」」」」」」

 目の前を流れてゆくボートから引き攣った笑いで片手をあげる面々に、ズサーーー、と勢いよく地面に突っ伏すきつねどん。嫌すぎるタイミングでの再会である。

「てっ、てめえらはっ、ミッキー・マウス! おれたちの後を尾けてきやがったんだな!?」

「ス、ス、ス、ストーカーだあ〜」

「誤解だよ! 僕たちは、君たちを尾行したくてここまで来たわけじゃないよ!」

「はっ、ビーバーブラザーズのボート——」

 ぷかぷかと浮かぶボートへ、きつねどんの炯眼が光ると、げらげらと腹を抱えながら指差した。

「ブヒャヒャヒャヒャ、見ろよどんくま、こいつは救いようもねえバカどもだぜえ! まさか、あの地獄行きのボートへ、のこのこ乗っかっちまうとはなあ!」

「ンー? そうかーい?」

「おい、マヌケなミッキー・マウスにその一味ども、心して聞けよお! おれはなあ、ファウルフェローの親分から聞いて、てめえらを奈落の底へ突き落とすって決めてんだ!」

「なんだって!?」

 にわかに緊張が走る空気。ファウルフェローといえば、プレジャーアイランドで、ミッキーを売り飛ばそうとした詐欺師のキツネである。どうやら、TDLのキツネ・ネットワークは非常に緊密らしく、ファウルフェローの鼻を明かしたネズミの噂は、きつねどんにまで届いていたらしい。

「ヘッヘッヘッ、ツイてるぜ、このままほっときゃ、邪魔なネズミとその一味は全滅! 生意気なウサギの野郎は、ほっかほかの丸焼きになって、おれ様の食卓に並ぶことになるんだぜえ! ウッヒャヒャヒャヒャヒャ、笑いが止まらねえぜ、おい行くぞっ、どんくま!」

「あっ、まってえ、兄貴ぃ」

「ちょっと、そこの二匹! 待ちなさーい!」

 慌てて、ジュディががちゃがちゃと安全バーを叩くが、哀しいかな、乗ってしまったからには後の祭りである。伸ばした手が届かぬうちから、みるみるうちに距離が広がってゆく。

「おおおおおおおーい! 悪党どもが米粒みたく遠ざかってくじゃねえか!」

「よおーし、こっちだって負けていられないぞ!」

「この状況をどう打開するっていうんだよ、ミッキー!?」

「彼らがどんなに頑張ったって、所詮はアトラクションの中のお話さ。こっちにはOLCという、強力な味方がいるんだ!」

 ミッキーはズボンに手を突っ込むと、ドヤ顔で無線機を取りだした。葉っぱの装飾の合間から降りそそぐ、眩しい照明を浴びる。

「さあ、運営部の責任者に繋いで! 大事なお話がしたいんだ!」

 堂々たる宣言とともに、ミッキーのふかふかの人差し指が、無線機のボタンを押した。ピッ、ポッ、パッ。そして、周囲のBGMに掻き消されないように手で覆いながら、無線先の相手との通話が始まったが、どうも、「101ワンオーワン」だの「危険なゲスト」だのといった単語が、ボソボソと聞こえてくる。

 するとまもなく、それまで大音響だった館内のBGMの音量が、すうっ、と落ちてゆくと、それまで生き生きと動いていた動物たちが、ピタッと停止した。どうやら、何かの神通力が働いているらしい。そして沈黙のさなか、満を持して、このアナウンス。


《この先で、きつねどんとくまどんが、ま〜たなにか、騒ぎを起こしているようじゃねえ。困ったもんだが、みなさん、そのまま座って、待っててくれるかな。すぐに動くようにするから。あ、けっっっして、立ちあがったりしないでくださいよ。ご迷惑をかけて、すいませんねえ》


 ふくろうどんのものと思われるそのアナウンスを受け、陽射しがやけに穏やかに揺らぎ、ピチュチュ、と小鳥の囀りが軽やかに過ぎ去っていった。同時に、ガコン、という音が響いて、ボートに取りつけられていた安全バーが、ほんの僅かだけ、膝から持ちあがる。

緊急避難エヴァキュレーションを要請したよ。それに、ボートの手動解除ボタンを起動したから。これで、安全バーのロックは解除されたはずさ」

「お前……スプラッシュ担当のキャストが今頃、胃痛で泣いてるぞ」

「とにかく、今のうちに脱出しないと! みんな、安全バーを上にあげて、ボートから降りるんだ!」

「ええっ、降りるったって、ボートの下は川だぞ!?」

「緊急事態なんだから、つべこべ言わずに、早く! そのまま流されないように注意して、真っ直ぐに岸にあがるんだよ!」

 ミッキーの掛け声を合図に、みな、安全バーをキリキリあげると、覚悟を決めて、清らかな水面を煌めかせている川めがけて飛び込んだ。

「ひええっ、つめたー!」

「足元をさらわれないように注意しろよ!」

 歯の根が噛み合わず、ガクブルと震える面々。水路を流れてゆく水は、身の縮むような冷たさだったが、歯を喰い縛ってざぶざぶ掻き分けてゆくと、協力して岸辺に引っ張りあげ、濡れた服を絞りながら、さくり、と草を踏み締める。うおおおおお、夢にまで見たウォーターライド・アトラクションの陸地に立ってんぜ、俺たち。いつもと違った視点、空調なのか、生温かい風がさやさやと濡れた服をなぶり、森の香りを醸しだすフィトンチッドが、清々しく鼻腔を通り抜けてゆく。喜びのあまり、サクサクサクサクサクサクサクサク、と無意味に草むらをストンピングしてみるデイビス。

「すっ、すっげー、夢が広がるわー。写真撮っとこ」

「感動してる場合じゃないだろ、さっさとロジャー・ラビットを見つけないと」

 ピースしながらぱしゃりと自撮りしている彼の襟元を引きずって、スコットは辺りを見回した。爽やかな風吹き、オークの果実(注、どんぐりのこと)の転がる柔らかい地面の草花は、どれも沼の露を凝らして、木漏れ日の下にみずみずしくキラキラと輝いていた。そして、それは茨のツタのトンネルをくぐり抜け、鳥のさえずりと戯れるように、緑豊かな森の奥へと続いているのだ。

「やあ、こいつは、シャーウッドの森より入り組んでいるな。さあて、どこから攻めるべきか」

「Ha-hah、こういうのが得意なのは、エディだね!」

「任せとけ。えーっと、まずはウサギの足跡を探さなきゃ、と」

 探偵道具のうちの虫眼鏡を取り出し、じっくり観察するエディ。湿地帯ゆえに粘ついた土壌は、幾つもの足跡が残されている。口をへの字に結んで見回っていた彼は、そのうちのひとつを指差して、

「ハの字の形についてる足跡があるだろ。こりゃ、ウサギが、後ろ足で踏み切るようにして跳ね回った跡だろうな。こいつを追っていけば、なんらかの手がかりには辿り着くだろうぜ」

「ほほ〜。さっすがエディ、本物の探偵みたいだな!」

「いっぺん沼に叩き落としてやろうか、坊主」

「この茨の茂みの奥かい? まったく、難儀なところをうろつくもんだねえ」

「文句言わないの、ニック。さあ、どんどんいくわよ、わたしについてきてちょうだい! 狭いところは得意なんだから!」

 そう主張すると、制服が汚れるのも構わず、果敢に地面に這いつくばってゆくジュディと、ブツブツ文句をこぼしながら続いてゆくニックを筆頭に、一行は狭苦しい茨のトンネルを進んでいった。複雑な網目状に絡みあうツタは、油断すればすぐに皮膚を切り裂くが、その天蓋の彼方には、遠い青空が覗いている。やがて、目の前が明るく開けてきたかと思うと、ツタの隙間から流れ落ちてくるひとすじの光に照らされて、ひときわ立派な茨が絡みつく茂みの下に、"BRER RABBIT"と書かれたポストと、可愛いアーチ型のドアが見えてきた。こんな険しい茂みに棲むとは、なかなかにチャレンジャーな気質の住人であろう。けれどもドアには、バツ印に板が打ちつけられ、埃っぽい飾り窓からも、まったく灯りの気配がない。そこへぱたぱたと、珍しい青い鳥が舞い込んできて、ポストに留まるなり、流暢に喋り始めた。

「How-dee-doo、フランスからやってきた青い鳥こと、Mr.ブルーバードです。残念ながらうさぎどんは、もうここにはいないよ」

「いないの? せっかくここまできたのに——」

「それじゃ彼は、どこへ行ったんだろう?」

「君たちは、"笑いの国"って知ってるかい?」

「笑いの国?」

「うさぎどんの奴は、そこへ行くって言い張って、聞かないんだよ。あれだけ引き止めたっていうのに、無視してさ。まったく、行く手はトラブルばかりだろうねえ」

 くるるっと杖を回しながら、洒脱なシルクハットを被ったMr.ブルーバードが、軽快に答えた。

「おや、噂をすれば、うさぎどんだ。ほら、あそこで元気よくジャンプしているのが、そうさ」

 ブルーバードの杖が指した先には、確かに、風呂敷を背負って丘を飛び跳ねている影が見える。そのシルエットは、ニンジンを齧りながら、こんな能天気な歌を口ずさんでいるのだ。


 ♪茨の茂みは もう飽きた
 冒険めがけて 出発だ!
 皆さんさよなら それじゃまた
 笑いの国で 会いましょう!


「ふーん、あいつが噂のうさぎどんか。ノンキな奴」

「だいぶ前に家を発っただろうに、どうして、まだこの付近をウロウロしているんだろう?」

「そりゃあね、出かけついでに、きつねどんとくまどんをからかおうと思ってるからだよ。旅の噂を聞きつけて、奴らがノコノコとやってくるのを待っていたのさ」

((((せ、性格悪〜〜〜……))))

 ドン引きする一行だったが、どうやらクリッターカントリーでは、一番の知恵者は、うさぎどんということになっているらしい。それにイチャモンをつけたきつねどんと、しばしばパシリ扱いされるくまどんも加わり、年がら年中この森で、熾烈な争いを繰り広げているとかなんとか。

「ハァン、それでその三匹は、この郷で有名になっちまったってわけか」

Bien sûr.その通りだぜ

「なあ鳥さんよ、俺たちはうさぎどんのほかに、ロジャー・ラビットっつうウサギも探してるんだ。なにか知ってることはないか」

「ロジャー・ラビット?」

 エディからの問いに、Mr.ブルーバードは少し考え込んで、つぶやいた。

「そういえば、やたらハイテンションなウサギがいたような……」

「そっ、そいつだっ! おい、Mr.ブルーバード、奴はどこだっ!!」

「苦労しなくとも、すぐに見つかると思いますぜえ、旦那。とにかくコツは、畑のあたりの、怪しい影を探すことです。じゃ、また会える日まで」

 そう言うと、Mr.ブルーバードはその美しい翼を広げてぐんと飛び立ち、オークの葉むらが羽風で揺れた。その煽りを受けて、ちらちらと織り乱れる陽射しのかけらを顔に浴びながら、ブルーバードの言葉を反芻する一行。鳥のさえずりが響く細い光の中を、ゆっくりと埃が舞いあがってゆく。

「……あいつ人様の畑で、いったい何してるんだあ?」

「よからぬ予感しかしねえんだけど」

「さて、ぼくの出番だろうな。ジョニー、ちょっとこいつを持っていてくれたまえ」

 ロビン・フッドは、お気に入りの帽子をリトル・ジョンに手渡しすると、オークの長い葉に掴まって、スルスルと上へのぼってゆく。その美しい身のこなしは、ターザンに勝るとも劣らないであろう。

「アーアアーーーーーー」

「楽しそうだなあ」

「おうい、どうだあ、ロブ。何か見えるかい?」とリトル・ジョン。

「やあ、耕作地帯は、すぐそこにあるよ。あっちの方角だ!」

 オークの枝に飛び乗ったロビンは、太陽の光を遮るために手庇てびさしをつくりながら、下流の方向を真っ直ぐに指差した。茨の茂みが切れた先にも、いまだ鬱蒼とした川が、大きな蓮の葉を浮かばせていたが、陸地はよく開墾され、傾斜と起伏に富んだ畑をつらねていた。南部に特徴的な、鮮やかな色の赤土である。小動物たちはここを巧みに灌漑し、古株をくり抜いた家の隣に、大好きな根菜やキャベツを植えていた。しかし働き通しの人間と違って、せっせと汗かき、畑の世話を焼く者など誰もいない。大抵の動物は、好きなだけ森の仲間たちと遊び回り、気持ちよく疲れた夕暮れには、ぱたんと家の扉を閉め、ランプの灯る中に帰る。そうして毎日、採れたてのおいしい野菜を、お腹いっぱいになるまで味わうのである。こんな生活を続けているものだから、このクリッターカントリーを、終の住処と決めるのも無理はない。彼らの愛郷心ときたら、それはそれは強靭なものだった。

 遠くへ逃げ去るように伸びてゆくのは、鴻大な丘陵地帯であり、地平線の彼方まで続いてゆく動物たちの、平和な暮らしぶりが見える。丘に沿って綺麗に耕された焦げ茶色の段々畠のそばには、緑の絹のような草原がのんびりと敷かれ、垂れ下がる見事な枝振りの樹々もまた、柔らかなラムネブルーの空へ煙草を点すように、艶やかな紅葉の雲を飛ばしている。山一帯が、何ともいえぬ小麦の深い匂いに包まれる中、うねる道を辿って、細い煙をあげる漆喰の家々が散らばっており、そこから紐付きの麦藁帽を被って、あちこちへ働きに出かけてゆく動物たちの姿が見える。それぞれが柔らかく湿った赤土をちらちらと踏みしめながら、玉蜀黍や紫キャベツを獲り入れたり、ヤマノイモを掘り返したり、大きな麦の束を脱穀したり、丈夫に張ったロープにパンツを干したり、岩に寝転んで、遠い風の行き先を眺めたりしていた。風の吹くたびに土ぼこりが舞いあがるせいか、空気はうっとりと自家製のバターのように霞んでおり、満杯に射し込む陽を浴びて、声を失くしたように動いている彼らの影は、黄金きんの小細工のようである。そのうちの一軒で、落ち葉の溜まった玄関の掃き掃除をしていたウサギたちは、ふと手を休め、

「うさぎどんよ! あそこあそこ!」

「早く! すぐ後ろから、きつねどんとくまどんが追っかけてる!」

と世間話をしている。見ると、太陽をサンサンの浴びる小高い丘の上を、物凄い速度で去ってゆくウサギ、キツネ、クマのシルエットが、ちらりと垣間見えた。

「はあ、クリッターカントリーってのは、広大なんだなあ」

「ここから、ロジャーを探しだすのは、骨が折れそうだねえ」

「そうとも限らないんじゃないか。おれはもう、怪しい影を見つけたぜ」

「ん?」

 無言のまま、ちょいちょい、と顎で示すニック。言われてみれば、そんな雄大な畑のほとりに、ちんまりとしゃがみ込んでいる小さな影がある。周囲の地面には作物をほじくった跡があり、そしてその妙に物哀しく丸まった後ろ姿からは、しゃくしゃくという謎の音が聞こえてきた。たら〜、と背中に汗が垂れてゆくのを感じる一行。まさかまさかのまさかだろうが、自分たちは今、最低の現場を目撃しているんじゃなかろうか。いや、呆気なく見つかるにこしたことはないけど、まさかこんな形で……と全員が頭を抱える。

「えーっと……エディ。あれか?」

「オレンジ色のモヒカン、アホみたいに伸びた白耳、だらしない赤のオーバーオール。間違いねえ、協力してあの馬鹿を確保するぞ」

「エディ元警部。よろしいですか?」

「あーあ、構わねえ。鍛えた腕前を見せてやれ」

「では、お言葉に甘えて」

 おほん、と喉の調子を整えたジュディ・ホップス。拳銃の弾の残りを数えているニックから、鈍く銀色に光る手錠を受け取ると、背後に近寄ってゆく。その他の者も全員、抜き足忍び足で、その謎の畑泥棒の上に影を落としてゆく。そして出し抜けに、エディが叫んだ。

 「今だあ、全員、かかれーーっ!!!!」


「うわあっ!! な、なんだよお、いきなりいっ!!」

 ワッと群がると、一部の者は私怨も瞳に燃やしながら、じたばたと手足をばたつかせるウサギを羽交締めにした。

「こっ、こっ、このっ、迷惑ウサギめが——」

「第零話からどんだけかかって探したと思ってんだ!」

 「ていうか君たち誰ッッッ!?!?」


「大人しくなさい! 住居侵入、及び窃盗の容疑で、現行犯逮捕します!」

 力強いジュディの宣言とともに、がしゃん、とロックがかかり、哀れロジャーは、呆気なくその片手を手錠で繋がれた。それでも納得のいかないウサギは、なおもわしゃわしゃと逃亡を試みるが、それもぐいぐいと反対側に手錠を引っ張られれば、虚しく地面を削りながら引きずられるばかりである。ジュディとニックの二人がかりで、何とか暴れまくるロジャーを拘束しようとする。

「まったく、往生際の悪い畑荒らしね! 無駄な真似はやめて、観念しなさいよ!!」

「おい、そこの真っ白なウサギ! 公務執行妨害でさらに罪が重くなってもいいのか!」

「か、勘弁してよ、お巡りさん。僕、悪いことなんてなーんにも——!」

 しかしその瞬間、今までとは桁外れの力でぐい、と手錠を引っ張られると、野菜屑をたくさんくっつけたロジャーの鼻先で、ニヤッと歯を剥きだしにしている赤ら顔がかち合い、目が合った。

「よお、ロジャー」

 「ええええええエディーー!?!?!? なんでここにぃ——!?!?!?」


 さすがに、親友の登場とは想像もつかなかったロジャーに向かって、エディは往年の相棒を猛烈な勢いで叱りつけた。

「貴様、またフラフラとこんなところまで出かけやがって!」

「な、な、な、な、なんだよ、エディ! どうして君が、警察と一緒にいるんだよお——」

「どうしても何も、てめえを迎えにきたんだろうが!!」

「エッ! あのひねくれ者のエディが、わざわざトゥーンタウンを抜けだして、僕のことをっっっ!?!?」

 あんぐりと開いた口を覆うロジャーの周りを、ぶわっと薔薇の花びらが舞いあがり、パタパタと天使が飛び立っていった。らー⤵︎らー⤴︎ららーららー⤵︎(いつか王子様が)。甘いメロディが胸をめぐり、パーンと喜びの扉を開け放った。

「なーんだい、僕のことが心配だったんだね、エディ! 君はやっぱり、僕のかけがえのない相棒だよう!」

「ば、馬鹿っ、べたべたとひっつくねい!」

「つめたーっ!!」

「あたりめえだろ、さっき川をざぶざぶ渡ってきたんだ、上から下までずぶ濡れなんだよ!」

「あああ、この凍りつかんばかりの温度は、まるでエディの心のようだよお——」

「馬鹿言ってんじゃねえ、いい加減離れろってんだよ!!」

 「ァ゜オ゜ッ」


 ぽかんと殴られたロジャーは、チカチカする頭を押さえながら、そこでようやく、エディの後ろにゾンビの如く立っている濡れ鼠たちに目を向けた。

「エディ、それじゃ、彼らは、警察の人たちじゃあないの? それにどうして、水洗便所に吸い込まれたみたいに濡れているのさ?」

「人を排泄物扱いするんじゃねーよ」

「あのな、ロジャー。奴らはみんな、一緒にお前を探してくれた、俺のなかま——」

 と言いかけて、少しのあいだ考えたエディは、頬を赤らめて気恥ずかしそうに、

「友達だ」

と付け足した。

「なんと。いっつもぶすーっとした顔をしていたあのエディが、焼きハマグリみたいに、心をぱっかり——」

 感動のあまりぶるぶると震えだし、わななく口のそばへ、大粒の涙を垂れ流してゆくロジャー。そのまま、ピンと耳を立たせると、

「エディの友達は、僕の友達。仲良くしておくれよ」

「単純なウサギだなあ」

と、順番に元気よく握手する。ふさふさとした手は、動物らしい異様な熱さを伴っていた。

「なるほど、『ズートピア』の警官コンビに、『ロビン・フッド』の二人組。それから、ストームライダーのパイロットたち、っと。ああ、みんな、僕のためによくここまで来てくれたねえ。いやー、感謝感激、雨あられ」

「おいおい、忘れちゃいやしねえか。まだいるぜ、おめえと同じ街に住んでる親友がよ」

「ん?」

 きょとんとするロジャー。そういや、真ん中ら辺が少し空いているな? と気づいた彼は、そこで少しばかり、目線を下げて——



「やあ、How-dee-doo、ロジャー。ハハッ、久しぶりだね!」



 日が燦々と照り渡る畑の上で、ニコニコと尻尾を振っているネズミと、目が合った。

 その時のロジャーといえば、まるで鍋底でコテンパンに叩きのめされた後、麺棒で薄く引き延ばされたような顔をしていた。その表情のまま数秒間、どういう原理でか、空中に浮かんだままでいたが、ようやく、雑巾の如く引き絞られたその喉から、


「ミッキーーーーーーッッッ!!!!!!」


という叫び声が炸裂し、森の中からバタバタと鳥たちが飛び立つ。その場にいた者は全員、耳鳴りのする鼓膜を押さえつけて、ロジャーの血走ったまなこを見張った。

「現れたなあ、性の魔獣めっ!!」

「なっ!?」

「この僕に黙って——さんざん——裏でスケベなことを働いて——この、この、このおっ! よくも僕を騙そうとしてくれたなあっ!! 見ていろよ、トゥーンタウンの裁判所に訴えて、すべてを日の下に明らかにしてやるうっ!!」

 全員の目線が、一斉に、ミッキーにそそがれる。ミッキーは慌てて、目にも止まらぬ勢いで首を振りまくった。

「純粋な僕をそんな目でみないでくれようっ!!!!」

「お、お前、さては、スーパースタアであるのをいいことに、権力をかさにきてあんなことやこんなことを——」

「僕には! 永遠の恋人、ミニーがいるのっ!!」

「ちょっと、ニック! なんでわたしの耳を折るのよっ!」

「お〜や、こりゃ失礼。お子様にはまだ早すぎる話題だと思って」

「騙されちゃだめだよ、エディ! 彼はとんだ大悪党なんだあっ!!」

「ええい、何を言ってるか分からねえが、順序立てて説明しろ。おめえの剣幕には、誰もついていけねえよ」

 さすがに映画で相棒を務めて、ロジャーの扱いに慣れているエディは、トントンとなだめるように彼の背中を叩く。ロジャーは少し落ち着きを取り戻して、よれてしまった髭を整えながら、ぽつぽつと打ち明け始めた。

「あのね。ある日、僕んちのポストを開けたら——手紙が入っていたんだよう」

「手紙?」

「そしてその手紙の中には、とんでもない写真が同封されていたんだ」

 ロジャーは、ダルダルになったズボンの中を漁るなり、ぶるぶると震える手で、たくさんの白い毛のついた一枚の封筒を取り出した。

「見てくれる? ボクのハートを引き裂いた、恐ろしい写真を」

「何だよ、それ? いったい何が写ってるんだ?」

「僕のマドンナ、ジェシカが! ぼ……ぼ……僕以外の男と……せっせっせをしている証拠写真なんだよー!!」

「せっ、せっせっせだとぉ——!?!?」


 ぴしぃ、と衝撃の走る一同。明らかな気まずさと興奮が、アドレナリンをともなって駆けめぐる。え、せっせっせって、どう考えてもアレのことだろ? そんなあからさまな隠語を出していいのか? いや、いいのかもしれない。だって映画制作は、ディズニーの大人向け作品を担当する、タッチストーン・ピクチャーズだったんだし。しかしそれより、何より。

 フェミニズム機運の高まるこの世の中で、写真をめくってもいいのだろうか? 様々な思索と議論が脳内を駆けめぐり、誰もがこの瞬間、IQが10ほど賢くなった気がした。そして、ごくりと生唾を呑んだ隣のアカギツネの方へ、ジュディは半目になった顔を近づける。

「ニック?」

「……なんだよ、ニンジン」

「どうしてそう前のめりになるのかしら? 人権問題に敏感であるべき警・察・官・が!」

「あだだだだっ!! おい、ニンジン、耳を引っ張るなっ! 酷いじゃないか!」

 ズートピア組、拒絶。

「ぼくは見ないよ。越えちゃいえない一線は心得ているからね」

「お、おれも、やめておくよお。プライバシーに関わる写真だしい」

 ロビン・フッド組、拒絶。

「スコット?」

「センシティブな内容だ。野次馬気分で見ていい類いのものではないな」

「……エディ」

「正直、興味はある。興味はあるが——ドロレスが血の雨を降らせる未来が見える」

「「…………」」

 というわけで、当事者たるミッキーと、彼の保護者代わりのデイビス、二人の代表者が内容を確認することになった。ごくりと唾を飲み込むと、震える手で封筒をめくり、件の証拠の写真を覗き込む。

 古めかしい、白黒で焼きつけられたフィルム。そのインクの先に見えてきたものは。

「うーん。せっせっせを——」

「していますなあ」


これがiPhone8の加工の限界


 隠語じゃなく、マジでしていた。頬を赤らめて手遊びに夢中になっている絵面は、ある意味でこちらの方が衝撃的である。

「つーか、どっからどう見ても、雑コラじゃねえか。こりゃ、いつかのマービンの現場写真の上から、ディップでインクを消して、新しくミッキーの顔を描いたんだよ、ロジャー」

「なんだって! どうしてそこまで、僕とジェシカの愛の邪魔をするっていうのさ?」

「んなこたぁ知らんがな」

「なあ、スコット——」

「ああ。どうも見覚えがあると思ったが、興味深いのは、その気持ち悪い写真じゃない。封筒の方だ」

 言いながら、スコットはスーツの懐から、かさり、と手紙を取りだした。それは物語の冒頭、スコット宅に送られてきた、あのふざけた脅迫状の封筒である。ぺたぺたと切手や肉球のスタンプ、それに紅茶やバターの染みで汚れているそれを、見比べてみると。

「———同じだ」

 何のことはない、封筒の種類もデコり具合も、まるで一致したのである。こうして、怪しい雑コラの送付者は、一瞬にして割り出されたのだった。

 「あんのクソ猫ぉーーー!!!!!」


と手紙を引きちぎらんばかりの勢いのデイビス。

「落ち着け。しかしなるほど、チェシャ猫が送っていた手紙は、二通あったというわけか」

「そんじゃ、俺たちをわざわざ引き合わせたのは、あのふざけたデブ猫だったってこと?」

「そーだろ。目的はまるで分からないがな」

 肩をすくめ合うデイビスとスコット。当然ながら、こんな面倒ごとを起こして、チェシャ猫にどんなメリットがもたらされるのかの見当もつかず。

「どうしてチェシャ猫は、わざわざこんなことをするんだろう?」

と、至極当然のミッキーの一言が、宙に浮く。しかし、その問いに答えられる者は、誰もいなかった。しんみりとした沈黙に抵抗するように。写真を握り締めるロジャーの前足が、ワナワナと震える。

「まさか合成写真なんかで、ぼっ、ぼっ、僕の、これほどにハートブレイキングなことを——」

「やれやれ、クリッターカントリーまで遠出しちまったが、とにもかくにも、これで一件落着ってわけだ。ほれ、ロジャー。おめえもこれで、ミッキーへの疑いは晴れただろ?」

「いいや、晴れていない!」

 「「「「「「「「ハア(゚Д゚)?」」」」」」」」


「写真が雑コラだって分かっただけで——やっぱりミッキーは、ジェシカと不倫しているかもしれないのは、変わらないじゃないか!」

「お、おいロジャー、おめえ何をバカなことを——」

「ミッキーが、愛しのジェシカを奪ったんだあ! そうじゃないと、こんな写真が、僕んちに送られてくるわけないんだから!」

「ええい、良い加減にしろ、この嫉妬ばかりの発情ウサギめ!! おめえの主張は最初から最後までメチャクチャだっ!!」

「メチャクチャでいいもん! エディは独身だから、今にも張り裂けてしまいそうな僕の熱いハートが分からないんだあっ!!」

 こっ、このウサギは〜〜〜、とその場の怒りのボルテージは明らかに鰻登りだったが、ロジャーはわんわんと鼻水を飛ばしながら、未練がましく先を続ける。

「だって、だって——ミッキーったら、演技もダンスもドラムもピアノも魔法もできて——」

「ハハッ、なんだか照れるなあ」

「馬鹿っ、照れてる場合じゃないぞ」

「それなのに——ぼ、ぼ、僕ときたら——頭から星ひとつ出すこともできない、へっぽこの喜劇俳優なんだ!」

「ああ? 星だとォ?」

 ロジャーは、その場に落ちていた木の棒きれを掴むと、渾身の力で頭に振り落とした。彼の頭の周囲を、たちまち、ピヨピヨと、小さな鳥の群れが歌いながら飛び回ってゆく。ロジャーは唇をブルブルと噛み締めながら、その青い瞳から、蛇口のように涙の滝を溢れさせ、エディは呆れ返ったように言った。

「なんでえ、まーたジェシカのことで、スランプに陥ってんのかよ」

「僕ったら、心がガラスのようにデリケートだから、演技に真っ直ぐに響くのお!」

「へえへえ、けったいな習性だねえ」

「僕はトゥーンだ、頭の上に何を落とされたって、痛くないし、死にもしない。だけども、心は——心は傷つくんだあ! ワーッッ!!」

 ———薄々分かっていたけど、こいつ、もしかしてアホなのか?

 号泣するロジャー・ラビットを見て、一行の頭の中に、同じ考えが浮かぶ。ありもしない嫌疑でここまで泣けるとは、どういう思考回路の持ち主だ?

「わああああ、わああああ」

「境遇はこれっぽっちも同情できねえんだが、ここまでバカな野郎だと、そのアホさ加減がだんだん可哀想になってくるな」

 泣き叫ぶロジャーの頭を撫で撫でしながら、溜め息を吐くエディ。こうなってくると、彼が落ち着くまで、とことん付き合うしかないのが関の山である。

「よーし、論より証拠だっ! デイビス、無線機!」

「ハイッ!!」

「頼むよ——インク・ペンキクラブの歌姫の、ジェシカに繋げてくれ。僕の身の潔白を、晴らしてほしいんだ!」

 ピッポッパッ、とでたらめの番号にかけて、通話先を念じるミッキー。三回ほどのコール音をはさんで、相手はすぐに応じた。

《ジェシカ・ラビットよ。ご用件は、ミスター?》

 端的な返事が聞こえてきた瞬間、なぜか、紫ピンクのサスライトが絞られ、気怠げなソプラノサックスのソロまで聴こえてくる。相変わらずのトゥーンタウンの空気感に、デイビスたちは舌を巻いた。

「こ、こんにちは。僕、ミッキー・マウスです!」

《ああら、坊やの坊やじゃない、ご機嫌よう。どーお、ロジャーは、見つけてくれたのかしら?》

 シガレットホルダーに詰めた煙草を吸いながら、楽屋の椅子に腰掛け、細いウエストをくねらせるジェシカ。その真っ赤な唇は、立ちのぼる紫煙を透かして、ルビーのように輝いている。

「み、見つかったは見つかったんだけれど、僕たちの関係について、変な誤解をしているんだよ!」

《どうせヤキモチなんでしょ、妬かせておけばいいのよ。ロジャーだって、あたしが愛しているのは、この世で最高のコメディアンただひとりってこと、心の底ではちゃあんと分かっているはずよ——》

 ペンギンのウェイターが差し出す盆からウイスキーを受け取りつつ、ジェシカは甘ったるい声色で囁いた。思わぬ妻からの愛の言葉を通話越しに耳にして、ロジャーもまた、じい〜んと目を潤ませながら、ミッキーとともに彼女の声に聞き惚れる。

「どうもありがとう、ジェシカ。それだけ聞ければ充分だよ!」

《うふん、あの人、どうやらまたコンプレックスを刺激されているみたい。まあ、あなたほどの世界的スタアが相手じゃ、ロジャーが妬くのも無理ないわね》

「はあ?」

《そんなわけで、うふん、ミッキー、あたしの夫を頼むわよ。無事に取り戻せたなら、秘密のご褒美をあげるわ。𝑩𝑰𝑮 𝑳𝑶𝑽𝑬...》

 艶やかなリップ音が響くと、受話器の彼方からパタパタと口紅の蝶が飛んできて、ミッキーの頬に、ペタリと吸いついてゆく。ロジャーのモヒカン頭が、闘鶏のように逆立ったのは、言うまでもない。

 「やっぱり、デキてるじゃないかーーーーーー!!!!!」


「ごっ、誤解だよっ! 今のはジェシカが、さよならのキスをしただけだってば!」

「やいロジャー、でたらめばっかり言うな! 第一、ミッキーの野郎には、れっきとした恋人がいるんだぞ!」

「そっ、そうだよお、ミッキー、君にはミニーがいたじゃないかあっ!! まさかW浮気だなんて、ミニーをも欺く恐ろしいことを——」

「違うったら、ロジャー! ミニーは、ヴィランズに誘拐されてしまったんだよ!!」

「なんだって? ヴィランズが誘拐!?」

「そうさ。彼女は今、悪い奴らに閉じ込められてしまっているんだ!」

 その途端、ポーーー、ポッ、ポッ、と汽笛の音があがったかと思うと、頭まで完全に血をのぼらせたロジャーの、噴きあがる湯気が、オークの葉むらを貫いた。誰もがギョッとして、蒸気噴射器となったロジャーから一歩飛び退く。

「ししししし、信じられないよ! なんて卑劣なことをするんだ、ゆるせないっ!!」

「そうでしょう? だから僕は、君に協力してほしくて——」

「ミニーがいなくなったからって、ジェシカに鞍替えするつもりなんだなあっ!?」

「「「「「「「なにいいいいいいーーーーー!?!?!?(゚Д゚(゚Д゚(゚Д゚;)」」」」」」」


「おお、なんと神をも恐れぬ所業! どうか笑いの神様、この僕に力をお貸しください——」

「やめてくれ、ロジャー! ミニーに本気にされたら、僕の人生はおしまいだよっ!!」

「僕だって、ジェシカを失ったら、人生終了だともおっ!!」

「だから、誤解だって言ってるじゃないかーーーっ!!」

 どこまでも明後日の方向へと捻じ曲がってゆく展開に、一行はもはや、ボーゼンとするしかなかったが、その間にも事態は加速し、修羅場と呼ぶのに相応しいフィナーレを迎えていた。

「もうミッキーなんか、絶交だよう!!!! 笑いの国へ行って、笑い死にしてやるーーーっ!!!」

「そんなこと言わないでよ、ロジャー! 同じトゥーンタウンの仲間じゃないか!!」

「君はそう言うけど、僕の意見は違うとも! 君がリーダーで、僕らは引き立て役のピエロじゃないかあーっ!!」

 ロジャーはわんわんと泣いて、本当にピエロのように鼻を真っ赤にしながら、大声で叫び散らした。



「いつだって主人公でスーパースタアの君に、僕たち普通のトゥーンの苦しみは分からないさっ!! 君に足りないものなんて何もない! ゲストからもクリエイターからも、永遠に可愛がられて———愛されて!!」



 ♪はうぢっじゅ〜
 あにょあにゅ〜
 はにゅかま〜
 りにじ〜しゃぼじゃぼ〜

 小動物クリッターたちの間の抜けた合唱が響き渡る中、ロジャーは数歩よろめくと、ダッと手錠をすり抜けて文字通り、脱兎の如く川沿いを下流へと逃げてゆく。虚しくちりんちりんと揺れる空の手錠を見て、ボーゼンとするジュディ。ミッキーは慌てて手を伸ばしながら、その後ろ姿に呼びかけた。

「あっ、待ってよう、ロジャー!」

「おっ、追いかけるんでえっ!! 早くしねえと、あいつ、また馬鹿なことを——」










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「エディさん! なんかあんなこと言ってますけど!?」

「あんのヤロウ、どこまで世話をかけさせやがるんだ。どこまで本気かは知らねえが、奴はこのクリッターカントリーの伝説を信じて、笑いの国に行こうとしてるに違いねえっ!!」

「やれやれ。どいつもこいつも、相棒の片っぽってのは、世話の焼ける奴ばかりだな」

「おいっ、スコット! どさくさに紛れて俺の悪口言ってんじゃねえっ!!」

「ぐずぐずしてねえで、あいつを捕まえに行くぞっ、早くっ!!」

 かくして全員が、ウサギを追って、川伝いの丘を全速力で駆けてゆく。さながら、先ほどのうさぎどんときつねどんたちの追いかけっこの再現だ。太陽もちょうど真南にのぼり、絶え間なくそそぐ川のせせらぎに、ぽかぽかとした秋の陽射しが心地よい。ピクニックには最高の日和であった。流木から身を乗り出している、パナマ帽を被った強面のワニは、むっちりとした体躯には似合わぬ小さな両手で、泡立つ沼に釣り糸を垂らし、釣りを楽しんでいる。そのウロコまみれの背中を長椅子代わりに、足を投げだし、平和な休日を堪能していたかえるどんは、目の前を疾風の如く駆け抜けてゆくデイビスたちを見つけるなり、軽く麦わら帽をあげて挨拶した。

「How do you do? お元気ですかア——?」

「あーっと、ちょうどいいところに、かえるどん! なあ、ウサギの在処を知っていたら、教えてくれよ!」

 キキィ! とブレーキをかけて振り返るデイビス。おかげで、後続の者たちはドミノ式にぶつかり、次々と鼻がぺしゃんこに潰れていった。

「そのウサギってえのは、あの愉快な、畑泥棒のお話かね?」

「そっ、それだあ! 頼む、俺たちに教えてくれよ!!」

「そーおかい、そんなら……うぷぷぷぷ、こいつはおかしくって、腹が裂けちまいそうな、リーマスじいさんのしてくれたお話さ。そうさな、わにどん!」

「おっほほほ、そうとも、ありゃあうさぎどんの残した、ケッサクなお話だ! な、かえるどん!」

「うさぎどん? いや、俺たちが知りたいのは、真っ白な毛並みの——」

 しかし、かえるどんもわにどんも、デイビスの面前へぐい、と近寄ると、その圧倒的な威圧感で、ごくりと言いかけた言葉を呑み込ませた。

「まあまあ聞いとくれ。あのきつねどんのやつ、種まきの時期から、せっせとニンジン畑をこしらえていたのさ。秋になって、大きな根菜がたっぷり実り、胸を張るほど誇らしい。ところが、これを見たうさぎどん、毎朝こっそり忍び込むと、美味しいニンジンをたらふく掘り起こして、おまけに、うまーく足跡を消してったもんだから、きつねどんはもうカンカン。ある日、垣根の破れたところに、トネリコの若木に輪っかを結んで、ぐっと折り曲げ、罠を仕掛けた。翌朝、旨いニンジンを頬張ろうとして、畑に忍び込んだうさぎどんは、あえなく引っかかり、きゅっと輪っかが締まって、宙ぶらりんさ。

 太陽が徐々に昇ってきて、辺りはじりじり暑くなってきたというのに、うさぎどんは全身、冷や汗たらたら。このままじゃきつねどんに捕まって、哀れ、皮剥ぎの刑に遭うに決まっちょる。そこへノソノソ通りかかったのはくまどん、こいつはしめたとほくそ笑んで、ひらひらと耳を動かすなり、うさぎどんは立板に水で口説き始めた。

『How-dee-doo、くまどん!』

『やあ、うさぎどん。何やってるのお?』

『なあーに、畑のカラスを追っ払っているんだ。儲かるんだぜえ、一分、一ドルだ!』

『えーっ!? 一分、一ドルぅ!?』

『凄いだろ? どんくまくんだって、やってみたいだろ。君の大好物の蜂蜜だって、これで腹いっぱい食べられるじゃないか! さあ、君も笑いの国の、最高の案山子になろう!!

 これを聞いて、くまどんは大喜び。大きなお尻をフリフリ、どすどす足音を立ててうさぎどんに近づいていって、王様にするみたいにうやうやしく輪っかを解くと、今度は自分が輪っかに吊られて、あとはご覧の通り。ほれ、情けない宙ぶらりんの、案山子になっちまったってわけなのさ!」

 話し終えるなり、かえるどんも、わにどんも、もう涙を流すほどの大笑いだったが、デイビスたちはひたすらに頭を抱えるばかりである。てっきり、きつねどんたちがヴィランズだと信じていたのだが、こんな所業を働いていたのでは、もはやどっちが悪者なのか分からないではないか。

「実話です」

「いや、その、分かっているけどさあ……」

「しかも採れたてぴちぴちのお話、お魚みたいに新鮮だよ。ほうら、お話の結末があれさァ——」

 そう言って、かえるどんのヒョロヒョロと節くれだった指が、流れゆく川の先を指すと、そこには、ウィローからぶら下がるロープでがんじがらめの巨体と、それを叱りつける細身の影があった。

「マが抜けているにも程があるぜ、うさ公を引っかける罠にハマりやがって! 見ろ、うさ公が、笑っているじゃねえか!」

「そうかーい?」

 あっ、ホントに吊られてるわあ——……

 完全に頭から吹っ飛んでいたくまどん、きつねどんの姿を見て、なんとなくホッとする面々。ヴィランズだというのに、なぜだか、親の顔を見たような謎の安心感がある。そしてその隣で、ゲラゲラと笑い転げているのは。

「あれえ? うさぎどんじゃないか!」

「やっ、ミッキー! おいらは今、この阿呆どもをとっちめてやったばかりなんだよ。アッハハハ、どうだい、これぞスプラッシュ・マウンテンの新しい名物、名づけて"一ドル案山子"ってもんだよ!」

「何を遊んでいるんだよ、そんなことより、君はおうちに帰らなくっちゃ! サラおばあちゃんが、君のことを大層心配していたんだよ!」

「やなこった!」

「あ?(イラッ」

「分かったんだよ、茨の茂みで暮らすよりも、あちこちを遊んで跳ね回る方が、ずっとずっと楽しいんだってこと! このままおいらは、一生きつねどんたちをからかいながら、笑いの国に行っちまおうと思っているのさ!」

 こっ、こっ、こいつら、ディズニー・カンパニーの権力で、いっぺん発禁処分にしてやろうか——とミッキーの脳味噌に隙間なく怒りが渦巻く中、どこからかぴょんと飛んできたロジャーが、この揉め事に頭を突っ込んできて、

「ハッハッハッ、あっかんべー! キツネがウサギを捕まえようだなんて、百万年早いに決まってるじゃないかwww(☝︎ ՞ਊ ՞)☝︎ウェーイ」

 「バカやろーッ!! 挑発するんじゃねえーーーッッッ!!!!」


「ああん!? 何だ、このウサギはあっ!!」

「僕の名は、ロジャー・ラビット! 世界一のコメディアンだよお! 今日もトゥーンタウンで大活躍さっ!!」

 ジャジャーンと、明らかに絵柄の違うポップなウサギが、マルーンの効果音付きでポーズを取る。突然現れた二羽目のウサギに、トラブルメーカーとトラブルメーカーのタッグはまずい、と全員が一斉に慌てふためいた。

「うさぎどん、さてはてめえ、ウサギの仲間を呼びやがったなあっ!?」

「違います。幻覚です。この白いウサギとうさぎどんとは関係ありません。何も見なかったことに」

「見ないも何も、現にここにいるじゃねえか! 何なんだよ、こいつは!?」

「いや、俺たちにも、この頭のネジの外れたテンションの高さはよく分からないというか……」

 一部の隙もない正論を言われ、俯かざるを得ない一行。その間にも、ロジャーは『The Merry-Go-Round Broke Down』を歌いながら、きつねどんの周囲を鬱陶しい蠅のように飛び回る。


「♪Oh, Roger is my name
 僕の名はロジャー
 And laughter is my game
 笑いばかり連射
 C'mon, cowpoke
 来い来い、カウボーイ
 It's just a joke
 ほんのジョークだい
 Don't sit there on your brain
 脳みそは座布団なんかじゃない

 My buddy's Eddie V.
 僕の相棒はエディ
 A sourpuss, you'll see
 ご覧よ あんなにむっつり
 But when I'm done
 でもこれが終われば
 He'll need no gun
 銃はおさらば
 Cause a joker he will be
 彼の行く道はお笑い、
 C, D, E, F, G, H, I
 ろ、は、に、ほ、へ、と——」


 我慢ならなくなったエディが、手を伸ばして、ロジャーの耳を掴み取る。ロジャーは空中で手足をバタバタさせながら、楽しそうにキャッキャッと笑い声を立てた。

「アッハハハ! どうだい、エディ? 君もこれには大笑いだろ!」

「やい、ロジャー、いい加減迷惑なことはやめねえか!」

「迷惑? どうしてだい、僕はただ、この仏頂面のキツネを笑わせようと思っただけ——」

「だからそれが迷惑だってえのが分からねえのか、この戯けウサギめ!」

「でも僕はアニメだ、アニメは人を笑わせるために生きているんだ。なんで分かんないの? あのキツネは、笑いたがってるんだ——」

「ほおう? このきつねどんを笑わせたいってえんなら、まずは丸焼きだぜえ、この糞うぜえ阿呆ウサギがっ!!」

「うわあっ!! どうして誰も笑ってくれないのォーーーー!?!?!?!?」

 ヒュンヒュンと回したきつねどんの投げ縄から、慌てて身を翻して回避するロジャー。一方のうさぎどんは、その身を挺してまで徹する笑いの精神に胸打たれ、ただ一匹、じい〜んと感動していた。

「ごめんよ、ロジャー。おいらたちの出ている『南部の唄』が発禁処分になったのに、君は呑気に『ロジャー・ラビット』で主役を張っているのが悔しくて、つい君に八つ当たりを……」

「なんだい、気にするなって、ウサギってのは永遠さあ! げらげら笑い転げる人々の心の中に、いつまでも息づくものなんだよーお!」

「ロジャー……」

「うさぎどん……」

 かくして、二人の間には、薔薇の咲き乱れるような、熱い友情が生まれた。目と目がかちあうその時、もはやどんな困難も壁ではなくなり、互いに尊重し、助けあうことを願って、肉球をひしっと握り締めあったのである。

「なあ、ロジャー。くまどんたちはほっといて、おいらの笑いの国に来ないかい?」

「わーいっ、行く行くう!」

 「そのめんどくせーウサギを旅に誘うなーーーっ!!!!」

「白いウサギと、灰色のウサギ。あれえ、どっちが本物のうさぎどんだったっけえ……?」

「ええい、どんくま、どっちだって構やしねえだろうが! てめえら、まとめて毛をひきむしって、このきつねどん様が丸焼きにしてやる!!」

「おっと、ズートピアのような虫食ブームは、まだこの郷にはやってきていないんだな」

「呑気に言わないでよ、ニック! 収拾のつかないことになっているんだからー!!」

 ところが、ロジャーとうさぎどんは舌を出して、けらけらと笑いながら声を重ね合わせるのだった。


 「「こっこまーでおいでーだ! 目指すは、笑いの国さ——!!」」


 そうして元気に、川沿いをどんどんと跳ねてゆく二羽のウサギたち。隣で真っ赤になりながらプルプルと震えるエディを見て、ミッキーはゾッとした。

「ええっと、その——ご機嫌いかがHow do you do、エディ?」

「今——俺は——本気で——あいつにキレてる」

「うわあ、導火線に火がついて、爆発寸前だ」

「とにかく、あのどうしようもないトラブルメーカーたちを追うわよ。ああんもう、道のりが長いんだから」

 愚痴るジュディは、先を急ごうとして、早速嫌な予感に苛まれた。どうせ次の場所も、面倒ごとがあるに違いない。というかすでに、枝垂れ柳のカーテンをめくる前から、新たな歌声が聞こえ始めている。


 ♪Ha Ha Ha Ha, Ho Ho Ho!
 アッハッハッハッ、ヤッホッホッ!
 Boy are we in luck!
 素敵な日!
 We're visiting our Laughing Place
 さあみんなで出発だ
 Yuk Yuk Yuk Yuk Yuk! Oh Ho Ho,
 
あっはっはっはっは——


 あ〜あ、楽しそうだねえ、君たちィ……その歌を聞いて、早くも半目になる一行。そして彼らが望もうが望むまいが、川岸を進めば否応なく、件の景色が近づいてくるのである。

 まるでひまわりの如く黄色い太陽を映し込むその川岸は、大声で歌を歌いながら、全力で休暇を楽しむバイユーギース(注、geeseはガチョウの複数形)の溜まり場だった。小高い丘にお弁当を広げ、どうやらピクニックにやってきたらしい。木箱やボートのぷかぷかと浮かぶ上で、「NO FISHIN’」と書かれている木陰で釣りをし、穴の空いた網で魚を追い、釣り針に仲間の麦わら帽を引っ掛け、長靴を釣り、スイカを食い散らかして、もはややりたい放題である。そして、我々の抱くその認識は正しい。このスプラッシュ・マウンテンでは、あらゆる法より、「愉快であること」が何よりも優先される。この無法地帯を貫通する秩序はただひとつ、「笑い」というその一点だけなのである。沼から這い出てきたカエルの鳴き声も手伝って、ワイワイガヤガヤ、やかましいことこの上ない。そして、この楽しいワンシーンに何か狂気じみたものを感じるのは、この鼓膜を突き破るほどのやかましさが、よく聞けば、実に印象的なある一曲で完全に統率されているというところにあるだろう。スプラッシュ・マウンテンに突入する前から耳にしていたそれは、こんな愉快な歌詞を謳っているのだった。


 ♪Everybody's got a Laughing Place

 誰でもあるのさ
 A Laughing Place to go-ho-ho.
 笑いの国が
 Take your frown, turn it upside-down
 しかめっつらに おめかしを
 And you'll find yours we know-ho-ho!
 そうすりゃ辿り着くさ!

 Honey and rainbows on our way.
 
蜂蜜を舐めれば
 We laugh because our work is play.
 
茶番で暮らそう
 Boy are we in luck!
 
素敵な日!
 We're visiting our Laughing Place
 
さあみんなで出発だ
 Yuk Yuk Yuk Yuk Yuk! Ho Ho Ho,
 
あっはっはっはっは!


 出るわ出るわの大音響、見えるもの何もかもがユートピア。見て見ぬフリをしてコソコソ抜けようとしても、めざとく見つけられ、小舟の上に乗ったバイユーギースたちは、晴れ晴れと帽子を振った。

「やーあ、ミッキーじゃないかあ、いい日和だね! 一緒に釣りはどうだい? 楽しいよお、ここにいる魚はすーぐミミズに食いついてくれるからね!」

 リーダー格のグースが挨拶ついでに、イイ音を立てて新鮮なスイカに齧りつく。数口咀嚼した後に、プププププ、と吐き出したスイカの種が、見事な弧を描いて、ぽちゃぽちゃぽちゃ、と川に飛び込んでゆく。美しい真昼の陽射しを浴びて、波紋はきららかに揺れるばかりである。

「せ、せっかくだけど、遠慮しておくよ。ここは禁漁区域みたいだし……」

「いやいや、何を言ってるんだい。しちゃだめなことはしろ、していいことはするな、それが、人生を楽しくするモットーってやつさ。学校で教わんなかったの?」

「教わっていないよう、そんなこと!」

「さあ、もっとこっちへ寄って」

「ヒィッ」

 やけに強引に引っ張ってゆくバイユーグースに、なぜかとてつもない恐怖を感じるミッキー。ギースたちはピクニックの肴を求めているようで、前後左右からガアガアガアと、やかましいことこの上ない。デイビスが慌てて、拉致されてゆくミッキーのドタ靴に飛びついた。

「やめろーっ! ミッキーを持っていくなっ!!」

「おいミッキー、景気づけに『蒸気船ウィリー』の口笛を吹いてくれよ!」

「痛い痛い痛い痛い痛い!! 誰か助けてーっ!!」

「ミッキーを離せーっ!!」

「そっちこそ手を離したらどうだい!!」

 右から左から、ミッキーを引っ張るデイビスとバイユーグース。まるで洗濯物のようにぎゅうぎゅうと絞られたミッキーは、ひいいいい、とまさに窮鼠の悲鳴をあげた。そこへ白馬に乗った騎士よろしく、颯爽とスコットが現れると、有無を言わさず、そのたくましい上腕二頭筋を浮き彫りにして、グースの顎をぶん殴った。

 「やめんか、この!!!!」


 ぼくぅッッッ——


 突きあげるアッパーカットを決められ、華麗に宙を舞うガチョウ。うわあ、綺麗だなあ——とスローモーションで繰り広げられるそれを見まいと、デイビスは引き攣った顔で目を逸らす。そして、くるくると回りながら落ちてくるミッキーを、𝑭𝒂𝒔𝒂……とお姫様抱っこで受け止めつつ、スコットはオーラの輝く眩しいその目を瞬かせた。

「大丈夫か、ミッキー?」

「ス、スコット、どうもありがとう……(なんでだろう、なんだか凄く気持ち悪いな)」

「スコット、ナイスだ!」

「さっさと行くぞ、デイビス。なんだか、ここにいる奴ら、全員目がキマってる気がする」

「は?」

「前職の空軍で何人も見てきた。こういう奴らは、上官の目を盗んで、ハイになっているに違いないんだ」

 目に入れるのも我慢ならんという風に、スコットはただ俯き、陰鬱に首を振った。なるほど、彼の生息域とは正反対で、このギースたちは、昔懐かしのヒッピー文化の香りがする。

 デイビスはおそるおそる、ギースのうちの一羽に訊ねてみた。

「なあ、お前ら、……吸ってんの?」

「やだなあ、ヘロインじゃないよ。ちょいと体に良いキノコを食べてるだけさあ!」

 「単なるマジックマッシュルームじゃねえかっ!!!!」


「神は我なり、神は一なり。等しく全のうちにおいて、我らは合一する」

「か、神と一体化してる奴までいやがる——」

「このままじゃ、スプラッシュ・マウンテンのレーティングがぐんぐんあがってしまうよ!」

「もう手遅れだよ、ミッキー。こいつら全員、ジャンキーだ」

 ああ〜〜〜、と変なポーズで何かに赦しを乞うスコットを横目に、ギースたちはひたすらにヘラヘラとだらしない笑みを浮かべ、時に何の幻覚を見たのか、発作的な大笑いを爆発させるのだった。丸い石橋の上から垂れ下がる、釣り針の先にくくりつけられたミミズですら、プークスクス、と水面の上で身をくねらせて笑っている。

「あーあ、昼間っからマジックマッシュルーム・パーティだなんて。救いようのないアホっているもんだね!」

 「お前は冗談でも笑っていられる状況じゃねーだろーがっっ!!!!」


「分かるかい? この栄養いっぱいのぼくを魚が食べ、魚をダチョウが食べ、ダチョウの糞は土に還る。おお、愛の化身よ、恵み深き太陽よ。そうしてぼくは、このスプラッシュ・マウンテンの自然と一体になる——」

「なに言ってんだか分かんねえミミズは置いといて、先に行くぞ! ロジャーとうさぎどんは、どこに行きやがったんでえ!!」

 そうして石橋の下をくぐり抜けてゆくと、新たに広がるのは、長い葉っぱが揺れる天蓋に覆われた、緑の深いオークの森の中。きらきらしい木漏れ日を浴びて、青い鳥が冴え渡るようにさえずり、ベビー・オポッサムの三姉妹は、尻尾で枝からぶら下がりながら、美しい三声コーラスを口ずさんでいるのだった。


 ♪Everybody's got a Laughing Place
 
誰でもあるのよ
 A Laughing Place to go-ho-ho.
 
笑いの国が
 We've found one and it's filled with fun
 
愉快でもう大変
 And you'll find yours we know-ho-ho.
 
君を待ってるのさ

 Everybody's got a laughing place (high ho!)
 
誰でもあるのよ
 A laughing place to go-ho-ho! (high ho!)
 
笑いの国が
 Take that frown, turn it upside down
 
頭をごっつんこ
 And you'll find yours we say-hey-hey.
 
そうすりゃ気づくはず


「さあ、おいらの笑いの国へ、ホップ、ステップ、ジャンプだ!」

 はっ、あの聞き慣れた声はっ。突然耳に飛び込んできたそれに顔をあげると、うさぎどんが棒切れに結びつけた風呂敷を背負って、今まさに、森の茂みを軽やかに跳ねてゆくところではないか。その後ろ足を、すんでのところでガッチリ掴み、髪に大量の葉っぱをくっつけたデイビスは、ぜーぜーと息を切らしながら、目を丸くしている本人を睨みつけた。

「まっ、待てーっ! うさぎどん、もう逃がしやしねえぞ!!」

「あれえ? 君たち、まだいたんだ! ここまで追いつくなんて、大したものじゃないか!」

「追いつくも何も、俺たちは、お前が無事に帰ってくるように説得を頼まれてんだよ!!」

「説得、だって?」

 うさぎどんは一瞬、呆けた顔をした後で、今度は急に腹を抱えると、タコ踊りのようにヒーヒー地面を転げ回った。

「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ、そんなら無理だね! おいらは笑いの国を見つけるまで、とても帰ろうって気にはならないからさ!」

「だからなんなんだよ、笑いの国って!?」

「目下のところは、あのきつねどんとくまどんが、酷い目に遭ってるのをからかうことさ!」

((((せ、性格悪〜〜〜……))))

 「見つけたぜえ、うさぎどん! 今度こそてめえの皮を剥いで、丸焼きだーーっ!!!!」


 ようやくロープの縛めから解けたらしいきつねどんとくまどんが、ぜえぜえと疲れた様子を見せつつ、うさぎどんを指差した。その頭や尻尾に多くの葉っぱがついている形跡を見ている限り、もはやきつねどんの方を応援したくなってしまうのは、人情というものであろうか。しかしうさぎどんは、愛嬌たっぷりにウインクすると、緑の葉っぱの絨毯をがさがさと踏み締めながら、声を張ってこう言った。

「行こうよ、きつねどん。おいらの笑いの国に
案内しよう! くまどんも、遅れるなよ!」

 そう言ってうさぎどんは、ニンジンを齧りつつ、川のさらなる下流へと飛び跳ねた。体力無尽蔵なのかよ、このウサギは、と思うほどに高々とジャンプする姿は、川のせせらぎを越えて、太陽の光にも眩しいくらいである。

「だああっ、俺たちじゃ、あの高さには届かねーよ!」

「よーし、そんじゃ逆に、着地点を狙え! 構えろ、網ィッッッ!!」

「ありません、そんなもの!!」

「そんじゃ、なんでもいいから構えろ! とにかく、あの舐め腐ったウサギを捕まえるんだーっ!!」

 うさぎどんの跳ねてゆく方向を点線で伸ばした先に、ロビンとリトル・ジョンが、サッ、と被っていた帽子を構えた。捕まえられる瞬間をワクワクとして、待ちきれずに尻を振る二匹。しかし、いつまで経っても、うさぎどんが着地する気配がない。

「あ、あれえ? うさぎどんはあ?」

「まさか、もうこの中に入っちまったとか?」

 帽子の中に頭まで突っ込み、中を覗き込んでぱちくりとするロビンとジョン。顔をあげると、ニヤニヤしたうさぎどんが、前を向いたまま、すーっと背後へ戻ってゆくではないか。

 「あっちだーーーっ!!!!」


「アッハハハ、そんなノロマな方法で、おいらを捕まえられるはずがないね!」

「おい汚ねえぞ、うさぎどん!!」

「おいらの秘密の笑いの国、見たけりゃ早くおーいでー!」

「ハハッ、うさぎどん、君は本当に素晴らしいウサギだよお! アニメ界の誇りだあっ!!」

 べろべろばーをしながら、茨の彼方へと跳ねてゆくうさぎどんと、楽しそうにそれについてゆくロジャー。実に自由に跳ね回る健脚に、足に自信のあったジュディすら、翻弄されるばかりである。

「こーなったらニック、わたしたちの最終奥義を使うわよ!」

「だ、大丈夫か、ニンジン? あんまり頑張りすぎなくてもいいんだぞ」

「いいえ、犯人確保のためなら、例え火の中水の中!! それが誇り高きズートピアの警察ってものよ!!」

「よーし、お前さんがそこまで言うのなら——!」

 ニックは、サッと両前足を組み合わせると、まるでバレーボールの球を待ち受ける選手のように腰を低くし、ジュディに合図した。それを受けて、短く頷き、助走をつけて向かってゆくジュディ。


 「「飛べー、ジュディ・ホップス!!!!」」


 掛け声と同時に、ニックの前足を力強く踏み切ったジュディは、眩ゆい太陽の光を背負って、華麗に空を舞う。舞い散る汗、輝く毛並み。くるくると回転したその軽い体躯は、真っ直ぐに、ロクデナシのウサギ二羽に向かって吸い寄せられてゆく。

「「げっ!!」」

「そこまでよ! 観念なさーーーーい!!」

 重力に引かれながら落ちてゆくジュディは、キラリと、手錠を煌めかせて——





べちゃああああああっっっ———



 そのまま汚い音を立てて、地面の泥沼に顔から突っ込んだ。わああ、まるで、モルタルみたいだあ——シーンと沈黙せざるを得ないデイビスたち一行とは裏腹に、

「アーッハッハッハッハッハッハ!!」

と、横から大爆笑の渦が巻き起こる。ゲーターボーイ、七面鳥どん、それにかめどんが、川辺を見下ろす岩の上で、呼吸困難に陥るほど大笑いしているのだった。

「あーあー、だから頑張りすぎるなって言ったのに……」

「ニック〜〜〜!」

「じっとしていろ、今洗ってやるからさ」

 泥まみれの相棒に、ちゃぱちゃぱと川の水をかけてやるニック。ジュディはすっかり涙目になり、ぐすぐすとしゃくりあげていた。

「ウサギさんよ、この目で、笑いの国とやらを、拝ませてくれないかい?」

「今見せてあげたじゃないのっ!!!!」

「おいらの得意技は、この笑い方さ。きーっと、お役に立ーつぜえ」

 周りで目撃していた動物たちは、このアナウサギの泥だらけになった姿が、面白くて仕方ないのだろう。ヒッチハイクよろしく、ニヤニヤして親指を揺らしながら、ぽたぽたと水をしたたらせている小さなジュディに詰め寄ってゆく。

「はっはっはっ、ほら、笑っているだろう? 早く笑いの国とやらを、見せてくれよ」

「おれにも」

「おれさまも」

「くうう〜〜〜っ、このマウンテンの動物たち、ホンッット性格悪くてムカつくわ……」

「「「ねぇねぇ、今、どんな気持ち?www ねぇ、どんな気持ち?www ホンネのところを聞かせてよ!」」」トントン

「あんたたちの脳天に銃弾を浴びせてやりたい気分だっつってんでしょッ!!!!」

「あっ、おい、うさぎどんが、あんなところにいるぜ!」

と指差すデイビス。そう、行く先の岸辺のほとりには、腹を抱えて転がっている影があった。

「アーハハハハハ!! オーホホホホホ!!」

 こんな下品な笑い声をあげているのは、この世にただ一匹、うさぎどんに違いない。何がおかしいのやら、ひーひーと息つく間もなく涙を流して、もはや呼吸困難になりかねないほど笑っているではないか。そしてその視線の先には、のんびりと語るくまどんの姿。

「おい、笑いの国なんて、どこにもないよ。蜜蜂だけだあ……」

 対岸では、きつねどんがプルプルと後ろ脚を震わせながら、くまどんの大きな尻を押しあげている。どうやら、背の低い彼が肩車をして、くまどんに、洞窟の上に空いてある穴を覗き込ませようとしているらしいのだ。

 もう嫌な予感しかしないが、それを助ける義理もない。これ以上振り回されるよりも、放置した方が安全なのは確実である。

「……俺さ、もうあいつらには、関わらない方がいいと思ってるんだ」

「奇遇だね。僕もだよ」

「サラ婆さんには悪いが、うさぎどんのことはほっといて、ロジャーだけ回収して、この危険地帯からさっさと帰ろう」

 全員の意見は早々に一致し、デイビスはくるりと後ろを向いた。

「てなわけで、そこにいるワニさんよ、白いウサギを見なかったか? うさぎどんじゃねえ、モヒカンの生えた、真っ白なウサギだよ」

「ン〜〜〜? ウサギぃ? ウサギならここにいるじゃねえか。泥パックをするのがだーい好きなお嬢ちゃんウサギがよぉ」

 「ムキーーーーーッ!!!!!!!!!」


「それはジュディだろうがっ!! 俺たちが探してるのは、ロジャー・ラビットなのっ!!」

「まあまあ、ちっと一曲、聞いてゆきなって。この七面鳥どんと亀どんは、ちょいと名の知れた旅芸人の一座なんだ……」

「だああっ、もー、こんなところで時間を無駄にしていらんねーよ!!」

「いよーっ、毎度ご贔屓にっ! リクエストの曲は!」

「『Let it go』!」

「『Shiny』!」

「『We Don't Talk About Bruno』!」

「だああああっ、七面鳥が歌うディズニーコンサートなんて、興味ねーんだよ! 頼むから早く行かせてくれーー!!」

 その時、どこからか、ジリジリジリ、とけたたましい時計の音が鳴った。そして、すぐさま眼鏡をかけた小太りのウサギが現れ、懐中時計を見ながらせかせかと走り去ってゆくのだった。

「あっ、ふしぎの国の、白うさぎ——」

「急げ、急げ! 時間がないぞ!」

 せっせと手足を振り、鏡のような川に姿を映しながら駆けてゆく。その粉砂糖のように色のない体毛を見て、アリゲーターは嬉しそうに鉤爪のついた指を差し向けた。

「見ろ、真っ白なウサギだ!」

「あいつじゃねーの!! モヒカンが生えてんの、俺たちが探してるウサギは!!」

「あれっ、あなたは、グランマ・サラのキッチンでお会いした御仁——」

「あ? 私のことか?」

「これ、生まれなかった日のお祝いだよ!」

「何個同じ時計を持っているんだよ!!」

「いいかい、生まれなかった日のことを、いつまでも心の隅に置いておいてくれたまえ。そんじゃ、さようならあ!」

 懐中時計を握らされて、ポカーンとしているスコットを置いてゆき、瞬く間に姿を消した白うさぎ。一体何だったんだ、今のは? とその横で、ぽろぽろギターを奏でる七面鳥どん。それに謎のプライドを触発されたロビン・フッドが、ぴりぴりと指笛を吹いて、

「旅芸人なら、こっちロビン・フッド組にだっているともっ!!」

「ああっ、どこから出てきたか分からねえけど、お前はアラナデール!」

「俺たち動物の国でも、ロビン・フッドは、ちゃーあんといたよ。そしてこれが、本当の、クリッターカントリーの物語——(ツクテンツクテン)」

 マンドリンを掻き鳴らしながら、ふたたび、鶏冠を小粋に立てた雄鶏アラナデールが現れて、手慣れた身振りで演奏を始めた。そのいなせっぷりにムッとした七面鳥どんは、自身もギターを弾き鳴らしながらメンチを切って、両者睨み合いつつ近寄ってゆく。

「(ツクテンツクテン)」

「(ツクテンテンテン)」

「「(ツクテンテンテン ツクテンテン♪)」」

 「呑気に弦楽二重奏でハモってんじゃねーーーっ!!!!」

 メンチを切ったままの二羽の頭を、スパァンとはたくデイビス。事態の進まなさにエディはついにキレて、七面鳥からギターを取りあげるなり、唾を吐き散らして怒鳴りつけた。

「やい、さっさとウサギの居場所を教えねえと、このギターを叩き折って、川ん中に放り込むぞっ!!」

「アハアハアハ、そいつはね、笑いすぎて腹が裂けて、あの世に逝っちまったのさあ! 実に幸せそうな最期だったよ!」

「くだらねーこと言ってねえで、さっさと情報を吐きやがれ! ロジャーはどこだーっ!!」

「笑いの国に行ったんじゃないかなあ。何やら、そんなことを叫んでいたよ」

「じゃあ、その笑いの国はどこにあるってえんだよ!!」

「決まってんだろ、蜂蜜の湖と、虹の橋の、その先さあ」

「おいおい、もういい加減にしてくれって、今度こそ、おりゃ、笑い死にしちまうよ!」

 ゲラゲラゲラ、と笑い転げる動物たちの上に、ゆらりとギターの影が頭上から覆い被さってくると、ようやく彼らは、エディのキレ具合に気づいたらしく、

「ま、どうしても行きたいんなら、あっちだよ、あ・っ・ち。お前さんたちも、その真っ暗な穴ん中を覗いてみな」

と、それまでヒッチハイクのために振っていた親指を、一斉に暗い穴蔵の方に向けた。轟々と川の水を飲み込んでゆくその洞窟の入り口は、真昼だというのに、一寸先すらも見えはしない。そして、全員が亀のように首を伸ばして、川岸から暗闇の方へと頭を突っ込んでゆく。

「なーんも見えやしねーよな……」

「この中のどこに、笑いの国があるって言うんだろう?」

 その瞬間、洞窟を抉り取るようなその穴の輪郭の鋭利さに、エディははっと思いをめぐらせ、大声で叫んだ。

「おい、てめえら、入るんじゃねえっ! これはロジャーの仕掛けた、インスタント穴だーっ!!」

「えっ——」

 途端、背中に、ドン、と蹴落としてくる肉球の気配を感じた。勢い余った彼らはつんのめり、激しい落水の音しかしない暗闇に向かって、いともたやすくまっしぐら。

 「ギャアッ———」


 そんなふざけた叫び声とともに、今度は浮遊感が骨の髄まで取り憑いてきた。まるで暗闇そのものに引き込まれるように、ドドドドド、という鈍い音が広がり、完全なる、一瞬の無重力。


 「「「「「「「「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙〜〜〜〜〜〜!!!!!!」」」」」」」」




どばっしゃーーーんッッッ———


 もはやボートも何もない、一行は素の状態で真っ逆さまに川に突っ込み、水そのものが視界を埋め尽くした。とんでもないびしょ濡れの感覚が全身を覆い尽くすとともに、耳をつんざいてくるのは、大量の蜜蜂の奏でる羽音。それらは黄色と茶色の渦を撒き散らしながら、巨大キノコの放つサイケデリックな蛍光に照らされた洞窟に、強烈なハーモニーを築きあげている。

♪ぶんぶんぶんぶぶ ぶんぶんぶーん
ぶんぶんぶーん ぶぶんぶんぶん♪

♪ぶんぶんぶんぶぶ ぶんぶんぶーん
ぶぶんぶんぶんぶん ぶんぶんぶん♪



 「だああっ、うっせーーーーー!!!!!」


「いったいなんなんだ、この蜜蜂しかいない洞窟は!?」

 川にぷかぷかと浮かびながら、デイビスもスコットも、思わず両耳を塞いだ。どれだけ大声を出しても、蜜蜂の大群の唸りが、その声を蹴散らしてゆく。川の流れはどんどん強くなり、彼らは風船の如く浮き沈みしながら下流へと押し流されるばかりである。

「気が……狂いそうなんだけど……」

「しっかりしろ、ニンジンー!」

「もうおれ……カロリーが足りない……蜂蜜の湖だあ、おいしそう……」

「おい、リトル・ジョン、その蜂蜜を食べちゃだめだ!」

 ざぶざぶと水を掻き分けながら、ロビン・フッドはジョンの襟元を必死で引っ張った。しかし、ここまでの冒険で完全にカロリーを使い切ったジョンは、親友の忠告には目もくれず、ただまっしぐらに、洞窟の地面に落ちている蜂蜜溜まりに近づいてゆく。

「蜜蜂を刺激する以前に、ここの蜜は危険だって!」

「そうだ、リトル・ジョン、周りをよく見てみろ! マジックマッシュルームが豊作すぎてやばいぞ!!」

「デイビスの言う通りだ、絶対にサイコな成分が混じってるに決まっているじゃないか!!」

「関係ない……おなか……すいた……」

「くそっ、どーしてクマはどいつもこいつも、蜂蜜のことになると妖怪のように貪欲になるんだよ!!」

 デイビスは舌打ちすると、川面に顔をだしてぴゅーっと水鉄砲を吹いているミッキーを何とか見つけ、泳いで彼のもとに近づいてゆくなり、ありったけの力を込めて、リトル・ジョンの方へとその背中を押した。

「ミッキー! 行けーっ!!!!」

「僕の出番かい!?」

「リトル・ジョンに、お前のきつい十八番をお見舞いしてやれ!」

「よーし、それなら早速! ミニーから体で伝授された、ビンタ攻撃だーっ!!!!」


パパパパパパパパパパパパパパパ


意外と汎用性の高いgif


 凄まじい連打だった。あまりの威力に白目を剥いて、ぶくぶくと泡を吹きながら水中へ脱落していったリトル・ジョンは、やがて、歯医者に向かう子どものように膨れあがった頬もよそに、ざばあっ、と勢いよく水の上へと跳ねあがる。

「め、目が覚めたっ!! たしかに、ここの蜜を舐めるなんて、どうかしてるよおっ!!」

「みんな、早く岸にあがるんだ! そうでないと、また次の滝が——」


ドドドドドドドドドドドドドドドドド


 もはやその先は言う必要もあるまい。流れる先に轟音が響き始めてからは、全員が一斉に背を向け、鮭の遡流の如く無言で水を掻きまくるが、所詮はのれんに腕押し。健闘も虚しく、あっというまに水流に呑まれ、真っ逆さまに落ちていったのだった。

 何の悲鳴もなかった。がばごぼと泡だけが口から漏れる中で、ただ暗闇を滑り落ち、ほんの少し浮きあがり、そしてまたウォーターシュートしてゆく感覚は、まるでイマジニアが冗談で作ったジェットコースターに実験台として乗らされているかのようである。ズザーーーー、と暗闇に放り出された一行は、数回咳をして水を吐き出した後、しばらくは起きあがる気力もなく、地べたに死んでいた。

「ぐきゅう……」

 死屍累々、という言葉がふさわしいほどに魂の抜けた面々だったが、しかしその中でも、もはや完全なる復讐鬼へと変貌を遂げたエディだけは、そのオリーブ色の眼に燃えあがる炎を宿しつつ、ゆらりと立ちあがった。

「俺は……諦めねえぞ……絶対にあのロジャーの尻尾を掴んで……歯の根をガタガタいわせてやる……」

「うわあ、なんだか、エディのそばがメラメラと熱いよ」

「てめえらっ、ケツの穴締めて探しやがれっ!! 絶対にあいつに、目にモノを見せてやるんでえっ!!」

 怒りと誇り高さは人一倍、エディは拳を突きあげ、自身に託された使命を高らかに言い放った。




 「ロジャーは、うさぎどんは、どこに行ったんだーーーッッッ!!!!!」



 その叫び声が、尾を引くほどに朗々として響き渡る。どうやら、鍾乳洞に迷い込んだらしい。広々とした空間にそそり立つ、滑らかな鍾乳石の柱、蓮の花の下からは、極彩色の美しいライトに照らしだされ、清らかな地下の噴水に甲羅から押しあげられて、諸手をあげたジュニア・タートルたちが、キャッキャとはしゃいでいた。真っ白な斜面には、段々にリムストーンが築かれ、流れる水が薄青い水溜まりプールを潺々と洗っている。まるで温泉のようにそれらのプールに浸かっていたバイユー・フロッグは、冷たい水をたっぷりに口に含んでは、ピュッピュッと水鉄砲を放出し、宙を飛んだ水塊がびちびちと石に当たる。せせらぎ、波紋、さまざまな水音のエコーが行き交い、跳ね返り、それもまた反響し、もはやふしぎの国の入り口を見ているかのようではないか。

 もはやズボンの裾が濡れるのも構わず、一行はプールにびちゃびちゃと踏み込みながら、さらに洞窟を奥へ奥へと進んでいった。

「ろっ、ロジャーはっ、ぜえぜえっ、どこだ!?」

「あの野郎、本当にどこ行きやがったんでえ! 見つけたら全力で、あの忌々しい耳と尻尾を引っこ抜いてやらあ!!」

 息を切らしながら前進する面々と、その先頭で呪いを吐くエディ。その視界の端に、小さく蠢めく影があった。

「あっ、あれは——」

「とんすけ!? とんすけじゃないか!」

「これもウサギ繋がりなのか!?」

「明らかに絵柄がディズニー・クラシック時代だ!!」

 クリッターたちの小憎たらしい顔とは少々違う、可愛らしいタッチで描かれたとんすけは、水をじゃぶじゃぶと掻き分け、恥ずかしそうにくすくす笑いつつ、こんな風に語りかけた。

「あ〜あ、ミッキーったら、こおんな変な洞窟に迷い込んじゃったんだね。慣れていない動物は、スプラッシュ・マウンテンなんかに入るものじゃないよ」

「僕たちを助けてくれる、とんすけ?」

「もちろん。だけど気をつけて、ここで迷子になった動物たちは、おかしな夢を見ちゃうんだから」

 とんすけはそう言って軽く毛繕いをすると、足を軽くとんとんと踏み鳴らす、あのいつもの癖が始まった。

「ぼくについておいでよ。もっと、この川の奥に行こう」

「どこまで行くの!?」

「虹の橋を渡るんだ。みいんな、そこで待っているからさ!」

 そう言い残して、とんすけは飛び跳ね、一行は追いかける。まるで彼らの旅路を祝福するように、カエルがその口から水を飛ばし、多くの水鉄砲がキラキラと空中に弧を描くところを、彼らはくぐり抜けてゆく。そのたびに、水中の鮮やかなライトが乱れ、俄かに足元が宝石のように揺らめいた。柔らかな石灰岩の岸辺を、滴々と打つ雫が陥没させたのだろう、多くのポケットが空いていて、いたずら者のウィーズルたち(注、イタチのこと)が、そこからヒョコヒョコと顔を出している。その穴のうちのひとつに、とんすけは迷わず向かっていった。

「さあ、笑いの国は、この穴の先さ!」

「こんな小さな穴、僕たちはくぐり抜けられないよ、とんすけ!」

「大丈夫。このキノコをほんの少し齧るだけで、たちまち、君の体は小さくなるんだよ」

 言うなり、とんすけは、水中からにょっきりと生えている、何やらおどろおどろしい色のキノコを指差した。鍾乳石の一種かと思うほど、大層大きなキノコだった。さっきのマジック・マッシュルームの仲間だろうか? 大人の背丈ほどもあるその傘の部分には、「Eat Me」と、怪しげな文字が浮かんでいる。

「こ、これ、本当に食べていいやつなのかい……?」

「死亡フラグにしか見えねーんだけど」

「クリッターカントリーの動物たちは、これが大好物なんだよ。さあ、ミッキー。一緒に、ウサギを探しに行こう!」

 言うなり、ぱっと姿を消してしまうとんすけを追って、面々は急いで、キノコの傘の一方のへりを引きちぎると、それを呑み込んだ。例えようのない、ヘンテコな味だった。それから突然、ぐんと胃袋が大きくなったかと思うと、また通常の形に縮んでゆき、同時に、手足も、体の中心に引っ張られてゆく。ままよとばかりに穴へ飛び込むと、暗闇の中を滑りゆくウォータースライダーの上で、みるみる、顔に吹きつける風が強くなっていった。一メートル落ちるごとに、一センチ縮み、スピードの速くなるごとに、体が変形してゆき、ぐるぐる眩暈がして——そうして、終端に転げ落ちると、蛍光色のキノコの傘をクッションにして、大きく跳ね飛ばされた。どたりと地面に倒れ込んだ果てに、彼らは垣間見る。今までとはまったく別の世界を。ここはどこだ? それに——とんすけは? 周囲にはさわさわと風のささやきが飛び交っている。そばで甲羅を天日干しにしていた亀が、にょっきりと首を伸ばして、デイビスの耳元で低くささやいた。

「𝑾𝒆𝒍𝒄𝒐𝒎𝒆 𝒕𝒐 𝑼𝒏𝒅𝒆𝒓𝒈𝒓𝒐𝒖𝒏𝒅...」

「古いネットのミームはもういいよ!!」

「こ〜こは、地下の巣窟さ。表じゃ生きていけねえ連中が、このスプラッシュ・マウンテンの奥地に流れ着いたのよ。言っとくが、ここの住民のクレイジー具合ときたら、上の階なんかじゃ足元にも及ばねえぜ、ヒッヒッヒ」

「こ、これが、本邦初公開、スプラッシュ・マウンテンの内部——」

 震える一行。そこには、まるで無何有の郷を思わせるような平和の大地が、豁然と地平線を割り開いていたのである。太陽キラキラ、丘はなだらかに続き、架け橋となるのは本物の虹。名も知らぬ花が咲き乱れ、広がる田畑からは見たこともない作物が実りに実り、噴水はあふれ、露店は飴を売り、モグラの耕した畦道は複雑に交わって、喜びに満ちた東西南北を繋ぐ。雲ひとつないピンク色の空の下では、小動物たちは柔らかな芝生の上にピクニック・シートを広げ、おいしいお菓子を食べたり、繽紛たる花びらを紅茶に浮かばせたり、自転車に飛び乗ってどこまでも出かけたり、魚やカエルは川の中で追いかけっこをし、蝶までもが歌を唄う始末である。そして、丘から丘へと連なる彼方に、まるで穹窿に吸い込まれるようにして、うっすらと聳え立つ菫色の城の影が見える。どこかで目にしたことがあるような……いや、気のせいだろうか? それはいつでもそこにあり、我々のそばに輝いているのに、誰も本当に入ったことは一度もないのだ。

「ここって、本当にスプラッシュ・マウンテンの中なのかな? なんだか、少し違う気がするんだけど」

「でもよ、"笑いの国はあっち"って、看板があるぜ」

と、指差すデイビス。確かにそこには、《The Laughing Place Yonder》という立て札が植わっている。

「それじゃ、ロジャーやうさぎどんは、ここのどこかにいるのかな?」

「いるともさ!」

 「「「「「「「「うわあーーーーーーーーーーーーーーっっ!?!?」」」」」」」」


 一行の後ろにいつのまにか影を落としていたのは、優しい卵色をして、ぬぼーっと突っ立っているウサギ——そう、百エーカーの森に住むラビットである。可愛い見かけにはよらない嗄れた声を捻りだし、ラビットは慎重に話しかけた。

「おせっかいかも しれないが ねーえ、教えて あげよう。世界中の ありとあらゆる ウサギの 穴が、ここの地下に 通じて いるのさ。どんなウサギも、ここでなら 会えるに 決まっとるのさ」

「どーいう理屈かさっぱりわかんねーよ」

「お気をつけなさいよ、次から 次へと ウサギが 出てきて そりゃもう 大変だろうからね」

 ラビットは得意げに鼻を蠢かせると、なぜか、一心不乱に自分の足元を掘り始めた。そうして、瞬く間に穴へ飛び込んでしまうと、彼の姿は、もう、影も形も見えなくなっていたのだった。慌てて、デイビスは穴の縁にしゃがみ込むと、いやに深いそのポッカリとした暗闇に向かって、わんわんと響く声を投げかけた。

「おーい、ラビット! 結局、ロジャーたちはどこにいるんだよ!?」

「違う ウサギに 聞いとくれ! ほらきた、あいつだ——」

「ああ、時間がない! 時間がない!」

 地球の裏側から跳ね返ってきたような、わんわんと反響する声。振り向けば、あの眼鏡をかけた白うさぎがラッパを吹き鳴らしながら、急いで丘を駆け登ってゆくではないか。慌てて、一行はしゃかしゃかと足を動かしまくった。

「なあ、白うさぎ! ロジャーと、うさぎどんはどこにいるんだ!?」

「頼むから、その名前を女王陛下の前で出さないでくれ! 首を刎ねられてしまうよ!」

「はあ?」

「ああ、ウサギ! ウサギ! ウサギ! あのウサギはどこにいるんだろう? ああ、女王様、おゆるしください。私はちゃんと探しましたです——」

 ウサギが急ぐ先、城へと向かう道の真ん中では、大勢が揃って闊歩する、兵隊の行列がぞろぞろと続いていた。実に不思議なことに、隊列の中にいるどれもが長方形で、風で倒れそうなほどぺらぺらとしていて、四隅から手足を突き出し、赤か、黒かのスートを体に描いているのである。

「我々は、ウサギを探しているんだ。どこかで見つけはしなかったか?」

「ウサギなら、俺たちも探しているよ! 真っ白で、オレンジ色のモヒカンが生えてて、ペラペラ喋りまくる、ムカつくツラの——」

 すると、トランプの兵士たちは、急に烈火の如く怒り出し、顔からスートまでみるまる真っ赤に染めて、その手に持った槍を振り回した。

「見つけたぞ、ウサギの仲間だ!」

「うわあっ、なんでそんな急に怒るんだよお!?」

「そいつは、指名手配されているんだ。女王様の大切なニンジンを食っちまって、女王様はカンカンなんだ! 見つけ次第、首をはねろとのお達しだ!」

「まったくもう——ウサギに何の用があるっていうのよ!?」

「お、おい、ニンジン、突っかかるなって!」

「さっきからみーんな、話すことはウサギ、ウサギ、ウサギって! それ以外に何か言うことはないの!? こっちはもう耳にタコができそうなくらいなんだからー!!」

 その時、地面がむくむくと盛りあがったかと思うと、颯爽と一匹の影が現れ、仲裁の手をあげた。今にも飛びかかりそうだったトランプたちは、キキィ、と急ブレーキをかけて、両陣営がなんとか踏みとどまる。

「まあまあまあ、ここはひとつ、剣を鞘におさめて!」

「オイオイオイオイ、誰だこいつ!?」


 「本当に誰だコイツは!?!?!?!?」


「これは——日本では劇場未公開の幻の作品、『ホーム・オン・ザ・レンジ にぎやか農場を救え!』に出てくる、ラッキー・ジャックだ!」

「掃除! 洗濯! 料理に、怪我の手当て! 
この幸運のウサギに、なぁ〜んでもお任せ! みんなはおれを、ラッキー・ジャックって呼ぶ! そう、昔は遠くの奴らも、おれを捕まえにきたもんさ——幸運の足を狙って!」

 得意げに胸に手を添えてお辞儀するウサギに、デイビスもミッキーも、不審げな顔して互いを見つめあった。

「なあ、マイナー作品にあまりぐちぐち言っちゃいけないんだろうが……"幸運のウサギ"ってキャッチコピー、どこかで聞いた気が……」

「うん、僕も分かるよ……」







「凄くよく分かる……」

「君たち、ロジャーとうさぎどんを探しているんだろう? そんなら教えてやるよ、あっちの城の方角だ!」

「ウサギだ、ウサギだ! なんでもいいから、首はねろ!」

「動物種差別はやめなさーい!!!」

 猛然と抗議の声をあげるジュディの手を掴んで、脱兎の如く駆けだすニックたち。しかしそれをむざむざ見逃す兵士ではない。彼らには、トランプという自身らの体躯を生かした必殺技を持っていたのである。

「秘技、トランプタワー!」

「いち!」

「に!」

「さん!」

「し!」

「ご!」

「ろく!」

「しち!」

「はち!」

「きゅう!」

「じゅう!」

「ジャック」

 力強い掛け声とともに次々と組体操の如く塔を作りあげてゆくと、そのてっぺんのトランプから、次々と空中に舞い躍るなり、彼らに向かって、雨あられの如く降りそそいでくるのである。げげげっ、と顔を引き攣らせて恐怖する一行。

「どどどどど、どうすればいいんだ、あんな奴ら!?」

「ちいっ、これだけは使いたくなかったが、仕方ねえ。おい、レニー!」

 舌打ちしたエディが、腕を思いっきり伸ばして親指を立てると、たちまち、雲霞の如く土埃を立てて、一台の黄色いタクシーが姿を現した。テキパキと宣伝文句を口にする。

「呼ばれて飛び出てどこへでも、キャブ・カンパニーでございます。運転が必要かい、エディ?」

「いっちょ、笑いの国まで連れて行ってくれ。ここにいる全員頼むぜ!」

「ええ!? どう考えても人数オーバーじゃないか!!」

「グダグダ言ってっと、てめえのタイヤ引っこ抜いて、川にぷかぷか浮かぶアヒルボートにしちまうぞ!!」

「ひいいいいっ! 今日もエディは怖すぎるよおっ!!」

 哀れなレニーは、後部座席に大量の客を乗っけつつ、荒々しくドアを閉めるエディのアクセルに従って、エンジンをぶっ放した。のどかな景色には似合わぬ、ブルンブルンという音が響いたた後に、アクセルは一気に全開となる。と、コンマ一秒、レニーはとんでもないスピードで前方へ突っ込んでゆき、トランプたちは一堂に轢かれて、今よりさらに真っ平らとなった。その暴走車を辛くも回避した白うさぎは、過ぎ去った命の危険に感謝しつつ、ぜひー、ぜひーと、腰を抜かしていた。

 被害に遭ったのは、トランプの兵士たちだけではない。一行はみな、ビュンビュン飛ばしてゆく車のヘリに必死で掴まりながら、おえーーー、と恒例の車酔いに襲われる。エディは車のヘッドライトを点滅させながら、決死の思いで加速し続けているレニーに話しかけた。

「おい、レニー、笑いの国ってのは、どこにあるんだ!?」

「わかんないよぉ、立て札に従っているだけだもん! きっと、トゥーンタウンみたいなところなんじゃないの!?」

「あ〜あ、あそこは確かに笑いで溢れてる、でもそれだけじゃねえぞ! 毎日トラブルは起こりまくるし、花火工場は爆発するし、陰でひっそり泣いてる奴らだってたくさんいるんだ!」

「そそそ、そんなら、ディズニーランド・・・・・・・・! 笑いの国と呼ぶのにぴったりじゃないか! どーお、エディ、これで文句ないでしょお!?」

「馬鹿野郎っ、ディズニーランドっつったら、今俺たちがいるここのことじゃねえか!!」

「だから、僕にはよく分かんないんだってばー!」

「モタモタしてる暇なんてねえよ、エディ! 後ろから追ってきてんぞー!」

 デイビスの言う通り、数限りもないトランプたちが、彼らを追いかけにきていた。いや、トランプたちだけではない。スプラッシュ・マウンテンに住みついている動物たち全員が、恐ろしい土埃をあげながら、なぜだかみんな笑顔で追いかけてくる。訳の分からないホラー映画に巻き込まれたかのようではないか。


 ♪すぐさま捕らえて 首はねろ!
 みんなでバタバタ 追いかけろ!
 そらゆけみんなで 手分けして
 必ずウサギの 首はねろ——!


「バカヤロー、ロジャーの首は刎ねるんじゃねえ! てめえらなんかの好きにさせるかってんだ!!」

 まるでポットのように湯気を立てて、背後に怒鳴り返すエディ。するとたちまち、彼らの走る抜ける道のそばに並べられた、多くのポットが彼の怒りに同調し、一斉にピーピーと調子外れの音を吹き鳴らした。そして左右から、爆走するレミーと併走して、とんでもない速さで三月うさぎと帽子屋マッドハッターが追ってくる。

「お茶の会でお茶を呑まずに帰ったらいかんよ!」

「あ〜あ、遠慮するな! 一緒にお茶を呑もう!」

「ひいいっ、何だよー、この頭のおかしな人たちはあ!?!?」

「構うなっ、こいつらは本当にイカれてる奴らだ! けっして、スピードを落とすなーーーっ!!!」

「わーん、もう、僕らの目指している"笑いの国"ってどこなのお!? お願いだから、早く着いてよーーーっ!!」

 やかましいほどに湧き返る湯気のせいなのか、なんだか雲行きが怪しくなって、真っ直ぐに伸びてゆく白い道以外は何も見えない。まるで巨大なお茶会のテーブルの上を激走しているかのようだ。レニーはそのまま、ティーカップに立てかけられたスプーンの上を突っ走ってゆくと、ある地点まできて、急にバランスを崩した。天秤のようにそのスプーンの橋が傾いた一瞬後に、どぽーんっっと紅茶の中に落下してゆく。

 深く濃い水底に投げ出された全員が、ごぼごぼと泡を掻き分けながら、なんとか水面まで顔を出す。なんとも不思議な空の色だった濁りに濁り切った暗紫色、それに一面が、水平線まで広がる紅茶の海だ。ここはどこだろう? そして、浮き島の如く浮かんだキノコの上に寝そべり、気怠げにシガーの煙をもくもくと吐いているのは——

「えええええ、ジェシカ・ラビット!?」

「ああら、ご機嫌いかが、バリアントさん。随分とお急ぎだわね」

 重たい赤毛を流して、輝くばかりの女が振り向く。片目を隠したミステリアスな風貌に、こんな薄暗い海の上でも煌めきを放つ真っ赤な口紅、そして、誰もの度肝を抜くほどのダイナマイト・ボディは健在である。エディはなんとか波を乗り越え、キノコの傘まで泳ぎ着くと、ぜえぜえと息を切らしながら彼女に向き直った。

「や、やいジェシカ、ここまで苦労したんだぜ。いったい、ロジャーはどこだ?」

「こちらが聞きたいくらいよ。ねえ、あたしの夫はどこなの?」

「ええい、あの糞ウサギは、あんたとミッキーがせっせっせをしている糞コラ写真を見て、わんわん泣きながら走り去っていったぞ!」

「バリアントさん、あなたたちは、あの写真にハメられたのよ。……このおかしなウサギ逃亡劇の裏側には、一匹のふしぎな猫が糸を引いているの。今は敵か味方かも分からない、とにかくあたしに言えるのは、彼には別の目的があるだろうってことだけ……」

 ジェシカがおもむろに自身の美貌を近づけ、妖艶な息を交えて煙を吹きかけると、その紫の雲は、ぐるぐると渦を巻き始めて、見事な縞模様を創りだした。そしてその先には、一瞬、夢の外へと通じるドアが見えたのだ。まるで、城の門をくぐり抜ける扉のように立派な——しかし、虚空から大きな紫の尻尾が現れると、その甘い煙を掻き乱し、たちまち、扉は暗闇の中へと沈んでいった。あっ、と声をあげるまでもなく、闇はすべてを呑み込んで、出口を隠しながら遠ざかってゆく。ジェシカはそのまま、エディの首に腕を回して、ぐいとその厚ぼったい唇を近づけた。

「真実は、あの扉の向こう……この世界を知りたいのなら、考えるのよ……WHO——ARE——YOU?

「おっ、俺が、誰かだって……?」

「あなただけの話じゃないわ、みんなみんな、考えなければならないことなのよ。とりわけ必要なのは、紅茶の海を泳いでいる、あの——」

「おいっ、エディ、アホ顔でジェシカに見惚れてんじゃねえっ!! まずはズボンを履けーーーっ!!!!」

 ぷかぷかと漂流してきたエディのズボンをつまみあげながら、デイビスが大声でどやしつけた。ハッと気づくと、ジェシカのそのたわわな谷間に見惚れていたエディの下半身は、パンツ丸出しになっているではないか。そしてどこからか、拡声器によってエコーを響かせるかの如く、冷ややかな中年女性の声がこだましてくる。

「おほん。絵のお勉強、エディ——?」

「ちっ、違うんだっ、ドロレス、これは——」

「あの女、あなたに腕を回して、何していたのか言ってちょうだい!」

「ナイフをどこにブッ刺すか考えていたんだ!」

「あたしは、あなたがズボンを下ろしているところをちゃんと見たわ!」

「おいエディ、カップルで痴話喧嘩してる場合なんかじゃねーだろーが!!」

 「かかかかかカップルじゃねえよっ!!!!」

 「どうして私がこんな貧乏探偵と仲良く貴重な一生を添い遂げなきゃいけないのよっ!!!!」

「「…………」」←これが本当の脈ありカップルの反応なのだなと思い黙り込むジュディとニック

「やあ、君たち、あそこにウサギがいるぞ! 今度こそロジャーだといいんだが」

 すいー、と巨大なレモンの輪切りをボートにしつつ、一足早く、ロビン・フッドとリトル・ジョンが、紅茶の海からにょっきりと生えている、怪しい二本の耳にたどり着く。

「へっへっへっ、さすがはおれたち、ロビン・フッド組ってもんだなあ。一番乗りだ!」

「もちろんさ、お目当てのものはけっして逃さない、それがロビン・フッドとリトル・ジョンの黄金コンビ! さあ、さっそく、獲物の収穫に取りかかるとしよう」

 そうして、ロビンは得意げにそのハンサムな口元を舐めると、尻尾を優雅に振るなり、海から生えているウサギの耳へ、おもむろに手を伸ばした。ところが。

「……? 抜けないな? おい、ジョニー」

「やあっ! ——あれえ、おかしいなあ。何かが引っかかっているのかなあ?」

 怪訝な顔をして、顔を見合わせる二匹。そこへ、ざぱりとレモンの浮き島へあがったスコットが、紅茶の雫をしたたらせながら、彼らの肩をぽんと叩く。

「力技だな。替わってくれ」

「頼むぜー、スコット! 日頃のプロテインの成果を見せてやれ!」

 涼しい顔で腕まくりをするスコットに、後ろからやんややんやとデイビスが声援を送る。力こぶひとつ、気合を入れて、スコットはその耳をひっ掴んだ。

「ふんぬぬぬっ!」

「いけるぜスコット、あんたなら大丈夫だー! フレーフレー!」

「「「「「「「キャプ・テン・スコット! キャプ・テン・スコット!!」」」」」」」

「……気が散るのだが……」

 後ろからの大勢のエールに若干の羞恥を覚えつつ、スコットはその腕にさらなる力を込めた。そしてついに、

きゅぽんっ——



と、トイレの栓を抜くような間の抜けた音とともに、勢いよく尻餅をつくスコット。引き抜いたその手に、しっかと握られていたのは。

「ななななな、なんだ、この不気味なヒゲの生えた化け物は……」

「あーらっ、見つかっちゃったあ!? どーお、あたし、カワイイ!? なかなかキュートでファンタスティックでチャーミングでしょお!?」

 現れたのは、ちょろりと顎髭を生やした、真っ青な体毛で喋りまくるウサギだった。そのブキミさに、全力で引き抜いたことを後悔するスコット。当然ながら、ちっとも可愛くない。

「こ、これは……マジックランプシアターの、ジーニーのウサギ姿だ!!」

「もはやウサギのキャラですらねえじゃねーかっ!!」

「レディースアーンドジャントルメーン! 私の新しいご主人様でーす! 正解したあなたには、この豪華賞品を、ぜええ〜〜んぶプレゼント! よおーく考えてくださいねえ〜!」

 するとたちまち、キラキラと輝きが振り撒かれ、スコットの頭上には、冷蔵庫、車、宝箱から溢れる金銀財宝が回り始めた。スコットは面倒くさげにその欲望の像を振り払いながら、ぱちくりと瞬きをするジーニーと見つめ合う。

「アーラララ、ご主人様、いらないのお〜? こーんな出血大魔法サービス、ほかのディズニーキャラじゃ絶対にありえないのにい!」

「貴様の主人になるつもりなどない、賞品なんぞもいらん。それより教えてくれ、ロジャー・ラビットはどこにいるんだ?」

「何だって、ロジャーに会いたい? んもー、早く言ってよ、無口なお方なんだからあ! それじゃ、ご主人様——お望み通りに!」

 ウインクしたジーニーの指から無数の火花が走ると、先ほどの幻影のひとつ、冷蔵庫だけがぐんと大きくなり、衝撃とともにスコットの目の前に墜落してきた。ジーニーの手が、ぱかりと扉を開ける。中の冷蔵室には、上から下まで、卵がいっぱい——いや、よく見るとウサギの耳が生えているそれらは、うさたまである。大きな青い手が、そのうちのひとつを持ちあげるなり、コンコンと角に打ちつける。すると、中からうさぴよが飛び出してきて、たちまち、あたりはかまびすしいヒヨコの鳴き声で一面が埋め尽くされた。そして、遠くから、あーんあーんとまた別の泣き声と、それを叱りつける大人の声が聞こえてくる。

「ちゃんと脚本ホン読んだのかあっ!? ちゃんと見ろ、ほら——『ロジャー、頭を打つ。ロジャー、星を出す』!! ピヨピヨちゃんじゃない、ほ、し、だっ!! もうしっちゃかめっちゃかだよ、俺を殺す気かあっ!!」

「頼むよお、監督っ! 今度は絶対お星様出すから、もう一度冷蔵庫頭の上に落っことしてちょおだーい!」

「もういい! 二十三回も落っことしているんだっ!!」

「僕、石頭だから心配いらないって——」

「お前のことなんか心配してないよ、冷蔵庫が心配なのっ!!」

「お星様出すから、ほら!! 見てっ!! ほらあ——っ!!」

 ロジャーは慌てて、そばに落ちている大量の小道具の中からフライパンを拾いあげると、その底を思いっきり自分の頭の上に振り下ろした。たちまち飛びだしてきた新鮮な魚を、頭の周りに泳ぎ回らせながら、ロジャーは必死で誰かの影を追ってゆく。

「スターじゃないとだめなの!? ねえ! 本物のスタアじゃないと! 頼むよお、監督、僕のクビを切らないでったら!!」

「お、おいロジャー、俺が見えねえのか! いったいどこ行くんでえ!!」

「ほしいのは星でしょ!? 今まではたまたまピヨピヨが出てきたけど、今度こそ大丈夫だって! このままいけばスターだよ! スターってのは、星のことだよ——!!」

「馬鹿野郎、ロジャー! なんでそう、スターなんかにこだわるんでえっ!! いい加減、目を覚ませっ!!」

 そしてまた、それを懸命に追いかけるエディ。洞窟の中にいるはずだったのに、なぜか頭上には、満天の星が見える。あんなにも遠くきらめいているのは、コウモリたちの目だろうか? それとも、洞窟の天井に反射している波紋の光だろうか? いいや、あれは、イタチたちが俺に突きつけている、リボルバーの銃口だ——ロジャーを匿ってやった時に、あいつを突きつけられたっけ。埃っぽい事務所の空気の中で、窓からの日差しを浴びて、いやにピカピカと光っていた……汚ねえスマート・アスの口に石鹸を突っ込んでやったら、周囲の手下どもは、そりゃもう大笑いだった。あの時、ロジャーには誰も味方がいなかった……妻にも、映画監督にも、警察にも見捨てられ……アニメを助けてくれるのは俺しかいないと、泣きながら訴えて……喜劇俳優のくせに、なんたってあいつときたら、あんなによく泣くんだろう?

「笑うのやめろ! いつまで笑ってんだ! 貴様らそのうち、笑い死にするぜえ!」

 ゲラゲラと笑い転げるイタチたちを置いて、さらに思考は過去へとさかのぼってゆく。あそこにいるのは誰だ? そうだ、イタチたちに利用された挙句に殺されちまった、R. K. マルーンだ……奴と最初に出会った時、交わされた言葉が、ぐるぐると渦を巻く。ここ数年、ついぞ思い出したこともなかった言葉だ。今考えれば、あの時の奴からの依頼こそが、この先の分水嶺だったのかもしれない。暴飲暴食でこさえたあの太鼓っ腹、蹴っ飛ばしてやりてえ……胡散臭い濃い眉毛に、ポマードをぷんぷんさせた黒髪、それに俺のくたびれたダブルとは違う、オーダーメイドで仕立てあげた、最高級のスーツ……そうさ、最初から最後まで、まったく金に汚ねえ奴だった。映画製作会社の社長のくせに、俳優のロジャーを陥れようとしやがって、とことんいけ好かねえ野郎だ……だが、たったそれだけのことで、人は死に値するというのだろうか?

 エディは、マルーンの静かな目を見つめた。皺の浮かんだ瞼が瞬きし、瞳は、自らの事務所の景色を映し込んでいた。まだ、間に合う気がした。手を伸ばせば、こんな依頼は受けないと突っぱねれば、あの時、裏に蠢めくイタチたちの悪事に気づいていれば……けれども、運命はすでにめぐり始めており、マルーンはまもなく死んでしまう。そんなことも知らぬままに、彼はあの日、仕事を受けにやってきたエディに、スコッチのグラスを差し出して語りかけるのだ。

ロジャーはアニメだ、何回冷蔵庫を頭の上に落とそうが、びくともせんよ。ただ、ハートだけは! ——わしや君のように、潰れることもあるんだ……」

「俺の心だと?」

「そうさ、バリアント君。君にも、ロジャーにも、心がある。くだらぬ冗談で大笑いしたり、人の死にわんわん泣いたりする、ハートってもんがな」

「そんなのは知ってる、だから何だってんだ。俺ぁあんたの死に泣かないし、同情したりもしねえぜ!」

「ああ、そうだろう、君はわしの死に泣く義理はないからな。じゃが、わしは逝った。君の弟も逝った。それに、あのマービン・アクメも——とんでもない業つく頑固じじいだったが、それでもみんな、古き良きアニメを愛していたという点じゃ、同じだったんだな……」

 力なく笑うと、自らの事務所の、ウサギ型にくり抜かれたブラインドを見つめた。美しい戦後のハリウッドに面したその穴から、ウイスキー色の濃い夕陽が射し込んできて、その薄い頭髪や、窓際にあるウイスキーのクリスタル・グラスを、照らしだしていた。

「マルーン・カートゥーン・スタジオは続いてゆく。わしが死んだとしても、アニメがいる限り、永遠に。それに、わしの兄弟のC. B. マルーンに、このアニメスタジオの行く末を託した。この先いくらだって、この会社は変わってゆくだろう。

 だからもう……わしは、きっと——」

 そこまでだった。銃声がとどろき、マルーンの声は途絶えた。エディは素早く振り返った。近づいてくるのは、ふたたび、帽子屋と三月ウサギ。片手にティーカップを、もう片手にはバタートーストの切れ端を持っていたが、さくりと一口で呑み込んでしまうと、その場に立ち尽くしたままのエディの背中を押す。

「さーあ、アリス、急いで急いで!」

「お、おい、マルーンの奴はどうなった?」

「生き残った方が勝ちさあ、奴は首をはねられた、君は生き残った、おめでとう! だから君には、幸運のウサギを掴む権利があるんだ!」

「だが、奴は殺された、死んじまったんだ! 生きてる誰かが、悼んでやらねえと——」

「だからなんだっていうんだい? 死者は死者、どんなに悼んだってよみがえったりなんかしないの! 準備は万端、さっ、これからがアリスのハイライトのシーンだ! 撮影カメラ、用〜意! アクション!!」

 掛け声で、鋭い鞭のようにカチンコが鳴る。気づけばエディは、リボンのカチューシャに、真っ青なワンピース、その上にエプロンをつけて、眩ゆいスポットライトの下に立っていたのだった。

 「俺がアリス役なのかよ!?!?」


「あーあ、そうだともそうだとも、ヘンテコな国でウサギを追いかけてる。主役は君だ!」

「おめでとう、おめでとう! 何でもない日、おめでとう!!」

「待てっ! こんな馬鹿げたコスプレをしている場合じゃねえ、俺はロジャーを——!」

「さあさあ、時間がない、ハートの女王がお待ちかねだよ! 気をつけて、君も首を切られてしまわないようにね——」

「エディ!」

「おい、待てったら! 俺たち、どこへ連れて行かれるっていうんだよ——!?」

 そうして、トランプの兵士たちが次々に槍をあげてゆき、その最果ての扉は大きく開かれる。高々と聳える陪審員席には、実に十二匹もの小動物クリッターたちが座り、石板に何かを忙しなく書きつけていた。エディは圧倒されて、何やらくらくらと眩暈を感じてきた。いったい、何の冗談だというのだろう? ラッパが三度響き渡ったかと思うと、そのラッパを吹いているのは、あの、時間に追われていたふしぎの国の白ウサギだった。そうして、その号令を合図として、集まった者たちはめいめいに、自らの心のたけを好き勝手に叫び始めたのである。

「バリアントさん、どうか、ロジャーを探しだしてちょうだい」と弁護席からかき口説くジェシカ。

「いいか、オッサン! あのウサギがここにいるって情報は、あっちこっちから入ってきてんだ! 嘘ついたら、針千本以上呑ますゾォ!」と証言台から叫ぶイタチたち。

「言っとくがな、この事件は、昨日のオムツみてえに臭えぜ! 遺言状があることは、アニメの連中ならみんな知ってる! 俺たちにディズニーランドを託すって言ったんだ!」と傍聴席から野次を飛ばすベビー・ハーマン。

「私は、ディズニーランドが管轄下になって以来、ずっとこの血迷った状況を鎮めることに、全力を尽くしてきた。その唯一の方法として、アニメどもには、法を尊ばせる!」と裁判官席からコートを棚引かせるドゥーム判事。

 しかし、ギャーギャーと流言飛語の飛び交うこの裁判所においても、どこを探しても、ロジャーはいなかった。彼はどこだろう? 四面楚歌のように追い詰められながらも、エディは拳を握って、必死で声を張りあげる。

「おい、ふざけるな! この裁判には、ロジャーがいねえ! ロジャーのいないままに、勝手に話を進めることはできねえだろーがっ!!」

 「「「「なら、ウサギはどこだ!?!?」」」」


「だから、笑いの国に行っちまったんだろうが、笑いの国に——俺たちが今、探しているところだよ!」

「それならもうすでに、ロジャー・ラビットは、ディップの沼に飛び込んでしまったのではないのかね。奴のせつがく・・・・とやらを借りよう——"もしもユーモアのセンスがないなら、死んだ方がましだ"!」

「ええ、確かにロジャーはスターすら出せねえへっぽこかもしれねえ! だけども、そんなことでクビを切っちまうだなんて、この俺が絶対に許しゃしねえんだ!!」

「エディ! エディ、僕の命の恩人——」

 その時突然、飛び跳ねてくる黒い影。仰天するエディの胸元に掴みかかってきたのは、目を真っ赤に血走らせた、当の本人たるロジャーではないか。

「ロジャー!」

「ミッキーみたいなスーパースタアなんかに負けるもんか! 僕にはジェシカしかいない! 今に見てろ——」

「どけえっ、離せっ! 離せ、おい——!」

「今に見てろ! この不幸を乗り越えて、ハッピーになってみせる! 分かったか? ハッピーに幸せ! ハッピーな幸せ! H-A-P-P-I——!」

 そうしてまたもや、凄まじい音とともに窓ガラスをウサギ型に叩き割って、一瞬でいなくなってしまうロジャー。裁判は今や、蜂の巣を突いたような騒ぎだ——いや、本当に蜂が飛び回っている。そしてブンブンと唸りながら、あの頭のおかしくなってくるような旋律を奏で——それに怒りを煽られるように、裁判所中の生き物たちが、口をそろえて叫んだ。


 「「「「「ウサギを探せ! ウサギはどこだあっ!!!!」」」」


「エディ、もうこいつらに付き合ってらんねーよ! さっさとこの裁判所から出るしかねえってば!!」

 デイビスがエディの首根っこを掴むと、扉の方へと向かって走り出した。それに続いて、命からがら逃げ出す面々。背後は罵詈雑言に石板にチョーク、それにティーカップが飛び交う大混乱となっている。花の咲き匂う丘を走り抜けたところで、デイビスが何とか、遠くにちらつくシルエットを指差した。

「エディっ!! あそこだっ!!」

「分かってる。あのバカ、このまま笑いの国に行って、俺たちのことを忘れ去ろうとしてるに決まってるんだ!」

 エディは、遠くに行ってしまうその相棒に、声をかけようとした。ところが、ロジャーの隣には、もうすでにうさぎどんが居座っていた。そうして二匹は、互いの手を取り合いながら、仲良く光の方角を指差しているではないか。

「ウサギってのはね——ウサギは、自由なのさ! どんなところへでも飛び跳ねてゆける。おいらたちのスプラッシュ・マウンテンの冒険は、まだ始まったばかりなのさ!」

「そうとも、僕ら、手と手を繋いで、一緒に笑いの国へ行かなくちゃ! さあ、今日もたくさんのゲストが、僕たちのことを待っているよお!」

「だからどこだってんだよ、笑いの国ってのは!? おい、ロジャー!? おめえ、いったいどこへ行っちまうってえんだよっ!!」

 エディは怒鳴り返したが、連れ立って走り去る二羽からは、ただ、明るい笑い声が響くばかり。いや、しかしここは、いつもそうだったのかもしれない。ずっとずっと、笑いに満ちていることを夢見ていたのかもしれない。太陽がサンサンと輝き、よい香りのする風に草花が揺れる、このふしぎな国に、ぎっしりと棲む数多くの小動物クリッターたちに見下ろされ、上も下も、左も右も、前も後ろも、大爆笑があちこちに沸きあがったかと思うと、ヒイヒイという苦しげな喘ぎや、笑いが止まらずに涙を流している声さえ聞こえてきた。どいつもこいつも、みんな笑っている——笑い以外の感情を知らず——瑣末なことなど、永遠に吹き飛ばしてしまうかのように。そうだ、ここは笑いに満ち溢れていた。そして今日も、明日も、明後日も、変わらぬ幸せが待っていてくれたのだ。

(ウォルトは、どこへ行ったの?)


 ミッキーの頭の中を、ちらりと、そんな声がかすめた。

("笑いの国Laughing place"じゃないかなあ。しきりに首の関節を痛がっていたし)

(そう、どうもありがとう)

 ミッキーはぱたぱたと尻尾を揺らして、ウォルトの個室の隣にある「笑いの国」——ウォルトは治療室のことを、そう呼んでいた——に向かおうとした。清潔な廊下は、会社経営が潤沢な証だ。清掃員は、いつも帽子をあげてミッキーに挨拶してくれる——そしてウォルトは、そのひとりひとりをファーストネームで呼び、自分をけして社長のようには扱わないように約束させていた。

 ミッキーが目的地へと遠ざかってゆくのを見つめて、アニメーターは、ふと思い出したように、ふたたび彼を呼び止めた。

(そうだ、ミッキー。言い忘れていたことがあるんだが)

(どうしたんだい?)

(最近のウォルトは、どうもイライラしているんだ。先に機嫌をうかがって、話しかけても問題ないか、確かめてからの方がいいよ)

 ミッキーは不思議そうに首を傾げていたが、やがてその言葉を理解したのか、パタパタと尻尾を振った。

(大丈夫だよ。ウォルトは一度だって、僕のことを叱ったりしたことがないもの!)

(そうかい。それならいいんだが……)

(あ、ちょっと待って!)

(なんだい?)

(せっかくだから、ウォルトを驚かせてみようと思ってね。僕の輪郭を、君の技術で、点線にしてもらうことはできる?)

 あまりに他愛もない思いつきに、アニメーターは苦笑して、ほんの少しのディップ液をハンカチに染み込ませると、ミッキーの輪郭にそれを擦りつけ、部分的に掻き消していった。真っ直ぐに繋がれていた輪郭の実線が、徐々に点線へと移り変わってゆく。やがて、すっかりとその作業が終わると、彼がそこにいるということを知らない者にとって、彼の姿は、まったくの透明になった。この悪戯を、ミッキーはいたく気に入り、くるくると回って、具合をチェックした。耳の先から尻尾の先端まで、その可愛い全身がすっかり、誰にも見えない点線で覆われていた。

(これでよし、と。わあ、完璧だ!)

(やれやれ、こんなことをしでかして、ウォルトに怒られなければいいんだけど——)

(ハハッ、大丈夫だよ、彼は大笑いするに違いないさ。いつまでも子どもみたいな性格なんだから! それじゃあ、どうもありがとう。バイバーイ!)

 キュッキュッ、とドタ靴を鳴らしながら手を振ると、ミッキーは、今思いついたばかりの悪戯を待ちきれないように、「笑いの国」へとすっ飛んでいった。

 間違いなく愛されていた。
 何もかもが、特別扱いだった。

 ミッキー・マウスは、ウォルト・ディズニーの分身であり、魂そのものだ。誰もがそう信じ、この世に類いなく有名なネズミの立場を、確固たるものにしていった。だが歳を取るにつれ、気難しい神経を尖らせてゆくウォルトとは裏腹に、ミッキーはいつまでも幼いままだった。会社経営も知らないし、世間擦れすることもないし、恐ろしいトラウマも持っていなければ、健康面での問題もない。それゆえにミッキー・マウスは、彼以上に、「彼」であった。ウォルトはこのネズミを、第三の子どものように可愛がったが、その愛の陰には、理想が、そして救いを求める思いが、分かち難く込められていた。そそがれる眼差しの奥に秘められた、その切望の深さに、うら若いミッキーは気づかない。

 ウォルトだけではない、ほとんどすべての大人たちが、子どものことを、彼らの古傷を癒やしてくれる天使だと思い込んでいる。しかし子どもは、そんな大人の真意などは知る由もなく、今日も好き放題に遊び回り、甘えたり、舌を出したり、さんざん手足をばたつかせて駄々をこねたりする。大人に庇護された子どもだけが許される、この束の間の自由の中に、ミッキーはいつまでも酔い痴れたままでいた。きっと、この毎日の明るさは、何十年先も続いている。そう、まるで太陽が昇るのと同じように、明日の光を、何の根拠もなく信じ切っていたのである。

 「笑いの国」へのドアが見えてくると、ミッキーは、悪戯っ子がやる恒例の前準備として、軽く喉の調子を整えた。そうして、いつでも彼のことを驚かせる声を出せるようにしてから、慎重ににじり寄り、そっと真ん丸い耳をドアへと押し当てた。

(ミッキーには、言わないでほしいんだ)

 その時、出し抜けに心臓が刺し抜かれたような思いがして、ミッキーは自分の左胸を押さえた。いつもなら、自分の名前がウォルトの口から漏れた、というだけで、眩暈がするほど嬉しいのに、その日はなぜか、そんな感情は浮かんでこなかった。息を潜めながら、ミッキーはじっと、ドアの向こうの様子に耳を澄ませた。

(あの子には一切、言ってはいけないよ)

(こんな大事な時に、どうして除け者にするのよ? あの子は、あなたの息子も同然じゃない——)

(ヘーゼル、分からないのかい? 僕がいったい、この世の何を守ろうとしているのか、君は気づかないのかい?)

 硬く磨かれた革靴の音が、絨毯に吸い込まれ、微かな足音しかしない。きっとウォルトは今、何かに取り憑かれたように、部屋中を歩き回っているはずだった。そして看護婦のヘーゼルは、そんなウォルトを見つめながら、この癇癪持ちの大人を、どうやって宥めようかと算段しているのだろう——しかし、長年この男を毒舌でやり込めることに手慣れている彼女でも、この日ばかりは、彼の異様な昂奮を落ち着かせるのは難しかった。それは外部からの要因ではなく、内側から込みあげる、恐ろしいまでの熱情に取り憑かれた結果であり、その炎を消火することは、この男から、「ウォルト・ディズニー」の名を奪い去ることを意味した。そして、彼の人生そのものに根づいたその架空の仮面を引き剥がすことは、もはやこの世の誰にもできなかった。

(ディズニーはね——ディズニーは、僕の理想の世界なんだ。涙も、病も、哀しみもない——子どもをぶつような父親はいなくって、子どもと一緒に歌ったり、踊ったり、大笑いしたりする。そして、この世の素晴らしいものが——いいかい、みんな胸がドキドキして、夢中になって止まらないようなものが、溢れている。

 ミッキー・マウスはいつだって悪に勝つ。けして、邪悪なものには負けない。善人が必ず勝利して、最後にはみんなが笑顔になる。それが——それが、現実とは違うところだ)

(それは私にだって分かっているわ、でもディズニーは、アニメの中だけで生きているわけじゃない。現実のゲストを受け入れて、現実に取り囲まれて、現実的に運営して——現実と——常に現実と向かい合ってる)

(そうさ、だからこそ彼らはあんなにも行列を成して、魔法の王国にやってくるんだ! ゲストたちは期待している、"ウォルト・ディズニー"と、"ミッキー・マウス"に会いにゆけることを。そのために、僕とあの子はもう、この舞台から降りることが許されないんだ。スターとして、永遠に踊り続ける運命でしかない——ヘーゼル、君には分からないよ。ゲストのために自己を捧げなければならないのは、この世でたった二人、僕とあの子だけだ。僕ら以外の誰にも——他の誰にも分かるものか!)

 滔々と語るウォルトの声は、疲れ切っていて——それに、どこか夢心地の感じがした。なぜだろう? まるで夢に纏わりつく麻痺の感覚を振り払うように、ウォルトは熱を入れて語り続けた。そうすることで、自らの生命が、今少しの燃え盛る焔を帯びてゆくかの如く。

(僕は、僕が"ウォルト"の役を演じることで、いつでも現実と闘うことができた。それは僕が、一人前の大人だったからだ。けれどもミッキーは違う——あの子は純粋だし、これからもずっと純粋無垢なままだ。あの子が、辛い現実を知る必要はない!
 僕はあの子に、一点の染みもつけたくはない。世間の残酷さから匿い——あらゆる醜いことから守る。あの子に、普通の人間が出くわすだろう哀しみを、少しだって味わわせたくはないんだ。それが、僕がミッキーを生み出した意味だ! ミッキー・マウスは、僕じゃない。そうだ——ウォルター・イライアス・ディズニーとは、違うんだ!)

 その鬼気迫る物言いに堪えかねて、ミッキーは背伸びをすると、鍵穴に目をくっつけて、ドアの向こう側に広がる室内を覗いた。治療のためか、ウォルトは上半身をさらしていた。そして、それを一目を見た瞬間、ミッキーは一瞬にして血の気が引き、頭が真っ白になった。老いたというにしても、あまりに痩せこけ、あまりに骨が浮きあがり、あちこちに温湿布が貼られていた。まるで骸骨のようにまでげっそりと肉の落ちたその姿は、痛々しさを通り越して、何か愕然たる恐怖に満ちていた。そして彼の背中の中央には、まるで鞭か、革のベルトを振り下ろしたかのような昔年の悲愴な傷跡が、はっきりと刻まれているのが見えたのである。それが何の証なのか、まだ小さな彼には分からなかった。彼に、そのような傷をつける者は今までいなかった。いたとしても、それはヴィランズであり——少なくとも、「家族」と呼ばれるような間柄からではなかった。孤児であり、ミニーとともに助けあいながら暮らしてきた彼は、それゆえに虐待・・というものを、一度も知りはしなかったのだ。

 ミッキーは、そっとドアを押し開けた。透明であるがゆえに、ヘーゼルやウォルトの目に映らない彼の姿は、例えドアの開閉に気づかれたとしても、東の風か何かにしか思われなかっただろう。足音をしのばせて近づいてゆくと、異様な熱意を持って話し込む彼らの、体温や息遣いまでもが伝わってくる。ウォルトの手に触れようとした。彼の味方でいてやりたかった。けれどもその手は、骨が浮きあがり、スコッチの匂いを染み込ませ、皺くちゃになっていた。その指は、何か痙攣でもしているかのように、ぶるぶると絶え間なく震えていたが、やがてそれを押さえつけるように、拳を強く握り締めた。

(こうなった以上、僕はもう下手な希望を持っちゃいないよ、ヘーゼル。急がなければ——もう僕には、時間がないんだ。時はどんどんと過ぎてゆく。残された時間は、本当に少ない。とにかく僕は、生きているうちに前進して、前進して——進み続けなくちゃならない。だから頼む、あの子には何も言わないでくれ。これが僕に残された——ウォルト・ディズニーとしての、最後の仕事なんだ)

 ミッキーは黙って、目の前で握り締められたその老人の手を見た。それから、頭上で高々と光を浴びて、その目に、絶望の色を浮かべているウォルトの顔を見つめた。



(僕は死ぬよ、いずれ、近いうちに。
 だからこそ、この"ディズニー"を———

 なんとしても、永遠のものにしなくては)




 懐かしい人の声が、ミッキーの耳の中で混じり合い、無限の木霊を響かせる。それを呑み込むように、小動物たちの愉快な合唱は、鍾乳洞の中にどんどんと大きくなっていった。


 ♪Everybody's got a Laughing Place
 誰でもあるのさ
 A Laughing Place to go-ho-ho.
 笑いの国が
 Take a smile there, for a while
 笑窪を浮かべて
 and You'll find yours we know ho-ho!
 そうすりゃ気付くのさ!

 Honey and rainbows on your way.
 虹の橋を渡れば
 Take that frown, turn it upside-down
 頭をごっつんこ
 And soon you'll find you're here to stay.
 そこが君の棲家

 Everybody's got a Laughing Place
 誰でもあるのさ
 A Laughing Place to go-ho-ho.
 笑いの国が
 Come on in, give us all a grin,
 さあ 前歯を見せて
 And you'll find yours I know-ho-ho!
 探しに行こうよ!


 歌声。笑いの数々。時折り飛び交う悲鳴と、すぐにその後を包み込む爆笑の渦。

「見て見て、うさぎどんよ!」

「また、きつねどんとくまどんに追っかけられてる……」

 天井に空いた穴から、オポッサムが、ばあ、と顔を出す。そしてその合間に、三日月型のニタニタと笑う口が、ゆっくりと枝の上に浮かびあがってゆくと、ウサギたちを追いかけるデイビス一行を見下ろし、歌うようにこう言った。



「さあ、追いかけよう、白うさぎ、
 夢の世界を目指して真っ逆さま、
 真っ暗にうねる洞窟を越えれば、
 新たな光が見えてくる。

 始まりはアリス・コメディ、
 アニメに迷い込む少女のお話。
 青年もまたアニメに飛び込んでいった、
 ディズニー家の四男、名はウォルト。

 アリスは残す、真っ黒な形見を、
 可愛い、可愛い、幸運のウサギ。
 ウサギは動く、アニメの世界を、
 可愛い、可愛い、悲運のウサギ。

 大人と戦うにはあまりに若く、
 現実に勝つにはあまりに夢想家。
 ウサギを奪われ、絶望した青年の前に、
 現れたのは、小さなネズミ。

 繋いだ手と手を、固く握り締め、
 一人と一匹の、これが始まり。

 サンタフェ鉄道の吐いた煙は、
 船の蒸気に取って代わられ、
 静寂に閉ざされた光の世界に、
 響き渡るは口笛の音。

 汽笛を鳴らせ、幸運のネズミ。
 流れる川は、アメリカから海を超えてゆき、
 世界中を笑いで満たすだろう。

 走れ、走れ、幸運なネズミ。
 追いかけ、追いつき、ウサギを追い抜き、
 おんぼろ会社はお城に早変わり、
 夢いっぱいのネズミの旗がひるがえる。

 踊れ、踊れ、幸運なネズミ。
 一人と一匹の冒険は続く、
 ストや戦争、赤狩りをくぐり抜け、
 青年は大人び、みるみる老いてゆく。

 笑え、笑え、幸運なネズミ。
 銀幕を飛びだし、築いたのは王国。
 夢と魔法の、これこそ頂点、
 世界中のゲストが、笑顔でやってくる。

 愛し愛され、星のように輝くネズミ、
 まさに完璧なスーパースター。

 けれどもそれは、本当のこと?
 何も失ってはいないのかな?

 どんなに映写機が回転しても、
 アニメの中には映らないもの。
 海の向こうに王国が増え続けようと、
 心の王座は空っぽのまま。

 星よ、それはどこにある?
 何年探したって、懐かしい声は闇の中。

 今やディズニーは、押しも押されぬ大企業、
 船もある、島もある、未来もある、
 だあれも被ることのない金ぴかの冠を、
 明日の太陽が照らし始める。

 哀れなネズミ、幸運なネズミ、
 朝陽に照らされ、ひとりぽっちのネズミ。
 王がいなくなった後でも、
 そびえたつお城は、永遠に美しい。



 狂ってる?
 そうさ、君も僕もみいんな狂っているんだ。

 この世界は結局、

     ヘ
       ン
         テ
           コ

             なのさ———」







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