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【90度の男】

その日、ホテルでは、ある大物男性歌手:●●のディナーショーが開かれていた。

〈グループサウンズ〉と呼ばれた数あるバンドの中でも、神ファイブに数えられるような人気バンドのヴォーカルを務めていた●●は、グループ解散後はソロ活動に転向したが、俳優業や司会業で成功し、今や芸能界の大御所的存在にし上がっていた。

開演前の「◆◆の間」では、大勢のお客様に〈フレンチのコース料理〉が振る舞われていたが、コース料理も終盤になって、最後のデミタスコーヒーがサービスされていた。

やがて、総てのサービスを終えた我々ホテルのサービススタッフは、一旦、会場裏のバックヤードに下がっていった。

程なく、ゴッタ返すバックヤードの人混みの中を、第1回目のステージを務める大物歌手:●●が、数人のブレーンを引き連れてやって来た。

バックヤードには、ディナーショー運営の芸能関係者達が待機していたのだが、大物歌手はふんぞり反って、能面のような無表情な表情で、ひとりの幹部スタッフに気の無い声を掛けた。それは実に高飛車な言い方であった。反っくり返り過ぎて顔が斜め上を向いているので、見下すような下目使いなのだ。

「君、いま何やってんだ❓️」

「あっ❗️はい❗️■■で★★を・・」

「あっそっ」

大物歌手:●●は素っ気なくそう言うと、ふんぞり返ったまま、ステージ袖のポケットに入って行った。

・・・・・・・

定刻が来て、第1回目のステージが始まる。

盛大なオープニング音楽に伴われて登場した大物歌手:●●は、満面の笑みをたたえ、両手を大きく拡げ、バックヤードであれだけ反り返していた上半身を、なんと90度も折り曲げて、観客席に向かって深々と頭を下げたのである。

会場の隅にいた僕は、素の顔とは真逆の、ステージに臨む芸能人の〈プロの姿〉をの当たりにしたのであった。


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