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【彼女と煙草】

煙草を止めてから、もうかれこれ20年にはなるだろうか。

「煙草を止めるからクルマを買い換えようよ」

と、なにか言われない先から、家計を握っている家内に忖度したのが禁煙の発端だったのだが、それっきり今日まで喫ったことはない。

実は僕は煙草が大好きだった。始めた年齢は想像にお任せするが、かなり若い時から喫っていたことだけは間違いない。

無論、煙草は喫うものなのだが、喫う前の、パッケージの封を開けた時の薫りが、これまた大好きだった。

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最初に喫った煙草が〈ショートピース〉だった。これはフィルターの無い両切り煙草で、相当にキツイ煙草だった。薫りは抜群なのだが、初めは噎せたり咳き込んだりしたものだ。

次に喫ったのが〈ショートホープ〉だ。10本入りの小さな箱が妙にカッコ良かったのだが、これも強い煙草だ。初心者のくせに強い煙草ばかりを喫っていたのだ。〈富士〉という銘柄に浮気したりもしたが、これもまた強烈なニコチンタールを含んだ煙草だった。

以降、僕の〈煙草銘柄遍歴〉は〈ハイライト〉〈セブンスター〉〈マイルドセブン〉と変わっていったのだが、もっとも長らく愛用したのが〈マイルドセブン〉であった。

〈マイルドセブン〉を喫っている時期でも浮気をして喫った銘柄が沢山ある。

金色パッケージの〈ハイライト・export〉〈チェリー〉〈マリーナ〉〈おおぞら〉〈カレント〉〈CABIN〉〈ロングホープ〉〈ロングピース〉などで全くポリシーがない。

洋モクと呼んでいた外国タバコでは、定番の〈ラーク〉〈KENT〉〈キャメル〉〈JPS〉、アラン・ドロンが喫っていたというフランスの〈ジタン〉、メンソールの〈セーラム〉等々、色々なものに手を出した。

細くて長い煙草を喫っていた時期もあったのだが、どうにも名前が思い出せない。息子にも応援をしてもらって、ネット検索でやっと分かったその煙草の銘柄は〈ミスタースリム〉だった。茶色くて細長いのもあったような気がする。

細くて短い〈ミニスター〉という煙草もあったが、これは横長のパッケージで、確か30本入りだったと思う。

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さて、煙草を喫う中で、特に旨いと感じるシチュエーションがいくつかあった。

まずはドライブ中の煙草だ。窓の前後を少し開けて煙を外に出しながら喫うのだ。煙草が好きなクセに、煙が車内に充満するのが大嫌いだった。

他の愛煙家から、食事の後の一服が旨いんだという声をよく聞いたものだが、それはあまり感じたことはない。

なんと言っても最高に旨いと思ったのが、酒を呑んで少し酔いが回った時に喫う一服だった。

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当時、〈SUNTORYホワイト〉をボトルキープしたスナックに夜な夜な飲みに通っていたのだが、その夜は彼女も一緒だった。

旨そうに〈マイルドセブン〉を喫う僕を見て彼女が言う。

「ねぇ、タバコ、美味しいの?」

「あぁ、旨いよ」

「アタシにもチョッとだけ吸わせて・・」

ホロ酔い加減の彼女は潤んだ瞳で煙草をせがんだ。

「あぁ、いいけど大丈夫かい?」

「だ・い・じょ・お・ぶっ!」

そう言うので、僕は喫っていたマイルドセブンを彼女に渡した。

慣れない手付きで煙草を摘まんだ彼女は、ソッとフィルターを唇にあてがってユックリと吸い込んだ。途端に咳き込む。

「ゴホンゴホンッ❗️」

「あっ!ダメダメッ!吸い込み過ぎだよ~ハハハッ」

「わっ!ビックリした~コホンッ❗️・・止めといたほうがよさそうだね、はいっ!タバコ返すわ」

そう言うと、彼女はフィルターに淡っすらと口紅が着いた〈マイルドセブン〉を僕に返してくれた。

嬉しそうにそれを喫う僕を、彼女はうっとりとした眼差しで見つめるのだった。

忘れられない〈煙草の1シーン〉なのである。

死ぬまでにもう一回だけ喫ってみようか・・・いやいや止めておこう。


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