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“わたし”の言葉で語る重要性。対話型鑑賞と組織開発の共通点ーミミクリデザイン臼井隆志さん

静謐な美術館でアート作品を鑑賞する時間は、自己と向き合っているのかもしれません。いかようにも解釈出来る作品を”わたし”はどう捉えるのか?問い掛けられている気がします。

1つのアート作品を複数人で鑑賞し、対話を行う取り組み「対話型鑑賞」が各地で開催されています。目の前の現実を他者は”本当に”どのように捉えているのか?組織内において共有する機会は意外と少ないのではないでしょうか。
「正解がない時代」。ビジネス界でもアートの考え方に注目が集まっています。今回は株式会社ミミクリデザインでアートエデュケーターとして働く臼井隆志さんにお話を伺いました。

アートの問いを組織に投げ掛けるアートエデュケーター

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ーアートエデュケーターとはどんなお仕事ですか?
アートエデュケーターは、一般的に美術館の教育普及担当を表します。アーティストと一緒にトークイベントやワークショップを企画します。アートが提示している「問い」について手を動かしたり対話をしながら一緒に考える場をつくる仕事なんですよね。美術館は市民に向けて行っていますが、組織開発の観点から対象を組織に向けてもいいんじゃないか、と。企業で働く方々に対してアートの問いを投げ掛けるスタンスで僕はこの仕事をしています。

ーリブセンスさん主催の「“常識”を考え直すワークショップ」も臼井さんが設計されたんですよね。
そうですね。僕と、同じくミミクリデザインの猫田耳子で担当させていただきました。

ーアート作品をワークの中に取り入れられたと聞きました。具体的な内容を伺ってもよろしいですか?
ワークショップは全3回で第1回が「対話編」でした。テーマはジェンダーバイアスで、対話を通して見方の違いや意見の違いをどう乗り越えられるのか、が主な問いです。
対話編では人のジェンダー観をくすぐる、逆撫でする作品を意図的にチョイスして対話型鑑賞を行っています。一見女性に見えるんだけど男性にも見えるようなポートレート写真、女性の仕草を強調したようなアニメーション作品、男性と女性が抱擁する姿を描いた絵画作品だけど男性と女性の力関係が感じとられる作品。その三つをそれぞれ巡回しながら対話を通して、様々な見方、言葉による見方の変化、人の意見によって自分の意見も変わってくることを体験してもらうために対話型鑑賞を使っています。

ーそもそも対話型鑑賞とはどのような取り組みですか?
日本でよく言われてるのは「アート作品を前にして、複数名で作品について自分の意見を交換していく活動」のことを示します。
山口周さんの著作で紹介されたり、国立近代美術館が研修を行ったり、アートがビジネス界でも注目されて来た流れで出てきた言葉ではあるようです。

対話型鑑賞と組織開発の意外な共通点

ー臼井さんは個人活動も含めて様々な場で対話型鑑賞を主催されてますが、惹かれる理由はなんでしょうか?
1つの理由は「言葉」です。アートを見て感じたことを「言葉」にすると受け取った「印象が逃げてしまう気がする」と言う人もいらっしゃいます。しかし、それを大事にしながらも「言葉」にする試みを出来るのが対話型鑑賞だと思っています。アート作品から受け取った様々な感情や思考を言葉にすることで、気づく効果もありますよね。例えば親しい人と映画を見た後に映画の感想を共有したりするじゃないですか。

ー楽しい時間ですよね。
あの時間にすごく意味があると思うんです。夫婦や友達のような親密な関係じゃなくても対話出来るのが対話型鑑賞かなと思っています。

ー対話型鑑賞と組織開発は「語り」が共通してるのかもしれませんね。
そうですね。「語ってみて気づく」ことっていっぱいありませんか?

ー分かります。
友達と話してスッキリするのは「語れた」事実が自分を励ましたり、勇気づけたりしてくれる部分があると思うんです。組織の関係性の問題や、自分の悩みや葛藤を語ることも同じではないでしょうか。分かったつもりになっていて、あえて語らないものを、分かっていない前提で語り合ってみるのが対話型の組織開発の最初の一歩だと思っています。
アート作品を見て分かったつもりになってるけど上手く語れない。言葉にならない戸惑いと、組織課題や未来についていざ語ろうと思ったら上手く言葉に出来ない部分は似ていると思います。

ー抽象的なものを語る重要さが特に大事なんじゃないかなと思いました。企業理念やMVVをいざ語ろうとすると言葉にしづらいですもんね。対話型鑑賞も最初言葉にしにくい部分があります。
最初は上手く言えなくてもいいんじゃないでしょうか。「何かを語る」とき、雄弁に語らなきゃいけないバイアスがありますよね。僕たちミミクリデザインが対話のワークショップで大事にしているのが「言い淀み」なんです。「えーと、、」「なんて言ったらいいんだろうな。。」「うまく言えないんですけど、、」のような、ためらいや葛藤が垣間見える対話が良いと考えています。

ーその「言い淀み」から徐々に自分の「語り」が紡ぎ出される部分があるのかもしれませんね。
「大事なんだけど語れない」「ワクワクして面白いんだけどうまく言葉に出来ない」が引き出されるのがいい問いで重要だと思います。テーマ設定もそうですが、言い淀んでも大丈夫、相手が言い淀んでいる間を待てる空気をどう醸成していくか。対話型鑑賞はそこから始まるのが好きなんですよ。

自分の言葉に対していかに素直になれるか?

ー知識ではなく「自分の言葉で語る」重要性も共通しているのかもしれませんね。
ミミクリデザインの同じユニットで活動しているメンバーに渡邊貴大がいます。彼はナラティブ・アプローチを個人的に研究している、対話の場づくりを得意とするファシリテーターです。彼とは「自分の言葉に対していかに素直になれるか」は言い淀みが必要だよね、とよく言っています。
「素直さ」とは滑らかに喋ることじゃなくて「普段思ってたけど言えない事」や「感じていたけど上手く言葉にならない事」が形になったり言葉になったりしていく事だと思います。きっと一人ひとりが素直に楽しく面白く仕事に取り組める組織を作っていく時に、語りの場は必要になると思っています。

ー組織の中で人は意外と「自分の言葉」で喋ってないのかもしれません。自分に素直になれてない環境がパフォーマンスを落としている可能性はありますよね。対話型鑑賞は本当に自分が感じた事、思った事を喋っていいイメージがあります。
そうですね。むしろそうじゃないと喋れないですよね。

ー組織にとって求められる役割を無理に演じようとしてしまったり、違和感を無視するほど自分の声が分からなくなっていきますよね。
ミミクリデザインではその状態を「衝動に蓋がされている」と言っています。組織内の暗黙の了解や、市場への過剰な配慮から、自分が本当に作りたいものを抑圧して、組織が市場のニーズから定めた規定路線に従うだけになってしまったり。市場トレンドを追うことも大事だけれど、それ以上に自分自身が作りたいと思えるものを作れる環境になっているかどうかが重要で、一人ひとりが衝動を発揮してワクワク楽しく働く組織を目指していきたいと思っています。
「この衝動に蓋をするものを、どうひらいていくか?」が、組織開発でも事業開発でも探求すべき問いだと考えています。

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ー組織の中でも語りを促すために問いの設定が重要かもしれませんね。
問いについては、弊社CEOの安斎勇樹が今年6月に書籍『問いのデザイン:創造的対話のファシリテーション』を出版したことで、こころなしか、「ミミクリデザインと言えば問いの企業」といったイメージが定着しつつあるように感じます。クライアントさんからも「うちの会社に問いを作って下さい」なんて事も言ってもらえます。書籍執筆時には安斎が社員に向けて「問いについて問う」ような場面が度々あったこともあり、僕自身もよく考えていました。

ー問いはその空間の方向性を決める役割を果たすイメージがあります。
使い方によっては人の感情を煽ったりもするので、危ないな、とも思います。
例えば、問いの立て方で「なぜ女性だけがこんなに辛い思いをしなきゃいけないのか」と「女性が傷ついてしまう構造はなにか」を比較すると、前者が怒りを煽る問いになります。場の方向性を決めてしまうパワーをファシリテーターは持っているから、本当に気をつける必要があります。

アートの問いを組織開発へ

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ー臼井さんは個人でもアートに関する活動も取り組まれてますよね。アーティストトレースについても伺ってよろしいでしょうか?
コミュニティ「マーケティングトレース」を運営している黒澤友貴さんと共同で開催しています。企業を様々な観点から分析、その企業のターゲットを考察してポジショニングを考えるマーケティング手法をアーティストに当てはめるワーショップを開催してます。

例えばピカソが活躍した時代背景、競合はいたのか、ピカソがターゲットにしていた人達はどういう人たちなのか、ピカソを評価した人たちはどんな人なのか、市場を洗い出してポジショニングを分析する活動になります。

ーアートと関わる切り口や接点は様々ですよね。他にもアートの楽しみ方があればお聞きしたいです。
オンラインでアートを楽しめるGoogle Arts & Cultureは作品が充実してますよね。個人的にはこれからカルチャーと人の距離が近づけばいいな、と思います。

ー臼井さんご自身について、今後やりたいことを伺ってもよろしいですか?1つはハラスメントが起こる構造に対しての組織開発です。ハラスメントは構造と意味の世界だと思います。上司と部下の存在がいる構造から、上司はある種「こういう物言いをしていい」意味が出来てしまい、ハラスメントの現象が起きている。そこをいかに脱臼していくか、ほぐしていくかは引き続きやりたいと思っています。背景にあるジェンダーあるいは仕事観とかに対して問いを立て、組織開発の仕事をしていきたいです。

もう1つは、企業理念に関する部分です。
企業理念を作るお手伝いをする仕事にも多く関わっています。その時に「自分達の組織がどうすれば稼げるか」よりも「自分たちの組織は社会にとってどういう意味があるのか」の問いで関わりたいと思っています。視点が「内と外」両方に向いてないと、結局「自分たちがダメだから業績が悪いんだ」というような思考になっちゃうんですよね。稼げてないからいけない、もっと作らなきゃ、競合に勝たなきゃ、だったり。社会と企業両方に開かれたスコープで見ていると「その商品がどんな意味を持っているか」に目線を向けられます。その視点で理念を作るお手伝いをしていきたいと思います。

臼井様_プロフィール画像

【プロフィール文】
臼井隆志さん
1987年東京都生まれ。2011年慶應義塾大学総合政策学部卒業。株式会社ミミクリデザインディレクター/アートエデュケーター。ワークショップデザインの手法を用い、乳幼児から中高生、ビジネスパーソンを対象とした創造性教育の場に携わっている。
noteでは対話型鑑賞のファシリテーションノウハウやその背景にある哲学・歴史のリサーチを行う定期購読マガジン「アートの探索」を運営。

取材・編集・文/佐藤政也 撮影/大野拓 デザイン/熊谷怜史

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