暖かみのある場所 視点B

私の会社でもついにテレワークが始まった。
ほとんどが事務処理、PCがあればできる仕事なので当然のことではあるけれどもそれはあまりにも急だった。
次いで、外出自粛となり、不要不急の外出を控えるようになった。
ほぼ引きこもりの生活が始まった。
すると、心配したのか親から頻繁に電話がかかってくるようになった。
「もしもし」
「もしもし、大丈夫?マスクは?ご飯食べられてる?あとそれと・・・」
「お母さん、落ち着いて。そんな慌てなくて大丈夫だから」
「そんなこと言っても、やっぱり何もわからないものは心配よ」
母はそう言って、あれが足りてるかこれを送ろうかと聞いてくるけれども私も一端の社会人だ。
そこまで心配されなくても大丈夫だ。
「大丈夫だって。今テレワークで基本的に家にいるし」
「でも、詩織の家はお風呂無しじゃない。ちゃんとお風呂入ってるの?」
痛いところを突かれた。
私は今、風呂無しの物件に住んでいる。
理由は色々あるんだけれども、とにかく早く1人暮らしがしたいというのと、家賃が安いということに絞った結果が今の家。
私は十分満足している。
騒音もないし、たぶんだけどこのアパート私1人しか住んでない気がするし。
「ちゃんと、お風呂は入ってるよ。家の近くに銭湯があるって前話したじゃん」
「そういえば、そんなこと言ってたわね。まあ、大丈夫なら良いわ・・・。」
一通り好きなことを話すと、母は落ち着いたようだった。
お決まりの、セリフを言って電話を切った。
「何かあったら、すぐに帰ってきなさいね」
このご時世はそもそも実家に帰るということすらも周りに迷惑をかけてしまうということを母も父も分かっていない。
ただ、こうやって心配してもらえるのはありがたいし何より会話ができるのは嬉しい。
こういう時に電話したりする友達がほとんどいないため、1日中何も発しない時がある。
そうなると何となく寂しくなるもので、スマホを手に取るとだいたい親から電話がくる。
やっぱり親は何かを感じることがあるのかな。
友達はSNSを見る限りだと、恋人と同棲していたり、家族と住んでいたりと知らないうちに図分と距離が出てしまった。
「どこかで、私は間違えたのかなあ」
そんな呟きが漏れた。

私が住んでいるのは東京都荒川区。
この地域を選んだのは、まず交通の便がいい事。
治安が悪くないこと、そして風呂無し物件がまだ残っているため家賃が抑えられた。
他にも風呂無し物件がある地域はあったし、家賃が安いところもあったけれども近くにお風呂屋さんが無かった。
荒川区は東京都内でも結構お風呂屋さんが残っているほうらしい。
だから、風呂無し物件に住んでいる私でも困らずに毎日お風呂に入れに行っている。
「ただ、夜道がちょっとだけ怖いんだよね。1人で出歩くには人通りが少なすぎたかな・・・」
ポロリと独り言が漏れてしまった。
外出を自粛してしまうと、否が応でも独り言が増えてしまう。
私は、外出していないけどなるべく毎日ちゃんと着替えて化粧をするようにしている。
面倒だけれども、そうしないと仕事をやる気が全く起きない。
こういう時に男性が羨ましくなったりする。
化粧を落として、銭湯に向かう事にした。
外出を自粛しているけれども、お風呂に入ることは不要不急じゃない。
籠の中に必要なものを入れる。
「ふふ・・・木村石鹸さんの12(JU-NI)凄い良いんだよね。毎日のお風呂が楽しくなってる」
最近、ちょっとした贅沢としてシャンプーとコンディショナーをクラウドファンディングで支援して購入した。
元々くせ毛で大変だったんだけれども、使い始めてみたら徐々にそれが落ち着いてきていて、シャンプーとコンディショナーだけでこんなに変わるんだって思った。
「さって、行こう行こう」
こんな状況でも、公衆衛生のために開店してくれている銭湯さんには感謝してもしきれない。
東京都の休業要請の中には、公衆浴場は含まれていない。
それは私のように風呂無し物件に住んでいる人等の衛生面を維持するっていうために営業してくれている。
何度も言うけれども、感謝してもしきれない。
もし銭湯が無かったら、私はどうなっていたんだろうか。

私が行くのはアパートから歩いて5分~7分くらいのところにある梅の湯というところ。
割と最近リニューアルしたみたいで、とっても綺麗で広々としていて私はすごく好き。
私は入らないけれど、入浴料だけでサウナにも入れるからサウナが好きな人も結構来てるみたい。
入口の暖簾をくぐったら、少し若い男の人が階段から降りてきた。
『常連さん・・・なのかな?男性の常連さんは全然わからないや』
そもそもが人見知りっていうのもあるから、全然わからない。
ただ、その男の人は洗面器にお風呂セットを入れていたようでちらりと見えてしまった。
『あれ、木村石鹸さんの12(JU-NI)だ。同じやつ使ってる人初めて見たな』
そんなことを考えながら、すれ違い際に会釈だけした。
2階に上がって気が付いたけれどもいつも賑わっている休憩室も人がいない。
自粛中だから仕方ないけれども寂しい。
「こんばんわ」
「こんばんわ」
番台の方に挨拶をして、すぐに脱衣所に向かう。
実は人見知りをする方なので、なかなか地域の人と世間話ができない。
「やっぱり、広いお風呂は気持ち良いなぁ」
ポソリと薬湯につかりながらつぶやく。
この日はお茶を使った薬湯の日。
お茶の香りに包まれて、心までが癒される。
いつもはおばさん達にあれこれと話しかけられるけれども、人が少ないし、なるべく話をしないようにとニュースでもやっているからから誰も話かけてこなかった。
自分から話かける勇気は出ないけど、これはこれでちょっと寂しかった。
お風呂から上がったら、いつもは休憩スペースで種類豊富なサイダーからその日の気分のものを飲んで帰るけれども、早足で後にする。
新型コロナウイルス対策で休憩スペースを利用することができないからだ。
帰る際にコンビニによって、明日の朝ごはんとお茶を買って帰る。
テレワーク中でも朝ごはんだけは何故か作る気が起きないから。

自粛が続いているお休みの日。
珍しく私は友達と電話をしていた。
「やっほー詩織元気にやってる?」
「私はなんとかやってるよ。自粛に疲れてきちゃったけど。有希は?」
「あたしもぼちぼちやってるよー!」
有希は少し大げさにそういった。
「急にどうしたの電話してきて」
「なんか詩織元気にしてるかなーって思って」
けらけらと笑いながら有希が言った。
きっと、あまり友達がいない私のことを心配してくれたんだと思う。
「ありがとう。久しぶりに有希の声聞いたらなんか元気沸いたよ」
「何それ。超面白いんだけど、あたしってそんなんだったけ?」
「いつも元気分けてもらってる感じ」
「それは良いってことだよね!じゃあいいや!!」
相変わらず、裏表がなくてサッパリとしている。
自称サッパリ系とは違って有希みたいな人間の事をサッパリしているって言うんだと思う。
「有希は今実家だったっけ?」
「あ、そっか詩織には話してなかったね」
有希は少し溜めて言った。
「今あたし、彼氏と同棲してるんだよね」
「あ、そうだったの?全然知らなかったよー」
本当に知らなかった。
「会社の二つ上の先輩なんだけどさ、なんか話とか合って気が付いたら付き合ってそれからもう一緒に住んじゃおうってなってさ」
「えーじゃあ社内恋愛でかつ同棲?」
「そうそう!まさかあたしが社内恋愛するなんてね!」
有希は決して同じコミュニティ内では恋人を作らなかった。
有希曰く「同じコミュニティは後がメンドクサイ」とのこと。
だからそんな有希が社内恋愛をするなんて驚きだった。
「本当に私驚いて何も言えないんだけど・・・」
「詩織ならそういうリアクションすると思ったよ。詩織はどう?なにかあった?」
「相変わらず何もないよ。そもそも、今私風呂無し物件に住んでるんだよ。そんな女性を好きになる人がいると思う?」
自虐を込めて、言ってみた。
「え、マジ?風呂無し物件とかめちゃくちゃ勇気あるね!」
「最初は怖かったけど、近くに銭湯もあるから住めば都だよ」
「それはそうだろうけど、その状況じゃ当分彼氏なんてできないねきっと」
大爆笑しながら有希に言われたけど、その通りって思ったので何も言い返せなかった。
「じゃあ、近況も確認できたし買い物も行くから切るね」
「うん、有希電話してくれてありがとうね。コロナ収まったら飲みに行こうね」
「いこーいこーほいじゃあね!」
有希と話をして少し元気が出た。
その元気を使って、夕飯の準備を進めて今日も銭湯に向かった。
「こんばんわ」
「こんばわ。どうぞ」
いつも通り、挨拶だけして入浴する。
今日の薬湯は梅の湯さんのオリジナル入浴剤の日だった。
私はこの入浴剤が凄く好き。
香りも良いし、お風呂上りの肌もすべすべになるしでいい事尽くめだから。
この日は自粛が始まって一番気分が上向いていた日だった。

階段を下りて、下駄箱から靴を出して外に出るところで声をかけられた。
「あ、あの!」
「・・・・はい?」
凄い不機嫌な顔で振り返ってしまった。
気分が上向いていた日に突然話しかけられたことで反射的にしかめっ面になってしまった。
振り返ると、この間すれ違った12(JU-NI)を持っていた男性がいた。
男性は少しあたふたしながら、私に早口でまくし立てた。
「そのシャンプー、木村石鹸さんのやつですよね?僕も使ってて、同じやつ使ってる人に初めて出会ったのであのその・・・」
なるほど。同じものを持っている人を見かけて、それの良さを誰かと共有したかったんだ。
でも外出も自粛だしってところで私を見かけたんだ。
確かに、これだと私も話しかけちゃうかもしれないな。
そんな風に考えたら自然と笑みが出ていた。
「ええ。このシャンプーとコンディショナーすごく良いですよね。梅の湯でお試し期間中に使ってみたらすごく良くって買っちゃったんですよ私」
話しながら、私も同じ気持ちを共有できる人が見つかったからか顔がほころんでいるのが分かった。
男性はちょっとびっくりしたような顔をしながらも、すぐに笑った。
「僕も同じです。お試しで使えて使い心地が分かってすぐにクラファン支援しました」
私とほとんど同じだった。
「あはは。私もまったく同じです」
返答すると、男性もニコニコとしていた。
同年代くらいだと思ったけど、年下かもしれない。
笑った顔がどこか少年みたいだ。
「外出自粛で、大変ですけどこうやって自分が楽しめるものを見つけて楽しんでいくしかないなって思っています」
「そうですね。楽しめることを見つけて楽しまないと心も疲れちゃいますよね」
完全に同意できることを言ってくれた。
ただ春先とは言えまだ寒かったので少し身体が冷えてきた。
「はい。それでは、私は帰ります。おやすみなさい」
「あ、引き止めてすみませんでした。おやすみなさい」
男性は私にペコリとお辞儀をした。
こうやって、全く知らない人との出会いのきっかけにもなるなんて素敵なものを買ったなと思った。
それと同時に、男性にすっぴんを見られていたのに恥ずかしくなかったなとも思った。
暗がりだったし、相手は良く顔も見えてないだろうけど不思議だった。
この日は色々と気分が上向く出来事が多かったのでぐっすりと寝れた。

テレワークになってから明らかに運動不足だった。
何となく顔が丸くなった気がする。
「なるべく食事に気を付けてたのになー」
ぼやくだけ無駄だと分かっていてもぼやいてしまった。
とにかく凹んでも仕方ないので、お風呂へ向かうことにした。
帰り際にまた男性とばったり会った。
「あ、こんばんわ。今お帰りですか」
今日は私から話かけてみた。
特に理由はなく、なんとなくそういう気分だった。
「こんばんわ。帰りです」
お風呂上りってこともあって心も柔らかいのか男性は笑顔だった。
「私も上がったばっかりで帰りです」
少し顔をパタパタと仰ぎながら言った。
「こういうことを聞くのも失礼かもですが、どちらの方にお住まいですか」
男性は少し悩んだあとに聞いてきた。
こういう事を聞くのに嫌みが無い人ってなかなかいないなって思った。
家の方面を伝えたら、どうやら同じ方面らしい。
「あ、同じ方向ですね。せっかくですし、一緒に帰りましょう」
ちょと夜道が怖いのもあったので私から誘った。
直感だけど、たぶんこの人は大丈夫な人だと思った。
「あ、はい」
男性は驚きながら返事をした。
「あ、僕は阿達隆之って言います」
そういえば自己紹介してなかった。
「私は青崎詩織です」
少し会釈を交えて名乗った。
改めて自己紹介すると少し恥ずかしいものだった。
「僕は今完全にテレワークで、家にお風呂が無いので梅の湯に行ってるんですよ」
「私も同じですよ。実は風呂無しの物件に住んでいるので。というよりも、今は家にお風呂が無い人くらいですからね銭湯に行っているのって」
やっぱりどこも同じ状況なんだなって私は思った。
風呂無し物件に住んでいるっていう共通点に少し浮かれていたら、阿達さんからストレートに聞かれた。
「あ、女性で風呂無し物件って中々珍しいですよね」
やっぱり珍しいんだなって思った。
隠すものでもないので、理由を言う事にした。
「とにかく一人暮らしをしたかったんですよね。でも家賃とか考えると都内は厳しくって・・・。それで風呂無しの物件を選びました」
「確かに都内って家賃高いですよね。僕も給料と家賃見比べて、風呂無しの物件を選択したんですよね」
「同じですね。やっぱりそう考えると荒川区になりますよね」
「なりますね」
完全に意見が一致した。
こんなに人とと意見が合うなんて、珍しいこともある。
ただ、類は友を呼ぶから同じような人が他にもこの近所に住んでいるかもしれない。
そんなことを考えていたら、阿達さんが立ち止まった。
「あ、僕はここなので」
「え・・・?」
信じられなくて、本当に素のリアクションが出てしまった。
「どうかしましたか?」
阿達さんもきょとんとした顔で聞いてくる。
私は決心をして、答えた。
「私もここなんです」
こんなドラマや映画見たいな展開があるなんて夢にも思っていなかった。
まさかこのアパートに他の人が住んでいるなんて。
「これは、スゴイ偶然ですね」
阿達さんは驚きとはにかみ笑顔半々くらいの顔をしていた。
たぶん、私も同じような顔をしてたと思う。
「凄いですね・・・。だから同じ銭湯で会ったわけですね」
返答したはいいけど、驚きで固まっていると彼はそそくさと部屋の方に向かっていった。
「本当に凄いなあこれ。あ、冷えちゃいますし部屋戻りましょう。それじゃあおやすみなさい」
どうやら先に部屋に入ってくれるらしい。
流石に何となくの顔見知りの男性に部屋を知られるのはちょっと嫌だなって思ったのでありがたかった。
住んでいるアパートは同じなんだけど、それでも少し思ってしまった。
「はい、おやすみなさい」
少し、謝罪の意味も込めて大きめの声でそう言った。

この日以降、銭湯で合うと一緒に帰ることになった。
私としては夜道が安全だし、テレワークで人と話すことが極端に少なくなっていたので楽しかった。
何となく、仲良くなってきたのでいくつか質問をしてみることにした。
「ご飯とかってどうしているんですか?」
正直、自炊しているタイプには見えなかったのできっとカップ麺かなって予想をしてみた。
「僕は適当な自炊ですね。あとはカップ麺で済ませたり」
「やっぱり男の人ってみんなカップ麺好きですね」
半分当たったようで、半分外れた。
私がちょっと笑っていると、阿達さんは少しむっとした。
「お店で食べるラーメンの方が好きですよ。カップ麺は楽なので」
「やっぱりラーメンは好きなんですね。私もたまにお店で食べますけど、美味しいですよね」
「美味しいですよね。早く何も気にしないで外出できるようになってほしいです。まずラーメン食べに行くと思います」
「私はまず、美容室で髪の毛を切りたいですね」
「あ、僕も髪の毛切りたいですね。もじゃもじゃしてきたので」
「あはは。そんなにもじゃもじゃはしてないですよ」
他愛もない会話が続くのは心地よかった。
有希と話しているときとは違った不思議な感覚。
男性の友達って今までいなかったから、初めての感覚だった。
ちょっと空を見上げてそんなことを考えていたら阿達さんが黙ってしまったので横を見た。
阿達さんは何かを決心したような顔で私の方を向いた。
「青崎さん」
「はい、なんですか」
何でもないように返事をしたけど、何を言おうとしているかは薄々感じとることができた。
「外出自粛の必要がなくなったら、一緒にどこかに出かけませんか・・・?」
阿達さんの声はほんの少しだけ震えていた。
きっと相当勇気を振り絞ったんだと思う。
私はやっぱりどうしていいかちょっと戸惑った。
ただ、この時に有希の言葉を思い出した
『なんか話とか合って気が付いたら付き合ってそれからもう一緒に住んじゃおうってなってさ』
阿達さんとは不思議と話題が尽きることが無かったし、仮に沈黙になったとしてもそれがどこか心地よかった。
だから、私も少しだけ勇気を出してみることにした。
「・・・・是非、行きましょう」
返答をして、阿達さんに何か言われる前に続けた。
「それはつまり、そういう事ですよね?」
阿達さんは明らかに顔を真っ赤にして答えた。
「そ、それは・・・。はい、そういうことです」
凄い顔が真っ赤だったので、ちょっとからかいたくなってしまった。
「ふふふ・・・。ではお出かけできる日を楽しみにしていますね!」
私もきっと顔が真っ赤だったと思う。
恥ずかしくて急いで部屋に戻った。

新型コロナウイルスの影響で自粛が続いているから、いつ阿達さんとお出かけができるのかは分からない。
でも、また銭湯に行った帰りは変わらず一緒に帰るだろうし、同じアパートだから会おうと思えばすぐに会える。
カップ麺を食べてるって言ってたから、今度料理でも持って行ってあげたら喜ぶかもしれないな。
楽しみなことが増えれば、それだけ心も前向きになる。
明日も明後日もこの先も楽しみなことが増えたなって思ったら、自然と笑みがこぼれてた。
「どこに連れて行ってくれるのかな!」
お出かけに備えて、新しい服を買おうと私はパソコンを開いた。

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