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目から鱗

「やった……やったぞ!ついに完成した!」


町の外れ。変わり者の博士がここ20年近く引きこもっていた研究室からそんな喜びの声が響いてきた。

何を作っていたのか、それさえも知らず興味すら示さなかった町の住人たちだったが「完成した」なんて言われればさすがに興味が湧いた。

「おーい、博士!何ができたんだ?」

「博士ー!教えてくれよ!」

まぁなんとも身勝手な住人であるが博士はそんなことを気にするような小さな男ではなかった。

建付けが悪くなって傾いた扉が開いて埃まみれの博士が姿を現した。博士は興奮で曇った眼鏡を拭きながらその興奮を言葉にして吐き始めた。

「ついに完成したんだ!この発明は文字通り歴史を変えるかもしれない!」

「だから何を発明したっていうんだよ」

「これを見たまえ!」

そう言って車庫のシャッターを開いた。そこにはいろいろなコードが繋がれた自転車のようなものがあった。

「本当はデロリアンで作りたかったんだがね」

「え、てことはまさか……」

「そうだ!タイムマシンの完成だー!」

住民たちは拍手喝采。その日から三日三晩、その町ではお祭り騒ぎが続いた。




「では行ってくるぞ」

あれからしばらく経った頃。ついに出発の時を迎えた。

「博士、気をつけてな」

「絶対帰って来いよ」

自転車に跨って笑顔で手を振る博士は眼鏡をかけていなかった。

博士は車庫のシャッターを閉めると中から轟音が鳴り響き、爆発音を最後に音が無くなった。

住民たちは恐る恐るシャッターを開けるとそこに博士の姿はなかった。


「博士行っちまったな」

「無事帰って来れるといいけどな」

「そういえば博士はなんで眼鏡かけてなかったんだ?」

「なんでもこれから行く過去には眼鏡がないからコンタクトにしたらしい。眼鏡なんかあると歴史が変わるとか何とか」

「あぁ、なるほど」



ーーー

目を覚ますと遮るものが何も無い真っ青な空が広がっていた。

博士は体を起こすとそこは何も無い草原だった。

「やったか……?やったのか?」


博士は2日間ほど歩いた。街灯のない世界の星あかりはとても明るかった。やがて遠くに街らしき明かりが見えてきた。

2日間歩き通しだった博士は体の力が抜けるようにその場に倒れ込んだ。



博士が目を覚ますとぼんやりと明るい天井が見え、なんだかいい匂いがしてきた。

「〇△□✕%※」

聞きなれない言葉で声をかけられた。そこにはいかにも母親といった女性が居た。

「あ、なんですか?」

聞き返したがやはりその言葉はわからなかった。日本語のような気もするし、違うような気もする。

その女性も日本人のような、違うような。そんな顔つきだった。

しかし、話してみると意外と身振り手振りで意思疎通が出来た。


珍しい異国の人間が来たとあってか、その街の住民たちはこの家に集まってきた。

矢継ぎ早に来る質問に1つずつ答えているとそのうち「これは知ってるか?」「あれは知ってるか?」というようなことを聞いてくるようになった。

もちろん未来から来た博士はほとんど知っていて、そのうえより便利にするためにアドバイスをするほどだった。

博士のアドバイスの的確さに住民たちは毎度毎度感動し、「次、これは?」「これどうすればいいの?」とどんどん困っていることを持ってきた。

次から次へと物を持って来られてはアドバイスを続けていた博士は疲れてしまった。

「おい、少し休ませてくれ」

しかし、言葉は通じず彼らは構わずにアドバイスを求めた。

博士ももうかなりの歳である。体は疲れて、目も少しかすみ始めた。

「全く、なんてやつらだ」

そうボヤきながら目を擦った。すると目からコンタクトレンズが落ちた。


その瞬間、住民たちは固まった。その中の1人がなにかを言った。数百年後に発見された文献にその時の様子が記されていた。



『ある日村の入口に見知らぬ男が倒れていた。その男は思いもよらない発想で次々と困り事を解決してくれた。いろいろ解決してくれてしばらく経った頃、



男の目から鱗が落ちた』


〈完〉

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