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My god

聞き覚えがあるけれどタイトルが思い出せない、少し古い曲のオルゴールバージョンが流れる喫茶店。

コーヒーが冷めるほど時間が経ったのに僕の後悔とコーヒーはいっこうに減る気配はない。


今日は珍しく1日予定がない休日。僕の最近の趣味は個展に行くことだった。

今日もこの近くでやってる個展に来ていた。イギリス人の新進気鋭の画家の個展だった。

でも今回はこの人の絵を見たくて来たわけではなかった。



3週間前。僕はその日も別の個展を見にとある町まで来ていた。

その日は確か日本人の写真家の個展だったと思う。

僕は1枚の写真の前で随分と立ち尽くしていた。上手く言葉では説明できないんだけど、その写真に惹かれるようにそこに立ち止まっていた。


「いいですよね、それ」


突然後ろから声をかけられた。


「え?あぁ、そうですね」

「ここの光の差し加減が私は好きですね」

「確かにきれいですね」


そんな会話だったと思う。そのままふたりでしばらくその写真を見ていた。


気がつけば隣の彼女はいなくなっていた。個展ではそんなことがよくあるから深くは気にしなかった。

それから数十分回ってから外に出た。駅に向かって歩いていると、数十メートル前にさっきの彼女を見かけた。


「あの……」


人と話すのが苦手なはずの僕がなぜかは自分でもわからないが、めずらしく自分から人に話しかけた。


「あぁ、さっきの」


彼女は振り返って少し微笑んだ。僕はその微笑みに胸がざわついた。


「よく個展とか行かれるんですか?」

「まぁ、たまにですね。この前も池袋でやってた写真展に行きました」

「パルコのやつですか!僕も行きました!」

「じゃあ、会ってたかもしれないですね」

「そうですね」

「何かお気に入り、ありました?」

「んー、ツートンカラーの女の人が雨の中の線路に立ってたやつとかですかね」

「それ!私もいいなって思いました!」


好みが似ている彼女ともっと話したかったのだが、女性経験に乏しい僕に彼女をお茶に誘うだけの度胸は手持ちになかった。

そのままふたりは駅に着き、別々の方面のホームへと降りていったのだ。



その日からだと思う。何をするにしてもいまいち身が入らなくなったのは。

次に行く個展を考えていると「これ、彼女は好きかな」と思ってしまう。

その度に僕の心はすごく苦しくなった。


結局予定が合いそうな日にやっている個展は2つあって、悩んだ結果イギリス人の画家の個展を選んだ。



ハズレだった。

2時間、いや3時間はいたかもしれない。あっちに行ったりこっちに行ったり。

不審者だと思われる前に出たが、それほど居ても彼女は見かけなかった。

そして僕はフラフラと近くのカフェに入って、暑くなり始めた初夏の頃にホットコーヒーを頼むという暴挙に出た。


「あっちに行っとけばよかった」

そう思って、ふと思いなおした。

そもそも彼女がもうひとつの個展に行っているとも限らないし、本当はこっちに来ていたんだけど会わなかっただけかもしれない。

そんなことよりもこの前会った時に連絡先の一つでも聞いておけばよかったのだ。そうすればふたりで予定を合わせることだってできたはずだ。



そこまで考えては後悔の渦に飲まれながら時間は経ち、コーヒーはすっかり冷めてしまった。


「この感情はなんだろうか」


そんなふうに考えてもみた。

その答えはわかっているつもりだった。Google先生にも診察してもらったから多分間違いない。

どうすればいいかを友達に聞くなり、すれば良かったのだがそもそも友達がいない。そんなことを相談できるような相手がいない。


何が原因で何がきっかけなのか。

運命は突然だ、とよく言うがまさか自分の身に降り掛かってくるとは思いもよらなかった。

この先、僕はどうすればいいのか。考えても分からない。調べてもわからない。相談する相手もいない。


「もう、神に祈るしかないのか」


そのつぶやきは手元のコーヒーを揺らしただけだった。


〈完〉

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