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当たり障りのない話


休日。近づいた大学の試験勉強のために缶詰していたが、蓄えていたお菓子が無くなった。

コーヒーならあるが今日は完徹覚悟だ。果たしてコーヒーだけでいけるだろうか。

そう考えながら窓の外を見ればまだ日が沈む少し前だった。

「だめか……買いに行こう」

俺は部屋着から着替えると家を出た。

ーー

「ねぇ、ちょっとおつかい頼まれてくれない?」

下のキッチンからママの声がした。

「ちょっと待って」

私は読みかけの小説に枝折を挟むと階段を降りた。

私は空っぽのトートバッグを手に取るとお母さんに頼まれた買い物を頭の中で復唱しながら家を出た。

ーー

コンビニに入るといくつか目当てのお菓子をカゴに放り込んだ。

奥の冷蔵庫からコーラを手に取ると少しにらめっこした。

「……買うか」

コーラもカゴに入れてレジに向かった。

ーー

「……よし、これで全部かな。ありがとう」

頼まれた買い物を終えて八百屋のおじさんにお礼を言った私はお釣りを貰えることになっていたので、その足で本屋に向かった。

「たしか、新刊が出てたはず……」

私は少し心を躍らせながら本屋に入った。

お目当ての新刊はすぐに見つかったけど他にも何冊か欲しかったので見漁っていた。

立ち読みしながらふと顔を上げると商店街の向こう側から大きな欠伸をしながら歩いてくる懐かしい人を見つけた。

欠伸を噛み殺した彼がちらっとこっちを見たので慌てて顔を隠したけど多分見つかったよね。

そぉ、と本から顔を出すと彼とばっちり目があった。彼は笑って手を振ってきたから私も振り返した。

ーー

コンビニを出て、家に向かって歩いていた。

「っあぁ……眠い」

さっきから欠伸が止まらない。

コンビニの店員も俺の欠伸を見てちょっと鼻で笑った気がする……俺の気のせいだと信じたい。

あ、まただ。また欠伸が……

「ぅはあぁ……」

かなりでかいのが出た。口から睡魔を逃がしきって口を閉じると逃がしきれなかった睡魔が目から出てきた。

少し滲んだ視界で瞬きしていると本屋の中から視線を感じたので視線を移した。

女の子が本で顔を隠した。どこかで見たことがある気がする。地元だから別に知り合いでもおかしくないな。

そんなことを考えてると女の子が本の上から顔を出した。

「かわいいな、あの覗き方……あ」

目が合った時に誰だかわかった。中学の時の同級生だ。名前は……うん、間違うはずがない。

俺は「ひさしぶり」と口を動かしながら手を振った。そうしたら少し控えめに手を振って本を持ってレジに向かった。

出口で待ってたら彼女がトートバッグを持って出てきた。

「ひさしぶり」

「ひさしぶりだね」

ーー

彼が本屋の入口で私を待っているのを見て、慌てて今持っていた本と目当ての新刊をレジに持って行った。

本屋を出ると彼は「ひさしぶり」と言った。私も「ひさしぶりだね」と返した。

彼は私の名前を覚えてくれていた。「髪が短くなってたから最初誰かわかんなかった」と言ってくれた。

「最近、短くしたんだ。どうかな?」

「うん、似合ってる」

私は話しながら自分の服装をみた。少し袖のよれたトレーナーに履き込んだワイドパンツが絶妙にダサい。もしかしたらくせ毛が立ってるかもしれないし……

あぁ、もう。ちゃんと着替えればよかった……

ーー

ひさしぶりに会った彼女はずいぶん髪が短くなっていた。

「髪、短くしたんだね。最初誰かわかんなかったよ」

彼女は少し照れたように笑った。

「どうかな?」

「うん、似合ってる」

一応着替えてきてよかった。部屋着のままなら恥ずかしくて会えないな。

彼女は自分の服装や髪を気にしているようだが、俺なんかよりはよっぽどおしゃれだ。

ーー

大したことは話さなかったと思う。席が隣だった誰々が今は薬剤師を目指してるだとか、バスケ部だった誰々は大学で全国区の選手になってるだとか。

私はひさしぶりの彼の笑顔を見れただけで嬉しかった。

考えてみれば地元なんだからばったり会うことなんて別に不思議じゃない。

それでも何だか『奇跡』とか『運命』みたいな言葉が頭の中で動いたような気がしていた。

でも実際は違っていて、懐かしむくらいであの頃に戻ることは無かった。

「そっか、懐かしいね」

「うん……」

なんとなく会話は止まった。神様が「聞くなら今だよ」と言っているような気がした。さっき心の中で思ったことを……

ーー

懐かしい名前がいっぱい出てきた。彼女が何しているとか、俺が何しているとか話したいことはたくさんあった。

でも、なかなか踏み込めなかった。やっぱり時間が経ちすぎていたんだろう。

もう1歩踏み出す勇気はどこかに置いてきてしまったみたいだ。そのまま不意に2人の会話が途絶えた。

その時ポケットの中でスマホが震えた。母親からだった。

その時スマホの時計をちらっと見ると会ってから1時間も経っていた。

「うわ、もうこんな時間か。時間大丈夫?」

彼女もスマホを取り出して時間を確認した。

「あ、帰らないと」

「そうだよね……じゃあまた。元気でね」

「うん……あ、あのさ」

ーー

1時間経っていたなんて気づかなくて、買い物を頼まれていたことも忘れていた。

「じゃあまた。元気でね」

「うん……」

どうしても聞きたかった。でも本心じゃ恥ずかしいから好奇心で聞くふりをした。

「あのさ、」

不自然にならないように小さく息を整えた。

「……付き合ってる人っているの?」

彼はすぐに答えなかった。ちょっと困っているようにも見えた。

困らせちゃったかな。

「……彼女はいないよ?」

彼は少し首を傾げて笑った。

「そっか……ありがとう、じゃあね」

私は自分で聞いておいて反応に困って背を向けた。

ーー

「ただいまー」

買ったコーラはすっかりぬるくなってしまった。

ダサかったな、聞かれた時。

「彼女はいないよ」って言うので精一杯だった。

LINEのひとつでも聞けばよかったのにそれさえ出来なかった。

結局俺には次の一言を言う勇気がなかっただけなんだ。


もし……もし、言えていたら……


ーー

「ただいまー、買ってきたよ」

「ありがとう。ずいぶん遅かったのね」

「うん、ちょっと寄り道してて」

重くなったトートバッグをママに渡して私は部屋に戻った。

私はそのまま床のクッションに顔をうずめた。

「んんー…………」

声にならない声を上げながらさっきのことを思い出していた。

「結局、『じゃあね』しか言えないよ……」

あんなぎこちない言葉じゃなくて……

もし、なにか言えていたら……



「いや、出来ないよ」「ううん、出来ないや」


「「出来るのはせいぜい……」」



「「当たり障りのない話」」


〈完〉

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