移り変わりゆく文章と添削の日々
時節柄、学生の書く卒論を毎日直している。ザ・文化的な雪かき。
もうXX年も大学教員をして卒論を添削していると、ちょっと面白いなと思っていることがある。学生の書く文章のレベルが相対的に落ちてきている、と嘆くおっさんのおっさんによるおっさんのための(相対的な)視点ではなく、学生の書く文章をXX年前から今までを相対的に比較すると"移ってきている"と感じる事象があるのだ。
例えば、改行後に「1文字分空ける(字下げ)」というのは、私のようなおっさんには当たり前だ。でも何年か前からちらほらと字下げをしない学生が現れ始め、ついに最近の学生は殆どしなくなった。こちらで変更履歴を残して修正をしても、ご丁寧に元に戻してくる。なので、いちいち字下げについてコメントをいれなくてはいけない。この分なら、あと数年もたてば字下げをする学生はゼロになるのではないだろうか?
それからもう一つ。これは、ここ数年のことだと思うのだが、句点と括弧の位置関係がおかしい学生がちらほらと現れ始めたのだ。当然ながら卒論の文章中には引用文献が挿入されるが、それが文末に挿入された場合、本来は
〜〜という報告がある(著者名、発表年度)。
となるのだが、どうも最近になって
〜〜という報告がある。(著者名、発表年度)
と書いてくる学生をちらほらと見かけるのである。こちらも変更履歴を残して修正をしても、ご丁寧に元に戻してくる。つまり直されても「間違い」だと思っていないのだ。デジャブか?予兆か?きっと私が退職する頃には上記の書き方をした学生が当たり前になってくるのではないかと心のどこかで危惧をしている。
言葉や文章は時代と共に変わりゆく、というのは分かるのだが、上記二つに関しては変わってはいけない類いのルールではないかとおっさんとしては思う。しかし、学生の文章をXX年も見てきた実感としては「変わる」というよりも、徐々に割合が増える「移ってる」という感覚に近い。
ということは、この流れは避けられないということだ。添削する側として抗うには、あんちょこ(←死語?)を作るしかない。つまり
✓ 改行後は字下げをしましょう
✓ 文末に括弧をつける際は、句点は括弧の後です
みたいなものを赤ペン先生よろしく見やすい例と共にマニュアル化して、ネットにあげておいて参考にして作文しなさい、みたいなことをやらなくてはいけない。修士号を取得して、博士号を取得して、大学教員になって、まさか字下げや句点の付け方を教えることになるとは夢にも思わなかった。
学生にしても、ここまで苦労して受験を乗り越えて、期末試験を乗り越えて単位を取得して、後は卒論の完成だけって時に、一周回って小学生の授業に戻るのだ。大学で。大学4年生で。
人生とは面白いなと思う。
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