台東区が今回の台風騒動で失ったもの

 台風19号の直撃を経験した。出先のホテルで巻き込まれたのはホテルに入る前からの予想範囲内で、食事も飲料水も(酒も)たっぷりと買い込んで待ち受けた。いざ台風が来たということで、ビールを飲みながらテレビを見ていたのだが早々にテレビが映らなくなり(アンテナが倒れたらしい)、ビールが二本空いたところで瞬く間に情報難民に。エリアメールがばんばん入るので不安になってネットをうろうろしていたら、NHKが台風関連のニュースだけネットに同時配信をしてくれていることに気づいた。そうか、こういう時にネット同時配信は活躍するんだと身に染みて思った次第である。

 さて、そんな中で台東区が設置した避難所がホームレスの避難を拒否したという問題が話題になっている。これが「台東区」というのが個人的に信じられないのだ。その根拠として、試しに台東区のHPを見てみよう。

台東区は、名所や旧跡の数々を擁し、まちや日々の暮らしの中に、江戸の粋と人情、歴史と文化が息づいています。


人情あふれる「歴史と文化のまち」台東区は、豊かな歴史や芸術・芸能、ものづくりの伝統など、心が生み出す本物の文化にあふれている。

 そう、台東区というのは、いわゆる東京の下町地域にあたり、しかも上野・浅草を含む「人情」の町だった筈だ。少なくとも私のイメージでは、江東区・台東区・墨田区あたりが下町で(注:あくまでも東京圏外に住む私のイメージです。異論は認めます)、人情味溢れる町という印象を持っていた。しかし今回の出来事は、よほど「人情」とは遠い出来事である。台東区のHPで、どれだけ「人情」を謳おうが、そんなのは嘘っぱちなわけだ。いやはや、どうして台東区はこんなことになったのだろう?と不思議で仕方ない。

 確かに、昔の上野は酷かったと思う。恩賜公園や不忍池など、ブルーシートテント(段ボールハウス?)だらけだった。上野公園は遊ぶ場所としては不適切だった。一人では絶対に近寄らないようにと母から念を押されたものだ。それほどホームレス(母は「浮浪者」と呼んだ)が多かったのだ。荒川にも、江戸川にも、ホームレスがいた。川という理由以外で一人では近寄ってはいけない場所だった。父は「ひとりでは行くな」とは言ったものの、そこに住んでいる人々のことを「路上生活者」と呼び「苦労している人達」という表現を使って私に説明した。科博に行くのも、動物園に行くのも駄目とは言わなかったが、友達と一緒ならいいよ、という感じだった。

 残念ながら私は東京近郊に住んだ期間は短いので、上野も新宿も池袋もホームレスが溢れていた時期しか知らず、大人になって仕事で東京に来るようになった頃には全てが綺麗に整備されたいた。今や上野恩賜公園も不忍池もぱっと見はホームレスタウンは見当たらない。科博の向かいにあるカフェで外国人に混じってコーヒーを飲みながら記憶を辿っても、これが同じ場所であると信じられないぐらい公園は綺麗に整備された(そういえば、かつては今とは異なる雰囲気の外国の方々が上野にはたくさんいた)。台東区がいかに努力してホームレスを「支援」or「排除」してきたのか、ということなんだろうと思っていた。しかし今回の騒動をみる限り、台東区はホームレスの方々を「苦労している人達」ではなく「迷惑な人達」として、支援ではなく「排除」してきたのだなぁ、というのが透けて見えてしまった。まぁ本音だろう。迷惑だったんだろう。それぐらい、あの頃の上野は凄いものだった。排除の成果を否定する権利は私にはない。今、こうやって綺麗な公園でコーヒーを飲んで、綺麗さを享受しているような私に文句を言う権利はない。

 しかし、である。台風で困っている方を「区民じゃないから」という理由で受け入れないとなると、ホームレスとの戦いの過程で、台東区は「人情」を完全に棄て去ったんだな、、、と思ったのである。しかも、今回のような経験したことのないような大きな被害が出ている台風で、TV全局を使って避難を呼びかけ、「命を守る行動を」とキャスターが叫び続ける最中にだ。報道記事を読む限り、区として「ホームレスは受け入れしない」というのが事前に区内で合意されていたとみて良いだろう。困っている人を助けるのが人情ならば、台東区はもはや下町ではない。人情をすてた町だ。終わったなぁというか、幻滅したというよりも、台東区という下町人情に勘違いしていたことに気づかされた。

 これは単純に「対応が不十分だった」と謝罪すればいい問題じゃないことに台東区は気づくべきだと思う。台東区のイメージ戦略そのもののと真逆の行動であり、台東区のHPの全てから「人情」という言葉を消し去らなければいけないほどの愚行だろう。区内に住所がない人は受け入れないというルールで台東区がやるのであれば、観光客として台東区にいた際に災害が起きても台東区は区民以外は相手にしないということを示したことになってしまう。短い期間ではあるが、かつて子供時代に台東区を遊び場にしていた者として、そして東京でホテルを取る際には台東区を第一に選ぶ者として、とても悲しい出来事だった。台東区は何を失ったのかを考えるべきだと思う。


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末尾ではありますが、この度の台風19号による災害の犠牲となられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。被害にあわれた方々に、心よりお見舞い申し上げますとともに、1日も早い復旧をお祈り申し上げます。

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