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命乞いする蜘蛛【毎週SS】

ある雨の日のことである。
一人の飛脚が荷物を担ぎ山道を駆けていった。
叩きつけるような雨とぬかるみにうんざりしつつも、水たまりの無いところをひょいひょいと飛び越えていった。
そんな時、足元ばかりで眼前を見落としていた飛脚は
目の前に現れた一人の女とぶつかってしまった。
そして運悪く、担いでいた荷物を谷底へ落としてしまったのである。

「てめぇなにしやがんでぃ」
飛脚は女が何度も謝っているのも聞かず、ありったけの鬱憤を喚き散らしていた。
あまりにも気が収まらない飛脚はいっそ殺してやろうかと女に恫喝した。
「どうかお許し下さい。私はこの山の地主の娘です。
貴方様の怒りはごもっともです。
父に償いの品を渡すよう申しますので、どうかお命だけは」
男はその言葉に気をよくし、女に連れられ山道の奥へと進んでいった。

その後、男の姿を見たものはいなかった。

別の日。
その日も激しい雨の日だった。
幕府の命を受けた下人が同様に荷物を抱え、山道を走っていた。
そこへ女が眼前に現れた。

それはまたしても、あの雨の日の女だった。
下人は慌てて止まろうとするも、女とぶつかり
さらには荷物の袋が破れ地面にばらまかれてしまった。

「すまねぇ。お前さん、大丈夫かい」
下人は女に手を貸そうとする。
ところが女の様子がおかしい。
まるで酒に酔っぱらっているかのように
焦点が合わず呂律も回っていないようだった。

下人が運んでいたのはコーヒーであった。
(589字)


今回は昔話風にしてみました。
蜘蛛がコーヒー(厳密にはカフェイン)に弱いという話を知る方も多い
……はず。

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