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積ん読の不思議

今日は家の大掃除をしていた。
定番中の定番というか、大掃除あるあるにやはり行きついた。
古い本の整理に手間取ってしまった。

最近の私の本の買い方の傾向として、
仕事やプライベートで行き詰った時に、何がしかの手掛かり欲しさに
特別お目当ての本もないくせに本屋へ赴き、
目的もなく棚を眺め、ふと目に止まったタイトルに惹かれたものを
ついつい手に取りそのままレジへ歩みを進めてしまう。

こういう時は大抵数冊まとめて買うので、
純粋に気になった順に読み始める。
で、優先順位的に一番最後になった本は
買ったはいいものの大抵そのまま熟成状態となる。

そして再び見つけた時に「無駄遣いしてしまったかな」と
少し後悔する。

ところが、改めて忘れた頃に手に取ると
不思議と読む気が湧いてくる。
懐かしい思い出の品に時間を取られるのと同じだ。

そして、なぜかそこには
かつて自分が探し求めていた問いに対する答えが
あっさりと書かれていたりする。

本というものは、長い目で見ると
意外な知識の財産であることの方が多いというのは本当らしい。
文字の特権とも言うべきか、
口語と違って保存が効く、時間をかけて寝かしておくことができる。
自分が受け入れる準備が整った時に向き合える。

先人たちが推奨しているのも納得がいく。

積ん読とはまこと不思議なものだ。


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