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定期的に考える『何のために生きている』

皆さんこんばんは、エナジードリンクを飲むよりもコーヒーを飲んだ方が起きられると思っているゆーやです。


さて今回は、僕が定期的に考える「何のために僕は生きているのか」について話していきます。

題を見ると、とっても重いと感じるかもしれませんが、ご安心ください。決して遺言なんかではありません。


「何のために今を生きているんだろうか。」と天井の電気を死んだ目をしながらボーッと見つめて考えることはよくあることで、自分自身と向き合う時間がないと頭がおかしくなってしまう時や、人間関係で後悔したりなどの出来事の後にこの感情は出てきます。あとは精神的に本当に参ってる時なんかも。


僕自身思っているのですが、性格がわりかし頑固で不器用な人間でして、言いたいことを照れ隠しで中々言えなかったり、たとえ仲が良くても人の前で弱音を吐く姿を見せたくなかったりと、本来の感情を押し殺して過ごすことが8割ほどあります。


今日なんて、母親に「全部三日坊主で終わるじゃん」とまるで全否定したかのような言葉を投げてしまい、(本当は「運動しても三日坊主で終わるじゃん」を言いたかった)それを真正面で受け止めてしまった母は、

「人生三日坊主か」

みたいなことを呟いていて、そうじゃないんだよなとも言えず、咄嗟に自分の口から出た重い言葉に言ってしまった感が否めません。

こういう時にも素直に謝ればいいのに、このようにしてnoteに書いているだけ。

正直になれる時と、なれない時があって、今は後者なのです。


「何のために生きている」?

今死んでしまうと勿体ないです。それに沢山の方に迷惑をかけます。

ブラックホールに吸い込まれて微塵たりとも体が消滅するならまだしも、死後硬直して塊となった体や、グロテスクに残った死体として僕の魂がどっかいくのは本当に迷惑です。

それに、命は一つしかない。来世には今世の記憶はきっとないです。

死を恐れるのは、永遠の別れが嫌だからです。死んだ側は忘れても、生きている側は忘れることはありません。受け入れて生き続けなければなりません。


では、何のために生きているのか?

結論を言うと、「次世代の子供たちに未来を託すため」なのかなと思います。

僕はこれからの子供達に辛い思いをして欲しくないです。

少子高齢化が止まることはなく、平均寿命が高いわりには健康寿命は低いこの世の中を、どうにかして変えなければなりません。

この問題と向き合って、大人たちができること、社会人ができること。

今携わっている仕事は、未来の子供達にどんな影響を与えるのか。

今過ごしている時間は、未来にどんな価値を創造するのか。

SDGsでは2030年を目標としていて、どんどんと今の社会問題に対して考えて行動する人たちが増えています。

一人一人が未来のことを考えて、未来に何を託すのか。

今の自分に、何ができるのか・・・?


これが、今回僕が話した「何のために生きている」と言う題でした。

決して生きることに対して考えることはネガティブではありません。

自分と向き合う時間は、むしろ前に進むために必要なこと。


定期的に考える時間を、大切にしていきます。


それではこの辺で。

明日は、今日よりも素敵な日になりますように。




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