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もうひとつの愛の味


仕事終わりの金曜夕方。食材がほぼ切れた冷蔵庫のためにスーパーへ立ち寄ると、やたらとワインが全面押しになっている。
今日はええっと、11月20日。
‥あ、ボジョレー解禁日!なるほど。

ワーママになってからというもの、巷の話題には遅れがち。あっても全然足りない時間。
そういえばゆっくり晩酌、なんて暫くしてないなぁ。


ーねえ、今日くらいいんじゃない?ー


なんて、華々しいワインのラベルが誘ってくれた気がして‥
「よし!」
食材を見る目を変え、店内をぐるっともう一周してみる。

ワインは一目で決めた。大好きな地元ワイナリーが作った一品。
今年の収穫祭を記念した特別ラベルがすごく素敵。

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キリッとした白ワインの味を想像していると、昔、叔母が教えてくれたパスタを舌が不意に思い出した。
決まり。今夜はアレが食べたい。

アンチョビのミルクパスタ

つまみで軽く食べたいし、言っても腹ペコな息子くんのご飯も作らなきゃで時短もしたいので、パスタはサラダ用を使おう。

■材料(目分量なのでざっくり)
 サラダ用パスタ 100グラムくらい
 ニンニク ひとかけ
 アンチョビ 4~5枚くらい
 オリーブオイル 大さじ2くらい
 牛乳 150〜200cc程度

■作り方
①サラダ用パスタを茹でる。極細のサラダ用パスタにアンチョビの塩気が効くので、茹でる時の塩はごく少しか、むしろなくてもいいくらい。
②ニンニクはみじん切り、アンチョビも細かく刻む。
③ニンニクとオリーブオイルをフライパンに入れてから火をつけ、軽く炒めてからアンチョビをいれ、また軽く炒める。
④③に牛乳を入れる。軽く煮るくらい。煮詰めなくてよい。
⑤茹で上がった①を④に入れて和えれば完成。

塩胡椒などの味付けは不要。でも、盛り付け後にアクセントで粗挽きの黒胡椒を一振りしても。


このパスタを教えてくれた叔母はとてもお洒落な人で。
裏山と田んぼが遊び場だった私を娘のように可愛がり、幼い頃から映画やミュージカル、美術館に連れて行ってくれたり、東京に連れ出してくれた。働きづめだった父母に代わって、世の中の楽しみ方の入り口を教えてくれた、もう一人の母親のような存在。

夜の蝶だった叔母。だけどお酒はほとんど飲めない。その代わり、お酒に合うお料理は得たもので、私が大人になると、手軽に作れる小皿料理も教えてくれた。その一つがこのパスタ。


母が作る料理は煮物や焼き物といった、昔ながらのおふくろの味。
叔母が作る料理はイタリアンや創作っぽい、ちょっとお洒落な味。

どちらもそれぞれ美味しいだけじゃない。作り手の個性が滲み、食べる人を想う愛情が溢れていて好きだった。
そしてどちらも、私の料理の根っこになって息づいている。

母も叔母も健在だけど、二人ともそれなりに高齢となった今、この状況下では会うのを控えている。二人にはまだまだ元気でいてほしい。簡単には会えなくなって、彼女たちの手から作られた思い出の味が、時折無性に恋しくなる。
この恋しさはどこか、温もりを求める感情にも似ているような気がする。

そして近頃は、二人が注いでくれた目に見えない愛情が、ああこういうことだったのかと少しずつ分かるようになってきた。二人がそれぞれ、小さな両肩に背負ってきた苦労や苦悩の一端を、少しずつ理解できるようになってきた気がする。
これは、若さが前面に在ったころには決して分からなかったことだ。自分自身が少しなりの経験を重ね、徐々に物事を俯瞰して見れるようになった証なのだろうか。私の記憶の中のかつての二人と、自分の年齢の重なり合いが段々と多くなり、様々なことを己の身に置き換え、深く感じ入ることが増えてきたからだろうか。

『大人になったら分かるから』
姉妹だけれど全く個性の異なる二人が、口を合わせるように語ってきた言葉の真意。それは、大切な人を想うが故の厳しさであったり、不器用故に伝え切れない愛情であったり。

年を重ねるというのは、様々な物事の深い真理を理解できるようになることなのだろう。これって、多少白髪が増えたところで比にならない、素敵な前進だと思う。
とはいえ勿論、綺麗なおばあちゃんになりたいという欲望もしっかりあるので、出来る限りのアンチエイジングなどなど、結局そのあたりじたばたしてもいるのだけれど。
でも。こうして少しずつ意味を変えながら残されていく思い出と一緒に、二人の手から作られた料理の味やキモチは変わらず残していきたいと、この頃強く思う。

そういえば今月は叔母の誕生日だ。
お誕生日おめでとう。
年の数を言うことはあなたには似合わないからもう言わないけれど、自分に素直に、素敵な年の重ね方をしているあなたは、私の一つの目標。

🍾

そんなことを思いながら、パスタをササっと作り上げる。
今夜はもう数品。大好きなブルーチーズは一口大にカットし、ハチミツを添えて。
90歳になる旦那氏のお婆ちゃんが丹精込めて育てたほうれん草は、摘みたてでとても甘みがあるので火を通すのはもったいない。生のまま、スモークサーモンとトマト、スライスオニオンを和えて、クレイジーソルト、オリーブオイル、レモン汁でさっぱりとマリネ風に。こちらのアクセントにはフライドオニオンを散らす。

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今日の旦那氏は帰りが遅い。
大好きなものを食べながらゆっくり過ごす一人の時間が、実はもう一つの欠かせないおつまみというのはここだけの秘密。

と言っているうちに、カレーピラフで足りなかった食べ盛りの息子くんがパスタを横取りしていった。お口に合ったらしく、戻ってこないパスタ。
うん、多めに作って正解。
一つ、思い出の味を次へと伝えられたのかなぁ、なんてちょっぴり嬉しくなりながら、久しぶりに辛口の美味しい白ワインを一人堪能した、ある秋の夜長。


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