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「仕事」とは何か?

先日、母校・北陸先端科学技術大学院大学の依頼で、学生のみなさんに「仕事とは何か」というテーマで講義をする機会がありました。私の経歴や経験を題材に、仕事とは何か、働くとは一体なんなのかを考えるきっかけにしてもらえたら、という思いで講義を引き受けさせてもらいました。

さて、仕事とは一体、何か?おそらく多くの学生のみなさんにとって、アルバイトの経験はあっても、フルタイムで働く経験はあまりないのではないでしょうか。まして、具体的に仕事の意義について考えることはほとんどないと思います。

仕事に対する考え方は人それぞれです。生計を立てるためにやむを得ず行う義務的なものと考える方もいれば、夢を追い求めたり、人生を楽しむ手段としてとらえる方もいるでしょう。誰かの役に立つために働きたい、と考える方もいます。

この講義では、私自身が約30年にわたり歩んできたキャリアの一端を共有し、その中で感じたことや学んだことを通じて、みなさんが自らのキャリアを築く際に参考にできるヒントを提供したいと思います。

修士課程はたった2年しかありません。十分に考える間もなく、すぐに就職活動や博士課程進学といった重要な決断を迫られることになります。しかも、私の学生時代とは比べ物にならないほど、あらゆるものが大きく変化しつつあるこのタイミングで自分の将来を考えることは極めて困難なことだと思います。

この講義がみなさんにとって有意義で、未来のキャリアについて考えるきっかけになることを願っています。

NTT研究所での経験と転機

1994年にJAISTの情報科学研究科修士課程を修了したのち、NTTが私にとって最初のキャリアとなりました。その後、様々な経験を積みつつ、現在はシンガポールで新たな挑戦に臨んでいます。当時NTT研究所からベンチャーに転職するというのは非常にめずらしく、その後さらに起業するという道を歩んだ人材というのは、おそらく相当稀有な存在なのではないかと思います。

大企業に就職すべきか、それともスタートアップか?はたまた外資系へ行くべきか?悩める多くの学生のみなさんにとって、なぜ私がこれらの選択をしてきたのか、そしてそれがどのような結果を生んだのかについて関心を持っていただけるのではないでしょうか。

NTT研究所での経験は、私にとって非常に興味深いものでした。NTT研究所の研究員は昇進が早く、かつ給料だけでなくさまざまな福利厚生などの待遇も非常に魅力的でした。研究テーマはある程度方向性が定められた中で選択せざるを得ませんが、それでも自らのアイディアを追求していくことができました。何よりも研究予算も潤沢で、好きな仕事に没頭できる環境が整っていました。これは、大学やアカデミックな領域では得られない貴重な経験だと思います。

NTT研究所では研究主任のポジションに昇進し、自分のチームには年間の研究予算が一億円も割り当てられるなど、非常に充実した環境でした。私はICカード技術の開発に携わり、研究計画書を提案しては実行していました。ただし、この環境にはやや納得がいかない点もありました。

私の思い描いていた研究所の仕事は実際にシステムを試作開発し、それをNTTの事業会社が導入し新たなビジネスに繋げていくことでした。しかし実際には、多額の研究費を投入して開発したシステムにもかかわらず、報告書や論文を書いて書庫に格納して終わり。そして次の研究計画に対して新たな予算が割り振られ、次の開発を行うという日々でした。たくさんのプロジェクトでさまざまなシステムを試作しましたが、一度も事業部導入に至ったことはありません。

もう一つ不満だったのは、開発はすべてNTTのシステム開発子会社に丸投げされ、自分たちの手で開発することが認められなかったことです。私は自分の手で開発することが創造性の源泉だと考えたし、自分にとって一番得意でかつ最も楽しい仕事である開発をなぜ他人にお金を払ってやってもらう必要があるのか、まったく理解できませんでした。

本当に私の仕事は会社の役に立っているのか、意味があるのかという疑問がどうしても拭い去ることができず、最終的に転職を決断しました。

KLabから楽天へ

私の次なるキャリアの舞台は、KLab株式会社という会社でした。当時一世を風靡したiモードのコンテンツ開発を手がける企業でした。そこで、社長直轄で新規事業を興す機会を得ました。

KLabでは、新規事業チームのプロジェクトマネージャーとしての役割を果たしました。NTTとはまったく異なる環境で、少額の予算で大変なプロジェクトを進める経験をしました。メール配信システムや携帯向けWebサイトの開発ツール、セキュリティ検査ツールなど、多岐にわたる仕事を自ら仕切り、進めることができました。

この仕事は私にとって非常にやりがいに満ちていて、自分のアイディアを形にできることに満足感を感じていました。また、KLabには優れた才能が集まっており、彼らが生み出す驚くべきシステムを活かして新しいビジネスを築く過程は、私にとって大変刺激的でした。

その後、楽天トラベルに転職しましたが、ここでも新たな挑戦が待っていました。楽天では、社長や重役たちと直接仕事をする機会があり、その経験は非常に有益でした。しかしその一方で、大企業の運営方法や、個々のパフォーマンスよりもチームワークが求められる環境に戸惑いも感じました。

楽天での勤務では、組織内での調整が基本となり、個人の裁量よりも部門全体の連携が重要視されました。これまでとは異なり、一つのプロジェクトを進めるためには、上司からの指示を元に各事業部に働きかけ、プロジェクトを進めていくスタイルが求められました。このため、一日中のミーティングや連絡調整に明け暮れ、自身の裁量ではほとんど何も動かすことができない状態でした。

楽天での経験は、転職時に期待したものとはまったく違っていて、大企業での働き方はあらためて自分に向いてなかったと痛感しました。

gamba!の創業

楽天での自分の仕事に疑問を感じ始めた一方で、自分の手で何かを生み出したいという欲求が日増しに高まりました。当時、スマートフォンの普及とともにFacebookやTwitterなどのSNSが広まり始めた時期であり、これらのサービスをビジネスに活かせないかという疑問から、自分一人で会社向けのSNSの開発を始めました。自宅に帰宅後や週末の時間を使って、深夜までプロトタイプの開発を始めました。仕事の進捗状況やプロジェクトに関する情報を、メールに変わって簡単にやり取りできる社内のソーシャルネットワークを目指して開発し、後のgamba!の原型となりました。

日報アプリgamba!の初期のモックアップ

実際にシステムが動き始め、興味を持ったSamurai Incubateというベンチャーキャピタル社長の榊原さんから出資オファーを受け、これがgamba!の創業となりました。最初は私一人であり、全ての業務を自ら手がけていました。最初に作成したgamba!のモックアップ画面のスクショが残っていたので、以下に掲載しておきます。非常に素朴な構成だったと思います。

その後十年が経ってgamba!は成長し、素晴らしい社員も加わり、サービスははるかに洗練されたものに進化しました。その中で、特に嬉しい瞬間は、gamba!を使ってくださるお客様の話を伺うことでした。お客様とのオンラインイベントやミートアップでは、実際の使用経験や工夫が共有され、その成果を感じることができました。

gamba!のお客様とのオンラインミートアップの様子

シンガポールで新たな起業へ

昨年、gamba!を上場企業のrakumo株式会社に売却しました。10年間会社を経営してきて、自分の力だけでは会社の成長に限界を感じる一方で、新たな挑戦を求める気持ちが自分の中で日増しに強くなってきたことが理由です。自分自身がやりたいことや、新しい経験を積むために、gamba!を手放し、再び起業する道を選びました。

大きな影響を受けたのが、ドラマ「Undercovered Billionere」でした。このドラマは、アメリカで成功を収めた億万長者の実業家が新たな挑戦をするため、再びゼロから事業を立ち上げる姿が描かれています。このストーリーが私にとってインスピレーションとなり、「もう一度、何かを始めてみたい」という思いが自分の中で止められなくなりました。

gamba!を売却した後、どうやったら海外で新たな挑戦ができるか考えました。そこでAntlerという起業家プログラムを知り、シンガポールでの新しい起業に踏み切ることを決意しました。

Antlerは、ベンチャーキャピタルが主催し、さまざまなバックグラウンドを持つ人々が10週間かけてスタートアップを立ち上げるプログラムです。Antlerのプログラムは非常に刺激的で、約80人の参加者が27カ国から集まりました。このプログラムを通じて、新しいビジネスアイデアを構築し、興味深い事業計画があれば最初の出資を受けることができる仕組みです。

愉快なAntlerの参加者たち

実際には途中で多くの参加者が脱落し、最終的には23人が生き残り、10社の新しいスタートアップが誕生しました。私も途中で危うく脱落しかけましたが、このプログラムを通じて出会ったチームメンバーと共に、新たな会社「CashWise」を設立しました。

CashWiseは中小企業に対してFintechのソリューションを提供するスタートアップです。最近ようやく最初のバージョンのプロダクトが完成し、お客様を獲得することができました。チームは国際的なメンバーで構成され、CEOのAdrianはカナダ出身、CIOのVidushanはスリランカ出身です。Fintechの分野は私にとって未知の領域で、毎日が新しい発見の連続です。一緒に働く私の共同創業者たちは、私にはまったく見ず知らずの経験と知識を持っていて、かつ私にできない仕事を高いレベルで乗り越えていく能力を持っていて、本当に刺激的です。

53歳になった自分が、こんなに充実した日々をシンガポールで過ごすことができるようになるとは、まったく想像していませんでした。本当にすばらしい機会を得ることができたと思います。

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