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心地よいものを見つける力。

午後のゆっくりとした時間のコーヒー。
夕暮れの青とオレンジの混ざったところ。
大好きなショートブレッド。
レコードの回る音。
愛用の香水、FLORISのJF。
BACALDIのボトル。
憧れどころか焦がれている、ルイス・バラガン。
あげたらきりがないほど、自分にとって心地よいものに溢れている。

あれは中学生の頃だった。図書館に行っては大量の本を借りてくるのが常だった。
図書館で勉強をしている人を見るたびに、「なぜこんなに本があるところで勉強できるのか。」と訝しんでいた学生時代。現に今もそこで勉強できる自信はない。
大量の小説と当時ハマっていた医学書と民俗学だったり歴史だったり、とにかくなんでも面白そうなものを片っぱしから読んでいたので、勉強の時間も惜しかったし、寝るのも惜しかったし、視力も落ちた。
画集や写真集も好きだったので、そのコーナーにもよく立ち寄った。そこで1冊の本に出会った。

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本のタイトルは『Hôtel』。著者は黒井健さん。
決して大きくない、むしろ小さくて薄くて窮屈さも感じないくらい挟まっていた。
なんとなく開いた中身は大人の香りがしていて、しんとした空気があって、それでいてほんのり温かくて、その瞬間は特別に感じたのだ。
その日はその本を借りていき、返却日がきて、もう一度借りた。それをもう1度繰り返した。手元に置いておきたくなった。
中学生、初めて本のお取り寄せ注文をすることにした。
届いて「この本はもう自分のものだ。」と思ったことを今でもよく覚えている。
夜寝る前、落ち込んだ時、いいことがあった時、何度も開いた。何度も開いたのだが、とにかく大事だったので今も綺麗なままである。
いつか、こんなホテルに自分も出会えるのだろうかと高望みをしたのも温かい記憶だ。

沖縄に行く機会があった。家族旅行で。
ホテルは2度ほどそこに泊まったことがある家族の勧めで、そこに決まった。
日航ホテルアリビラさん。

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旅行を嗜むことがほとんどない自分だが、家族から聞いていたそのホテルは魅力的だった。
そして実際に滞在した時、ふと思い出したのだ。
「この心地よさはHôtelだ。」
どこか1日雨が降って、ホテルから出なくてもいいやと思ったくらい。今でも思っているくらい。
大人になるにつれて心地よさを求めることに敏感になるけれど、旅行慣れしていない自分が「ここならまた来たい。」と思ったのは、やはり本の影響もあると思う。
そう考えると、つくづく自分は本の中で生きるのが好きなのだなと実感したり。
コロナが終わったら、ぜひまた滞在したい。

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『Hôtel』の中にこんな言葉がある。

「その歳々の人生をエンジョイすることが青春だと気付かされた。
それからの私は、分相応の生き方に満足を味わっている。」

この本の主人公から見ると、自分はまだまだ若造だ。
それに頭の中もずうっと学生で止まっている。
だけど、この本を読んだ時からこの言葉が好きで好きで、だからこそ今の考え方があるのだと思っている。

確かに、今、それなりに満足を味わう方法を知っている。
そして、今、新しいことに挑戦しようとしている自分がいる。
”今の自分”をエンジョイするための挑戦。
次にホテルに滞在する時には、その自分でいられたら。
そうだと、いい。 

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