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溶けないうちに!


さて皆さん! いきなり質問ですが
皆さんは “旅行” は お好きですか?

楽しい旅には 現地で目にする素晴らしい風景
そこで頂く美味しい料理が欠かせませんよね!

それじゃ「風景」の前に「」が付いた原風景げんふうけい
いう言葉があるのですが  これは ご存じですか?

それ … 懐かしい昔の景色って意味でしょ?」と
答える方は  多いかも知れませんね~

そこで Wikipediaで調べてみると  次のように
説明されています

原風景(げんふうけい)は、人の心の奥にある原初の風景。懐かしさの感情を伴うことが多い。また実在する風景であるよりは、心象風景である場合もある。個人のものの考え方や感じ方に大きな影響を及ぼすことがある。

実は  僕も  この説明にある様な 何か懐かしくて
忘れられない  一番最初の風景 … それも 心の中に
思い描いた 心象風景みたいな  ある情景をいつも
思い浮かべてしまうんです

但し  なぜいつもその情景が 頭に浮かんで来る
のか  その理由は  まったく分かりません

きっと 僕の深層心理の中に  自分では気づかない
何か
隠れているのかも 知れませんが …


今回は  僕の原風景 にまつわるお話です

どうか皆さん 聞いて頂けないでしょうか?


     ◆   ◆   ◆


それはまだ 僕が幼稚園に通っていた頃のことです
僕の自宅は  今では珍しいかやぶき屋根の家でした

7月に入った途端  連日のように 猛暑が続いていました

ある日の昼下がり  僕は縁側えんがわ  母と一緒に昼寝を
しようとしています

日差しが当たらない  縁側は  素肌で触れると
ヒンヤリ としていて   束の間の昼寝をするには
もってこいの場所でした

家の前に広がる田んぼでは  稲穂いなほが  そよ風に吹か
れて サラサラと乾いた音を立てています

田んぼ の向こう側には  雑草だらけの小道が 一本
横切っているのが見えます

その小道では  麦わら帽子を被った  おじさんが  
自転車の荷台に  青色に塗られた  “ こおり冷蔵庫 ” を
乗せて  アイスキャンディーを 売り歩いていました

自転車には  いかにも涼しげな "氷旗" が掲げて
ありましたが 自転車をいでる  おじさんの姿
は  地面から立ちのぼる  熱気のせいで  揺らめい
ていました

おじさんは  ゆっくり 自転車を走らせては  所々で
自転車から降りると  真鍮しんちゅう 製のハンド・ベルを
取り出して  勢いよく 上下に 振ります!

その度に  遠く離れた 僕の家の縁側 まで  ハンド・
ベルの 澄んだ音が  “ カラン  カラン ” と よく
響いて 聞こえて来ました!

おじさんは  周囲の様子をしばらく  うかがった後 …
お客が来そうもない と悟ると  また 自転車に
またがって  ゆっくりと  遠ざかって行きます


水色の "アイスキャンディー" は
1本20円でした

僕は 母から20円を貰うと  暑さなんて気にせずに
全速力で走って  自転車に追いつきます!

そして  お目当ての アイスキャンディー を1本
買うのです!


僕にとっての “原風景” は 「遠くに見える雪山の
懐かしい風景」 みたいなもの  ではなくて …

“うだるような暑さの中  アイスキャンディー売り
の おじさんに  自転車ごしに 20円 を渡すため
つま先立ちをして  精いっぱい右手を伸ばしてる
自分自身の姿 ” なんです




ところが  …




“僕の原風景” には 実は まだ「続き」があるの
です!


おじさんのアイスキャンディーは   どれも手作り
で  袋は使わず  裸のまま  氷冷蔵庫の中に 入れら
れていました

おじさんは  お金を受け取ると  優しい笑顔で …
「ほら  落とすんじゃないぞ~!」と言いながら
アイスキャンディーのスティックの端っこの方を
ちょっとだけまんで  僕にそっと渡してくれます

僕は 落とさない様に  一生懸命  気を付けながら
やっとの思いで 自宅まで持って帰るのですが …
炎天下の日差しのせいで  アイスキャンディーは
少し 溶け始めています







僕は   どうしても母に 食べて欲しくて …
こう言います







「かぁちゃん アイス 買ってきた!
   先に 半分  食べていいからね !」







すると母は …







「かぁちゃんは  いらないから
      早く食べちゃいなさい 」







「ホントに  半分食べていいんだよ … 」







「ありがとうね!  じゃ  その お礼に …
    もらった分は  ぜーんぶ あげる! 」







「それじゃ 最初と同じになっちゃう … 」







「 いいから 早く食べちゃいなさい
              … 溶けないうちに!」







 「うん … 」







アイスキャンディーを買う度に
いつも同じ  やり取りをして … それでも
母は ひと口も  食べることはありませんでした







ひと眠りして やがて 目を覚ます頃に なると
軒下のきしたにぶら下がった 風鈴が 風を受けて …
“ チリン   チリン ” と 鳴りだします







そして 裏山の杉木立すぎこだちでは まだ夕方でもないのに
ヒグラシが  うるさいほど  鳴き始めるのでした






  カナ カナ …  カナ カナ …


   カナ カナ …  カナ カナ …





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