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丹沢の男

「丹沢の男」に付き従い、神奈川県の丹沢山地へやってきた。山岳趣味のフォトグラファー(兼ビデオグラファー(?))も同伴だ。

秋の風が吹き始める9月、都会を背にしてザックを背負り、足を進める。丹沢の男はもう何度目かも分からないほど来ているというが、自分自身も既に2回登ったことのある山であり、勝手は分かっているつもりだ。
空は澄み渡っていて、涼し気な風が吹く。清々しい気分で初めのピークに到達できた。

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丹沢の男は冷静だ。こんなに晴れ渡る空を前にして、天気予報を調べだした。これから暗くなることなんてあるのだろうか。スリップに気をつけながら足を進める。
このコースは雄大な自然のなかでアップダウンを繰り返す、人気の尾根歩き路で、我々もいくつものピークを超えながら山頂を目指す。

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2つ目のピークに到達した頃、突然風が強くなり始めた。東からの風だ。丹沢の男は顔をしかめ、分析を始めた。
――天気が悪くなるかも知れない。一応気をつけながら進もう。――

いつも通りの調子で登山を続け、ついに山頂まで辿り着くと、突如として霧が周囲を覆い始めた。辺り一面は一瞬にして真っ白になり、周りの登山客には落胆の表情もみられる。

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どうやら天候の悪化を予想した丹沢の男は正しかったのかもしれない。丹沢の男に思わず感心するものの、富士山が望めないことに多少の悔しさを覚える。
しかし、いざ天候悪化の予兆を現前にした丹沢の男の反応は、わたしたちと全く違うものだった。
――かえっていい景色が見られるかもしれない。――

山の天気は予兆出来ないから、また晴れるかもしれないとでも言うのだろうか。
とはいえ、この山の眺めの良さはやはり雄大な富士山に尽きるし、背面に広がるはずの都心も目視できないので、私の悔しさは簡単には消し去れなかった。

しかし、丹沢の男が沸かしたお湯でカップ麺を食べていると、突如富士山が姿を現したのである。

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富士山は雲の上に顔をだし、幻想的な雰囲気を醸し出している。私たちはすかさずカメラを手にし、感動を写真に閉じ込めた。私の気分も晴れ、感動のため息をもらしていると、ここでも丹沢の男は天候の心配を始め、我々にこう指示した。
――雨が降るかもしれない。雨具を用意するんだ。――

富士山も顔を出したのだし、天気などそうすぐには崩れないのではないかー。
しかし、流石は丹沢の男。下山開始の数十分後に、遠くから雷の轟が聞こえてきた。
幸い雨は降らなかったものの、丹沢の男の洞察力、それは経験量から来るものなのだろうか、私は驚嘆せずにはいられなかった。まさに「塞翁が馬」といえる展開だった。私はまだまだ丹沢の男には及ばないと感じさせられた。

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ここまで読んだ読者は、丹沢の男は完璧な人物なのではないかと思われたかもしれない。
しかし彼も、最後の最後まで完璧なわけではなかった。
帰りの車中、彼は私のザックの上で無意識的に逆さの状態の清涼飲料を開封し、役目を終えた私のザックに、柑橘系の甘い香りを染みつけたのだった。

へいすてぃ(論説委員・高校1年)

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