演劇における「演出」って?
早稲田大学小劇場「どらま館」が、秋冬の企画を行なっています。
俳優へのインタビュー、創作講座、稽古場の見学など、イベントが目白押しです。
本記事はその一つ、「演出新人訓練」を紹介します。
「演出新人訓練」は、演劇の「演出」に興味がある人に向けたワークショップです。
戯曲『かもめ』に付けられた「演出ノート」を読み、その通りに演じてみながら「演出」の役割について考えます。
劇団などに属し、「演出」そのものに関心のある方にとって、本記事が早稲田大学どらま館でこのような活動が行われていることを知るきっかけになれば幸いです。
また、もっと広く演劇に興味がある方にとっては、舞台がどのように作られていくのか知る一助となり、より深く演劇を楽しむことに繋がればと思います。
・チェーホフの「かもめ」とは?
題材となった『かもめ』は、19世紀後半に活躍し近代演劇を完成させたとして有名なチェーホフが書いた戯曲です。
作家志望の若者とその恋人、大女優、チェーホフ自身がモデルだとされる小説家など、さまざまな人物が登場します。
湖畔の田舎屋敷に集まった彼らの恋や反目によって、少しずつ物語が展開するのです。
今回のワークショップでは参加者がいずれかの登場人物になり、実際に身体を動かしながら役を演じました。
・スタニスラフスキーの「演出ノート」を読む
演劇の台本には、セリフとト書きが書かれています。
(ト書き…場面設定や登場人物の仕草など、セリフ以外の説明のこと)
そこへさらに詳細な動きの指示を加え、照明やセットを含めて舞台を作り上げるのが演出家の仕事です。
演出家スタニスラフスキーは、チェーホフの『かもめ』に細かい演出を付けた「演出ノート」を作成しました。
その「演出ノート」を読みながら、その場にあるもので即席の舞台を作ってみる、というのが今回のワークショップの主題です。
では実際に、参加者の間で話題になったスタニスラフスキーの「演出」の例をいくつか見てみましょう。
①アルカーヂナの「ケバさ」
「かもめ」には、アルカーヂナという大女優が登場します。
年齢は四十を超えていますが、わがままで、自分の才能や魅力にかなりの自信を持っています。
そのような性格はチェーホフが書いたセリフを読むだけでも伝わってくるのですが、スタニスラフスキーはさらに過剰な身振りの指示を加えて、彼女の「ケバケバしさ」を完成させています。
以下のような場面は、その好例です。
ワークショップの参加者たちで上の場面を演じてみると、アルカーヂナの大げさな性格がよく分かりました。
そのような人物像を役者それぞれの技術やアイデアだけに頼らず描いてみせるのが「演出」の力の一つです。
②「観客の笑いを呼び起こすことだろう」
『かもめ』には、観客を笑わせることを狙った場面がありますが、スタニスラフスキーはそれがなぜ面白いのかまで丁寧に説明しています。
その場面に登場する女性マーシャは作家志望のトレープレフに恋しており、彼への想いを情感たっぷりに語ります。
側では六十歳の老齢であるソーリン(先ほどのアルカーヂナの兄)が居眠りをしています。
ワークショップの参加者には演技経験のある方が多かったのですが、スタニスラフスキーのこのような説明は、演者からするとありがたいそうです。
「ここはウケるぞ」という重点があらかじめ示されていることで、安心して、自信をもって演じられるのだといいます。
③かもめの死体を撫でるニーナ
戯曲『かもめ』には、そのタイトルにもなっている「かもめ」にまつわる重要な場面があります。
物語の中核を担うカップル、作家志望のトレープレフと女優の卵ニーナ。
トレープレフが作った芝居の上演会が大失敗に終わったことをきっかけに、二人の関係はぎくしゃくしています。
トレープレフは湖畔のベンチに座っているニーナの足元に撃ち殺したかもめの死体を置き、彼女が何か劇的な反応を示すことを期待します。
しかし、ニーナは彼の意図を全く理解しません。
スタニスラフスキーの演出によって、彼らの間にあるディスコミュニケーションの在り様が明確になっています。
ニーナを演じた参加者は、特にこの場面が印象的だったと言いました。
トレープレフがわざわざ何かの象徴として置いた「かもめ」を、ニーナはただ可哀想に思って撫でているのです。
しかも、この時点ではニーナもトレープレフも気付いていませんが、戯曲『かもめ』における「かもめ」とは、実はニーナの運命を象徴するものだったのです。
チェーホフによる元々の脚本には、「かもめを撫でる」というニーナの行動は全く書かれていません。
しかし、このスタニスラフスキーの演出によってニーナとトレープレフのすれ違いが明らかになるだけでなく、後の展開が暗示され、作品の深みが増していると言えるでしょう。
・まとめ
以上のように、ワークショップ「演出新人訓練」は、スタニスラフスキーの「演出ノート」をひとつの実例として「演出」の役割を体感してみるものでした。
脚本家や役者に比べると、演出家の仕事はややイメージしにくいかもしれません。
しかし「演出」には登場人物の解像度を上げたり、役者の負担を減らしたり、
物語の伏線を張ったりする可能性があることが今回のワークショップを通して分かりました。
今後演劇を見る際は「演出」がどのように作られているのか、ぜひ思いを馳せてみてください。
それによって、演劇をより深く楽しむことができるのではないでしょうか。
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