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若手作家は星の数ほどいるけれど[VOCA展2023レポート]

上野の森美術館へ、VOCA展を観に行ってきました。

VOCA(ヴォーカ)展とは——
絵画や写真など平面美術の領域で高い将来性のある若手作家を奨励する展覧会。
全国の美術館学芸員、研究者から推薦された40歳以下の作家が出品する。

このVOCA展、1994年に始まってもう30年続いているんだから、なかなかすごいですね。

何を隠そう、私は初めてVOCA展を観に行きました。いや、知ってはいたんですけどね。
今年は、FACE展(SOMPO美術館)も観に行ったし、五美大展(国立新美術館)も観に行ったし、私の中でにわかに現代アートづいてるので、行ってみるかと。

上野公園をぶらついてから上野の森美術館へ。
上野の桜はまだ三分咲き程度でしたが、すでにお花見の人でにぎわっていました。

海外の人もものすごく多くて、何というか2019年までの世界がようやく戻ってきたなぁという感慨を覚えました。なんて言っといて、上野でお花見なんていうベタなことをした経験はないんですけどね。

さて、今回のVOCA展の出品作家は29名。
その中で、私が個人的にビビッときた3名を紹介します。会場は撮影可だったので(本当多くなったよね)作品の写真とあわせて。

七搦綾乃《Paradice IV》

七搦綾乃《Paradice IV》

打ち寄せては引いていく波の動きを上空からとらえているように見えます。
これが絵画なのかと言われると、なんて答えたらいいかとまどいます。
平面作品ではあるけれど、むしろ彫刻と言った方がしっくりきます。だって、この絵肌をみてください。

モノクロームの板の上で複雑な模様をつくりだす石膏。その上に刻まれた無数の傷や擦れ。
刻む、彫るという行為によって作り出されたマチエールは、作家個人の作為性を超えて、まるで経年によってこうなったかのような風格をまとっていました。

このマチエールは狙って作り出せるものではなく、作者の身体性や肌感覚、そしてさらに深い部分から湧き出てくる衝動がない交ぜになっています。
人間の創作物でありながら、自然の摂理とか悠久の時間とかそういった壮大なものに直接リンクするような底知れなさがありました。

あとで調べてみると、作者の七搦さんは彫刻家として活動しているんですね。ポートフォリオを見ると、また全然違った作風なので驚きました(と言ってもよくよく見ると根底に共通するものはあります)。

画家のように、筆一本で自在に世界を描き出すのではなく、常に素材と対話しながら形を彫り表す彫刻家だからこそ、この表現にたどり着いたのかもしれません。
いや、それにしてもこのスケール感はすごい……。

永沢碧衣《山衣をほどく》

永沢碧衣《山衣をほどく》

大自然を俯瞰してみた風景と、そこに生きる動物の姿を重ね合わせただまし絵のような作品です。

今回のVOCA賞に輝いた作品なので、この絵の画像だけは事前に目にしていました。
ただ、正直に言うとその時点では「コンセプトはわかるけど、それほどの作品かなぁ」と感じていたんです。分かりやすい分、それ以上の深みがないのでは?とえらそうに思っていたわけです。

でも実物の前に立つと印象が一変しました。
絵がめちゃくちゃでかいんです。山林、雲海、海原、星雲が視界に収まらないほど大きく広がるサイズ感に圧倒されます。

そして絵に近づけば近づくほどに、描き込まれたディティールが浮き上がってきます。まるでGoogleマップでズームアップしていくような不思議な感覚を覚えます。

そこには自然との境界線にある人々の暮らしが。
口の赤さだけが生々しく、活火山のようでもある。

東北や北海道では神獣とされるツキノワグマ。
作者の永沢さんは、なんとマタギとともに自ら山林に入って熊を狩り、解体し、その肉を食して自らの中に取り込み、またその骨などを煮出して膠をつくり、その膠で岩絵の具を溶いてこの絵を描いたそうです。まじか……。

私の想像をはるかに超えた責任と覚悟をもって、作品にコミットしていることを知り、この絵の前に立った時の迫力の由縁がわかった気がします。

遠藤美香《道》

遠藤美香《道》

個人的にはこれが一番好きです。

この絵もとにかく大きいんですけど、驚いたのが版画なんですよ。木版画。

近づくとたしかに木版画
葉っぱの文様が繰り返されるけれど

木版画でこんなスケールの作品見たことが無い、という驚きが第一です。
建材の特大ベニヤ板を版木として使うことで、このサイズの木版画を実現しているのだそうです。

そう、次に驚いたのが、版を重ねてパターンを繰り返すという版画の特性をいかした表現ではなく、一版刷りというどこまでもシンプルな手法でこれだけ複雑な絵柄を作り上げているところです。
たしかによくよく見ると、一つとして同じ花、同じ葉はなく、ひとつひとつ作者が手彫りしていることが分かります。気が遠くなりそう……。

作者の遠藤さんは、文様のような草葉の描き込みに、粗密の緩急をつけることで、鑑賞者の視線が心地よく画面の中を回遊するように誘います。少し距離をとって画面全体をながめると、グラデーションのような変化があることがわかります。
ぼーっと眺めているだけで、気持ちいいんですよ。不思議なことに。

墨一色のモノクロームの世界でありながら、とてもにぎやかで見ていて飽きることの無い作品であり、木版画という技法の新しい可能性を開拓しているところに素直に感動を覚えました。

***

うーん、3点ともやっぱりいいなぁ。

しかしつくづく思いましたが、結局作品と私(鑑賞者)との相性がすべてですね。会場に並ぶのは現代アートの専門家(学芸員、研究者)がノミネートした作家さんたちですから、どなたも実力のある人なんでしょうけど、感覚が合わないとまったくピンとこない……。冷酷なようですが感情の針がピクリとも動かないもんだなぁと。

作品に普遍的な価値を求める方が無理があるってことですよね。まぁそれぐらい開き直って鑑賞した方が「うーん、どうしても良さが分からない……」とか悩むより、素直に楽しめると思います。


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