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完全不登校から学校復帰の記録⑧~母子分離不安

光陰矢の如し。3年生の記録を振り返っているけど、もう小学校卒業がすぐそこまで来ている。

死にたい毎日一歩も外に出ない日々から、少しずつ脱却し始めた頃までを綴った記事はこちら↓

今回は母子分離不安についてです。

不登校中、精神的に不安定な息子。あるときから、私と離れることを嫌がるようになりました。嫌がるという言葉ではちょっと軽い。恐怖に感じるといったほうがしっくりきます。例えばちょっとした買い物などで私が出掛けるとします。すると、『お母さんが出掛けている間に(お母さんが)死んでしまうんじゃないか』という恐怖に苛まれて、不安でたまらなくなる。そういう感じでした。一人留守番するのでなく家に誰かいたとしても、そう思うようで。例えば息子がそこそこ元気(心が健やかな状態)なら、『大丈夫だよ』と宥めて出掛けることも出来たでしょう。しかしこのときは精神的にまだまだ危険に見えていましたので、どうしても息子一人にしてはおけない状態でした。

買い物や、上の子の送迎などには一緒に行けば良いことです(大変だけど)。困ったのは、私がカウンセリングを受けに行くときでした。息子連れて行っていいか、余程許可をもらおうかと思いましたけど…。カウンセリングは一対一の大切な場。外の世界と遮断された空間でしか話せないことが湧いてきて、それによって心を治療していく場です(自分的解釈)。家族がそこにいるのといないのとでは、話せることも大きく変わってくる。できれば連れていきたくないのが本当のところでした。

カウンセリングは夫の休みの日に設定していたので、息子が一人になることはない。心苦しいけど、夫と留守番していてもらおう。息子はやはり『離れてる間にお母さんが死んじゃったらと思うと怖い』と涙してとても不安そうでしたが、①着いたらお父さんの携帯に連絡する②終わったらまた連絡する③急いで帰る これらを約束して、私一人出掛けていくことになりました。私もそんな状態の息子と夫を二人にするのは不安でしたが…。ちょうど、二人で見た映画の中に『お守りがピンチのときに助けてくれた』という描写があったので、家にあった神社のお守りを私の鞄につけて、『これで大丈夫だからね』という会話をして、なんとか家を後にしました。

そのお守りは今も私の鞄についています。


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