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区議会選

親父が練馬区の区議会議員選挙に出馬したいと突然言い出したのは、去年の春頃の話だ。
真面目一筋63年、定年退職し何をするかと思っていたらまさか選挙に出たいと言い出すとは。
家族と親戚一同目を丸くし一回止めてみようとしたが、当人の意志は固い。
あれよあれよという間に登録を済ませ公約まで決め、本当に出馬する事となった。

そして時は経ち――。

今日は初めての街頭演説の日。
親父は楽屋代わりに止めたキャンピングカーの中で1人その時を待っている。以前購入したキャンピングカーが、まさかこんな所で役に立つとは夢にも思わなかった。
俺は今、外で親父の出て来るのをスタッフとして待っている。
今日は俺の他に、お袋、そして妹も来ていた。
家族総出の総力戦だ。
聴衆に我が家のご近所さんや、
親父の会社で同僚だった人達も応援に駆け付けてくれて結構な人数になっていた。

時間が刻一刻と迫っている。
だが親父が中々出て来ない。
可笑しい。
まさか、初演説のプレッシャーで気分でも悪くなってしまったのだろうか。

俺はキャンピングカーのドアをノックする。
「親父?」
すると中から「……おお……」とくぐもった声が聞こえて来た。
「時間だけど、そろそろ」
「……おお……」
「ちょっと入るよ、」

中に入る。

そして、目を疑った。
キャンピングカーのソファーに、
ミッキーマウスが座っていた。

いや正確には、
ミッキーマウスの被り物を身につけた親父が、座っていた。
頭部も服も浦安からパクッて来たのかと言いたくなるほどのクオリティー。ほぼ本物と言って差し支えない。

ただ、
本家と明らかに違うのは下半身が紫色のジャージだったという事だ。
親父、
下半身は揃えられなかったのか。

いやいやそんな呑気な事を言っている場合じゃ無い。
演説前になんちゅう格好をしているのだ。

「え、ちょ、なにしてんの、」
「よし。行くか」
「いや、え? まさか、その格好で出るんじゃないよね?」
「え? 出るよ」
「……ミッキーの格好で?」
「ああ。素敵だろ」

ジョークなのだろうか。
真面目一筋の親父の渾身のジョークなのだろうか。
それとも、可笑しくなってしまったのだろうか。

「そんなんで当選出来ると思ってんの? 選挙舐めてると袋叩きにあうよ?」
「父さんはな……。この練馬区を良くしたい。その為には、人の心を惹き付ける強烈なキャラクター性が必須だ」
「ミッキー使うなよ。そんなの絶対駄目だぞ」
「まぁ見ていろ。まずガツンと、インパクトを残す。そしてその後政策を話し人々の心を掴む」

本人には勝ち筋が見えているらしく、声は自信にに満ち溢れている。
ジョークでも病気でもなさそうだ。
だから余計に心配だ。

「よし行くか!」
立ち上がると、ドア前に置かれていた金属バットを手に取った。

「え、え、ちょっと、演説にバットはいらないだろ、」
「ミッキーマウスはアメリカだ。そしてアメリカと言えば、野球だ。ミッキーマウスがバットを持っていたって、なんら不自然では無いさ」

そう言って、親父はキャンピングカーを降りて行く。
いや、演説でバット持ってるのは不自然なんだよ、親父……。

案の定、上半身ミッキーマウス、下半身紫ジャージの男が金属バットを手に登場したので、周辺の人々は騒然となった。
親父は低い地声を何とか裏声にしてミッキーマウス感を演出し、おどけながらバットを振り公約を説明している。

なんだ、この前衛的な空間は……。
家族が心配そうに俺を見ている。
俺もワケがわからないと、視線を返す。

と、通りを歩いていた男子高校生の一団が親父を見てヤジを飛ばして来た。
「やべー」
「きもー」
「くせー」

親父の動きがピタリと止まる。
聴衆の間に緊張が走る。
ミッキーマウスな親父はスタスタと高校生の一団に近付いて行った。
そうか、親父これはチャンスだ!
ここでヤジを上手くかわす事が出来れば信頼の回復が見込める!

そう思った矢先、
親父が持っていた金属バットで高校生のドタマをかち割った。
ぱっかーん!
あっけにとられた我々を尻目に、
親父は2人、3人と高校生の頭をかち割る。
かち割られた男子高校生達が何かを噴き出しながらバタバタ路上に倒れ伏していく。

あ。
だよね。
やっぱ。
親父、可笑しくなっちゃってたんだね。

俺は親父の凶行を見ながら妙に納得してしまった。
母は気を失った。
妹は泣き叫んでいる。
親父は高校生だけでは飽き足らず、他の一般市民の頭をかち割っている。

思い返せば、
出馬したいと言い出したくらいからもう駄目だったのかも知れないな、
と今回の総括をしてみる俺。

ミッキーの殺戮ショーはまだまだ終わる気配が無い。

とりあえずお袋と妹をキャンピングカーに乗せ、
親父から離すとしよう。

いつ俺達を襲うかわからないし。




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眠れない夜に

老若男女問わず笑顔で楽しむ事が出来る惨劇をモットーに、短編小説を書いています。