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小説「煙突掃除のヒューイ」

オイラはヒューイ。ロンドンで煙突掃除をしているんだ。両親に捨てられて身寄りのなかったオイラを清掃業者をやってる親方が拾ってくれて、煙突掃除になったんだ。朝から晩まで働いて、今じゃ親方の一番弟子になったんだぜ。7歳で親方に仕事任されてるのなんて、オイラくらいなんだ。オイラの仕事は、毎日煙突に入って中をピカピカにする事。中に溜まった煤を綺麗に取らなきゃ、暖炉が使えなくなっちゃうからね。まず外から煙突に登って、そこから暗い煙突の中へ入って行くんだ。ゆっくりゆっくり降りてかなきゃ危ないから、ここは物凄く気を付けるよ。足を滑らせたら一巻の終わり、暖炉まで真っ逆さまに落っこちちゃって、良くて大怪我。最悪あの世行き。足を滑らせたばっかりに、一緒に仕事ができなくなっちまった仲間はたくさんいるんだ。だからここはとっても慎重にならなきゃいけない。でもあんまりゆっくり降りすぎると、今度は親方に下から鉄の棒で突かれたりするから、ちょっとは急がなきゃいけないんだけどね。煤は鼻や口から入って来るから、煙突を一つ掃除した後なんかどこもかしこも真っ黒さ。1歳年上のデヴィッドなんか最近息がし辛くなってきたってボヤいてる。煤が原因だって言うんだ。けど、オイラ達にはこれしか仕事はないし、マッチ工場で働くよりかは遥かにマシだから、煙突掃除をやってる。親方もおっかないしね。

ある日、お金持ちのロッジさんのお屋敷の煙突を掃除した時の話なんだけどさ、奥様にご挨拶をして、オイラは煙突の天辺から中へ潜り込んだ。ゆっくりゆっくり、でも早く……。中の煤をこすり落としながら降りて行くと、煙突の途中、オイラのお尻の下辺りに何かがいる事に気付いたんだ。最初は、デッカイ煤が煙突を栓しちまってんのか?って思ったけどどうも違う。なんかが、煙突の中でモソモソ動いてるんだよ。煤で煙る暗い煙突の中でよぉ~く見ると、やっとそれが何だかわかった。人なんだ。煙突の中にオイラ以外に人がいるんだ。オイラと同じ様な煙突掃除かなって思ったけど、どうも違う。普通のオジサンなんだ。煙突の真ん中辺りに、オジサンがなんもしないでただ黙って留まってるのさ。正直、ちょっと怖かったよ。

「……オジサン、なにしてんの?」

「え? あぁ君は、煙突掃除かい?」

オジサンはスーツを着ているのに、煙突の中で少しも暑そうじゃなかった。むしろ青白い顔をしてた。

「そうさ。オイラの仕事の邪魔だから降りてくれよ」

「オジサンは、ここにいたいんだけどね」

すると、拍子抜けする程子気味いい音が聞こえて来た。オジサンはスーツの内ポケットから眩しいくらい光る小さな電話を取り出し「あぁあ!」と言いながら光る画面を叩く画面はすぐに暗くなった。「うるせぇなぁ……城島、あいつうるせぇなぁ……」オジサンはとてもイライラしている感じに見えた。

「ロッジさんはオジサンの事知ってるの?」

「ロッジさん?」

「この家のご主人だよ」

「知らないよ」

「じゃあ、人の煙突に勝手に入っちゃダメじゃないか」

オイラがそういうと、オジサンはふふんと鼻を鳴らす。

「オジサンはね、かんぽ生命のセールスマンなんだよ」

突然なんか話し始めた。オジサンの顔は怖い位、真っ黒だ。

「色んな家に生命保険を売り歩いているのさ。郵便局が売ってるやつ。知ってる?」

特に聞いてなかったけど、オジサンは話し続ける。

「でも全然売れなくてね、上司にこっ酷く怒られて、ノルマがきついんだよ郵便局って。年賀状もそうなんだけどさ。だから毎日売り歩くために歩きっぱなしで、働きっぱなし」

オジサンは爛爛とした目で下から僕を見つめながら話し続ける。

「それでね、もう全てが嫌になってしまったんだよ。仕事場に行きたくないし、誰にも会いたくなくなってね」

「だから入ったの? ロッジさんの煙突に?」

「そうだね」

「どっか空き家の煙突に入れば?」

「金持ちの煙突の方が良いんだよ。オジサンは金持ちの煙突に隠れたいんだ」

「どうして?」

「どうしてもさ」

埒が明かないから、親方と協力してオジサンを鉄の棒で突き回して無理矢理煙突から追い出した。「痛い! 痛いよ!」可哀そうだけど、オジサンの煙突じゃないんだしオイラ達は心を鬼にして、グイグイ突いた。「わかった! 出るよ、出るから突かないで!」煙突から追い出された煤で汚れたオジサンは恨めしそうにオイラを見ながら「ここしか居場所が無かったのに……もう、死ぬしかないかもなぁ! そしたら君のせいかもしれないなぁ!」と大声で叫び、夜のロンドンに消えて行った。初めて煙突に人が隠れていたのを見た日だったよ。

それが2週間前の話で、今じゃ毎日煙突の中に誰かが詰まってるんだ。必ず1~2は中にスーツを着たサラリーマンがいるんだよ。皆暗い顔をして、煤で真っ黒になったまま煙突の中にじーっとしてる。それを親方が鉄の棒で突っついて出て行かせるんだ。汚れたサラリーマン達がその後どうなったかは知らない。また会社に戻ったのか、それとも別の金持ちの煙突に入ったのか。

昨日のジャニスンさんの煙突なんか、大人が3人も詰まってた。何してる人?って聞いたら「広告代理店にねぇ、勤めていたんだけどねぇ」って年配の1人が言って来たんだ。ただ、どこの広告代理店なのかはあまり言いたくなさそうだったから、それ以上は聞かなかった。オジサン2人と、お姉さんが1人。3人が煙突で煤まみれになりながら、じっと身を寄せ合ってじっとしてるんだ。オイラが見つけた時にはもう真っ黒だった。もしかしたら、結構長い期間ここにいたのかも知れない。追い出そうとしたけど、さすがに3人もいると、向こうも結構強気だ。「出ていくつもりは無いよ~」一番年上っぽいオジサンが優しい声で、でも目は全く笑ってない感じでオイラに言うんだ。

「こんな所、身体に良くないですよ?」

「会社にいる方がよっぽど身体に良くないのよ」

仲間の1人、お姉さんの顔は目だけが白くて、他は真っ黒だった。どう説得しても3人は出て行ってくれなかったから、仕方なくいつもの様にオイラと親方は鉄の棒で突っついた。でも、3人は動かない。3人集まった事で、気が強くなったみたいだった。「こんなの部長のパワハラに比べたら、なぁ?」オジサンが突かれながらも笑いながら他の2人に話しかける。「ええ、そうですよね。こんなの、私全然平気です!」お姉さんもエヘエヘ笑いながら親方の突っつきに耐えていた。

「だってこの人達本気じゃないもの」お姉さんは笑う。「あぁそうだね、本気じゃないね」オジサンも笑う。オジサンとお姉さん達には鉄の棒は効かなかった。「部長なんか殺しに来るもんなぁ? 死ねって言ってくるもんなぁ?」オジサンは遠い目をして、余程その上司が嫌いだったのか目が潤んでいた。「そうですよ!」お姉さんと残りの1人も泣いていた。

3人がとても不幸な目にあっていたのはわかったけれど、これじゃ仕事になりゃしない。困った親方は遂に最後の手段に出た。それは下の暖炉の、火を起こす事だった。勿論本来だったら絶対にやっちゃいけない事だけど、オイラ達だって仕事なんだ。これ以上時間をかけちゃいられない。だから、親方は暖炉の火を起こした。パチパチパチパチ……。下から上がって来る熱波が3人を襲う。「あちちちちち!」さすがの3人も炎の熱には耐えきれず、やっと煙突から出て行ってくれた。オジサン達3人は、真っ黒になったままロンドンの闇に溶けていく。真っ黒だから、あっという間に溶けていく。そして闇の中から「もう精神科通院したくないんだよなぁ~!」って声がちょっと聞こえた。

そして昨日。ヴィジットさんのお屋敷の煙突に入ろうとして、オイラは心底驚いた。何故かって、下からも上からもヴィジットさんの煙突に入れなかったからなんだ。だってビッチリ、隙間が無い位サラリーマンと女の人がギッシリ詰まってるんだもの! オイラの入る隙間なんて何処にもなかった。それでも掃除をしなきゃいけないから、下と上の話が出来そうな人に話しかけてみた。なんでこんな所に入ってるんですか? 1回外の新鮮な空気を吸いませんか? 灰の塊みたいになった人達を一生懸命説得してみたけど、中の人達は一向に出て来ない。彼らはとっても強気だった。

オイラが出て行けしか言わないんだってわかると、途端に煙突の人達はオイラと口を利かなくなった。一切声を出さなくなった。みんな黒い石みたいに固くなってピクリとも動かない。目も開かない。親方が鉄の棒で上から下からグイグイ突いた。でも無駄だった。オジサンもオバサンもお兄さんもお姉さんも、鉄の棒くらいじゃ眉毛一本動かさないんだ。だから、親方は下から火をつけたんだよ。これなら出て行くだろう、オイラも親方もそう信じてた。暖炉に火を灯し煙突を熱する。でも、彼らは出なかった。火に炙られたまま、一歩も動く事なく煙突の中で、炭になっちゃったんだ。

炭を掻き出しながら、親方はこれで煙突が掃除できると嬉しそうだったけど、オイラは嬉しく無かった、心がどんより沈んで目の前が暗くなったんだ。

煙突から舞い上がる灰と煤で、オイラも親方も、このお屋敷も、ロンドンも黒く煤けていく。どこもかしこも、真っ黒なんだよ。

もう全部が嫌になったのさ。

だから、だからね、オイラこの煙突に入ったんだ。煙突掃除の仕事って真っ黒だし、もう親方に会いたくなかったし。親方のパワハラ物凄いからさぁ。すぐ死ねとか殺すとかいうんだよ。

けど、まさか煙突に入ったら、お兄さんが先にいるなんて思わなかったよ。邪魔しちゃってゴメンね。お兄さんはさ、何の仕事をしてた人なの? 居酒屋? 居酒屋で働いてたんだ。チェーン店ってなに? 過労? 大変だぁ。でもここなら安心だよ。ここなら今は安全。狭くて暗くて煤けてるけど、誰も来ないから。煙突掃除の時以外は。






老若男女問わず笑顔で楽しむ事が出来る惨劇をモットーに、短編小説を書いています。