花火職人と包丁職人:クリエイターとエンジニア、それぞれの風景
驚くほど頭硬い!には理由がある
あるクリエイティビティで名を馳せるシステム会社の人とブレストをしたときの話です。確か、僕が前職の広告代理店をやめて間もない頃だったと思います。ポストイットを大量に持ち込んで、いつもの感じでブレストをしたんですが、広告代理店出身の人間からみると、そのシステム会社のアイディアというのが、拍子抜けするほど硬かった。失礼承知で言えば、どれも面白くなかったんです。以来、色々なシステム会社の方とアイディアブレストをしていますが、その印象は正直、まだ変わりません。フリーディスカッションをしていても、とにかく硬い。最も文化的に違う、不思議な感覚でした。
会議も、議事録も、とにかく硬い。見た目オシャレなオフィスで議論しているんですが、アイディアの幅が狭いというか、堅実なんです。見た目はTシャツでピアスのエンジニアも、とにかくきっちりしている。はじめは広告代理店の人間から見た先入観かと思ったんですが、そうでもなさそうです。
逆に、彼らから見た当時の僕は、荒唐無稽だったり、理想主義だったり、抽象的だったりと、ふわふわ、どこにいくかわからない議論をしているように見えたかもしれません。前に言っていたことを何の衒いもなく覆すようなことを言ったり、躊躇なく計画変更や修正を言い出す僕の姿は、システム会社の人から見ると、とてつもなくテキトーに見えたのではないかと、今考えても恥ずかしくて胃が痛くなります。とはいえ、今もあまり変わっていないようにも思いますが。
で、ある時、気がついたんです。クリエイターとシステムエンジニアが、交差するはずのない2本のレールにそれぞれ乗っているんだ、という現実に。互いにぶつかることすらない、2本の平行線に、同じ方向を向いて歩いているこの状態、それに気づいたのは、システムの動作テストの最中でした。
「バグ」と「クリエイティビティ」の皮肉な相関
システム開発では、とにかく同じようなことを機械にやらせて、虱潰しに不良点を直していくという「バグ潰し」の儀式が不可避です。それは、もはやモグラ叩きというレベルではなく、秋の満月に大量に羽化した羽蟻を潰していくような、とにかく根気のいる神経戦で、なんとか治ったと思ったら別の問題が出てくる、テストしたら止まった、異常値が出た、その繰り返しに耐えたシステムだけが「検収」(お客様のOK)を経、晴れて本番リリース(実際にサービスが使われる状態に切り替えられる)となります。
このテストのパターン組み合わせとバグの数、何に比例して増えるかというと、ズバリそれが「クリエイティビティ」なんです。
システムは、すでに過去経験のある仕組みやその応用・組み合わせ程度であれば、問題の起こる箇所は特定しやすいので、バグも制御しやすく、テストで注意すべき箇所や、問題が起こってもその原因はある程度予想しやすいものになります。一方、過去に前例のない未知のものを作れば作るほど、想定外の問題が発生する確率が高まりますし、問題が起こったときにも、その原因を特定する難易度は飛躍的に高まります。そして、やっと特定した問題を直しても、別な問題を引き起こしてしまったりと、クリエイティビティとは「泥の沼の入り口」である、ということが、この業界に来てようやく肌身でわかるようになってきました。
さらに、このシステムの業界は「人月単価」というニンク商売が今も商習慣なので、バグが増える=工数が増える=納期が伸びる=コストがかさむという恐怖と同期し、さらには背後に「瑕疵担保責任」という谷底へ後ずさりするような恐怖が待っているという状態に追い込まれます。ゆえに、おのずと「クリエイティビティ」=「泥沼」「谷底」がリンクしやすい構造のようなのです。
花火職人と包丁職人
一方で、広告代理店の存在意義はどこにあるかというと、その「クリエイティビティ」そのものです。クリエイターはクライアントに「それ見たことある」「で?」と言われることを何よりも恐れます。誰にも思いつかない視点で、新しいアイディアを無尽蔵に生み出せるから、クライアントは広告代理店に高いお金を払うし、そうでなければ広告代理店のべらぼうに高い報酬に納得してもらえないでしょう。そのために、広告代理店のクリエイターは異業種の広告をたくさん経験し、同じ業界にいると見えない知見やアイディアを吸収しながら、その応用機会をいつも考えています。そして、その一瞬の爆発力が広告のインパクトになり、視聴率になり、カンヌの賞になり、名誉になる。
できるだけ今までにないものを考える宿命にあるクリエイターと、できるだけ今までの応用でリスクを避けたいエンジニア。何が根本的に違うかというと、花火職人と包丁職人の違い、という喩えはどうでしょう。
広告会社は、一瞬の爆発の美しさに命をかける花火職人。でも、燃やしたあとは知らない。システム会社は、毎日使い続けてもらうことを考えて、そのために何度も何度も熱い鉄を打ちつけ鍛える包丁職人。
包丁は便利ですが、電動スライサーは便利で、使うと手放せなくなりますね。花火もきれいですが、海辺の花火大会の翌朝は、失神した海辺の魚が打ち上げられて浜の掃除が大変です。何か考えなきゃ、と思います。
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