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心はクモの巣の様に。

心の中には無数の糸が張り巡らされていて
まるで獲物を捉えるクモの巣の様に
複雑にそして強弱を付けて絡み合っている。
それは、やはりクモの巣の様に狙う標的には
見えない様に工夫されている。
しかし、気づけば自分でも絡まってしまうほど
複雑な作りになっている。
子供の頃は糸がピンと1本だけ張っているだけだった様な気がする。
それはとても張りすぎていて切れやすいが
芯があり太くとても獲物を捉えられる様に
糸が見えない為の工夫は施されていない。
これはとてもシンプルな作りだ。
来る者を拒まず、恐れる者は立ち入らない。
いともたやすく、くぐり抜けることができる。

いつから複雑になってしまったのだろうか。
社会の波に揉まれる中で防衛本能が働き
心に1本、2本、3本と増やしていったのかもしれない。
この世の中、糸が多くなればなるほど身動きがとれなくなる。
そうして、作ってしまった巨大なクモの巣は
やがて自らの棲みかとなる。
世間とはその糸を通して繋がる。
そんな糸をくぐり抜けてくる人はほとんどいなくなった。
張り巡らした糸を抜けてくる者は、ある種の恐怖を感じることすらある。
何を恐れているのかは分からない。
くぐり抜けられた先には真の自分がいるだけなのに。
みんな、きっと気づくだろう。
気づいてないだけで心はクモの巣になっていて
がんじがらめになっている。
くぐり抜けられるのは真の自分を知っている人か、真の自分をさらけ出した人だけだ。
蜘蛛だって環境によって糸の張り方を変える。
何を恐れているのか人間は。
生物において余分な知恵をつけすぎたのかもしれない。
なんせ、子供の頃は糸の張り方さえ知らない。
本能的に張れる糸は1本だろう。
知恵を付け、自らがんじがらめになる。
そうして、最後は誰も近寄りがたいほどに
複雑な人間が出来上がるのだ。




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