So Many Stars 【短編ラブストーリー】
「ねえねえ、ふたご座流星群って知ってる?」
マユが白い息を吐きながら尋ねる。
「今頃が一番いっぱい流れるんだって。こないだテレビでやってた。」
「そうみたいだね。」
タイチは満天の星空を見渡しながら答える。
12月の旅客船ターミナル。夜の桟橋は一際寒さが増してきている。ベンチに座った二人の手の中の缶コーヒーも、すっかり冷え切っていた。
「ふたご座ってどこにあるのかな。」
「んー、たぶんあそこらへん。」
タイチは空を指差す。
「明るい二つの星、カストルとポルックス。」
「え、なんかよくわかんない。」
マユがため息をつく。
それに構わず、タイチは指を空に滑らした。
「こっちの方はおうし座。一番明るい星がアルデバラン。」
「あ、その星知ってる!AIが歌ってるよね!」
ポップスが好きなマユは、嬉しそうに指差す方を見つめる。
「それで、こっちの方にぼやっと滲んだような星があるでしょ?あれがスバル。いくつもの星が集まってできてるんだ。」
「なんか昔の歌にあったよね。タイチ、星のこと、詳しいんだ。」
「まあね。」
はにかみながらタイチは言った。
「子供の頃から星とか、宇宙とか、好きだったな。望遠鏡で月を覗いたりしてた。」
「ふうん。あ、あの星座は私も知ってるよ!オリオン座。」
嬉しそうにマユがタイチを振り返る。
「そうだね。あの端っこの明るい星がペテルギウスだな。」
「えっ?ペテルギウス? “ベ”テルギウスでしょ?」
「何言ってんの、”ぺ”テルギウスだよ。」
「だって、優里が歌ってるよ。ベテルギウス。」
急いでタイチはスマホで調べはじめた。
「ほんとだ。綴りからすると“ベ“だね。」
「小さい頃からずっとまちがってたのね。」
マユが勝ち誇ったように笑う。
悔しいが、認めるしかない。タイチが気落ちしていると、突然マユが叫んだ。
「あっ、光った!」
空を指差す。流れ星が流れたらしい。
「ふたご座流星群の元になってる星って知ってるかい?」
さっきの照れ隠しなのか、タイチは少しムキになって言った。
「ファエトンっていう彗星なんだ。でももう尾を出す事はできない彗星なんだけど。」
「ふうん、でもなんか夢のない話ね。」
あまり関心なさそうにマユが言う。
「それじゃ、こんな話はどうかな?むかしむかし、神様がほうき星を作ったとき、『願いの種』をかためて作ったんだ。ほうき星は自分の身を削りながら種を空に撒く。種が地上に落ちるとき、光り輝く流れ星になるので、その時に人びとが祈れば願いが叶う。でもほうき星は自分の身を削らなくちゃいけないので、神様はそのかわり、誰もが羨む綺麗な尾っぽをつけてあげたんだとさ。」
マユが驚くようにタイチを見る。
「なんかちょっと素敵な話ね。よく知ってたわね、そんな話。」
「昔何かの童話で読んだのさ。確かあれは…」
「あ、また光った!」
タイチの話を遮るようにマユが叫ぶ。
「ああ、もう!いくらたくさん流れるからって、こんなあっという間じゃ、お願い事、できないじゃない!」
不機嫌そうなマユを見ながら、タイチは聞こうとした言葉を飲み込んだ。
…君はいったい、なにを願おうとしているの?…
〜〜〜〜〜
「そろそろ行かなくちゃ。」
マユが立ち上がりながら言った。
「そうだね。もう出港の時間か。」
「あなたはどうするの?」
別の桟橋の船をタイチが指差す。
「とりあえず、あれに乗る事にするよ。のんびりいくさ。」
これまで二人は一緒に長い船旅を続けてきた。けれど、旅はいつかは終わる。旅の途中から、マユがほかの船に乗りたがっていた事に、タイチは気づいていた。そしてそれぞれの新天地を探す旅が始まることを、ようやく受け入れられるようになったのだ。
「じゃあね。」
「ああ、元気で。」
振り返りもせず、足早にマユは船に乗り込む。その背中を見送りながら、タイチは一人呟いた。
「さて…これからどうするかな…」
とりあえず別の船に乗るとは言ったけど、これからどこに向かうのかは、なにも決めていなかった。
「新しい星を見つけなきゃ。」
タイチは歩き出しながらもう一度星を見上げた。ペテルギウス…もとい、ベテルギウスが、まるでスバルのように滲んで輝いていた。
[了]
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