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47.高齢労働者支援の落とし穴

はじめに

高齢化が急速に進行している我が国において、労働現場においても高齢労働者数や、労働者の中で高齢労働者の占める割合も増加傾向にあります。

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また、2013年4月の「高年齢者雇用安定法」の改正によって、2025年4月から全企業に「65歳まで定年年齢の引き上げ」「希望者全員を対象にした、65歳までの継続雇用制度を導入」「定年制の廃止」のいずれかの措置が義務付けられます。それに先立つ2021年4月から、企業は70歳までの就業機会確保が努力義務となります。その際、同じ企業での継続雇用以外に、70歳まで継続的に業務委託契約する制度、NPO活動などへ継続的に従事できる制度の導入といった選択肢も追加されます。(定年が70歳になる?70歳までの就業機会確保に向けたポイントや対応策を詳しく解説します

厚生労働省としても、「働く高齢者の特性に配慮したエイジフレンドリーな職場づくりを進めましょう」と銘打ち、「エイジフレンドリーガイドライン」や、「エイジフレンドリー補助金」を出すなどして、高齢労働者の就労支援を積極的に推進しています。

加齢とともに健康上の問題を抱える労働者は増えていきますので、産業保健活動において、高齢労働者の就労支援、高齢労働者でも働けるような職場環境形成を行っていく必要があります。企業側も高齢労働者雇用において健康確保(健康維持)の重要性を当然ある程度認識していると思います。これまでは、比較的健康な高齢者のみが働き続ける時代から、比較的不健康な(病気抱えた高齢者も労働現場には多く存在する社会になろうとしています。またその中には、労働意欲が高い方ばかりではなく、経済的な事情から働かざるをえない方もいる点には注意が必要です。産業医の亀田高志氏の指摘するように「人生100年時代」が叫ばれる時代に「70歳でも働くこと」は標準的なものとなることも予想されるでしょう(資料13)。このような中で、労働者の健康を支援する産業保健職の役割はさらに重要になっていくでしょう。そこで、本記事では高齢労働者支援における落とし穴をご説明していきます。

作業に人を合わせる落とし穴

産業保健の目的である「適正配置」という考え方では、「作業に人を合わせる」のではなく、「人に作業を合わせる」ことがとても重要です。前者の「作業に人を合わせる」考え方では、作業に対して、それができる人を当てはめることになり、たとえば、若く頑強な人が当てはめられます(人を調整する)。ここに高齢労働者が当てはめられれば、作業にフィットせず、怪我をしたり病気になることもありえます。若い人にしかできないような作業は、高齢の方には不向きな作業となります。逆に、後者の「人に作業を合わせる」考え方では、高齢労働者も含む様々な労働者に対して、作業を合わせていくということになります(作業を調整する)。人に作業を合わせる考え方で、職場環境や作業方法を改善していけば、結果として高齢労働者も働きやすくなります。普段から「作業に人を合わせる」考え方の企業では、高齢労働者が働きやすい職場環境は形成されていきませんので、産業保健職は普段から、「人に作業を合わせる」という考え方を現場に落とし込んでいく必要があるのだと思います。これは以下の記事でも言及している通り、女性労働者や、障害のある労働者においても同じことが言えます。
参考:「人を仕事に適合させるという落とし穴
   「女性労働者支援の落とし穴
   「障害のある労働者支援の落とし穴

個人差の落とし穴

一般的に加齢によって人の運動能力や視力・聴力・体力、精神機能、労働意欲などの労働能力は低下しますが、その実態は個人差の拡大です(下図参照)。人の仕事の適合(マッチング)を図る産業保健として言い換えれば、高齢になるほどバラつきが大きくなる労働能力と、仕事とのミスマッチを防ぐことが求められると言えます。高齢労働者だからというレッテルを貼るのではなく、それぞれの労働者に応じた対応を行うように注意してください。

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エイジアクション100の76ページより

重症度合いの落とし穴

人生100年時代に70歳でも働くようになるとは言っても、一般的な職域世代(18-60歳)とは異なり、60歳を超えてくると多くの疾患の発症率・有病率が変わってきますし、健康問題の重症度合いが変わってきます。例えば、脳卒中や心筋梗塞など血管疾患や、種々のがん、COPD、心不全、心房細動、認知症といったものが挙げられます。また、暑熱・寒冷作業や重筋作業に対する脆弱性も考えられます。さらには、新型コロナウイルスのような感染症に対する脆弱性(重症化リスク)も考慮する必要があります。これらの健康の問題はときに命に関わることもあり、高齢労働者の健康状態はときに重大な経営問題(安全配慮義務違反・労働災害・事故)にも繋がりえます。産業保健職としてやることは基本的に変わりませんが、予見性が高いからこそ、助言のトーンを変えることは必要かもしれません。また、すでに一部では運転手に対する脳ドックが導入されたように、今後、特定の業務によっては労働能力を評価するための健康に関する検査が求められるようになってくるかもしれません(東京都交通局、都営バスの全運転手にMRI検査を実施へ)。たとえば、認知症の検査が挙げられます(認知機能検査の方法及び内容 - 高齢運転者支援サイト)一方で、不合理な検査は許容されるべきではないと思います。高齢労働者だからといって、職場の不合理な検査がなされないようにも注意する必要があると思います(個人的には、バス運転手に対するMRI検査も反対派です。
(参考:「バス運転手の頭部MRI義務化って意味ある?」日経メディカルへのログインが必要な記事です)。

高齢になってからアプローチする落とし穴

高齢になっても働くためには、働けるような健康状態を維持することが重要であることは言うまでもありません。(下図の65歳以降も働く際の基準の1番目に健康上支障がないこと」となっています)

高年齢者の雇用に関する調査(企業調査)独立行政法人労働政策研究・研修機構2020年3月31日

しかし、高齢になってから支援しても健康は取り戻せるものではありません。60歳になっても65歳になっても、70歳になっても働けるような健康状態を維持するためには、1次予防としての若い時からのアプローチが必要になってきます。産業保健活動は全てがつながり、連動していますので、全年代の健康を支援することが結果的に、高齢になっても働けるようにな健康支援ということになります。社会全体が高齢化していくことは明白です(ドラッカーのいう「すでに起こった未来」)。高齢の労働力も活かすことが企業としても求められます。とは言っても、なかなか若年世代は健康問題が顕在化してきませんので、その世代には健康支援は響きにくいのが難しいところです。そのため、40歳ころから段階的に、節目節目で支援・介入を深めていく方法を有効になっていくでしょう。
エイジアクション100の59ページ「高齢期に健康で安全に働くことができるようにするための若年時からの準備(エイジ・マネジメント)」も参照)

健診で再雇用を評価する落とし穴

再雇用する際には、働ける健康状態であるかどうかは、健康診断で確認することが一般的にされていることでしょう。しかし、労働安全衛生法に定められた健康診断は、働けるかどうか(労務適正評価)を行なっていても、ターゲットは結核や血管疾患がメインです(参照「健診の目的の落とし穴」)。加齢による視力や筋力、敏捷性、柔軟性などの身体機能の低下を評価することは意図されていません。健診結果を再雇用基準に用いることは、本来の目的に合致しておらず、過大/過小評価に繋がりますので注意してください。
なお、厚生労働省の示す高年齢者雇用安定法Q&Aでは継続雇用の就業規則例として以下のように「直近の健康診断の結果、業務遂行に問題がないこと」と示されていますが、健康診断で業務遂行を評価できる範囲は非常に限定的ですし、特に高齢労働者において低下しやすい業務遂行に関する能力には十分には対応していないことに注意してください。

(中略)65歳まで継続雇用し、基準のいずれかを満たさない者については、基準の適用年齢まで継続雇用する。
(1)引き続き勤務することを希望している者
(2)過去○年間の出勤率が○%以上の者
(3)直近の健康診断の結果、業務遂行に問題がないこと
(4)○○○○

厚生労働省. 高年齢者雇用安定法Q&A

健康差別の落とし穴

高年齢者雇用安定法Q&Aには、継続雇用しない条件として、以下のことが示されています。

心身の故障のため業務に堪えられないと認められること、勤務状況が著しく不良で引き続き従業員としての職責を果たし得ないこと等就業規則に定める解雇事由又は退職事由(年齢に係るものを除く。)に該当する場合には、継続雇用しないことができます。ただし、継続雇用しないことについては、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であることが求められると考えられることに留意が必要です。

高年齢者雇用安定法Q&A

また、「継続雇用を行う場合の留意点」(BUSSINES LAWYERS)では、以下のことが示されています。

②「継続雇用しないことができる事由」に関する指針の意義
 「継続雇用しないことができる事由」に関して、前述の改正高年法指針によれば、実質的には、労働契約法16条の解雇有効要件を満たさない限り再雇用制度が適用されることになります。もともと高年齢者雇用安定法改正によって使用者の解雇権が手を縛られることはない訳で、この「継続雇用しないことができる事由」に関する上記指針が機能する場面は、極めて限定されます。

継続雇用を行う場合の留意点」(BUSSINES LAWYERS)

つまり、高齢労働者を継続雇用する際において、健康上支障ないかどうかは最大懸念事項であるにも関わらず、よほどの健康状態(ほとんど出勤できていない)や、特定の業務遂行ができない健康状態(運転業務ができない、筋骨格系疾患などで見回りができない)でなければ、健康条件で継続雇用しないと判断することは実質的には難しいと思われます。
実際の現場では、継続雇用(定年延長)するかどうか、というよりも、それ以前から就労状態が不安定な方が、定年のタイミングで就労の継続が難しいという話になることが多いのかもしれません。

ブラック産業医の落とし穴

産業医は就業を制限する存在?という落とし穴」でも言及した通り、産業医は就業を制限する立場ではなく、就労を支援する立場であり、どのようななことをすれば就労が継続できるかを考える立場です。高齢労働者に対してもこれは同じです。しかし、悲しいことに人事担当者などから、「もう働けないと本人に伝えて欲しい」「腰痛ばかり訴えているような労働者はやめさせたい、産業医からも説得して欲しい」というような依頼をされるケースもあります。しかし、産業保健職がこのような、労働者を解雇する対応に関わらないように注意が必要です。

どのような条件で定年後に就労継続をするかは、事業者と労働者の合意で決めるものです。以下のQAもご参照ください。ここで、産業保健職が下手に巻き込まれないことが大切だと思います。例えば、「産業医(または保健師)が無理と言っているので、週3日の条件で雇用延長したい」というような形で引き合いにだされるパターンです。「人事連携の落とし穴」でも言及した通り、産業保健職としては解雇案件に深入りしないことをお勧めします。また、産業保健職には直接関与はしませんが、再雇用の労働条件はどうすればよいか、については同一労働同一賃金の適用が広がっていることも知っておくとよいでしょう(定年後再雇用「同一職務で賃金差別は違法」(agriweb))。
高年法に基づく継続雇用制度において、再雇用を拒否された労働者について、継続雇用基準を満たしていたとして、有期労働契約の雇止めに関する判例法理に基づき、再雇用を認めた判決が出さた「津田電気計器事件」についてもぜひご参照ください。

Q1-9: 本人と事業主の間で賃金と労働時間の条件が合意できず、継続雇用を拒否した場合も違反になるのですか。

A1-9: 高年齢者雇用安定法が求めているのは、継続雇用制度の導入であって、事業主に定年退職者の希望に合致した労働条件での雇用を義務付けるものではなく、事業主の合理的な裁量の範囲の条件を提示していれば、労働者と事業主との間で労働条件等についての合意が得られず、結果的に労働者が継続雇用されることを拒否したとしても、高年齢者雇用安定法違反となるものではありません。

厚生労働省. 高年齢者雇用安定法Q&A

高齢者対策のための基本的戦略

産業保健には、事業者の安全配慮義務または健康配慮義務を果たすための4つのステップから成る、基本的戦略は以下の通りです。(資料13

産業保健の4つのステップ
1 健康障害要因に対するリスクを許容レベル以下にする
2 例外的労働者への就業上の配慮
3 労働者の職務適性向上のための健康増進
4 見落としや予期せぬばく露による健康障害発生の評価
(資料13を筆者改変)

1. ほとんどすべての労働者が健康障害を生じないレベルにする
例として、高年齢労働者に多い転倒・腰痛等の労働災害防止対策、作業負荷を軽減するための取組など

2. 高齢による就業能力が大きく低下した労働者への就業上の配慮の検討

3. 若年世代も含めた労働者集団に対する就業能力の維持・向上の施策
例として、加齢による身体機能の低下の自覚を促すための安全衛生教育や健康診断などを利用した筋力テスト、体力作り、がん・血管疾患予防・生活習慣改善など
    
4. 健康診断や個別面談などによる見落とされた健康障害の評価

参考になる書籍・資料リンク

本記事は特に、資料1を参考にしております。
1. 日本産業衛生学会エイジマネジメント研究会 (著), 神代 雅晴 (編集)高齢者雇用に役立つエイジマネジメント―生涯現役社会実現のための産業保健からのアプローチ
2.「Aging and Work」ConferenceⅡ 討議概要(書籍レベルで読み応えがあります)
3. 高年齢者雇用確保措置の実施及び運用に関する指針平成 24 年 11 月 9 日厚生労働省告示第 560 号
4. 人生100年時代に向けた高年齢労働者の安全と健康に関する有識者会議報告書(概要)(厚生労働省)
5. トラブルの多い社員が定年退職後の再雇用を求めてくる。(弁護士法人四谷麹町法律事務所)
6. 高年齢労働者の雇用・就業と労働災害の現状高年齢者の雇用に関する調査(企業調査)独立行政法人労働政策研究・研修機構
7. 平成30年版高齢社会白書(全体版)
8. 高年齢労働者対策について(現状)
9. エイジフレンドリー職場(中央労働災害防止協会)
10. エイジアクション 100~ 生涯現役社会の実現につながる高年齢労働者の安全と健康確保のための職場改善に向けて ~(中央労働災害防止協会)
11. JFEスチール株式会社 発表資料
12.【インタビュー】高年齢社員の健康管理・産業保健活動のポイント・亀田高志氏(サンポナビ)
13. 森晃爾 労働安全衛生マネジメントシステムの構築と産業保健活動(産業保健21)

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