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30.熱中症対策の落とし穴

熱中症対策は、多くの企業で必要とされる産業保健活動です。熱中症はときに命に関わる労働災害にもなりえるもので、熱中症による重大災害は絶対に防がなければなりません。しかし、齊藤宏之先生のスライドのお言葉の通り、きちんと対策を行い、適切な処置を行えば、必ず防止、あるいは軽症で済ますことができる災害です。本記事では、熱中症対策における落とし穴をご紹介します。

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暑くなってからの落とし穴

熱中症の発生が多いのは8月ですが、暑くなり始める6月頃から発生していきます。予防のための啓発のためには、まだ暑くない時期から開始することが重要です。職域でよくある時事ネタとしては、インフルエンザや花粉症についても同じことが言えます。年間計画に落とし込む際にも、少し早すぎると思えるようなタイミングで実施できるように設定する必要がありますのでご注意ください。

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2019 年職場における熱中症による死傷災害の発生状況(2020 年1月 15 日時点速報値)より引用

ハード対策の落とし穴

安全衛生の三管理としては、作業環境管理、作業管理、健康管理の順番で対応することが求められます。熱中症対策においても作業環境管理を行うことが考え方として大事です。しかし、暑熱環境の改善は、作業現場によっては費用や手間の面で非常に困難な場合があります。そうしたハード面での対策よりも、作業のやり方などのソフト面での対策の方が、スピーディーで実効性が高いと言えます。作業方法や、休憩方法、水分・塩分補給などの作業管理はすぐにでもできる対策です。時間も費用もかかる作業環境改善を待つよりも、すぐにでもできる作業管理の方が検討すべき場合がありますので、ご注意下さい。
例えば、学校現場での熱中症対策についても、クーラーを設置する対策も、もちろんとても重要ですが、いつでも休める、いつでも水分補給ができる、スポーツドリンクが飲める、といったソフト面の対策の方がすぐにできる対策です。環境面の対策推進も重要ですが、教育現場における悪しき慣習の改善の方が急務だと個人的には思っています。

産業保健職ありきのフローという落とし穴

熱中症対策において、「熱中症発生時の対応フロー」を備えている企業は多いと思いますが、このフローに産業保健職を入れることには注意が必要です。熱中症は命に関わる病態ですし、最初は大丈夫だと思ってたのに突然悪化してしまうこともあります。1分1秒を争うような病態にもなりえる中で、産業保健職が対応することで搬送を遅らせることは望ましくありません。そして、多くの産業保健機能は、治療するような機器を備えてはいません。過去の記事でも述べましたが、産業保健職は、基本的に診断や治療をするものではありません。また、夜間や土日も稼働しているような現場においては、常勤の産業保健職であっても、いない時間帯の方が圧倒的に多いです(およそ1/3~1/4の時間しか事業所にはいません)。安全衛生活動において仕組みづくりは重要ですが、産業保健職ありきの仕組みにしないことが、特に熱中症発生時の対応フローにおいてはとても重要ですのでご注意ください。緊急時の対応は現場で判断できるような衛生教育を行うことが望まれます。(「応急処置対策の落とし穴」も参照)

非定常作業

熱中症は非定常作業においても発生します。そして、非定常作業は、日常的に反復・継続して行われることが少ないことなどから、作業者が当該作業に習熟していない場合が多いことや、設備および管理面でややもすると事前の検討が十分に行われていないことなどが災害の要因として指摘されています。暑熱現場で普段から作業しない労働者は、暑熱順化しにくい状況にあり、逆に熱中症のリスクが高いとも言えます。普段から定常業務として暑熱現場で働く方だけではなく、たまにしか暑熱現場に行かない方にも啓発する必要がありますのでご注意ください。さらに、一人作業による非定常作業は、熱中症発生時に発見が遅れ、重篤化するリスクがありますので、特にご注意ください。

暑熱健診の落とし穴

「 多量の高熱物体を取り扱う業務および著しく暑熱な場所における業務」に従事している労働者は、特定業務健診を実施することになります。特殊健診の落とし穴」(記事中の過去の健康障害という落とし穴)でもご説明しましたが、急性の健康障害である熱中症については、健診では健康障害の徴候・所見は発見できません。評価できるのは対策によって低減された熱中症に関する残存リスクです。暑熱業務の特定業務健診で異常なしという判定がされても、熱中症が発生する可能性は常にありますのでご注意ください。

なお、高熱体を取り扱う業務とは、溶融又は灼熱している鉱物、煮沸されている液体等摂氏100度以上のものを取り扱う業務をいいます。
著しく暑熱な場所とは、労働者の作業する場所が乾球温度摂氏40度、湿球温度摂氏32.5度、黒球寒暖計示度摂氏50度又は感覚温度摂氏32.5度以上の場所をいいます。(茨城県産業保健総合支援センターHPより)

ゼロリスクの落とし穴

熱中症のリスクについては、暑熱環境で作業を行っている限り、どのように対策を行ってもリスクがゼロになることはありません。そのような場合は、熱中症の残留リスクがあること、そのリスクレベルはどれくらいかということを管理監督者、作業者全員が正しく認識し、日々の作業管理・健康管理等を行うことが重要です。無理にリスクレベルを下げ、リスクがなくなったように取り扱うことは、リスクアセスメントの誤った運用であることを十分認識しなければなりません。残留リスクのへの対応としては、健康リスクアセスメントを実施して個々の労働者の就業の可否等を決める方法や、暑熱作業用の衣類を利用する方法などがあります。また、リスクの高い暑熱作業を行う際の水分や塩分の摂取の基準や一連続作業時間の基準を定める方法などもあります。(資料9より抜粋・改変)

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経口補水液の落とし穴

熱中症対策として、経口補水液を設置している企業がたまにありますが、経口補水液は腸炎などの脱水時に用いるものです。塩分濃度が高く、日常的に飲むものではありませんので、運用にはご注意ください。

おまけ・熱中症に関する資料リンク

1.2019 年職場における熱中症による死傷災害の発生状況(2020 年1月 15 日時点速報値)

2.熱中症が発生する原理と有効な対策・令和元年度(2019年度)職場における熱中症予防に関する講習会

3.職場における熱中症予防対策マニュアル ( 厚生労働省)

4.熱中症を防ごう!(厚生労働省)

5.令和2年「STOP!熱中症 クールワークキャンペーン」を実施します(厚生労働省)

6.熱中症予防情報サイト(環境省)

7.熱中症を防ぐためには(環境省)

8.熱中症予防情報(国立環境研究所)

9.製造業向け 熱中症予防対策のためのリスクアセスメントマニュアル(JISHA)

10.熱中症対策 産業医の視点から (阪本直⼈、⽥中完、福⽥ 幸寛)

11.  川波祥子. 職場における熱中症の現状と予防対策. 産業医学レビュー. 2022;35(2):91.

12.スポーツ現場における熱中症対策について ~熱中症に適切に対応し、安全に競技を楽しむために~ 一般社団法人日本臨床スポーツ医学会 学術委員会内科部会 CPA 調査小委員会


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