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地方の産業保健の特徴と傾向

私は、いくつかの地方都市や東京などの全国数カ所で産業医活動を行ってきました。特に地元である某地方都市が長かったのですが、それらの経験の中で、地方の産業保健は、都会とは異なり、独特のものがあると感じました。これは多かれ少なかれ地方では共通する部分が多いように思います。それらを知ったからといって、もはやそれは構造的なものなので大きく変えることはできないのですが、知っておくことは覚悟感や心の準備感としては役に立つと思います。特に、地方の産業保健独特の難しさとしての企業を変える、動かすことの至難さは、本社のそれとは全く別物なのです。「のれんに腕押し」、「馬耳東風」、「馬の耳に念仏」、地方で何を叫んだって意味がないことがあるのだ、という前提を押さえておいてください(もちろん、これらは、かなり言い過ぎなのですが、そのくらいの期待感でもいいのかなと思っています。地方の産業保健独特の難しさがあるのです)。
 中小企業の産業保健や、分散型事業所の産業保健という話はまあよくあるのですが、地方の産業保健という話は、ほとんど世の中に出てくるような話ではないのですが、他の産業保健職と話すときには、相手の話を理解しやすくなるかもしれませんし、飲み会のネタ的にも面白いかもしれませんね。地方の産業保健をぜひネタにして広めていただければ幸いです泣笑。

地方の産業保健職だからこそ見える景色があるのです泣
都会の人たちにはこの大変さがわかっていないのです泣

この記事を読む際の注意
1. 都会と地方とでくっきり分けられるものではありません。いわば、本社と支社として分けた方がしっくりくる地域もあるかもしれません。
2. あくまで傾向であって、くっきりと分けられるものではありません。あえて、かなり極端に表現してます。
3. あくまで個人の印象です。
4. 地方をディスる気はありません。

安全衛生活動・事業活動の特徴

人事担当者が不在

地方の事業所には、間接部門(バックオフィス部門)は、最低限の人員しかいません。なので、人事担当者なる者がいません。良くて、人事総務担当者です。総務部門にまとめられており、総務、庶務、衛生、安全、人事をまとめて兼務しています。そして、人事機能があったとしても、私たちが想像するような人事権は持っていないこともあります。人事権は、現場の上司や、本社にあります。
 産業保健職的には、復職面談のような場面で、人事担当者に同席してもらうことができません。一応、人事担当者的な人は、しばしばいるのですが、人事考課や労務管理にはほとんどタッチしていません。そして、復職の仕組みもほとんど理解していません。産業医の連絡担当者が派遣社員ということもあります。人事機能云々以前の問題です。また、本社に人事機能があるため、支社側から復職の仕組みを構築しようとしても極めて困難です。就業規則をいじるなんて不可能です。最近では、本社の人事の偉い人がオンラインで対応してくれることもあるのですが、地方から何を言っても聞く耳を持ってくれないことがほとんどでしょう。地方から何かを変えようなんて、土台無理な話なのです。

安全担当者が不在

地方の事業所には、間接部門(バックオフィス部門)は、最低限の人員しかいません。なので、やはり安全担当者なる者もいません。安全部門は、到底プロフィット部門(利益を出す部門)ではありませんし、優先順位は2の次3の次です。ごちゃっとまとめられた総務部門に、衛生管理者を持ってる人はいても、安全担当者はいないことすらありえます。(製造部門があればさすがに安全担当者はいますが、多くの場合は兼任ですし、現場を離れた方だったりします)
 産業保健職的には、安全上の懸念があったとしても、それを分かってくれる方、理解者がいないのです。訴え先もなかったりします。孤軍奮闘もいいとこです。本社に言ってもなしのつぶてです。安全は軽視されがちで、ただのコストなのですから。

安全衛生活動が本社指示

地方では、安全衛生活動は低調になりがちです。なぜなら、前述のように担当者が不在であり、活動を主体的に気概をもって進めようとする方がいないからです。地方事業所で安全の予算も持っていません。その結果、安全衛生活動は、本社の指示通り、指示待ちになります。本社の安全衛生委員会の議事録を回して読むだけ、ということもあります。何か現場で改善していこうという動きにはならないのです。

産業医は法令遵守のために選任する

前述のような流れからは容易に察せられると思いますが、産業医を意図的に、明確な目的をもって、大きな期待を込めて選任することは起きにくいでしょう。盲目的に、法令で決まってるから選任しているのです。産業医が何者か、何をしてくれるのかなど、誰も説明できません。それが地方の産業医活動のスタートです。

産業医活動がルーチンになりがち

地方拠点は、産業医活動の多彩性に欠けます。健診判定、面談、衛生委員会、職場巡視という活動を毎月行うだけで、大きく活動が進むということはほぼ起きません。本社のようなダイナミックさはないんですよね。健康施策を企画したり、経営層とコミュニケーションする機会もなく、ただ本社からの指示通りに活動を遂行することななります。産業医としても、やりがいや醍醐味を感じにくかったりします。

コストがかけられない

産業医として現場の改善をいくら叫ぼうとも、地方の事業所には予算軽減はありません。一万円だって拠出するのは難しいのです。うちにはそんなお金は…、と一蹴されます。

事業所長が数年で変わる

地方拠点は事業所長が数年で変わります。数年で変わるということは、大きな変化を嫌うことや、失点は避けたがられること、得点にならない安全衛生活動には関与されないことがあげられます。休職者対応なんかにも興味が持たれません。短い任期では、いかに利益をあげるか、分かりやすい実績をあげるかが支店長の役割です。

上司が遠方

地方事業所で働く従業員の上司が東京などの都市部にいることもしばしばあります。そして、そんなしょっちゅうは地方には来ません。その結果、従業員に対するラインケアが機能しないこともあります。なので、労務管理を誰がするのか、体調確認を誰がするのか問題になりがちなんですよね。

通勤が車しかない

通勤が電車、ましてや満員電車というのは都市圏のみの話です。地方ではみんな車です、というのはかなり話として盛ってますが、車通勤の人が多くいるのが地方拠点です。そのため、眠気がある人の通勤を許可していいのか問題がしばしば起きます。運転できなければ、通勤が2倍以上の時間がかかる、もしくは事業所に辿り着けないこともありますので、安全に運転して通勤できるかどうかが死活問題になります。それと、時差出勤の話は満員電車への懸念ではなく、渋滞を避けるためということになります。従業員全員が自動車通勤の場合は、行き帰りに渋滞が発生することもあるんですよね。

除雪作業が冬の運動習慣になる

北国・雪国の場合には、除雪作業の話がけっこうよく出てきます。ジョセササイズ・除雪サイズ(Joce-Xercise)とも言うらしいです笑
前述のような通勤手段が車しかない場合には、特に、冬の運転問題が死活問題になります。


テレワークできない

テレワークの話は地方ではほとんど出ません。あれは都市部の話です。コロナが終われば、またリアル出勤になる気もします。そもそも、地方はそんな通勤時間も長くないですからね。また、コワーキングスペースが圧倒的に少なくテレワークは不向きです。

※かなり大げさに言ってます。

兼業農家がけっこういる

面談していると、兼業農家がけっこういます。先祖代々の土地を持っていて、土日には田畑を耕していたりします。平日は勤務、土日は農業・・・。いつ休む暇があるのでしょうか。趣味の延長なのかもしれませんが、農機具ってかなり高価で、借金しながら買うらしんですよね。何か大きな利益を出すためにやっているわけではなく、あくまで自分たちが食べる分くらいだったりするみたいですね。面談していると、米や野菜などの収穫物をくれたりします。いつもありがとうございます。ご馳走様です。

リワーク施設がない

都市部にはけっこう多いリワーク施設(医療リワーク、民間リワーク)が地方にはほとんど全くありません。障害者職業センターはあるんですが、それ以外の選択肢がないんですよね。それと、ついでに言えば、公務員は、障害者職業センターは利用できないんですよね。

Q4 休職中の公務員ですがリワーク支援を利用できますか?
A4 リワーク支援は雇用保険適用事業所の社員のみを対象とするプログラムのため、公務員の方はご利用いただけません。

奈良障害者職業センター
https://www.jeed.go.jp/location/chiiki/nara/q2k4vk0000045j7e.html

支店経済

支店経済都市(してんけいざいとし)は、全国規模で展開する企業の支社・支店・地域子会社が集中する都市を指す

Weblioより

地方都市の産業保健活動とは、つまるところ、支店産業保健とも言い換えることができます。支店とは、地方拠点、支局/支部/支署/分店/ブランチなど様々な言い方があります。本社と支店は異なります。前述のような人的リソースも全く異なりますし、意思決定プロセスも異なります。支店経済という言葉は、それを端的に伝えてくれる言葉だと思います。

小規模分散型が多い

支店の時点で、分散型の事業所なのですが、さらにそこから分散している場合もあります。本社のように一つの事業所で1000人ということではなく、地方の分散型事業所全体の従業員数に対して、産業保健職が割り当てられるようになります。

分散型事業場とその対策
https://www.johas.go.jp/Portals/0/data0/sanpo/sanpo21/pdf/108_p14-17.pdf

従業員の喫煙率が高い

都会と地方で学歴・教育歴に差があるというのは大袈裟すぎますが、ある意味では正しいように思います。そして、喫煙率も高かったりします。また、従業員の権利意識が都会に比べれば低いこともあるように思います(というか都会は権利意識が高い方が多いと言えるのかもしれません。権利意識が高いから悪いということではないのですが、重要な特徴の一つではあると思います)

上昇志向がない

この項も非常に大袈裟な言い方ですが、地方に残っている人と、都会に出た人では、モノの考え方が違うようにも思います。地元に残っている人と、大学から都会に出ている人では、企業の中で上昇志向(出世意欲)が異なります。いわば、地方公務員と国家公務員の違いとでも言えばいいのでしょうか。

企業に対するコミットメントは、逆に地方の方が選択肢がないため、執着する人もいたりするようにも思います。当該地域ではその企業が一番の大手のため、辞めると給料がガクッと下がるみたいなところもありますしね。

*あくまで個人的な印象であり、傾向ですので、当てはまらない人も多いことをご理解ください。

総務の下に産業保健職がつけられる

産業保健職が、組織において総務部門の下につけられることも地方では多いのかもしれません。人事権がなかったり、他部門との連携をしていなかったり、個人情報扱いに慣れてなかったりと、総務部門の下につけられることによる弊害があります。孤独な産業保健職にとって、相談相手になってくれるはずの上司が、ほとんど産業保健に理解がないと、けっこう辛いんですよね。いや、けっこうどころか、かなり辛いようです。どれだけ説明を尽くしても話が通じないということもあります。いまだに、健康経営ってなにそれ?産業医ってなにする人?という方もいるんだとか。

面談スペースがない、個人情報管理が難しい

狭い地方の拠点事業所では、産業保健職のための部屋や面談スペースがないことも多いです。デスクは総務の島に置かれたり、健康診断結果を保管するための鍵付きのキャビネットがなかったりと、活動がもろもろやりにくいんですよね。これもそれも、産業保健活動に対する理解のなさが根っこにあったりします。つらたんです。

期待値が低い

産業保健職に対して期待値が低いこともしばしばあります。本社の方針で配置されたが、そもそも産業保健職に何をお願いしてよいか分からないということもありますからね。従業員数が少ないと、純粋な産業保健活動の業務量が少ないこともあったりで、庶務的な業務を担わせられることもあります。

産業保健領域の特徴

専属産業医が少ない

産業が集積している太平洋ベルト上には、比較的地方であっても工場があるためいいのですが、それ以外の地域では、1000人を超えるような大企業がないため、専属産業医がいないんですよね。専属産業医のポストが圧倒的に少ないんです。県によっては、専属産業医を必要とする企業が2社しかないところもあるんだとか。

注意:事業所数ではなく、企業数です。
https://www.gender.go.jp/kaigi/senmon/kihon/kihon_eikyou/pdf/02_2_chosakai_todoufuken.pdf

産業衛生指導医が少ない

がく先生(@ohpforsme)のツイート画像からです。指導医が5人未満の地域が本当に多いですよね。指導医がいないわけですから、こういう地域は、次の産業医も育ちにくいんですよね。産業医がいないということは、結果的に産業看護職も育ちにくくなります。太平洋ベルトや、京浜・中京・阪神・北九州にある工業地帯(「四大工業地帯」)にやはり産業があり、そこに産業医が多く生息しているんですよね。(最近では四大ではなく三大工業地帯というらしいですが)。

https://x.com/ohpforsme/status/1601568183282171905?s=20

都会の産業衛生指導医数と研修施設数
県名   指導医数 研修施設数
東京都   142   100
福岡県   58    24
大阪府   49    21
神奈川県  44    22
愛知県   28    18

https://x.com/ohpforsme/status/1601565968358342657?s=20

お医者様扱い

地方では、まだまだ産業医のことをお医者様扱いされることが多いように思います。都会よりも地方でその傾向が強いのではないかと思います。あくまで、筆者の個人的な印象ですが、医者が少ない地域と、多い地域では扱いも違うように思います。

産業保健職の勉強会が少ない

産業保健職が少ないのですから、勉強会が少ない、学ぶ機会が少ないということも往々にしてあります。産業保健総合支援センターのセミナーしかないという声も聞かれます。一部の勉強会は開かれていても、なかなか辿り着けない場合もあると思います。日本産業衛生学会の地方会もあるのでしょうが、実際には学会には参加していない方も多いので、地方会にはそういう人は出てこないんですよね。周りに学ぶ意欲が高い人が少なければ、モチベーションが地域全体的に低調になりがちです。

産業保健職のネットワークがない

産業保健職のネットワークがない(or少ない)ということも地方の特徴です。学ぶ機会が少ないのみならず、キャリアの相談ができないこと、モチベーションを維持できない、向上心が育たないということもあるように思います。ガラスの天井みたいな頭打ち感が地方にあるのは、ネットワークの有無にも関わっているように思います。

熱い産業保健職が少ない

産業保健を専門とする方や産業衛生専門医・指導医、産業保健変態のような方、産業保健をメインで仕事している方が少ないです。熱いコアな人材がとても重要だと思うのですが…

産業保健職の人材が採用できない、リプレースできない

産業医が少ない地域では、産業医を替えようとしても替えがいないという状況に陥りがちです。そのため、あまり産業保健活動を理解していないような方は、比較的お年を召した方がやっているという場合もあります。しかし、不満があっても、替えがいなければ、法律で選任が決まっている以上は辞めてもらうわけにもいかないでしょうしね。
産業看護職を雇おうとしても、なかなか良い人材を採用できないという話もよく聞きます。応募はくるが、ほとんど産業保健経験がない人ばかりのようです。産業保健ポストが地方で少ないのだから当たり前と言えば当たり前なのですが・・・

産業保健ポストが少ない・空かない

規模の大きい企業が少ないわけですから、当然に産業保健ポストが少ないですし、なかなかポストが空かないという話も地方あるあるです。よくも悪くも、産業保健でポストを得るとそれなりに居心地がよく他にうつろうとはならないですよね。特に、他のポストにうつったから給料が増えるわけではなければ。人材流動性が低く、一つの企業に居着いてしまうことは、産業保健人材全体の流れとしてはあまりよくないと思うのですが、地方ではこの流れが淀んでしまう気がします。

産業保健ポストが安い・高給が少ない

産業保健職のポストがあったとしては、安いポストが多いのも地方産業保健の難しいところです。給料面でのキャリアアップを図ることが非常に難しいことは、スキルアップのモチベーションの維持も難しくなります。薄給では自分に投資する意欲も下がりますしね。また、その地域においてリーダーシップをとる産業保健職が出現しにくくなるということもあります。給料だけではないのですが、やはり大手で安定している方の方が、リーダーシップはとりやすいのだと思います。

転職がしにくい

地方は産業保健職の人材やポストが少ないことがあり、なかなか転職が難しいという事情があります。狭い世界ですしね。隣の企業の情報もすぐに伝わってしまいます。転職活動で動こうものなら、面接官は知り合いだったりします。企業と喧嘩別れしたら、次の転職にも影響が出るかもしれません(実際には出ないかもしれませんが・・・)。円満退職だったらいいのですが、実際には毎回そんな円満にはならないですよね。

本社の産業保健職と理解に差が出る

これまでに説明してきたような「地方の産業保健」と「都会の産業保健」は異なるのだ、ということの理解について、地方と都会の産業保健職の間でギャップが出ることがあります。なので、ちょいちょい話が噛み合わないことがあります。説明しても、やはりこれは地方で産業保健をやったことがないと肌で理解するのは難しいでしょうね。

最後に

地方の産業保健の特徴を説明してみましたが、いかがだったでしょうか?しつこくて恐縮ですが、あくまで個人の感想ですし、あくまで傾向にすぎないということに留意してください。

また、この記事は良くも悪くも地方の産業保健を記述しましたが、産業保健活動はときに無限大です。これらの特徴や傾向を分かった上で、何ができるかは産業保健職次第です。やり方によっては、地方であっても産業保健活動を進めることはできるでしょう。倦まず弛まず、粘り強くやっていきましょう。

おまけ1

当時は、地方の産業保健を盛り上げようとしていたのですが、いろいろと紆余曲折がありまして・・・

おまけ2

地方での産業保健を経験したからこそ、産業保健オンラインコミュニティ(COEDOH)を設立し、いかにして地方の孤独な産業保健職を盛り上げるかということにライフワークとして取り組んでいます。

おまけの資料

中小企業における産業医業務
https://www.mhlw.go.jp/content/11201250/001010934.pdf

中規模事業場における産業保健活動の問題と解決策

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