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講義録 茶

講義で底本にした書籍のメモ。

味・香りの美学を打ち立てようとするなら,『茶の本』はもはや東洋の古典といえるポジション.
時代背景というか、そもそもの本の目的が、「東洋を猿あつかいしてたら痛い目見ますよ、西洋はん」のスタイルなので、外国で講義するときにそのまま使っても良いけどまあ少し気を使う部分もある.

『茶の本』とは何か

この本の主目的は明確で,

西洋による東洋蔑視をいましめて,東洋に高い精神的文化があることを知らしめる

という一点に尽きる.

ただ,われわれ現在の読者がこの論調に乗っかる必要は無いと思う.
「東洋をバカにする欧米人」というイマジナリーな存在に説明をする時間はもったいないし,アカデミックな思考の持ち主にそんな愚かなステレオタイプに固執する人はいない.
だいたい,偏見を持っている人には何を説明しても無駄なので自分の書く論文の対象読者から外していいと思う.「馬鹿にどう分かりやすく説明しても,そもそも馬鹿は説明を聞いていない」というやつである.

そのあたりはフラットに読むとして,それでもやはり得るところが大きいのがこの「茶の本」のすごいところ.第一章の冒頭はあまりにも有名.

茶は薬用として始まり後飲料となる。シナにおいては八世紀に高雅な遊びの一つとして詩歌の域に達した。十五世紀に至り日本はこれを高めて一種の審美的宗教、すなわち茶道にまで進めた。茶道は日常生活の俗事の中に存する美しきものを崇拝することに基づく一種の儀式であって、純粋と調和、相互愛の神秘、社会秩序のローマン主義を諄々と教えるものである。茶道の要義は「不完全なもの」を崇拝するにある。いわゆる人生というこの不可解なもののうちに、何か可能なものを成就しようとするやさしい企てであるから。

授業で使いたくなる部分が次々に出てくる.

シナ磁器は、周知のごとく、その源は硬玉のえも言われぬ色合いを表わそうとの試みに起こり、その結果唐代には、南部の青磁と北部の白磁を生じた。陸羽は青色を茶碗に理想的な色と考えた、青色は茶の緑色を増すが白色は茶を淡紅色にしてまずそうにするから。それは彼が団茶を用いたからであった。その後宋の茶人らが粉茶を用いるに至って、彼らは濃藍色および黒褐色の重い茶碗を好んだ。明人は淹茶を用い、軽い白磁を喜んだ。

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(唐 邢窯 白瓷執壺,故宮博物院.明と違ってぽってりしている)

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(五代,907-960 越窯 秘色青瓷洗,故宮博物院.陸羽の「青色」はこの色を指す)

遣唐使,最澄あたりが日本に伝えた唐代の茶は,いわゆる団茶で,塊の茶葉を鍋で煮出して抽出する.インドでおなじみのチャイは,この煮出すスタイルの茶.

宋代は抹茶.宋代は武が抑えられ,芸術が花開く時代.贅沢な時代背景から抹茶が展開されることになる.日本の茶道の原型は宋代の茶ということになる.
唐代には白磁,青磁が生み出されるが,宋代には黒褐色の茶碗が好まれた.なぜわざわざ茶色い器を選んだのか.この質問にすっと答えられる学生はなかなか居ない.

明代には淹茶(煎茶).台湾に伝わったのはこの明代の茶.

宋西元960-1279建窯 黑釉兔毫盞

(宋 960-1279 建窯 黑釉兔毫盞,故宮博物院)

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(明 成化 鬥彩番蓮紋杯,故宮博物院)

時代ごとに茶の作り方が違って,中に入るお茶の色の違いが器の好みにも反映される.茶碗は茶が入って初めて,その美しさが開くのだ.


『茶の本』には何が書かれているのか

で,結局何が書いてあるのか.
これはなんと,岩波文庫版の目次があまりにも秀逸で,目次が茶の本の要約になっている.
第二章と第三章だけ引用.この目次だけでも岩波文庫版を持っておく価値はある.

第一章 人情の碗
第二章 茶の諸流
・茶の進化の三時期
・唐、宋、明の時代を表わす煎茶、抹茶(ひきちゃ)、淹茶(だしちゃ)
・茶道の鼻祖陸羽
・三代の茶に関する理想
・後世のシナ人には、茶は美味な飲料ではあるが理想ではない
・日本においては茶は生の術に関する宗教である
第三章 道教と禅道
・道教と禅道との関係
・道教とその後継者禅道は南方シナ精神の個人的傾向を表わす
・道教は浮世をかかるものとあきらめて、この憂世の中にも美を見いだそうと努める
・禅道は道教の教えを強調している
・精進静慮することによって自性了解の極致に達せられる
・禅道は道教と同じく相対を崇拝する
・人生の些事の中にも偉大を考える禅の考え方が茶道の理想となる
・道教は審美的理想の基礎を与え禅道はこれを実際的なものとした
第四章 茶室
第五章 芸術鑑賞
第六章 花
第七章 茶の宗匠

この目次,他の文庫版には無いのでとても重宝する.

茶の本はいろんなところから出ているし,台湾で繁体字版も買ったが,自分はやはり何故か岩波文庫版がしっくり来て読みやすい.薄いし.自分も東京に住んでたらスタバというかルノアールで岩波の『茶の本』をスッと出してドヤりたい.

岡倉天心の主著は『茶の本』「日本の目覚め」「東邦の理想」だと岩波の解説にも書かれている.

ちくま学芸文庫版はこの主著がすべてまとめられている.こちらは現代仮名遣いでとても読みやすい.『茶の本』を読むと結局他の作品を読みたくなるので,最初からこのちくま学芸文庫を買ったほうがいいと思う.
(岡倉天心の著書はもともと英語で,それを各出版社が日本語訳している)

岩波の時代を感じる格調高い日本語訳と薄さが好みなら,岩波を選ぶと良い.もちろん,両方読み比べるのが一番面白い.



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