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【成功13】自分の人生を生きる (13)人生の目的 『本当に大切なこと』

マガジン「城北忠明の成功ルール(真実の成功法則)」の第13回です。全27回が順番に続きますので飛ばさずにお読み頂ければ幸いです。(初めての方は自己紹介からご覧下さい)


次回から「自分の人生を生きる」という内容に入っていきますが、その前に、私が考える「人生の目的」についてお話ししたいと思います。

“人生の目的” とは何か?

個別に考えていけば当然、人それぞれなのですが、そうではなく全体での話です。もしも、誰にでも共通する人生の目的があるとすれば何なのだろうか・・・

そんなことを考えていて、ふと思った答えが「学びと成長」というものです。

人間が生まれてから死ぬまでの間に、誰もが変化を重ねていくものが「学びと成長」だと思ったのです。どんな人であっても、(大小はあれど)様々な経験の中で、学びながら人として成長していきます。


ただ、そんなことを言うと、「自分は学ぼうとか成長しようなんて考えていない」という人もいることでしょう。

かく言う私自身もそうです。私は別に何かを学びたいという気持ちもなければ、成長したいという欲求もありません。本を読むことも勉強することもなく、今のままで満足しているので、死ぬまで何も変わらなかったとしても後悔はありません。

・・・それでも、日々生きていて、何らかの行動をしている限りは何かを考えていて、必ずその中で気づきや学びがあるのです。

そして、1日1日を振り返れば何もない日々のつもりでも、1年や5年、10年を振り返ってみれば大きな変化に気づかされるのです。

◇ ◇ ◇


また、別の表現で、「成熟していく」と言い換えればどうでしょうか?

若い頃は好き放題やってきた人でも、年を取れば落ち着くでしょうし、誰もがそのように成熟した人間になっていくことに気づきます。

夫婦関係などの人間関係も、個々が成熟していくことで “きずな” を深めていくものですし、社会での経験も “理不尽” を学ぶ良い機会になり、
考えずに衝動的に動いていた未成熟な自分から脱却して、知性を磨きながら誰もが晩年には成熟していきます。

中には若くして悟ったような人もいますし、年を重ねてもまだ自我をコントロールできないような人もいますが、それでも、“早いか遅いか” の違いだけです。

死ぬ時には今よりも確実に何かを学んでいるわけで、生まれた時から死ぬまで何も成長しない人はいません。私の家族も、普通に過ごしているだけでも日々たくさんの気づきがあっていつも共有し合っています。

もし仮に、本当に何もしないまま10年20年経った人がいたとしても、その人には、「長年、何もしなかったらどうなるのか」という学びが必然的にやってくることになります。これは、その選択をし続けた人にしか得られない貴重な経験です。

このように、何かを経験する以上は人生のすべてが学びであり、成長だということです。

だからこそ、どうせなら、そんな日常レベルのことであっても小さな変化に目を向けて生きていると、人生はなかなか興味深いものに感じられるのではないかと思うのです。

◇ ◇ ◇


人として生まれてきて、人それぞれの生き方が違ったとしても、向かう方向はある程度同じ「学びと成長」・・・

子供から大人になって成熟に向かうのは、誰もが共通することです。そして、私自身も、何もしない日々だとしても日常から学んでいるのです。


ここで大切になってくるのは、たくさんの経験をすることではなく、そこから何かに「気づくこと」です。

経験することだけにフォーカスしている人がたまにいますが、経験というのは、気づきを得るためのプロセスの1つであって、目的にするものではありません。

日常から脱出しないと何も学べないと思っている人は、人と会ったり旅をすればいいと思いますが、多くの場合、そのような人はそれでも何も変わらなかったりします。(その瞬間だけ楽しんで終わるなど)

つまり、何かの経験をする以前に、その人自身に何かを感じ取れる「感性」がなければ、どんな行動も意味をもたらさないのです。

◇ ◇ ◇


何かを学ぶ(気づく)ための一番のチャンスは、“大きな失敗” というものです。

ありきたりな表現ではありますが、人生に無駄なことはありません。うまくいくことであっても、うまくいかないことであっても、何かをやればやるほど先に進みます。

ですので、もしも少しでも何か変えたいと思うのであれば、たくさんの失敗を経験しながら、学んでいくと良いのです。学べば次のステージに進めるし、学ばなかったら同じステージが延々と続くだけだからです。

また、もし失敗したくないのなら、思考力を上げて、その失敗から学べることを先に学んでおけば良いのです。

そうすれば、すでにクリアー済みの課題として過ぎ去るだけですし、成功までの時間短縮にもなります。(このメールもそのための情報です)


そもそも、「失敗」というのはまったく悪いことではありません。
何かを選択している以上は、失敗や間違いがあるのは当然で、そのすべてが学びです。

むしろ、私からすれば「失敗こそが学び」だと言ってもいいほどで、その失敗や間違いが大きいほど、自分自身を大きく成長させてくれると思うのです。

もし、常に誰かに守られていて何の苦労も失敗も経験しないまま大人になったり、いつまでも自分を正当化して他人のせいにして生きていると、人として “何の学びもない大人” になってしまいます。

そんな失敗の中から、意味を見出して学ぶからこそ、一歩ずつ確実に “見えるように” なっていくのです。そして、そのための前提条件として、毎度言っているように「自分で選択すること」が必須になってきます。


自分で選択判断している限り、失敗はマイナスになることはなく、人生全体で考えれば、必ず次につながるプラスです。

しかし、もし仮に自分の判断ではなく、誰か(何か)に判断を委ねたまま失敗してしまうと、それは「ただの失敗」「ただのマイナス」で終わってしまいます。

それは何のプラスにもならない、非常にもったいないことであり、これこそが “本当の意味での失敗” です。

このように考えていくと、私は究極的には「人生は良くなるしかない」と思っています。

病気やトラブルなどの諸問題、バイオリズムのような上下はあるかもしれませんが、すべての経験はプラスにつながるからです。

ある一時だけを切り取って他人と比較するから、優劣を考えてしまうだけであり、自分の人生というのは常に前に進む(向上する)しかありません。

(※少し補足しますが・・・私自身も人生をリセットするような経験などをしてきましたが、そのような出来事に対して、特にネガティブに考えたことはありません。そんなことを言うとポジティブだと思われそうですが、これは前向き/ポジティブとは異なっていて、「人生に起こるすべてを受け入れているだけ」です。マイナスの出来事があれば、素直にマイナスとして受け入れるだけであり、それを無理矢理「これはプラスなのだ」と言い聞かすポジティブ思考とは異なります。

ここは間違ってはいけないことですが、マイナスはマイナスです。その事実をごまかして書き換える必要もありません。(そんな都合の良い解釈をしていると物事を正しくとらえられなくなります) そうではなく、事実は事実として受け入れた上で学びを得て次につなげるから、結果的にプラスになるということです。どんな出来事でも、すべてを受け入れていれば、あるのはただ「前に進んでいる」という感覚だけであり、人生とはそのようなものだととらえています)

◇ ◇ ◇


私がここで伝えたいことは、日常・非日常に関係なく、どこで何をしても気づきや発見を得られるようになって、“自分でわかるようになればいい” ということです。

というのも、「10から1しか学べない人」よりも「1から10を気づける人」の方が学びが深くなるからです。(だから学んだ量と学びを得た量は、イコールにはなりません)


「気づく人」というのは、些細な変化の中からその意味を感じ取ります。前兆を察知してとらえます。そして、何かイベントが起これば、それが自分の人生にとってどんな意味があるのかを考えます。

それを考えるから、次の変化へのきっかけにできるのであり、何も考えない人は、変化することなく同じことを繰り返します。

結局、1つのイベントを意味のあるものとしてとらえるかどうかは、自分の解釈次第なのです。

◇ ◇ ◇


多くの人は、何か知識を得ることを “学び” と思っているかもしれませんが、私は、このように自分で気づくことこそが本当の学びであり、成長だと考えています。

私自身、勉強全般には関心がなく、本も読まない人間だからかもしれませんが、そんな私からすれば、他者から教えてもらうことは本来の自分の気づき(=学びと成長)から遠ざかることのように感じるのです。


この世の中に溢れるインスタントなメッセージの数々は、学びから引き離す影響の方が大きい・・・ということになりますが、その理由は、今の自分にとって都合の良いものを答えだと錯覚して受け入れることで、自分で答えを見つけなくなるからです。

そして、他から得た知識だけでは、常に起こる変化に対応できません。

最初にもお話ししましたが、今私がこうして伝えているようなことも、誰かに教えてもらわなくても、自分で考えて気づける範囲内のことです。(どこかの本に書いてあることでさえ、元をたどれば誰かが考えたことです)

本当は、人生に必要なことは、すべて自分の中にあることに気づいて欲しいのです。

それを無視して、他の何かを探そう、他から何かを得ようとしてばかりだから、永遠に気づきを得ることなく何も変わらないのです。

本当の意味で学びを得たいのなら、「自分で考えること」が不可欠です。自分で考えない・気づかないのは、学びでも成長でもありません。

◇ ◇ ◇


・・・さて、今回、人生の目的は「学びと成長」だとお話ししました。

しかし、ここでは別に、「成長しなければいけない」と言いたいわけではなく、無理に成長しようとしなくても、誰もが自然にその方向に向かうのだから、“その流れを理解して受け入れていればそれでいい” と思っています。

そもそも「○○しなければいけない」という感情は、他者との比較などによって、足りない自分=今の不足感から生じていることが多いです。

適度に意識するのはいいかもしれませんが、そこまで焦らなくても、その人に訪れる必然のタイミングで必要なことを学んでいくのが「健全な成長」ではないでしょうか。

だから、そのすべてを理解した上で “今は変わらない” という選択をしてもいいと思いますし、人生のゴールさえ見失わなければ、何を選んでもいいと思います。

結局、今どんな選択をしようとも、人は成熟し、最終的にはその人の正解に近づくのです。それが早いか遅いかだけ・・・

遅いからいけないということもなく、ベストなタイミングというものも人それぞれでしょう。


最後にもう一度繰り返しますが、大切なのは「自分で気づくこと」です。

自分の人生全体の流れの中で、今何をすべきなのか?
そのサインは現れているか?

それがベストなタイミングならやればいいですし、誰かの意見に惑わされることなく、自分で決めればいいのです。

★ポイント13=「自分で気づくことが、学びと成長になる」

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