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城の鍵穴からあなたを見る 皮或いは、革

2021年に上映された、ドキュメンタリー『世界でいちばん美しい少年』を見た。
初出演『ベニス死す』にて圧倒的な存在感を放ったビョルン・アンドレセンの今現在を追ったドキュメンタリーだ。
15歳で華やかなデビューを果たした彼はその後に性的象徴として痛々しい程のフラッシュを浴びる。
天使の肉を貪る消費者という名の私達を、存在しないものの、そこにはっきりと見た気がした。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━1年前、「君のこと前からちょっと良いなと思ってて…」と言ってくれる男の子がいた。私は笑ってしまいそうだった。造り上げられた見せかけの大きな扉を見て、城の中を見ようともしないその精神の愚かしさ。そこには綺麗なシャンデリアも無いし君が座れる椅子だって無い。永遠に食卓のロウソクは灯らないし赤いベルベットカーペットだってあの時から汚れている。私の何を知っている。私が何を食べ、何を好み、何を思い、何をしてきたのかも知らないくせに。笑わせるな。単純な部分だけ切りとって、勝手に自分の解釈を押し付けて貼り付ける。きっとこうだ。きっとこうに違いない。だって「私が見つけた」あなただから。
……
いや、そんなことは無い。だって私はずっとここにいたし、あなたが気づかなかっただけでずっと昔から存在していたから。たまにはお城の扉だって開けておいて、もしかしたら誰かが花束と面白い話を持って入ってきてくれるかもって期待して待っていたんだ。澄んだ美しい空気が漂うその季節に会えていたら、貴方が私に理想を押し付けてなかったら結末は違ったかもしれない。しかしもう今は、私の国は城下町まで空気は濁っていて、私以外誰もいない。井戸の水は腐りきって悪臭を放ち、寝具も持ち上げたらボロボロ崩れて掌から零れ落ちてしまう程に朽ちている。それは全て私が自分の手で殺したようなものだ。なにもない。

私はいったい何者で、何者でないのか。

分からずに周りを見回して、魔法の鏡が言う私を自分だと思い込んで認識して、その皮を被る。血が流れる肉に対してその皮がどんなに大きく有り余っていようとそれを被る。歩きまわって、引き摺って、皮も肉も擦り切れて、また批評を受けて新しい皮を貰って……被る。
本当の私は何なのか。
身体が成長して行くにつれて意識が朦朧とし、肉もいつしか擦れて小さくなっていく。お城の扉を叩いていいのは王子様なんかじゃない。私のことを肯定してくれる何か。それは生きているものじゃなくたっていい。音楽だって、誰かの言葉だって、思想だって良い。訪ねてきたら紅茶を出しておもてなししてあげる。皮を簡単に受け取らないで自分で探してみて。自分で見つけたものなら例え牛の皮でも豚の皮でも或いは皮でなくたって良い、手に取って深く息を吸って。
皮を持たない人間、つまり、精神的隔離状態にある私は女王にも、騎士に護られる王女にも、誰かのために働く労働者にだってなれる。だってここは私の国だから。私しかいないから。
私はいつだってここにいる。
扉の奥にいて見えないだけで、ずっと小さな鍵穴からあなたの事を、そして世界を覗いている。
気づいてよ。
扉を開けて私を見つけて。
私はいつだってここにいる。

『壊れゆく私を見ないで 心の奥の部屋に去る それ以外に何ができるか もしかしたら不安で 確信と疑惑に再び目を覚ましてあなたの元に姿を現すかもしれない』
【映画 世界でいちばん美しい少年 母の詞より引用】



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