見出し画像

#5 最後のわがまま

好きだったけれど、恋というものがよくわからないまま付き合っていた。彼はとても慎重に優しく、私のペースに寄り添ってくれた。出会ってから半年近く経って、この気持ちが恋だと知った。

やっと、わかったと思ったのに。
運命というものがあるなら、ひどく残酷だ。

ちょうどその頃、彼の仕事がいつも以上に忙しくなっていた。彼の部署がトラブル対応に追われていて、彼も夜遅くまで残業したり、休日も出勤したりしていて、本当に大変そうだった。「無理しないでね」と彼にラインを送る。すぐに返事が来た。

「次に休みが取れたら、温泉に行きたい。ゆっくりしたい。泊まりでもいい?」

私も行きたい!と返し、車で行ける範囲で良さそうな旅館を検索してみた。いくつかURLを送ると、彼が1番目の旅館がいいと言うので、次のデートはそこで決まりだ。

「休み決まったら、また連絡するな」
「うん、楽しみにしてる」

そこでやり取りは終わった。

彼から連絡が来なくても、1ヶ月近くはまったく気にも留めなかった。もともと、会うのは月に1、2回程度だし、連絡もお互いマメではないから。同じ社内で、彼の部署が大変だという話は耳にしていたから。

仕事がまだ忙しいのかな、休みがあっても家にいたいよね。そんなことを思いながら、のんきに待っていた。

あのやり取りから、1ヶ月を過ぎた頃。ふとスマホを確認すると、ラインの通知が来ていた。「ありかにちゃんと言おうと思って…」彼からだ。

なに…?
心臓がおかしな音を立て始める。深呼吸をしても落ち着かない。

それでも、ラインを開いてみる。
「家の都合で引っ越すことになった。会社ももうすぐ辞める。引っ越したらもう会えないから、友達に戻ろう。」

感覚的に、引き留めちゃいけないと思った。もうすでに彼は私から遠いところにいる気がした。嫌だとか、行かないでとか、そんなことばかり心のうちには溢れてくるけれど、耐える。

「わかった。引っ越しても元気でね。」

「こっちに遊びに来てな」と、すぐに返ってきた。

「うん、遊びに行くね。最後にもう1回会えない?」
「ごめん、忙しいから無理かな」

あぁ、もう終わりなんだ…と思う。
迷いはあった。知らないまま別れたら後悔する。何があったのか聞きたい。でも、普段はちゃんと会って話してくれる彼が言わないのなら、そういうことなんだろう。わかったふりをして、最後のわがままを言う。

「じゃあ、また遊びに行くね。でも、離れていても好きでいていい?」
「別れた後も?」
「私のわがままやけど、そんな簡単に好きな気持ちは消えないよ。好きって思うだけならいい?」
「いいよ、俺が一方的に振ったわけやから」

涙が止まらなくて、スマホの画面はよく見えないけれど、まるで、あらかじめ考えてあったかのように自然と指が動いていた。伝えたいことのほんの一部でしかない、私の気持ち。

「好きになってくれてありがとう。よるくんに出会えてよかった。またね」 

既読のマークだけが残った。



*この物語には続きがあります。


*物語の始まりはここから。


この記事が参加している募集

サポートありがとうございます! あなたにもいいことありますように🪄