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転がる。煮詰まる。




里芋の煮っ転がしを作っている。
大きすぎず、小さすぎず、手頃なサイズの鍋の中で、里芋たちがくつくつ揺れる。

うすぎるのではないかと思うほどの醤油味が、中火にかけられ煮詰まるにつれてやさしくほんわりとした和の味に変わっていく。
くつくつ、くつくつ。


先生は今日は疲れているだろうから、やさしい味のモノがいいだろうと思ったのだ。
最近食欲もないと言っていたから、胃がビックリするような濃い味はやめにした。
そうなると、洋食よりも食べ慣れた和食の方がいいに決まっている。

そんなこと、あなた何も考えずに食べるんだろうけれど。
それでも「おいしい」って言ってくれるからいいの。


里芋がふっくらと煮詰められたとき、ガチャッとドアの開く音が聞こえた。

「ただいま」

台所に先生の声が届く。

「先生、おかえりなさい」

「ほら、また先生って呼んでる」

ニヤリと笑って、洗面台へ姿を消す。
外の空気の匂いがする。

「あ、そうだった。学生だったときの癖が抜けなくて」

私と茂さんは先月、籍を入れたのだ。

「いい匂い」

茂さんが鍋の中を、私の頭の上からのぞく。

「おっ、里芋好きなんだ」

「よかった」

最後の照りをつけるために、鍋の中に残った汁を里芋に回しかける。

「雪乃も好き?」

「うん、好きだよ」

「やっぱり」

「どうして?」

自信満々な茂さんの声に振り返ると、うれしそうに笑っている。

「雪乃が好きなものは、だいたい俺も好きだなって最近気づいたんだ。案外、食の趣味が一緒だったんだな」

私よりも5つも年上なのに、屈託なく笑っている。
バカねぇ、私が好きなものをあなたが好きなんじゃなくて、あなたが好きなものを私が好きになってるだけなのに。
だって、好物を知ったら、それを美味しく食べてもらいたい。練習するうちに、私はあなたの好物が自分でも好きになるくらいとびきり美味しく作れるようになるのよ。
だけど私は、ふーん、そうかな、とわざと平坦な声で答えた。
そんなことわざわざ説明するには、私はまだこの人に恋をしている。

まだ新しくて木の香りがするテーブルに、あなたを思って選んだレシピたちが並ぶ。
私は今日も、食卓で告白している。


『カフェで読む物語』は、毎週土曜日更新です。
よかったら他のお話も読んでみてね!
次週もお楽しみに☕️

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