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連れ去る列車


寂しくなんかない。
今はちょっと弱ってるから、それでセンチメンタルになってるだけなんだ。

何しろここ数ヶ月、あれもこれもと詰め込んで毎日があっという間に過ぎ去っていった。
少し、疲れたのだ。それだけのこと。


そう思おうとしたけれど、やっぱり胸の奥がぎゅうぎゅうする。
窓の外を流れる、見慣れぬ風景に眉をしかめる。

ーー今何してるかな……
ーーううん、それよりもっと、今何考えてるのかな、どんな気持ちなのかな……


恋人は、私の出張を知らない。
今日はどこにいて、明日はどこにいるのか、それをもう、確認することはなくなってしまった。

ーーいいの、お互い忙しいんだから。

だけど、それでも時々思わずにはいられない。

ーー私、こんなに遠くにきちゃったよ?


知らずに、ため息が漏れる。
だって、ちょっとだけ振り返って後ろをみる私の表情に、あなたは気づかない。
仕事は楽しいし、面白い。次々に新しい世界がひらけていく今は、まさに働き盛りだと思う。足取りが軽くて、軽すぎることに一抹の不安があるのに、あなたはそんなこと何も知らないのだ。


「お互いに、頑張ろう」

交わした約束。
新幹線に乗る前に買ってきたコーヒーを啜りながら、思い出す。
そんなの、聞こえはいいけど、どうしてそんなに信じていられるんだろう。
クリームを注いだコーヒーが、不透明に濁る。

ーー約束を見ないで。
ーー私を見て。

胸の血管が、きゅうと細くなった気がする。

そうだ私、あの人の愛がなくなるのが怖いんじゃない。
私自身の愛が、なくなるのが怖いんだ……


新幹線はスピードを上げて進んでいく。
風景は、山と街が交互に繰り返されて、いくつもの都市が過ぎ去っていく。

私は、この列車を降りられない。


『カフェで読む物語』は、毎週金日更新です。
よかったら他のお話も読んでみてね!
次週もお楽しみに☕️


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