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掌編小説|ハーフムーンの夜だから

仕事帰りにいつものBARへ寄る。ここは僕のほっとできる場所。

関西弁で小気味よく話すマスターに何でも話せ父のように慕っていた。細長いビルの高層階にある店内は ぐるり三方向ガラス張りで外の景色・月や空もよく見える。窓に沿って横並びに座れる席は満月の日はカップルで賑わっていた。

カウンターでウイスキーをロックで丸氷を揺らしながらゆっくり飲むのが好きだ。琥珀色の中で透明の輝きを放つ満月が僕の疲れを癒してくれる。


そして気になる人もいた。彼女はいつも独り窓際に座り月を眺めていた。

マスターに聞いたことがある。誰かを待っているのかと…。彼女も仕事帰りに寄るそうだ。顔もべっぴんで性格もよいとか、やたら詳しい。ますます興味が湧くではないか!隣に座れへんのか、といつも茶化される。

「君、幾つになった?もう28になったんか…大阪へ赴任してきて何年になる?彼女連れてきたこと1回も無いなぁ。」

「マスター 僕に興味あるの?」

「アホ!男には興味無い。女一筋や」


マスターがシェイカーを振る姿はいつ見ても華麗だ。

「マスター。そのソルティドッグ、グラスに半分しか塩が付いてないよ…」

「これな、半周でええねん。ハーフムーンていうカクテルや。塩と何もついてない方と両方味わえる。
あの窓際に座ってる彼女に持って行ってくれへんか 頼む」

僕は喜んで席を立った。

ハーフムーンを静かにテーブルに置く。夜空に綺麗な半月がみえた。「月が綺麗ですね…」緊張から咄嗟にその言葉しか出なかった。
彼女は僕をみて微笑んだ。一瞬にして心を射抜かれた。
その日以来、彼女の隣で一緒に飲むようになった。

間もなくパッタリ店に来なくなった。彼女は交通事故に遭い一時は命も危なかったらしいと マスターが神妙な面持ちで話してくれた。

もう一度逢いたい…穏やかでない気持ちをグラスの中の満月に願いを込めた。

ある日、彼女が店に来ていた。隣に座ると、いつもの様に空を見上げていたが 彼女の眼は事故で失明していた。

「また逢えてよかった。今夜も半月が綺麗だよ」

僕は彼女の手を取り手のひらに半分の月を描いた。

満月の時は円を描き、三日月はノの字を、新月の時は互いの手を重ねた。
彼女を送っていくのも習慣になった。

「あなたが月が好きでよかったわ」

━僕は月より月をみていた君が好きなんだ ━


「パパ!今夜は早く帰れそう?ママが心配してたから」

彼女が帰り際にマスターに話しかけた時は一瞬驚いた。

「うん、早よ帰る。お母さんにいうといてくれ」

「今度 君も家に来いよ」ニヤリと笑った。

僕は深々と頭を下げた。


 〈最後まで読んで下さりありがとうございました〉

*マスターはこちらの思い出のマスターがモデルです*


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