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「死ぬかも」ってホント怖い 前編

何も見えない。

分厚い真っ白なカーテンが、行けども行けども尽きることなく運転する視界を塞いで行く。

重たい重たい雪のカーテン。

猛烈な風と雪によって視界が閉ざされ、何も見えなくなる「ホワイトアウト」
それとは全く別物の感覚。
そう雪は、静寂の中で人を呑み込んで行く事もあるのだ。
風はさほど強くはない。が、寸分の間も無く重たい雪がしんしんと降り続くと、それはまるで真っ白な重たいカーテンの中を、永遠に突き進む感覚になるのだ。
真っ白な世界。
ワイパーの苦しげな音だけが車内を満たす。
ほかの音は、まるで深海の様に聞こえない。
今車を止めれば、きっとその場で直ぐにでもそのカーテンに生き埋めにされるだろう。
そんな恐怖が心を占める。
いや、既に白い世界に埋められてしまったみたいだ。
この世に一人だけで、この車の中だけの世界に取り残された。
小さな小さな真っ白な世界に一人。

雪がおさまる気配はない。
むしろその勢いを増しているようにすら感じる。
時速30キロ。自然と前のめりな姿勢となる。
顔がハンドルに乗りそうなほど。
目の前で忙しなく動くワイパーも、そのカーテンを押し戻せなくなって来た。
既に、タイヤが進むべき道をとらえている感覚は無い。ふわりふわりと浮遊する感覚。ハンドルは妙に軽い。
雲の上を走るとこんな感じかもしれない。場合によっては楽しく感じるのだろうが、今は高速道路の上。視界ゼロと相まって恐怖でしかない。
北海道、冬の道央道は、そもそも行き交う車も少ない。ましてこの天候だ。その寂しい状況が、不安感を否が応でも高める。

「おれ、今どこを走ってるんだよ。道路の上を走ってるのか」

道を外れてしまっているのかさえもう分からなかった。

「あぁ、なぜ出てしまったんだよ」

後悔ばかりが先に立つ。

「札幌はあんなに天気が良かったのに、何でだよ」

降り続く雪の重みに耐えかねて、力尽きるようにワイパーが動かなくなった。

「うそだろっ」

あっと言う間に、フロントガラスが雪で覆われる。
本能的に車を止め、外に飛び出す。
後続の車が来ているかも、などと思い巡らす余裕もなかった。
手袋もはめぬ手で、がむしゃらに雪を退ける。
みるみる自分自身にも雪が積もりだす。
逃げ込むように車内へ戻ると、自分がダウンジャケットを着ていなかったことに今更に気づいた。
手はベシャベシャに濡れ、真っ赤になってかじかんでいた。

「まずい、おれ今、冷静じゃない…」

苦しげではあるが、なんとか動き出してくれたワイパー。重いカーテンを押し退けながら、ゆっくりまた車を前に進めて行く。

札幌を出る時、おれは死にたいほど憂鬱だった。やる事なす事が裏目裏目に転がる。
いっそ事故でも起きて、苦しまずに死ねないものか。そんなことすら思っていたのだ。
そんなこともあり、天気予報も無視して出発してしまった。どうしても其処に行かねばならない用があったのだ。
何度も言うが、札幌は晴れていたのだ。

前方にチラッと赤い光。
車のテイルランプか。
その上に大きな看板が見える気もしないではない。そうであってくれ。
縋るように、その光を目指す。
なんとか追いついてみると、大型のトラック。そして誘導するNEXCOの職員。
高速の出口だ。
目の前に立つ彼らですら、捨てられノイズだらけになったビデオテープでも再生したみたいに朧ろだ。
それでもおれは「助かった」とホッとした。
人に会えたことが、何よりも安心させてくれた。

おれはトラックに続き、何とか高速を降りることが出来たのだ。

しかし、白い世界はまだ終わりではなかった。

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